女騎士と謁見
赤い絨毯の上に跪いて、マリアンヌは頭を垂れる。彼女の前にはヒュムランド皇帝がおり、彼に祝福されて勲章を授かるのが今日の式典の目的だった。
皇帝は一番豪奢な服を着ていて、その服に冷却の術式が組まれていなければ、ものの30分ほどで熱中症により昏倒していることは間違いない。頭の上の冠は、ありとあらゆる防御術式が組まれたもので、特上の魔石がいくつも光を反射している。
対するマリアンヌは、騎士の鎧を身に纏っていた。七天騎士の誰もが女であるが、その代替わりする七天騎士たちに受け継がれている鎧だ。間違っても、こういう場でフリードリヒの作った特上の魔導鎧などは身に着けない。
それに、フリードリヒの影を感じさせることは、今はご法度である。
フリードリヒ・カイザル・ド・フルール子爵は、すでに彼女の手によって討たれたのだから。
謁見の間には何人かの有力貴族たちが姿を見せていた。ハロン伯爵、エンデナ伯爵、パーキン伯爵、ラカス伯爵……。誰もが宮廷内で圧倒的な発言力を持つ貴族たちだ。そして穏健派貴族でもある。穏健派という意味では、開戦派のベーティエ公爵の下にあるトラン子爵家とは対立する立場にあるのだが。
「マリアンヌ・オールヌス・ド・トラン・ド・エクスリーガ。オーク討伐、見事であった。そなたの功績をベーティエ公爵も高く評価していたぞ」
「はっ!陛下からそのようなお言葉をいただけて、誠に恐悦至極でございます!」
「エクスリーガ騎士団も十分な働きをしてくれたと聞く。副団長の件は残念だったが——」
声を上げない、底意地の悪い笑いが謁見の間を満たした。開戦派穏健派の対立の悪意だけではない。少し深く魔道に通じている程度で調子に乗って、身の程をわきまえなかった下級貴族に対する嘲笑だ。
「——少しでも早くその穴を埋め、今後も続けて我が力となってほしい」
「勿体なきお言葉であります!もし仮にそのように仰られなくとも、我らエクスリーガ騎士団は陛下から授かりしこの七宝具が一つエクスリーガをもって、命をかけて陛下の敵を討ち滅ぼしましょう!」
マリアンヌが両手で捧げるように掲げたエクスリーガが、謁見の間のステンドグラスから射し込む光に照らされて、燃え盛る紅蓮の色を反射させる。その姿は、誰も偽物とは思わせなかった。
マリアンヌの脳裏に、あの化物の声が蘇る。
『火の魔術の本質は、破壊ではなく、火が燃え移るようにその勢力を拡大、増殖することにあるのですよ』
そう言って目の前で、寸分違わない宝具エクスリーガの複製品を手のひらから捻り出したのを見た時、マリアンヌは心底恐怖したものだ。
皇帝は満足そうに頷いてみせた。
「ところでそなたの名前が他の七天騎士に比べて短いように思わないかね?」
皇帝の言葉に、「アーキオス卿がおられるではないか」と、マリアンヌは思った。農奴出身の宝具アーキオスの使い手は、名字を持たず、ただ「ミーシャ・ド・アーキオス」と名乗っている。
「いえ、わたくしには陛下から授かったトランとエクスリーガの名がありますれば……」
「よい。もう決めたことだ」
皇帝が片手を手首からほんの少しだけ上げて制した。それで、マリアンヌは何も言えなくなる。もし他の者がそうされたとしても同じことで、皇帝に逆らえる者は、少なくともこの国の宮廷内にはいない。
皇帝が手のひらを上にして、宰相に向ける。宰相はそれを受けて、素早く、かつ恭しく丸められた2つの羊皮紙を差し出した。ちらりと見れば、皇帝の封蝋があった。勅令書だ。
「ちょうどフルールの席も空いたことで、トランの地と合わせてトランフルール伯爵領とすることになった。それとエルフの地にクルシアンという開拓地がある。まだ小さいが、エクスリーガ騎士団の半分ほどであれば保養できるだろう」
これまで冷遇してきた分の返済とでも言うべき処遇だった。フルール家の滅亡はこれまでにマリアンヌが仕入れた情報通りである。
オーク討伐に向かって戦力の空白となったフルール領へ、一万の帝国軍が乗り込んだ。結果は肩透かしもいいところだった。フルール子爵……フリードリヒは、領内に十数名の騎士を残しただけであったのだ。あっという間に降伏した騎士たちは、帝国軍に協力的にフルール子爵の居城を案内した。
そこには報告にあった通りの大量の新式銃と火薬、そして大量の金貨があった。フルール領内で生産されていたらしい新式銃は、銃身内に溝が掘られているもので、魔素や魔力を用いずとも魔導銃並の射程距離と正確さを実現させたものだった。
新式銃の工場こそ破壊されてしまったものの、今はその新式銃は宮廷魔導師たちが調べていることだろう。
そして何より重要なのは、エクスリーガ騎士団がクルシアンという小さな開拓領を手に入れたことだ。エルフの地ということは、最前線に近い橋頭堡という立ち位置だろう。そこを与えられるということはエクスリーガ騎士団もエルフ大征伐の末席に加えられるということだ。
本来であれば、マリアンヌは密やかに口角を上げていただろう。それがとある化物の望んだことでなければ。
「これよりそなたはマリアンヌ・オールヌス・ド・トランフルール・ド・エクスリーガと名乗るがよい」
「かしこまりました!」
そうして、エクスリーガ騎士団はエルフの地を手に入れた。つまりそれは新たな争いを意味しており、そして何よりエルフの地はマリアンヌの今の主であるアンジェリカの望むところだった。




