伯爵家ご令嬢はご活躍で
私が貴族を嫌いになってから、時間は濁流のように怒涛となって流れていった。こういうのも何だが、私は潔癖症だ。潔癖症といっても精神的な潔癖症で、何かあるたびに手を洗ったりする方の潔癖症なわけではない。
はじめに、私はローラを通じてカロン伯爵領の税制度の徹底的な洗い出しを行った。これまでは税収、とだけで処理されてお父様の手に来ていたものを、バラバラに解体して細かい数字を調べさせた。
そしたら出るわ出るわ。癒着。横領。横流し。恫喝に不許可の税金に賄賂。
ということで不正を働いていた方々とその一族郎党は奴隷の身分へと格下げ。罪状、皇帝の臣下であり、元老院議員であり、帝国最高法廷特別顧問であり、選帝十三公爵家たるシェーンブルン公爵家の一等守護家門であり、宮廷魔導院特別委員であり、帝国内務調査室特別補佐官であり、帝国治安維持委員会特別参事官であり、帝国財務省予算執行委員会特別委員であるカロン伯爵の私財を横領した。以上。お父様の職務はどれほど膨大なんだ……。
今はひたすらカロン伯爵領の南の山々を開墾していることでしょう。そこは私の個人的要望で果樹園にする予定である。これは純粋にお父様に果樹園がほしいと頼んだ結果だ。普段わがままを言わない娘が頼んだ結果がこれだよ。
独善だということは理解している。私が貴族であり、同時に貴族が嫌いだということは両立し得ない問題だ。だが、だからといって私が貴族をやめたとしても平民の暮らしがままならないことがどうにかなるわけではない。
であれば、私が貴族のまま市井の擁護者となるしかない。実力をつけ、誰にも文句を言わせないようにしながら、貴族の中で地位を高めるしかない。
ローラに心中を吐露されてから、私自身でもいろいろと調べたことがあった。
まずは帝国の財政状況だ。これは非常にまずかった。平民は痩せ衰え、田畑は荒れて廃村となった村も多い。今まで帝都と自領しか見てこなかったから気が付かなかったが、帝国の財政は末期であることは疑いようがない。
平民が飢えればその最終的な皺寄せは貴族まで波及するというのに、その貴族様は何もしない。社交界で贅沢を貪って平民から搾取するばかりだ。
今なら前世世界の共産主義者の気持ちが理解できるかもしれない。なんて物騒なことを考えつつ、私はいろいろな策を練った。
まずは産業革命の準備である。
この世界に動力と呼べるものは魔術以外だと、馬と水車と風車くらいしかない。蒸気機関は存在せず、人々は人力によって水を汲んだり物を運んだりしている。
これでは人々の労働に余裕はできない。教育とは心の養分であるが、心を満たす前にまずは胃袋を満たさなければならない。
そうなると必要になってくるのは彼らに「余裕を得る力」を与えることだ。「余裕」を与えることではない。あくまでも「余裕を得る力」だ。
誰が言ったか忘れたが、前世には「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」という言葉があった。自由や権利は、与えられた結果ではなく、勝ち取った結果でなくてはならない。
そこためにはまず彼らには「生きる権利」を勝ち取ってもらわなければならない。そのためには彼らを労働から解放しなければならない。小さな子供が労役に従事する姿は、現代人の私から見れば不健全で不愉快だ。
そのために、私は蒸気機関の開発に着手した。貴族の子息だらけの魔法学園は、資金調達にはうってつけだったし、何より私たちには魔術という武器があった。技術では数日かかるであろう炉の作成も、魔術なら1時間以内で終わる。
1人でいくつか試作品を作った私は、ある1つの結論に至った。蒸気機関ではあまりに効率が悪い。直接エネルギーたる魔力を利用できるのだから、初めからエネルギーを利用すればいいのだ。何も火や水を介して熱エネルギーとして浪費しなくても、私たちには雷魔術という最高の手段がある。
それに先立って、魔法学園でまずエリザお姉様を味方につけた。モーターによって稼働する一抱えくらいある試作電気自動車を見たエリザお姉様は、初めは疑問の目で私と私の試作品を見ていた。一言目は、
「これ、魔導船の応用よね?」
との辛辣なお言葉だった。そうくると構えていた私は用意した言葉を並べた。動力すべてを魔力によって賄う魔導船と、この電気自動車は違う。同じ魔力を使っても、圧倒的に電磁動力のほうが効率がいい。これなら何人もの魔術師が高価な巨大魔石に何日も魔力を注がなくても、バッテリーに繋いだ発電術式に定期的に魔力を注げばいい。
バッテリーは魔石を利用し、魔術の電気を貯める蓄電池としての役割を持つ。今のところ拳大の上質魔石を使っていて、これがなんと1つでエピクロス金貨で3000枚もしやがるのだ。モーターの電磁石分の電力を補えるだけの容量がある魔石はこれだけしかなかった。
頑張って探した磁鉄鉱もモーターに利用するには磁力が弱すぎた。もう最悪の場合、頭くらいの大きさの特上純度の大魔石を使って磁力まで魔術でカバーしようかと思ったが、それにはお金が足りませんでした。てへ。だってエピクロス金貨で2万枚もするのだ。さすがにそれだけお父様にねだるのは無理というものだ。なんとかして試作品を仕上げて、潤沢な資金を持つ公爵家の力を借りようとしたのだが……。
私の熱心な説明とセールストークを聞いていくうちに、エリザお姉様の目は疑惑の色から、ショーウィンドウの向こうからキラキラ輝く宝石を垂涎の思いで見つめている乙女の瞳へと変わっていった。
魔術とはまったく別系統の異世界技術とも呼ぶべき物に触れ、エリザお姉様の中の知的好奇心の針は振り切れてしまったようだった。目が狂人のそれに近い色を放ち始め、3日間食事を抜かれた犬が「待て」を命じられて餌を目の前にした様子だ。
エリザお姉様の高まり過ぎた魔力が周囲に放電現象を起こしている。魔道の心得がなくとも、これはヤバイと本能が訴えてくるだろう。
「よろしければこの試作品は差し上げますわ」
「よし」にあたる言葉を発した瞬間、エリザお姉様は
「ではわたくしは用事がありますので」
と言うが早いか、試作車をひったくって物凄いスピードで特別実験棟に向けて走っていった。たぶん魔術で筋力強化しているのだろう。
特別実験棟も、たぶん公爵家の権力を使ってしばらくは独占状態になるだろう。
計画の第一段階をクリアしたときには、すでに季節は春。こんなに時間を食うならはじめからもっと簡単な扇風機くらいを使って、エリザお姉様を焚き付けた方が早かったかもしれない。
まあ後悔しても始まらないので、エリザお姉様がどれほどのめり込むかを注意しつつ、私は私のやることを続けるしかない。
*
私の父をはじめとしてカロン伯爵家は、毎年恒例の、夏の麦の収穫を祝うシェーンブルン公爵の主催するパーティに呼ばれていた。
今年の麦も良い出来で、税収はさらに伸びた。私が魔法学園にいる間も、農夫の方々はしっかり肥溜めを利用して収穫高向上に努めていたようだ。
……このまま何もなければ、肥溜めは肥溜めとしてだけの利用になりそうだが、心配事は増えるばかりだ。開戦派貴族にとっては頭が痛いことに、開戦派であるベーティエ公爵の家臣たるフルール子爵が討たれたのだ。それも、皇帝直属の七天騎士たるマリアンヌ・オールヌス・ド・トラン・エクスリーガ子爵によってだ。今はフルール子爵家を統合してトランフルール伯爵家となったのだが。
これは開戦派貴族にとっては痛かった。なぜなら開戦派貴族は帝都のコントロールを外れている状態であるからだ。エルフ大征伐はアルディギオン殿下の弔い合戦の大義名分がすべてであり、4年も続くその戦争の終着点の目処は1つもない。唯一あるとすれば白エルフたるリョスアルヴの絶滅くらいだろう。
そこにきて、帝都からのフルール子爵討伐の報告は、開戦派貴族の足並みを乱すのには十分だった。開戦派貴族は戦力の大半をエルフの地に向けており、内地は戦力の空白状態にある。そんな状況で、背中から言い掛かりをつけられてグサリ、だ。
言い掛かりというわけでもないのか、エルフの地に戦力を向けていないフルール子爵の領内から大量の武器が押収され、情況証拠はバッチリだ。その上、七天騎士様が自ら手を下して、フリードリヒ・カイザル・ド・フルールはすでに亡き者である。今更反対証拠が出てきても遅すぎる。
このパーティの表向きの目的は、収穫を祝う会だが、そんなことを頭から信じている者はいない。先のフルール事件を鑑みて身の振り方を考えて足並みを乱す輩が出ないようにするためだ。
さて、話は変わって我がカロン伯爵家。私のおかげで増えた税収を元手にして、父はさらに収入を増やしたようだ。
今年は特に増えていて、総収入はついにエピクロス金貨100万枚の大台に乗ることとなった。これで大貴族と言われる公爵家の10分の1くらいなのだから、今私の隣にいるセドリックの家がどれだけ金持ちなのかは説明するまでもない。やはりもっと早くにエリザお姉様を頼るべきだったかもしれない。
「暑さも落ち着いてきたし、そろそろ新学期だね」
「そうですね」
私とセドリックは広い会場にも関わらず、壁際にいて、互いに目を合わせずにパーティをぼーっと眺めていた。
そろそろ本番が近づいてきているので、私としては気合を入れ直したいところである。本番というのは、もちろん主人公ちゃんの入学という最大イベントである。
プリステのストーリーとしては、まず主人公ちゃんは2年生として転入してくることになっている。
魔法学園は貴族の坊っちゃん嬢ちゃんが通うので、そういった横紙破りは普通は歓迎されない。貴族なんてしきたりとルールで雁字搦めなのだ。例えばいくら公爵家でも礼儀がなっていなければ舐められるわけだ。
なので、本来プリステのシャルルみたいなキャラは魔法学園側からお断りなのだ。
あ、シャルルっていうのは、シャルル・クロノワール・ド・ダルシアンというフルネームの、ダルシアン公爵家の三男だ。天真爛漫で周囲に無頓着。いわゆるショタ枠のキャラだった。
私ショタあんまり好きじゃないから、彼については一度攻略したきりであったのを記憶している。今思い起こせば、たぶんセドオズの双王子より質が悪いと思う。シャルルは権力を持っていることが当たり前で生活していて、それを無自覚に乱用するのだから始末が悪い。本人に悪意がないのがもっと悪い。私の嫌いな貴族像そのものだ。
いや、もしかしたら自覚があって、あえて自覚がないように振舞っていたという可能性もある。転生してからというもの、プリステの主人公目線では見えないものがたくさんあったんだなぁと思うことが多い。
例えばセドリックのことだ。彼はシェーンブルン公爵家の次男ということで絶大な権力の庇護下にある。だが、逆に言えば彼に直接的な権力はない。セドリックに唾を吐くことは、彼の父でシェーンブルン公爵であるヘイリアルに唾を吐くことと同等であるが、怖いのはヘイリアルであってセドリックではない。
また彼には優秀な兄がいて、エルフ大征伐で武勲を立てて領地を広げ、優秀な部下たちに割譲して伯爵以上の上級貴族へと押し立てている。
つまり着々と襲爵する準備を整えているということだ。その力は、父である公爵すらも危うくするほどのものだとか。
そう考えると、セドリックはシェーンブルン公爵家当主となる可能性は限りなく低い。今から勢力を広げても、兄はその間にもさらに勢力を拡大するだろうからだ。
極端な話、兄であるアーノルド・ニーア・ド・シェーンブルン公子は、セドリックが追いつきそうな気配を見せるなら、継承戦争を起こして弟を殺せばいいだけなのだ。その理由など、適当な浮浪者を捕まえて暗殺者に仕立て上げて公開処刑して、セドリックが暗殺を企んだとかいちゃもんつければ十分。後でどれほど文句が出ようが、有力な後ろ盾もない死んだ弟と、大勢力となった生きている兄では価値が違いすぎる。
セドリックが時折オズワルドに見せる冷たく見下す意地悪そうな目は、きっとそんなコンプレックスからくるのだろう。これに気づいた時には、さすがに「ふへへ、セド様は今日もオズ様の尻穴を野獣の眼光で狙ってらっしゃいますなぁ」なんて考えていたことを反省したりしたものだ。
まあ気づいたというかそう思ったってだけで、本当は違うのかもしれない。でもそう思うだけの材料はあるのだ。セドリック派の生徒たちは、オズワルド派の生徒たちより互いの距離が開いているのは、たぶん襲爵の意思有りと見られないようにするためなのだろう。
今、こうして私と並んでパーティ会場をぼーっと見渡しているのは、そういう理由も1つだ。
それに関連することで、カロン家の発言力の増加という問題がある。
そう。あまりにうまく行き過ぎたのだ。父の財テク……たぶんこれが多数のギルドへの投資だったら辻褄が合うのだが。とにかく問題なのはカロン伯爵家が、シェーンブルン派閥の最大貴族であるアポロ侯爵家を追い抜いてしまったことだった。
ある程度の税収は、同じ派閥内なら相互に確認することができる。例えばエルフ大陸で共同戦線を張るときなんかでは、相棒の税収をある程度把握しておくと、無理な負担を強いることがないようにすることができる。それにシェーンブルン公爵家としても、家臣たる私たちの税収などは把握しておきたい。
なので基本的には秘密にすることではない。「今年の税収はどうでした?」と聞かれれば「今年はいまいちで30万エピクロスくらいでした」とか「小麦の出来がよかったので50万超えました」とか、普通に何気なく答えるのだ。
それが災いした。貴族の間では、すでにアポロ侯爵の今年の総収入が80万エピクロスで、うちが120万エピクロスで大差をつけていることが話題となっていた。
しかもその税収の大幅増加を成し遂げたのが私であるということが、どこからか漏れたのである。ただでさえ春のフルール事件の動揺が収まっていない時期に、この話題はまずかった。
私はすぐさま父様とアル兄様とベル兄様に呼び出され、いろいろと事情聴取を受けた。初めは噂が本当なのかというところから、それは徐々に「私に襲爵の意思があるのか」ということに集約されていった。
つまり、ただの学生が短期間で2倍以上の税収とすることができた異常事態からフルール子爵の件が想起されて、反乱の意思があるのでは?という流れだったようだ。
もちろん、アル兄様もベル兄様も信じていたわけではなかったので、私はかなりほっとした。周囲に対するポーズだったようで、私は呼び出されてそのまま夏休みに入ったのであった。
これは後で知ったことなんだけど、カロン伯爵家にはすでに取り巻きみたいなのができつつあって、それが私の台頭によって不要な混乱を起こすんじゃないかと父様が心配したかららしい。過保護め。素直に嬉しいけど、貴族というものはなかなかに面倒だ。メンツなんて犬に食わせておいて、少しくらいは領民に利益還元したらどうだろうか。
それから夏の収穫祭ということでの本日である。なので私たちは互いに脅威に思われないように若干の距離を取りつつ、このパーティで見に回っているのだ。空気と化そうとしているのだが、それはもう諦めている。
「そういえば、魔法大学から交換留学生が来るって聞いた?」
「ええ。うちからも希望者が出ましたものね」
「うん。1年くらいの間、向こうで学ぶんだって。向こうは4年間の課程だからいろいろ調整があるらしいけど」
ちなみにこうして魔法学園と魔法大学が仲良く交換留学生なんてするのは、設立以来のことなんだとか。それもこれもフルール子爵のせいである。
春のフルール事件が起きる前から、フルール子爵には悪い噂ばかりが付き纏っていた。フルール子爵は、魔法学園理事長であるアヴァリオン公爵と、魔法大学学長であるサンマルティア公爵の2つの公爵家の名に泥を塗って踏み台にし、さらには皇帝に直談判してエクスリーガ騎士団の副団長に収まったのだという。
要するに、フルール子爵は2つの公爵家と皇帝家に喧嘩を売ったわけだ。
噂に聞くと、フルール子爵は魔法大学出身の天才的な魔導師だったらしい。魔導師というのは、刻印魔法や付呪魔法などの魔導技術に優れた魔術師を指す、どちらかというと魔道のエンジニアという意味合いが強い。もちろん普通の魔術もとびきりの才能を持っていたらしい。
だが、いくら力を持っていてもそれではダメだ。私が歩こうとした道で地雷を踏んだのは、個人的には収穫だったのかもしれないが。
結果的にフルール子爵は殺されてしまった。噂好きのクラスメイトから聞いた話では、フルール子爵は宝具エクスリーガを奪おうとしてその力を暴走させ、騎士団のほとんどと一緒に焼き尽くされたのだとか。
それが本当かどうかはわからないが、エクスリーガ騎士団が大幅な再編を余儀なくされたらしいこと。そして、私の領地に元エクスリーガ騎士団の人たちが列をなし、職を求めてやってきていたこと。この2つは事実だ。
うーん。資産運用の面から見ても、雇ってやりたいのは山々なんだけど、ここで不穏分子を抱えるのはなー。というお父様の悩みがあったらしく、衛兵などの武器を持つ職には就かせず、人夫として徴用したとか。資金も溜まってきてるし、道路でも作るのかな。領地の東にある森の開拓かしら。どちらにせよ、父様とアル兄様ならきっと上手にやるだろう。
ま、そういうゴタゴタがあって、長らく対立関係にあった両公爵家は、共通の敵を得て仲良くなろうとし始めていた。それが交換留学生ということだ。
「リゼは行かなかったんだね」
セドリックの不思議そうな声。なんだ。そんなに私にあんな北の寒いサンマルティア公爵領の、そのさらに北端に行ってほしいのか。
ちなみに魔法大学としての立地はなかなかいいらしく、風光明媚な流氷が冬の名物らしい。つまり流氷以外、何も面白いことがないということでもある。そんなとこ行きたくない。
それでも魔法大学は、貴族でない人たちが魔術を学べる貴重な場所であり、また学生の多い街であるため、人口と経済活動は大きい。私は貴族で伯爵家令嬢なので行かなくていい。行きたくない。
というかただでさえフルール事件のせいでごたついて、更には反逆の嫌疑までかかっている中で、魔法大学に留学するなどできたものではない。
貴族ではない魔術師集団ということは、それだけで危険分子でもあるのだ。戸籍制度の十分でないこの世界において、平民の魔術師は危険そのものだ。その予防策として魔法大学入学者は在学者登録をするのだが、効果があるかどうかは怪しまれているのが実情だ。
つまり、反乱勢力を集めるために留学したと言われる可能性は私としては排除しておきたいのだ。
「あー、そういう意味じゃなくて、優秀な人に留学の話は届いてるって聞いたからさ……」
私のむすっとした顔を見て、慌てて弁解したセドリック。それは逆効果だと教えてやる義理はない。
「たしかに留学のお話は来ましたが、丁重にお断り申し上げました。厄介払いできずに残念でしたわね。申し訳ありません」
「厄介払いだなんて思ってないよ」
セドリックは心底心外そうに言った。そこは乗ってこいよ!仲良いと反乱を疑われるだろ!
「リゼ、最近どうしたの」
「別にどうもしませんわ」
「……そう」
セドリックはそのまま壁に背をもたれさせてワインをあおった。こらこら。公爵家の坊っちゃんとは思えない飲み方ですわよ。
セドリックは、空になったワイングラスに息を吹きかけるように吐息を細く。アルコールと葡萄の香りがする。
「そうそう。父さんから聞いてこいって言われてるんだけど、リゼはどうやってあんな豊作を実現させたの?」
父さんから聞いてこいって言われたって、……それって言っていいのかしら。
「ああ、別に気にしないで。僕にもいろいろあるんだ」
「そうですか。秘訣については、村を見れば大体わかると思います。肥溜めというものを利用しますの。詳しくは村々の長に尋ねれば教えてくれますわ」
あっさりと教えたことに、セドリックや周囲の者たちは驚いたようだった。中には忘れないように「肥溜め……肥溜め……」と呟いている者もいる。
農業とは大地の恵みを吸い上げるのが本質である。吸い上げ続ければいずれは枯渇する。ならばそれを還元するのが肥料という考え方の根幹だ。
ということを簡単に説明すると、セドリックはぽかんとしていた。
「いやぁ、リゼには学ばないといけないことがたくさんあるね」
「そうでしょうか。セドリック様にそう言っていただけると幸いですわ」
謙遜しながら、私は心の中で一息つく。これで少なくともシェーンブルン公爵派の領地の作物は豊富に実るだろう。またここから社交界などで情報が拡散すれば、帝国そのものに農業革命を起こすことも可能になる。
そして、それは帝国臣民を飢えから救うことになるのだから。
とりあえずリーゼロッテ編は一旦終了!
次から女神と愉快な仲間たち。




