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カロン伯爵領に里帰りです

公爵家様方の馬車はどうか知らないが、私の馬車は質素だ。質実剛健をモットーに、私はあらゆる無駄を省いていた。外側だけは豪華そうに見えるようにして、内側はテーブルと椅子だけ。それも、椅子はクッションを乗せただけの板切れにすぎない。


その代わり中は広く作られている。私は制服であるセーラー服を脱いで、平民の着るようなラフな服に着替える。草色の厚めの麻のワンピースに、狼のケープを羽織るだけ。うん。楽ちん。


「お嬢様、学園はどうでしたか?」


エルフ大征伐の物資輸送のために整備された街道は、馬車の車輪に配慮されていて揺れることも少ない。お金かけてるんだろうなー、なんて頭の片隅で思いながら、目の前のローラとしばし言葉を交わす。


「期待したほどではなかったわね」


私は頬杖をついて窓の外を眺める。外はひたすらに平原が続いていて、ぽつぽつと灌木が生えている程度だ。草が黄色ければサバンナっぽく見えただろうが、草は青々として一面緑色だ。牛でも放牧すればいい感じに育つだろう。


「お嬢様は優秀でございますから」


「それ、本当に心から思ってると信じるわ」


「魔術に関してだけは、お嬢様は優秀でございますから」


「まるで他がダメみたいな言い方ね」


「まるで他が優秀みたいな言い方をされますね。話は変わりませんが、お嬢様、学園で新しくお友達はできましたか?」


「その変な前置きは必要だったかしら」


「お嬢様、学園で新しくお友達はできましたか?」


「……黙秘権を行使するわ」


「……学園で覚えた魔術ですか?」


ローラが首を傾げる。ああ、そうか。この世界には黙秘権なんてものは存在しないもんね。もしあったとしても、拷問を禁止する法はないわけだし、死ぬか喋るかの2択だ。うーん、野蛮。


3人の御者が交代しつつ、また馬も替えつつ馬車はひたすらに進む。整備された街道には等間隔に駅があるのだ。駅といっても電車があるわけでもない。駅には馬小屋があって、馬とその世話をする人がいて、疲れた馬と交換してくれるのだ。


お金はかかるが、馬のスタミナを考慮せずに進める制度で、まさに「時は金なり」を象徴してるんだと思う。カロン家は金があるんだから、経済が滞らないように、積極的に使わないとね。


さすがに夜は野盗が怖いので駅に泊まったり、街に泊まったりする。街に泊まれたときなんかは、これ幸いに私は買物を楽しんだ。特にその土地の特産物を使った料理なんかが最高だ。


豆粉で作るお好み焼きみたいなのがあって、今のところそれがランキング1位だ。ちなみに2位は甘い果物ピザみたいなもので、3位はキノコ中心の寄せ鍋。


「お嬢様は食べてばかりですね」


とはローラの言葉だ。そうは言いつつも私の気に入った料理についてのメモをとっているあたりツンデレだ。かわいいやつめ。


別に食べてばかりというわけでもない。移動間は魔道書を読んで勉強しているし、ノートに蒸気機関車の設計図……とも呼べないが、まあ構想ノートを書いているわけで。


うーん。圧縮した空気によってピストンを動かすわけだから、これは風魔術で使えるかも……?となれば魔石を使って蒸気機関を作ることもできるのかしら。……今度エリザお姉様に言えば、興味さえ持たせられれば資金や技術面はクリアできそうね。なんて腹黒いことも考えつつ「ま、うちまで3週間くらいかかるし、それまでには考えつくでしょ」とか思っていた。


だが驚くべきことに、カロン伯爵領まで1週間でついてしまった。普段なら3週間以上はかかるのに。単純計算して3倍の速度だったということだ。速い!やっぱりきちんと整備された街道は重要だね。





カロン伯爵領。


シェーンブルン公爵領の北東で、ヴァーム伯爵領の南、ヨルカン辺境伯の西に位置する。五角形みたいな領地の真ん中から西にズレた場所に、カロン城とその城郭都市がある。


カロン城は北西と南に小高い丘を臨み、丘の間を流れる川に接している。名をムクリ川といい、シェーンブルン公爵領からヴァーム伯爵領に向けて流れている。ムクリ川の水量は豊富であるが、幅広く浅く、小さな船しか通れない。そのため比較的軽い物の流通に使われている。


また丘には羊飼いがいて、晴れた日には緑の丘を白い綿雲の大群が動いているのを、城の物見塔から見ることができる。


カロン城から見て下流には麦畑が広がっているのだが、すでに収穫はほとんど終わっていて、稲穂は少ししか残っていない。


カロン城周辺はそんな感じで、あとはお父様が部下の騎士たちに任せた区画ごとに村がある。つまり角灯騎士団の言わば騎士領ってことね。でも皇帝陛下に認められた貴族ってことでもないので、宮廷から見れば全部カロン伯爵領ってことだ。カロン伯爵が委任領地として預けているとも言える。この辺はややこしい。


カロン城へのアクセスは3つ。ムクリ川によるもの。カロン城から北東に伸びる道と、南東に伸びる道だ。


帝都に向かうためにいつも使うのは、北東の道だ。そこから城壁をくぐる。


私の乗る馬車が城壁をくぐると、けたたましくラッパが吹き鳴らされた。それに呼応するように城壁の内側の住民が、まるでパレードでも見学するように群がってくる。


城壁の周りに住んでいる人たちも、私の乗る馬車を物珍しそうに見物していた。何というか居心地が悪くて、私はつい窓から姿が見えないようにカーテンを閉めて隠れていた。


「お嬢様、手でも振り返してはいかがでしょうか」


向かいに座ったローラが言うが、生憎そんな気分ではないし、今後そんな気分になる予定はない。


私は無視して魔術を用いた船についての魔道書を読んでいた。水流を発生させる魔術を船底で使うことで、帆船より行動の幅が広がったというものだ。でも魔石の数が限られていることと、魔術師の魔力が続かないことから、その数は少なく、巨大な魔導船は公爵家がいくつか保有するだけに終わっている。金持ちの道楽レベルということなのかしら。


「お嬢様は領民よりも読書を優先なさるのですね」


「ああもう!それは卑怯よ!」


私は魔道書をバタン!とわざと大きな音を立てて閉じ、馬車のカーテンを開け放ち、身を乗り出して手を振った。おそらくローラの望んでいた手の振り方とは違って、顔より下で上品に振るのではなく、頭の上で大きく振るものだったけど。





「「お帰りなさいませ、お嬢様!」」


屋敷に着くと、これだ。使用人たちが道を彩るように両側に配置されていて、全員が頭を下げている。昨日、早馬が私の帰りを告げに行ったので、このタイミングのために準備していたのだろう。


「はいはい。今帰りましたわ」


馬鹿馬鹿しい、と私は鼻から息を吐いた。こんなことをしてる暇があるなら働け。掃除をしろ。飯を作っておけ。風呂を沸かせ。


と言いたいところだが、彼らの雇い主は父様である。父様がこの馬鹿馬鹿しい歓迎をやりたいと言えば、やるしかないし、させるしかない。なんていったって父様はカロン伯爵家当主様なんだから。


私は使用人たちを尻目に、ややうんざりしながら屋敷の両開きの玄関ドアを開けさせた。玄関ホールには、帝都で流行している水色の絨毯が敷かれていて、正面の階段へと続いている。前まで敷いていた赤い絨毯はどこへ行ったのやら。


そのまま流れるように視線を動かせば、2階踊り場にあたる、テラスのように階下を見下ろす位置にいる3人の男と1人の女に辿り着く。


1人目は私の父、ヴィンハラール・マルクル・ド・カロン。金髪に白髪が少し混じったダンディな父だ。すらっとしていて、身長も180くらいあると思う。血縁関係でなければ惚れていたかもしれない。


2人目は私の上の兄、アルハール・マルクル・ド・カロン。彼も金髪で、短くさっぱりと切ってしまっている。魔法学園にいたときは肩にかかるくらい長くて髪がきらきらしていて、完全に王子様だった。その時の方が好きだけど、今もこれはこれで全然オッケー。かっこいい素敵な兄だ。


3人目は私の下の兄、ベルハール・マルクル・ド・カロン。やっぱり金髪。アル兄様よりさらに短く、刈り込んでいると表現できるほどの、所謂坊主頭だ。アル兄様が文化系なら、ベル兄様は体育系で、筋肉がいい感じについている。触りたい。


そして女の人こそが私の母、アンネローゼ・ミルネラ・ド・カロン。言うまでもなく金髪で、さらに髪がロールしている。ドレスで着飾っていて、絵に描いた貴族のお嬢様みたいな感じ。


ちなみに我が家の経済における赤字の元である。だが、お母様の持つ夫人コネクションは強大だ。シェーンブルン公爵派閥と同じく開戦派であるメギハード公爵の、その派閥のバーグ侯爵の姉でもある。つまりバーグ侯爵家の子供たちは、私の従兄弟ということになる。貴族社会は血縁者だらけ。誰かの従兄弟の従兄弟の従兄弟の従兄弟って辿っていけば、誰にでも辿り着くんじゃないかな。


「ただいま帰りました。お父様、お母様、お兄様方」


「おかえり。私の可愛いリーゼロッテ」


お父様が両手を広げて、ハグをご所望だ。なので私はダンディなおじさまであるお父様に抱きつくことができる。しかも合法的に。


前世で執事カフェに私財を注ぎ込んだ私としては、こういう包容力のある中年のおじさまがドストライクである。ふへ。無料でハグできるなんて、こりゃもう私は勝ち組だね。ふはへへ。


「またそんな格好をして。カロン家の者としてもうちょっと身嗜みに気を払いなさい」


小言を言ったのはお母様だ。あんたは着飾りすぎなんだよババア。と毒を吐く気持ちはお父様のハグで浄化されております。


「まあまあ、お母様。馬車の旅は窮屈だったろうから、仕方ありませんよ」


そう言って私をフォローするのはアル兄様だ。ぐふふ。アル兄様はイケメンだし、中身も紳士で、私の最高の兄だ。セド様やオズ様みたいな外だけイケメンとはランクが違うのだ。


「久しぶりだね」


「ええ、アル兄様!」


アル兄様ともハグ。ぐへへ。


「お久しぶりです、ベル兄様!」


「おかえり。リゼ」


無口なベル兄様ともハグ。筋肉がいい感じに硬くて安心感があって、これは……。うひゃへへ。


前世ならこんな体験するために何十万円が必要だったろうか。ホストもちょっと体験したけど、あんまり肌に合わなかったしなぁ。お酒強くないってのも原因だったろうけど。





長い白いテーブルで食事を取るなんてドラマの中だけと思ってたけど、転生してからはそれが本当だったことを思い知りました。


カチャカチャと皿の上の羊のステーキを切り分けながら、私は学園であったことをお父様に報告する。内容が魔術関係に偏るのは、……はい、友達が少ないからです。はい。すいません。


「で、ゴーレムを作ろうとしたんですけどまだちゃんと理論がわかってなくて、ただ外部から魔力を与え続けるだけの操り人形になってしまってまったく非効率的でしたの」


「ゴーレムって魔法大学の卒論レベルじゃないか」


アル兄様が驚いた表情で私を褒めてくれる。うふ。嬉しい。


お父様はうんうんと頷くだけだ。ちょっと寂しいけど、でも我儘を言ってお父様を困らせたくないしね。とにかく喋らせておけばいいだろうとか考えてるんだろうけど、お父様の思惑通りにしてあげます。別にファザコンというわけではない。


「そんなことより、リーゼロッテ。セドリック様とはどうなんですか」


私の話の腰を折って、お母様が割って入ってくる。


「別にどうともありませんわ」


「どうともって……。あなた、もう15になるんだからそろそろ婚約者を決めておかないと……」


「こ、婚約者!?」


婚約者!ついに来たか!ということは主人公ちゃんはセドリック狙いということか?因果律という言葉があるように、前もって攻略キャラと婚約が成立するようにできているのかもしれない。


「そんなに驚くことじゃないでしょう。あ、それともオズワルド様?彼、長男だし、オズワルド様の方がいいわよね」


「……お母様、そんな殿方を商品のように言うのは、わたくし好きませんわ」


「そういうわけじゃないの。でもあなたの将来のためなのよ?」


将来のため。そう言って、前世のお母さんもお見合い勧めてきたっけ。理想が私の容姿と釣り合わないくらい高すぎてダメだったけど……。


ああ、お母さんは今頃何をしてるんだろう。というか、私が死ぬ直前あたりの記憶がまったく無い。死んだ原因も記憶してないし。もしかしてこの世界は胡蝶の夢的なやつなのかしら。


「ちょっと聞いてるのリーゼロッテ!」


「まあまあ母様落ち着いて」


アル兄様がお母様を宥める。何だか慣れた様子なのは、アル兄様も婚約の話が持ち上がったり無くなったりしているからだろう。カロン伯爵家ともなれば選り取り見取りだが、格上との結婚となれば話は難しくなる。


お母様は公爵クラスを狙っているらしく、ダメなら侯爵!って感じで夫人ネットワークで嫁探しをしているらしい。今のところ、どこかの公爵家の三女が有力候補らしい。公爵家の三女ねえ。エリザお姉様も三女だけど、公爵家で三女のいない公爵家はメレアグロス公爵家だけだし、エリザお姉様と決まったわけじゃない。


ちなみにメレアグロス家は男しか生まれてなくて、しかも正室に子供が生まれてない。なのに側室はぽこぽこ男の子を生むものだから、周囲のプレッシャーで正室の方が精神的に参っちゃって病床に臥せっちゃって、嫡男誕生は絶望的。んで今は権力争いで結構ドロドロしてるらしい。


そういうのを聞くと、余計に結婚なんてしたくなくなるわけで……。特に公爵家に嫁ぐとなれば、マナーは厳しく、公爵家の伝統を云々と小煩く、子供を生まなかったら石女とか蔑まれて、それはそれは大変な目に遭うに決まっている。なのでセドリックもオズワルドも無しだ。無理。こっちから願い下げだ。


「まあ気負わなくていいよ。学園の中で誰かいい人を見つけなさい」


そう言ったのはお父様だった。


「僕たちだってそうだったじゃないか」


「え、ええ。そうですが……」


お母様が照れたように顔を伏せる。


へー。お父様とお母様って恋愛結婚だったんだ。てっきり普通に政略結婚だと思ってた。


「ですがカロン家の今後を考えれば……!」


「大丈夫だよアン。僕たちの子供じゃないか。絶対大丈夫だよ」


何が大丈夫なのかさっぱり。だが、お母様的にはオッケーだったのか、何だか納得したような顔をして羊のステーキにとりかかった。これはアレね。お母様がお父様に惚れて近付いたパターンですなぁ。 


それともお父様の外交手腕というやつかしら。お父様は妙な包容力があるし、お母様を完全に手懐けているのだろう。


両親がこういう空気になると気まずいのは子供たちだ。私たちはカチャカチャと羊のステーキを平らげていく。私は伯爵家令嬢としては落第点の食べっぷりで、ベル兄様に続いて2番目に食べ終わってしまった。


かといって席を立つわけにはいかないので、暇になるわけだ。何をするわけでもなく、私はぼーっと蒸気機関車について考えていた。


蒸気機関車を作って走らせるとして、どこに走らせたものか。カロン伯爵領には必ず線路を敷くとして、地盤の硬いところがいいなぁ。


「そうだ。お父様、最近領地の方はいかがですか?」


娘である私が聞くのはおかしな気もするが、とりあえず聞いておこう。農地改革を進めたのは私なんだし、その結果を考察するくらいいいだろう。


「うん。特に問題はないよ。リゼの考えた肥溜めというものはちゃんと機能してるらしいし、秋の収穫も以前より格段に増えている。この羊も、リゼのおかげで育ったと言っても過言ではないからね」


「やっぱりリゼはすごいなぁ」


ふへへ。アル兄様に褒められちゃった。ベル兄様も満足そうな顔で見てくれるし。そうか……、ここが天国だったのか……。


そんなこんなで会食は終わり、私は風呂に入って寝た。明日から、いろいろ見たり聞いたりすることがあるのだ。


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