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伯爵家ご令嬢はご乱心で



華やかなパーティ会場で、金髪の美少年が華美なドレスを着たお嬢様たちに囲まれていた。その美少年こそが、セドリックであった。


「兄様は5000の兵を率い、さらにはアーキオス騎士団を引き連れて、異国の地で戦っておられるんだ」


アーキオス騎士団は、七宝具の使い手である七天騎士の1人、ミーシャ・ド・アーキオス率いる皇帝陛下直属の騎士団だ。ミーシャ様は農奴出身ながらも、武に優れ、周囲を凍り付かせるような美貌を持つ極寒の美女なのだ。


皇帝陛下が主催する儀式や祝賀会以外には滅多に出席しないのだが、私は一度だけアーノルド様の誕生会で見たことがあった。ニコニコと微笑むアーノルド様の横で、じっと何かに耐えるようにしていたのが、とても印象に残っている。


「いつか僕も兄様のように領地を広げ、領民たちを喜ばせたいんだ」


セドリックがその整った顔で甘い笑顔を浮かべると、彼を取り囲んでいたお嬢様たちがキャーキャーと奇声………もとい、嬌声をあげる。


「セドリック様ならなれますわ!」


「きっとセドリック様なら素晴らしい軍を率いられることですわ!」


「またシェーンブルン公爵領が増えますわね!皇帝陛下もお父様もきっとお喜びになりますわ!」


セドリックを囲んだ令嬢たちが囃し立てる様子を、私はしゅわしゅわと炭酸弾けるノンアルコールドリンクが注がれたほっそりとしたシャンパングラス片手に、ニコニコと微笑んで見ていた。どう見ても、セドリックが追い込み漁か何かの対象になっているかのようであった。


セドリックは、何も言わずに微笑んでいるだけの私を見て、何かを思い出したかのような顔をした。まずい。目線があった。


「ああ、リーゼロッテ。貴女の父にも、シェーンブルン公爵家一同が感謝していることを、どうぞ伝えていただきたい。カロン伯爵の支援がなければ、兄様は異国の地で飢えに苦しめられたことだろう」


本来なら私の近くに寄って声をかけるところだが、哀れセドリックは囚われの身である。彼を取り囲んでいる令嬢たちは、セドリックが移動しようとしたときにわざとぶつかって、会話の糸口を掴もうとしているのだ。


だが、あんな天使みたいな顔に見えて、しっかりプライドの高い選帝十三公爵家の次男たるセドリック様は、頭の中に生クリームとカスタードクリームが詰まっているような、アホ令嬢たちの思惑に嵌まるを良しとしないのだ。


セドリックが私に声をかけたのは、助けて!という救難信号のようであった。でも私は知らないふりをする。女の子グループで孤立するのは死を意味するからね。しーらない。


「ええ。そのようにお伝えしておきますわ」


なので、こんな短文で返しておく。


アーノルドへの支援は、実は私が父に言い出したことである。外交担当であるカロン伯爵家は、後方支援という形でエルフ大陸侵攻に噛んだという結果が得られ、権益にも一枚噛めるか、いざというときのカードになるのでは?と父に提案したのだ。


読書家の娘ということを把握していた父は、それが本から得た知識であろうと勝手に推測して、その案を取り入れて実行したのだ。値崩れした食料を前線のアーノルドに大量に送りつけ、結果的に、シェーンブルン公爵領への軍事物資関連の関税率低下という果実を引き出した。そこから父は懇意にしていた鍛冶ギルドに連絡して、槍や弓矢をエルフ大陸へと次々に送り出して利益を上げ続けている。


セドリックの財布からするすると札束を抜いている状態に、少しは心も痛むというものだ。仕方ない。助けてやるとするか。


周囲の目線も、「え、シェーンブルン公爵家の次男に話しかけられて、返事がそれだけ?」みたいに雄弁に語ってくれちゃってるし。集団圧力超怖い。


「今後も、何かご必要なものがございましたら、なんなりと父かわたくしにお申し付けください」


つかつかと私が歩み寄れば、セドリック包囲網がザッと割れて私に道を作る。おお、モーセみたい。


セドリックを取り囲んでいたのは伯爵以下の爵位を父に持つ令嬢たちで、伯爵家の中でも上位にいるカロン伯爵家には逆らえない。それにシェーンブルン公爵家であるセドリックの呼びかけに応じただけだ。そこで私を責めるということは、そのままセドリックを責めるということになるので、彼女たちは私に道を譲る他ない。


「ああ、もちろんだとも!カロン伯爵家とは今後とも仲良くやっていきたいと父も申しておられたよ。となると僕とリーゼロッテも仲良くしないといけないね」


そう言ってセドリックは私の手をとって、手の甲に口付けをした。


こ、こいつ、私をスケープゴートにしましたわ!


「え、ええ。我々の結束がなくてはアルディギオン殿下も悲しみますでしょうから」


せめてもの抵抗として、エルフの魔術の矢によって倒れられたアルディギオン殿下を利用して「本意ではないんですよー」とフォローにまわる。ごめんなさいアルディギオン殿下……。どうか化けて出ないで……。





はい、回想終了。


そうそう。セドリックはプリステでもこんな感じのキャラだった。余裕たっぷりでニコニコしている王子様系キャラだった。上流階級の王子様って素敵!嫁にして!とゲームをしていたときには思っていたが、今は特に何とも思わない。少なくともセドリックを取り囲んでキャーキャー言ってたお嬢様方のようにはならなかった。


なぜだろうか。自分が特権階級になってしまって、セドリックを魅力的にしていた付加価値がなくなってしまったからだろうか。それとも馬鹿みたいに騒ぐお嬢様方を見て馬鹿馬鹿しくなったからか。え、セドリックの魅力って公爵家の次男ってのと顔だけ?他よ!他!他にもたぶんあるはず!


……うん。今度考えよう。今度ね。今度。


ええと、オズワルド・シエール・ド・アシェットはアシェット公爵家の次期当主と見られている長男で、アシェット公爵家はシェーンブルン公爵家と同じく開戦派の貴族だ。


オズワルドの叔父がエルフ大陸で武勲を上げていて、エルフ大陸に眠っている珍しい動植物を発見しては皇帝陛下に献上している。その副産物として、新貿易品として帝国に流通させて既得権益の網にかからない利益を生み出している。


ゲームでは俺様系キャラで、主人公に興味を示してからはぐいぐい行く、所謂肉食系であった。


初めに会ったのは、セドリックと一緒で、たぶん社交界デビューしたときだろう。当然ながら、そのときのことはほとんど覚えていない。ぶっ倒れたんだから仕方がない。


ええと、最後にオズワルドと会ったのはいつだっけ?たしか、彼の誕生日会のときだったような……。





「やあ、オズワルド。誕生日おめでとう」


誕生日会の主役であるオズワルドに最初に話しかけたのはセドリックだった。公爵家のオズワルドに気兼ねなく話しかけることができるのは、同じ公爵家の人間である。


「ありがとう、セドリック。まあゆっくりやってくれ」


セドリックとオズワルドはゲームの中でも仲が良かった。中盤までのルート未決定状態で、セドリックとオズワルドの好感度を同じくらいにしておくと、2人のイベントが見れたのだ。


それはもうセドオズかオズセドかと言われれば私は黒セド攻めの無自覚誘い受けオズってそんな私の趣味はどうでもよくて。まずは挨拶挨拶。


「ご機嫌麗しゅう、オズワルド様。本日は生誕祭にお招きいただき、誠にありがとうございます」


セドリックに続いて挨拶をしたのは私だった。これぞコネの力。カロン伯爵家はシェーンブルン公爵家の外交一族なれば、その娘たる私ことリーゼロッテは、シェーンブルン公爵派貴族たちを代表する立ち位置にいるのだ。


「ああ、リゼ。しばらく見ないうちにまた美しくなったな。婚約の件は聞いたか?」


「ええ。父から伺っております」


「で、返事は?」


「前向きに検討させていただいております」


「ふん。検討する必要などあるのか?アシェット公爵家の跡継ぎであるこの俺の誘いだぞ」


なんと図々しい言い草だろうか。綺麗な黒髪がさらさらと流れる陶磁のような肌。女の子なら誰もが憧れ、そして嫉妬しそうな美貌を持つ彼の性格は超俺様系だ!


そして「前向きに検討する」という、日本では「あー…、まあ、無理っすね」を意味する言葉が通じないことを確認した。日本語のように扱えるけど、口から出る言葉も耳に入ってくる言葉も全然違うんだよね。10歳までのリーゼロッテの記憶があるわけだから、当然と言えば当然だけど。


あんまり上から目線で、俺の要望は受け入れられて当然、みたいに言うから、私は思わずムッとした。ゲームのときはそりゃもうはい!嫁にしてください!むしろ踏んで下さい!下僕にしてください!足舐めます!むしろ足が主食です!ぺろぺろぺろぺろ!って感じだったんだけどなぁ。


まあ、私も貴族の娘らしく、一人前のプライドは持ち合わせていたということだろうか。私はオズワルドににこやかに微笑んだ。


「うふふ。ですがアシェット家次期当主として、と仰るのでしたら、マリア殿下のお誘いをお受けするのが筋ではございませんか?殿下を飛び越えて私がお話を受けるのは、些か失礼がすぎるというものですわ」


マリア殿下、というのはマリア・サンセット・ド・ヒュムランドのことだ。皇帝陛下の第三側室の長女で、継承権は7位だ。ふわふわのブルネットに、天使のような笑顔を持ち、その容姿は私たちですらうっとりとなってしまうほどだ。性格も最高。純粋無垢で、何をするにも楽しそうで天真爛漫な最高の姫様である。


「お前……その情報をどこから……」


「さあどこからでしょう」


「くっ……、マリア殿下の件は俺の一存では決められない。だが、……だがマリア殿下は4歳になられたばかりだぞ!」


そう。マリア殿下はこの間4歳になられたばかりなのだ。上級貴族だけが呼ばれる誕生日パーティもあったしね。


そりゃ4歳の女の子なんて、誰だって天真爛漫で純粋無垢である。


はぁー…、マリア殿下、可愛かったなー…。


「いいじゃないですか。汚れを知らない無垢なる天使……。はぁ。マリア殿下かわいい。マリア殿下かわいいよマリア殿下。はすはす」


「は、はす……?」


「おほん。……とにかく、私に求婚なさる前に、マリア殿下とのお話を片付ける方が先ではありませんか?」


私の言葉に、オズワルドは薬茶を飲んだような顔をした。勝った。大勝利。


「くっくっく……。リゼの方が上手だったようだな、オズワルド」


セドリックは控え目に笑っているが、その心の中では「振られてやんのー!」と指差しながら爆笑しているのが見えるようだ。やっぱりセドリックって黒いよね。


セドリックに笑われて、オズワルドはあからさまに機嫌が悪くなったようであった。仕方ない。フォローにまわるか。


「女性を逃げ道として扱う点に関しては、セドリック様も同じですわ。この前のラズリーラズベリー製菓ギルドの創設50周年パーティのときに……」


と、セドリックが令嬢に囲まれるのが嫌で、ずっと私の周りを雛のようについて回っていた話を、オズワルド様のご機嫌取りのために面白おかしく披露する。


製菓ギルドのパーティなんて、お嬢様たちで満員御礼になるのは目に見えて明らかだ。そのパーティで気に入られる品があれば、すぐにお茶会で引っ張りだこになる。それを狙って製菓ギルドは年頃の娘がいる貴族たちに片っ端から招待状を出すのだ。簡単に言うと創設50周年という口実の、新商品PR会だ。去年もやってたしね。それよりは豪華だったけど。


そんな女の園とばかりのパーティに、男のセドリックが出席したのには簡単なわけがあった。製菓ギルドであるラズリーラズベリーはシェーンブルン公爵領を中心に活動しており、また公爵家から多額の資金援助を受けているからである。会社でいうところの大株主を、創設50周年パーティに招待しない企業なんてありえないわけで。


「はっはっは!セドも可愛いところがあるじゃないか」


次はセドリックが薬茶を飲んだような顔をする番だった。ふっふっふ。おっと、思わず黒い笑みが零れるところだった。


「オズも同じ目に遭えばいいと思うよ」


「俺はそんなところにはいかん。勝手に姉上が行く」


「そうですわ!アリシアお姉様は今どちらに?」


「向こうで学友と話している。……はあ。来年は俺たちも魔法学園に入ることになるのか……」


遠方から来る貴族に配慮してからか、魔法学園は全寮制だ。居心地の良い自分の屋敷と比べると、そりゃ憂鬱になるオズワルドの気分もわかる。


私たちは魔法学園について少し話したあと、私はアリシアお姉様に挨拶に伺ったのであった。





うん。変わりないいつものオズワルドだった。


アリシアお姉様は溌剌とした女性で、同年代の貴族の娘であれば誰もが憧れるような存在で、プリステの中でも主人公に好意的なキャラクターであった。人気も高かった。


初めの一年はアリシアお姉様が主人公を庇う場面があったりして、リーゼロッテからの意地悪も過激なものではなかった。主人公が二年生になってからはアリシアお姉様は卒業してしまい、主人公の大きな味方が減ってしまうのだ。


リーゼロッテの意地悪が過激化する中で、卒業したアリシアお姉様から送られてきた手紙のシーンは思わず泣いた。


……あれ?何のことを思い出そうとしていたんだっけ?何か俺様キャラのことを考えていたような気がするんだけど……。うーん……。


あ、あの誘い受けのことだ!


あのパーティの後でからかわれてフラストレーション溜まったセドがオズを無理矢理押し倒す!お、おい、怒ってんのか?と怯えたようにぎこちない笑顔を浮かべるオズを組み伏せて耳元で少し静かにしてよとかセドが言って15歳になって少年から青年への過渡期を迎えつつまだ幼さの残るオズの尻にお仕置きと称してセドがビンタしてそれでも屹立するオズのソレを力任せにセドがしごくんだけど痛みと快感に身を捩らせながら抵抗するオズを見て誘っているのかななんて言ったセドがそのままオズの菊門に無理矢理ねじ込んで全然準備してないもんだから痛いって抵抗するオズなんだけどでも屹立したソレに与えられる快楽は確実に蓄積していって最後には出ちゃってしまって涙目になりながら息を荒げるオズの目尻に溜まった雫をセドが舐め取って誕生日おめでとうって言ってオズが今言うのかよって怒ろうとするんだけどそれより早くセドが僕のオズワルドはまた美しくなったなとか言っちゃうもんだからオズは何も言えなくなってしまうので……。


よし、完全に思い出した。強気受けのオズ全然アリって話だったよね。うん。


プリステの薄い本が厚くなるわ。むしろ主人公いらない。


そんないらない主人公は、大きな行商人ギルドの副ギルド長の一人娘である。珍しく魔術の才能に優れていたために、魔法学園に入学してくる運びとなっている。貴族のマナーを知らない主人公はそこでいろんなことをやらかしてリーゼロッテに目をつけられて……という展開になる。ありがちといえばありがち……かな。


主人公はすごい回復系統の魔術の使い手だったはずだ。回復魔術はかなり難しい魔術で、肉体を再生させる魔術になる。回復が行き過ぎれば過回復といって、最悪の場合傷口周辺が「悪魔化」するらしく、非常に繊細な術式構成と魔力調節を必要とする。


だから実際の回復魔術は過回復にならないように、完治する手前で終わるようにするらしい。そうすれば重傷患者も、かすり傷程度まで回復した状態でまた戦場に立てるのだ。


ちなみに今の知識は、メディーラ・デュナン・ド・アンテゴという子爵家の令嬢が、従軍したときの体験から書かれた「戦場での回復魔術」という本から得たものだ。


「悪魔化」というのがいまいちよくわからなかったが、症状の記述から、おそらく「ガン化」のことではないかと、私は見当つけている。


ダルシアン公爵家の三男で主人公と同級生のジギスのルートなら、まあ私ことリーゼロッテの出番はほとんどないのだが、その代わりに七天騎士のアレクサンドラが……いや、アレクサンドラとはたしか友情エンドだったと思う。


「友情エンド!そう!友情エンドよ!」


「お嬢様、お気を確かに。お嬢様にご友人はいらっしゃらないではないですか」


「たくさんいるわよ!あんたクビにするわよ!」


扉の向こうのローラに怒鳴って返す。社交界ではね、という言葉は飲み込んでおく。


私は貴族のご令嬢方とは疎遠である。むしろ自分から一歩引いている感じだ。第三城壁外の出店でからあげやフライドポテトを食べ歩きするのが、カロン伯爵家長女の休日の過ごし方だと知られたくはない。それにあの公爵家のクソガキたちのせいで、表面化していないにしても敵が多すぎるのだ。


帝都アルファードは4つの城壁に囲まれ、5つのエリアに分かれている。中心に近ければ近いほど治安がよく、離れれば離れるほど治安が悪くなる。第三城壁外、つまり帝都の外と城壁一枚隔てているだけの第四地区たる商業地区は、私たち貴族が住む第二地区たる雲海地区と比べると治安は極端に悪い。


でも人殺しなんかはさすがに起きないし、犯罪といってもスリや万引き程度のもので、そんなに警戒するものでもないと思うのだけどなぁ……。そう思うのは私の価値観がズレているからかしら。でも蛾が舞い込んできたくらいでキャーキャー言って騒ぐ淑女の気持ちなんて、全然わからないしわかりたくもない。


「友情……。つまり友達ってことよね……」


そこまで呟いて、リーゼロッテは首を傾げた。


「友達ってどう作るのかしら」


そしてしばらく考え込んだ後、私は自室の本棚を物色し始め、一冊の魔導書を手にした。その本のタイトルは「魔術による精神汚染〜精神魔術仮説概論」であった。実は「魔導人工生命体ホムンクルスの可能性」という魔導書と迷った結果であった。

リーゼロッテちゃん乙女ゲー転生編はしばらく続きます。

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