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エルフと騎士と宝具の力


ロザリーは空を飛んでいた。


かつて故郷の森で魔術の師が教えてくれた秘術の1つだった。教えてもらったときは精々30秒の飛行で魔力が空っぽになるようなものだったが、今は違った。


上級と呼ばれる精霊魔法を上回る、一部の才能ある族長しか扱えないとされる精霊王級の精霊魔法を放っても、ロザリーにはまだまだ余裕があった。


精霊王級の魔術の破壊力はかなりのものだった。爆心地のように地面ごと抉られた魔術の中心点は、一切の存在を拒絶しているかのようだった。


ロザリーが意識を取り戻したのは、そこから20メートルほど離れたところだった。全身のいたるところが痛むが、不思議と骨折や内臓破裂はなく、簡単な治癒魔術で再び何事もなかったように立つことができた。


それからロザリーはグルオンとラコを探した。ラコは自分からそう遠くないところで冷たくなっていたが、幸いにしてグルオンはまだ息があった。時折苦しそうに呻き声を上げており、意識はないようだった。


身につけていた魔導鎧のおかげか、すぐさま治癒魔術を施すと、グルオンはそのまま大人しい寝息を立て始めた。


ロザリー自身は確信までは至っていないものの、その魔素保有総量は魔術に長けたと言われるリョスアルヴとしても破格の量となっていた。普通のリョスアルヴがロザリーと同じような感覚で治癒魔術を用いれば、一瞬にして急性魔素欠乏症に陥っただろう。


そこまで魔術を酷使して、ロザリーはもしかしたらという気持ちで飛行魔術によって飛んでみたのだ。


要塞1つを1体で落とす魔人の、その一歩手前まで魔素を注ぎ込まれた結果、彼女は宮廷魔導師すら軽く凌駕する魔素をその身に宿していた。その魔素量に適応するように器が広がり、今ではロザリーは大規模魔術の行使すら余裕だと自分で感じていた。


飛行魔術は非効率的とされている魔法だが、壁を乗り越えたり、少し離れた位置へ飛んだり、建物の上から飛び降りたり、短時間の使用ならほとんどの魔術師が行っているものだ。ロザリーはそれを桁違いの魔力で補って飛んでいた。


「もう!イクトールはどこに行ったのよ!」


腹立たしげにロザリーが怒鳴る。


山は木に覆われていて上空から地上がどうなっているかを確認できない。所々から火の手があがり、その深緑の葉を紅蓮に染め、もうもうと黒煙がたちこめる。上空にいるロザリーは黒煙にまかれるが、風を魔術で操って自らの肺を健康に保っていた。


「火の燃え広がり方が……。これは火の魔術の使い手がいるのは間違い無さそう……」


ロザリーから見れば、この火の燃え広がり方には違和感があった。


火の魔術で森を燃やすのは非効率的だからだ。


彼女たちリョスアルヴは森の民であり、山火事などには理解が深い。山火事で火が燃え広がるのは、空気が乾燥していて木々そのものが燃えやすく、また風に煽られることで素早く燃え広がるからだ。


しかし現状、上空でさえ無風であり、また乾季ではない。燃えているのは水分を多く含んでいる生木である。この状態であちこちから火の手があがるというのは魔術によるものとしか考えられなかった。


「うう……、私1人じゃ延焼を防ぐのは無理よ……!」


仕方なくロザリーは飛んでイクトールを探す。簡単な警戒魔術を仕掛けてきたが、置いてきたグルオンも気がかりであったし、何より心細かった。


あの緑色の巨体は、ロザリーにとって不可能を可能にする象徴だ。彼と出会ってから数日しか経っていないが、彼女は異種族であるイクトールに不思議な魅力を感じていた。それも、彼の幼馴染だという巨乳のオークに対して嫉妬心を感じるほどに。


「そ、そうだ!生命探知の魔術を使えば……!」


有り余る魔力に知力が付随していないが、ロザリーは目に魔素を集中させて、魔術を発動させる。うっすらと魔力の輝きを浮かべた瞳に、山に存在する生命がぼんやりとした陽炎のように映し出される。


「うわ、わ、わっ!」


あっという間にロザリーの視界が輝きで埋め尽くされる。込めた魔力が強すぎて、空気中の微生物まで生命探知のフィルターに引っかかっているのだ。


空気中にも生命体がいて、それを自分が吸い込んでいるという知識をロザリーは持っていなかったのだが、ほとんど本能的な感覚でロザリーは眼球に込める魔力を抑えた。同時に視界の輝きが抑えられ、動き回る強い生命体たちが映し出される。多いのは、2つ生命反応がセットになったものだった。


それが何セットも群れを成すようにして一方向に向かって走っている。直接の視界では木々と煙で見ることはできなかったが、それを、ロザリーは記憶の照合から騎士だと判断した。自分の森を焼き、家族を焼き、友人を焼いた憎むべき騎士だ。


ロザリーにとって、それが自分の森を焼いた本人かどうかなど関係なかった。人間が視界に入った猛獣を恐れるのと何も変わらなかった。


しかし一点異なることがあるとすれば、ロザリーは今とんでもない量の魔素を身体に宿しているということだった。


怒りに沸騰した血液は、一瞬してイクトールを探すという目的を脳から吹き飛ばして、ロザリーに魔術を起動させた。視界が怒りで真っ赤に染まるようだった。


「大いなる氷雪の精霊王よ!その権能を我が前に威光をもって示せ!」


ロザリーが吠えるようにして、唾を飛ばして唱える。以前は魔力が足りず唱えられなかったが、今なら精霊王級の魔術などいくらでも唱えられる。


体内の魔素を魔力として練り上げ、精製し、変質させる。手のひらを木の影の下を駆けていくぼんやりとした生命反応に、殺意をもって向ける。


「極光の結晶よ!来たれ!」


魔力の奔流が氷となる。


槍の穂先のような流線型の菱形の、殺意の籠もった氷がいくつも生成され、手のひらから放たれた。


人の顔ほどの大きさから拳くらいの大きさの無数の氷の矢は、騎士たちに向けて木を薙ぎ倒す勢いで怒濤の如く降り注ぐ。


まさか上空から魔法攻撃が飛んでくるとは思っていなかった騎士たちは、奇襲を受けた形になった。付呪によって強化されていたはずのフルプレートアーマーはひしゃげ、いくつもの氷の矢によって貫通している。


馬は、蜂の巣よりも酷い状態であったことが、皮肉にも騎士の装備していた魔導全身鎧の防御力を証明していたとも言える。粉々になった肉塊を馬だと断言できる者は、一部始終を見ていた者か、かなりの馬フェチに限られるだろう。


「はぁ……!はぁ……!」


ロザリーは滞空しながら、肩で息をする。


(殺した……!私が殺した!)


ロザリーの胸に湧いたのは、後悔ではなかった。


口角は上がり、白く綺麗な歯が覗く。心に湧いた復讐心の火が、敵の血を暖かいスープにして、極寒の殺意を溶かして芯から温める。暫くの間、彼女の心には心細さや後悔や嫌悪感といった感情は現れなかった。


ロザリーは満足感を覚えていた。


人を殺す高揚感。


騎士にとって、彼女に殺される理由はなかっただろう。


だが戦場で死ぬ理由としては、彼女より弱いという理由だけで十分だった。





マリアンヌは自分の耳の機能を疑った。


騎乗したままであったのがよくなかったのかもしれないし、戦場の音で耳が聞こえにくくなっている可能性は大きい。マリアンヌは自分にそう言い聞かせて気持ちを落ち着かせた。


「聞き違えたようだ。もう一度報告せよ」


マリアンヌの幕僚が、彼女と同じく騎乗したままで言った。


「は、はいっ!」


そう言われた騎士は、自分が責められているように感じ、恐縮した。


「別働隊迎撃に向かった50の騎兵は全滅いたしました!」


聞き違いではなかった。マリアンヌは現実を信じられなかった。


だが、それを感じさせない気概をもって、マリアンヌは馬の手綱と宝具エクスリーガをより強く握り締めたに留まった。いつもは暖かいはずの宝具エクスリーガを、冷たく感じた。


「上空からの大規模魔法による魔術攻撃によるものと見られ、周囲には無数の氷の矢がありました!また各所に斥候として配置した騎兵たちもやられております!」


「魔術だと!?こんな小さな集落に付呪を施した鎧を貫ける魔術師が何人もいるというのか!?」


フリードリヒが声を荒げる。大声を出されて彼の乗る馬がぶるる!と不満を訴えるが、無視された。


話が違う!とでも言いたげである。それもそのはずで、フリードリヒが組んだ術式と宝具エクスリーガによってほぼ無尽蔵に供給される魔力によって、エクスリーガ騎士団の装備は宮廷魔導師クラスですら簡単には撃ち抜けないようになっている。


つまりその防御力を突破するということは、帝国の宮廷魔導楽団の合唱魔法とほぼ同等規模の魔導兵が、オークのクソ田舎の集落に多数配置されているということだ。常識的に考えれば、ありえない。


ちなみに合唱魔法は、セイレーンやハルピュイアが使う音節魔法と人間の詠唱魔法を組み合わせた魔法で、文字通り歌うことで魔術を発動させるものだ。複数人が魔力を込め、また術式がかなり複雑で、セイレーンの用いる歌詞をそのままぶち込んだブラックボックス部分もあり、最も複雑怪奇にして強力無比な魔法として知られている。


「敵の勢力は不明です。ですが大兵団が通った痕跡はありませんでした」


「待て。それでは敵は少数部隊ということか?」


横から違う幕僚が伝令兵を問いただす。騎兵集団を一方的に殲滅するほどの合唱魔法なら、100人はくだらないからだ。


「そこまでは……」


「いかがいたしますか、マリアンヌ様」


「当初の目的は集落の討滅。ならばそれを果たすまでだ」


マリアンヌは紅蓮の髪を払って優雅に言った。


「全騎突撃用意。目標、正面の集落残存兵力。私の攻撃に続け」


そういうと、マリアンヌは手にしていたエクスリーガを上段に構えた。マリアンヌにとってエクスリーガは空気のように軽く感じる。マリアンヌ以外の者が触れれば業火に焼かれ、あまりの重さに持ち上げることすらできない宝具エクスリーガである。


紅蓮の宝玉が輝きを増して、ハルバードの形をとるエクスリーガが炎に包まれる。その炎は天高く延びていき、空を焼き焦がすほどにその力を溜めていく。


今からマリアンヌが実行しようとしていることに気付いたのか、唯一の石造りの建物から、数人のオークが飛び出して矢を飛ばすが、その狙いは甘く、それ以前に矢が届く距離でもない。 


エクスリーガから延びる炎は、巨大なハルバードの形を成した。


別働隊迎撃に向かわせた騎兵50の損失は痛いが、その程度が戦局を左右するわけではない。マリアンヌは、この場にいる騎兵全員が敵に回っても勝てる自信があった。なぜなら、宝具エクスリーガは絶対的な力を有していて、自分はそれを意のままに操ることができるのだから。


エクスリーガの炎で形成されたハルバードを、マリアンヌは軽く振り下ろす。突撃を命じるときに、軽く手を振り下ろすように。


2度目の宝具エクスリーガによる大規模魔術が振るわれた。

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