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七天騎士マリアンヌと騎士団


マリアンヌ・オールヌス・ド・トラン・エクスリーガは下級貴族であった。


子爵家であるトラン家に長女として生まれ、また彼女の弟、つまり長男は2年後に生まれたことで、家は跡継ぎを得て、婚姻関係構築の娘を手に入れた。トラン家は順風満帆といえた。


そんなトラン家にさらなる追い風が吹くことになったのは、マリアンヌが15歳のときだった。


宝具エクスリーガが自らの所有者を新たに選定したのだ。それがマリアンヌだった。そのときの光景を、マリアンヌはよく覚えている。


突然トラン家に乗り込んできた近衛騎士団によって、王宮に半ば拉致同然に連れていかれ、宝具エクスリーガと対面した。


禍々しいまでの赤色に揺らめく宝玉が埋め込まれたハルバードが、玉座の前に鎮座していた。それこそが宝具エクスリーガであり、そこでマリアンヌは継承の儀を受けたのだった。


エクスリーガを受け取った瞬間、全身の血液が沸き立つのを感じた。自分では見えなかったのだが、王と限られた大臣たちが目にしたのは、マリアンヌの髪がエクスリーガと同じ火炎を想わせる真紅へと変化したところだった。


その日以来、マリアンヌの名にはエクスリーガの名が付随し、そして先代のエクスリーガの使い手たちが代々残していたエクスリーガ騎士団の団長に就任した。


それがもう5年前になる。


20歳の身体は、張りのある胸と尻が男たちの目線を吸い寄せることを自覚できるくらいに魅力的だ。また下々の者たちが「宝具は好色である」というとおり、マリアンヌは見る者を圧倒する美貌を有していた。


新雪の白い肌に火炎の髪が降りかかり、頑強な意志に燃える赤い瞳に憂いを乗せた長い睫の枝が神秘の陰を落とす。七天騎士の誰もが、その宝具の聖痕として、人ではない神秘の美貌を天から与えられていた。


そのマリアンヌ率いるエクスリーガ騎士団は、ベーティエ公爵の治める街を襲撃して逃亡したオークの逃げ込んだとされる集落を目の前にして陣を敷いていた。


エクスリーガ騎士団の現本拠地は、ベーティエ公爵領の隣のトラン子爵領に位置していた。これには宮廷側の、ベーティエ公爵を軍事力で監視していたいという思惑もあっての位置関係だった。マリアンヌが宝具エクスリーガの使い手というのは、宮廷側にとって非常に有利だった。


そのベーティエの街からの救援要請があったと、マリアンヌは部下から報告を受け、急いで500の精鋭だけを連れて駆け出したのだった。後詰の兵力と補給部隊は、あと2日で到着するとのことだったが、それまでに決着はつきそうにみえた。


マリアンヌは愛馬である白馬に跨がって、敵陣であるブルナーガの集落を見ていた。彼女は赤と白に彩られ装飾された鎧を身に纏っていた。


宝具エクスリーガは真紅のハルバードの形をしている。斧と槍の間の子のようなその形は、馬上から振るうのに適した形だ。だが、馬上からではなく、地に足をつけて両腕で振るっても、宝具エクスリーガはその重量を無視した動きで、マリアンヌの腕に従ったことだろう。


刃の根本、柄の部分に繋がる交差点で、宝具エクスリーガの真紅にして深紅の宝玉が怪しい光を放つ。


マリアンヌは愛馬である白馬の鐙に足を掛け、馬上から宝具エクスリーガを高々と掲げた。宝具エクスリーガの鼓動が、マリアンヌの身体を巡る。


「フリードリヒ。私の攻撃に続いて突撃をかけろ」


マリアンヌの隣にいたのはエクスリーガ騎士団の副団長であるフリードリヒだ。周囲の騎士より一際目立つ鎧は、彼の能力をフル活用した一品で、強力な付呪が施されている。


「了解。マリアのためにも必ずや」


フリードリヒは銀の瞳を好戦的に揺らめかせて言った。その言葉に呼応するように、天に掲げられた宝具エクスリーガから火柱が立ち昇る。雲を焼かんとするほどの火柱は、優に20メートルはあるだろう。


「まあ、フリードのことだから気にしてないわ。必ず勝つでしょ?」


「もちろんさ」


宝具エクスリーガが振り下ろされ、一撃で山林が吹き飛ばされた。





燃え盛る山林。紅に染まる灼熱のカーテンが、緑を舐め尽くして灰色に変えていく。視界を焼く真紅のステージでは、馬に乗った紅蓮の騎士たちが踊っている。


磨き上げられたフルプレートアーマーは、山を焼く炎の幻想世界を映して揺らぐ。手には燃え盛るハルバード。


狩る相手は、森の緑を皮膚に纏ったオークたちだ。圧倒的兵力で、騎士たちはオークたちを狩っていく。


紅蓮の騎士団とも呼ばれるエクスリーガ騎士団に下った命令は、奴隷市場を襲って商品共を略奪したオークが逃げ込んだと思われる村落を、徹底的に焼き尽くすことだった。


奴隷商人たちは金持ちである。奴隷を現地で買い、それを生かしながら輸送し、買い手が付くまで品質を保ち続けなければならない。この商品をより高価にする工程には莫大な資金が必要となる。奴隷買取金、輸送船そのもの、輸送船乗組員、奴隷に与える餌、奴隷輸入関税、果ては商館の維持費、それに加えて税金まで取られるのだ。


だから必然的に奴隷1人の値段は高くなる。今回の被害総額は奴隷だけで輸送船がもう1隻買えてしまうほどだった。


それだけではない。魔道具の被害金額を計上すれば、中古のコルベット艦による護衛船団を構成することもできたかもしれない。


また、これだけの資産を運用する上で、銀行から借りていないわけがなかった。強盗による被害とはいえ、借りていた金は返さなければならない。


そうなると手っ取り早く利益を上げたいのだが、そもそも商館で働いていた奴隷のほとんどが逃げ出してしまったのであるから、もはや継続的な営業は不可能と言えた。


つまり、破産である。


どの時代、どの世界、どの階級においても、金は命より重かった。


ベーティエの奴隷商人、マルコとその息子2人は今後705年に渡って船底でオールを漕ぐか、鉱山でツルハシを振ることが、妻と1人の娘は娼館で80年働くことが決まっていた。


そこで奴隷商人マルコはやけっぱちになった。残った金貨をかき集め、前金としてエクスリーガ騎士団に叩き付けたのである。


その叩き付けた金貨は返済にあてるはずだったものだが、それを返したところで705年が500年くらいに短縮されるだけだった。


要するに頭がおかしくなったのであったが、金貨は金貨として効果を持つので、エクスリーガ騎士団の会計担当はそれをベーティエの商会が額に青筋立てて探し回っているマルコの隠し財産だろうと気付きながらも受け取った。


またエクスリーガ騎士団にも思うところがあった。


彼らは皇帝が主導するエルフ大征伐に、訳あって参加できていなかったのである。全兵力を対エルフに傾ければ、浮浪者や反乱分子の制圧ができなくなって国が傾くことになる、という名目からだった。だが本当の理由は別のところにあるのだが……。


とにかく、他の騎士団たちが未開人の蛮族相手に武勲を上げているにも関わらず、紅蓮の騎士団と畏怖される自分たちが本国でくすぶっているのは不満しかなかった。


団員のガス抜き、武勲、治安維持、奴隷獲得による小金稼ぎ、そして届けられた金貨のために、エクスリーガ騎士団は暇をしていた団員を集めて辺境の蛮族征伐に乗り出した。


そこにマリアンヌやフリードリヒの意志はなかった。現状を憂いたエクスリーガ騎士団の古株が独断で行ったのだ。団長も副団長も知らない。


いや、知ろうとしないのだ、と古株の騎士団員は言っただろう。彼らからすれば、オークたちを殺すのにはそれだけの理由があった。


だが、イクトールにとってエクスリーガ騎士団を殺すことに特に理由はいらなかった。


風を切る音すら立てずに不可視の魔剣が振るわれて、魔法の火炎が切断される。剣筋を気にする必要はなかった。そのまま振り回すだけで、不可視の刀身が獲物を求めて伸びた。


フルプレートアーマーに施された防御と軽量化の術式は一撃で粉砕され、騎士は突然の鎧の重みに困惑した。手に持っていた炎のハルバードは消滅し、残ったのは腰に下げた片手剣だけだった。


対して異界の化け物の形相で咆哮し、生物の根底にある恐怖の化身ともいうべきオークの手には不可視の魔剣だけでなく、見覚えのある片手剣が握られていた。


それはちょうど自分が腰に下げている片手剣のデザインと同じだった。


(こいつ……!)


騎士の全身の毛が逆立った。オークの手にした片手剣の意味するところは、すでに少なくとも団員の1人が討たれたということだ。


騎士の対処は完全に遅れた。馬から素早く降りるべきだったところを、重いフルプレートアーマーをもって躊躇してしまったのだ。


焼き払われた山の下側から、片手剣が飛んだ。対照的に躊躇なく放ったイクトールの片手剣は、馬の頬から額を貫通して即死させた。


ガクン、と騎士の視界が反転して青い空を映し出す。フルプレートアーマーに包まれた身体が地面に叩き付けられて息が詰まった。総重量が自分の体重ほどもある甲冑はすでに自分の身を重力で地面に縛り付ける重りでしかなかった。


それでもヨロヨロと立ち上がろうとして、上半身をようやく起こしたときには、腰に下げた片手剣がイクトールによって抜かれたときだった。抜き放たれた片手剣は鎧の隙間から差し込まれた。





「くそっ!くそっ!くそっ!」


イクトールは騎士の鎧の隙間から奪った片手剣を差し込みながら悪態を吐いていた。


「アンジェリカ!」


イクトールは吠えた。


「わかっていただろう!こいつらがここに近づいてきていることに!どういうことになるかを!答えろ!」


『私は知りませんでしたよ』


女神アンジェリカの声は、名前を呼び捨てにされても冷静だった。


『そりゃあ昔の私なら全知全能を名乗れたでしょうけど、今の私の力は全盛期に比べれば無いも同然……。全知全能なら、異世界から使徒の魂を引っ張ってきて……、なんて面倒なことをせずに現世に私自身が顕現しています』


女神アンジェリカの言い分にも一理あるように思えた。急に罪悪感が湧いてきて、イクトールは耳を垂れる。


「……そうですね、すいません、興奮してしまって」


『いえ。私も存在しない腸が煮えくり返っているところですよ。この調子で騎士団を皆殺しにしてしまいましょう』


「そう、ですね。私も、いや、俺も今、最高に気分がいいです」


イクトールは、復讐は何も生まないという言葉を思い出していた。


何で読んだのか聞いたのかは忘れたが、今思えば陳腐な言葉だ。地面に倒れ伏した騎士の甲冑の隙間から片手剣を突き刺す度に、心に潤いが満たされていったのだ。


騎士の甲冑の間から真紅の鮮血が噴き出すたび、彼らが喉を潰しながら叫んで命乞いをするたび、イクトールの心の泉から生命の水が噴き出すようだった。


でも、まだ足りない。


まずはカルアを見つけることだったが、それには問題が山積みだった。


騎士団は複数人であるが、イクトールは1人だ。こうしてわざわざ落馬した騎士が叫べるように即死させないように刺しているのに、それを助けようという動きは少ない。


さっきまではこれでもかというほどに湧いてきた騎士たちも出てこない。


となれば、ブルナーガ主導である程度組織的な抵抗ができているのか、攻めてきた騎士団が少数で散らばりすぎているか。とにかく何らかの理由があってイクトールはこの地獄を駆け回れているのだ。


「そうだ!アンジェリカ様!カルアは今どこにいますか!?」


『ブルナーガの隣、ですね。今彼らはエクスリーガ騎士団の団長率いる本隊と睨み合っている状態です』


「エクスリーガ騎士団……」


さっきグルオンから聞かされた名前だ。七天騎士団とかいう皇帝直属の騎士団だと。


『宝具エクスリーガに選ばれた女性を中心に構成された騎士団です。団長はマリアンヌとかいう牝ガキで、総勢五千騎に及ぶ七騎士団の1つですね。まあ今回は急いだせいで500騎しかいないようですが……』


「そういえば七天騎士ということは他があるということですか?」


グルオンと女神アンジェリカから告げられた単語は、イクトールの知らない言葉ばかりだった。普段ならファンタジーっぽい!と言って喜ぶところだが、今はそのような余裕はなかった。


『人間族の皇帝直属の7人の騎士。それが七天騎士です。彼女らは宝具によって選ばれ、騎士たちを率いて戦います。宝具は火のエクスリーガ、水のアーキオス、地のダイアロン、風のフィオル、天のランズヴルム、光のガリオテ、闇のズーオールの7つ』


「そのエクスリーガが……」


『そうですね、今ここを襲っているゴミ共の宝具ということですね。あの騎士たちが自信満々に持っていた玩具が、エクスリーガの力で分け与えられたゴミということです』


魔剣で切った燃え盛るハルバードが、不可視の刀身に飲み込まれるように消えたのを、イクトールは思い出していた。自分で作り出した魔術武器だと思っていたが、なるほど宝具エクスリーガから作られたものなら、再び出現させなかったことも納得がいく。


『まあ龍の睾丸に縋っている連中なぞ、我が使徒の足下にも及びません。とりあえず蹴散らしに行きましょう。ここから山頂に向かっていけば、最高のタイミングで横槍が入れれるかもしれませんよ』


女神アンジェリカの囁きは悪魔の囁きだった。


イクトールは女神アンジェリカを信用していなかった。


それでも、今は悪魔しか味方をしてくれないのだ。


もし神がいるのなら、イクトールの視界の端に映る真っ黒に焼け焦げたオークは助かったはずなのである。


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