オークと死闘
イクトールの戦闘スタイルは至極単純であった。騎士相手では、そのスタイルはもっとも効果的であった。
この世界で騎士とは、魔術を使える騎兵のことを言う。爵位としての騎士はあるが、それは伯爵以上の爵位を持つ貴族が好きなように与えられる最下級貴族の1つだ。イクトールの前世と最も異なるのはその貴族の爵位に関するシステムで、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という序列が絶対的なものとされ、それは帝国成立の歴史に大きく関わっていた。
公爵は帝国成立以前に王家に仕えていた者、侯爵は帝国成立以降に加わった者、伯爵は王家と公爵と侯爵を補佐する者、子爵と男爵はそれ以外の功績を上げた者として爵位に列された者たちだ。長い歴史の間に彼らの間でもパワーバランスの崩壊が一部であったものの、議会や社交界といった公的な場では爵位は絶対的なものとされている。
エクスリーガ騎士団の騎士たちはその制度の中でいうところの最下級貴族にあたる騎士であった。皇帝直属の騎士団である七天騎士団の構成員はすべて帝国が雇用している形態をとっており、また有事の際に迅速な対応ができるようにと基幹の騎士団員には騎士の称号が与えられていた。
エクスリーガ騎士団員は付呪を施したプレートメイルに身を包み、宝具エクスリーガの分身である炎のハルバードを手にしていた。だがそれゆえに、イクトールの持つ魔剣による術式破壊は致命的だった。
プレートメイルに施された防御術式と軽量化術式を破壊され、防御力と機動力を奪われ、炎のハルバードは掻き消されて攻撃力を失う。さらにはそれによって動揺したことで致命的な隙を生む。残るのは無力な騎士がオークの狂戦士に屠殺される場面だ。
「くそっ、何人いやがる……!」
馬車から離れ、1人でブルナーガの集落を一直線に目指すイクトールは、14人目の騎士を殺して悪態をついた。
腰には騎士から奪った剣を2本下げ、右に同じく奪った剣と、左に魔剣を手にしている。ベーティエの衛兵から奪っていた剣は5人目の騎士の胸に突き立ててそのままだ。
『エクスリーガ騎士団は順調に突撃態勢を整えています。急いでください。我が使徒イクトール』
「急げって言われても!」
「いたぞ!オークだ!」
「仲間の仇だ!死ね!」
また二人組で騎士たちに阻まれる。馬に乗った彼らの機動力は、徒歩であるイクトールのそれを凌駕する。山の中であるにも関わらず、彼らは巧みに馬を御して坂を踏破する。
「くそっ!」
悪態をついて、手にした剣を投げる。風を裂いて飛ぶ剣は1人の騎士の馬の額に突き刺さって絶命させる。もちろん騎士の馬にも防御術式がかかっているのだが、イクトールの絶大な膂力から放たれる投剣の攻撃力はその防御力を凌駕する。
「うおっ!?」
バランスを崩しても、騎士は軽々と馬の上から跳躍する。鎧に施された付呪の術式が、身体能力を強化しているのだ。
それをイクトールは魔剣の非実在の刃で両断する。プレートメイルの付呪が完全に破壊され、騎士は宙で突然重力の網に捕らえられた。そうなれば騎士は空中でバランスを崩すしかない。跳躍からの落下はそのまま攻撃力に変わる。
「うわ!?」
ボグッ!と何かが折れる嫌な音を立てて騎士が姿勢を崩して着地、というか落ちた。それを戦闘不能と見て、イクトールは残りの騎士に襲いかかる。
「らああああ!!」
「く、くそっ!」
騎士が燃え盛るハルバードを馬上から振るも、イクトールの魔剣がすべてを無に還す。武器と防具を同時に失った騎士が迎えるのは、蛮族による殺戮である。
左の魔剣で切り裂いたままのエネルギーでぐるんと回転して、右のただの騎士剣がかつての持ち主の同僚に襲いかかる。燃え盛るハルバードを持っていた右腕が宙を舞う。プレートメイルがまるで紙屑のようにちぎれ、切り口を空気にさらしている。
騎士は声にならない叫び声を上げ、馬が主人の危機を感じて暴れだし、結果的には主人を振り落としてしまう。落馬した騎士の頭から兜が外れ、無防備な弱点を晒す。イクトールは叫び声を上げ続ける騎士の頭蓋を踏み砕いて、さらに進む。
「くそっ!くそっ!時間がないんだよ!」
咆哮を上げ、イクトールは追い出された故郷を目指す。
*
一方その頃、イクトールに置いて行かれた三名も騎士たちに襲われていた。
グルオンは馬車を目一杯走らせるが、それも無駄な抵抗であった。すぐに魔術による石の矢が飛んできて、車軸が粉砕された。
運動エネルギーをそのままに、地面に叩きつけられる瞬間、ロザリーが防御魔術を展開していなかったら、大惨事となっていただろう。
「凍える風の精霊よ!我が声に答え、氷の刃で敵を討て!」
ロザリーの詠唱で、膨大な魔力が踊り狂う。空中から氷の刃が出現して、馬車の幌を突き破って、彼女らを囲う騎士たちに襲いかかる。1つ1つが意思を持ったような動きで、実戦経験豊富な騎士たちが翻弄される。
精霊魔法と呼ばれるエルフたちの用いる魔術は、自然界に存在する精霊の力と自分の魔力を混ぜ合わせて使われる。彼らが言うところの「契約」を果たした自然界の魔力は、自在に自分の魔力として用いることができる。フリードリヒが用いる魔力操作の劣化版のような効果だ。
空気を切り裂いて翔ぶ氷の刃が、騎士たちの首を次々と狩ろうと襲いかかる。だが、その様子に怯む様子は見られない。彼らは馬車の足を止めたことで、一斉に下馬して戦闘態勢を整える。
「恐れるな!エルフの魔術だ!」
騎士たちは氷の刃を、燃え盛るハルバードによって空中で叩き斬って霧散させる。ほとんど片手間で、まるでハエでも叩き落とすような所作であった。
「ど、どうして!?」
ロザリーの覚えている魔術の中でも最も高等な魔術であっただけに、彼女の困惑は大きかった。氷と火が致命的に相性が悪いことをロザリーは知らなかった。
「くっ!」
ラコがイクトールの置いていった弓を用いて、矢を放つ。しかしそれも空中で騎士の持つ終え盛るハルバードに叩き落とされる。
魔導鎧で強化された力と、宝具エクスリーガによって与えられた武器の力は、圧倒的なものだった。
「うおおおっ!」
唯一、敵から奪った魔導鎧を着たグルオンだけが善戦していた。魔導鎧から与えられる膂力は、騎士と切り結ぶのには十分なものだった。
「ちっ!たかが畜生が!」
だが、騎士の剣術の腕、武器の質の差がグルオンを上回る。膂力ではグルオンの方に分があるが、技術では完全に騎士の方が上だ。それに、燃え盛るハルバードはグルオンの手にしている片手剣より圧倒的にリーチが長い。
善戦と言っても、ロザリーやラコに比べればの話であった。
「大人しく降伏しろ!お前らに勝ち目はない!」
「うう……!イクトールのバカ!なんでどっかに行っちゃったのよ!」
ロザリーが泣きそうになりながらほとんど叫ぶようにして言った。
「ロザリーさん!」
どん、とラコに突き飛ばされ、ロザリーは困惑した。
一瞬遅れて、ラコの背中に火炎の刃が届く。肉の焼ける音と臭いを周囲に届かせながら、致命的な傷がラコの背に深々と刻まれる。
「ああっ!」
悲鳴にもならない声を上げて、ラコはそのまま力なく倒れた。
傷口はグズグズに焼け爛れていて、一目見ただけでも助からないと予感させた。
「ら、ラコさん!」
突き飛ばされたロザリーが駆け寄るが、それを狙って再び騎士が燃え盛るハルバードを振り上げる。
間一髪でその間に割って入ったのはグルオンだった。魔導鎧の膂力でも、ただの剣で宝具エクスリーガから与えられた武器を留めるのは苦しそうだった。
「何してんだ!早く逃げろ!」
「その身に宿る精霊よ、我が声に答え、その器を満たせ!」
ロザリーが詠唱してラコの傷を癒やそうとするが、グズグズになった傷跡はまったく治る気配を見せない。
「どうして効かないの!?」
傷口が焼け爛れた状態での治癒は、不可能に近いこともまた、ロザリーは知らなかった。ロザリーは膨大な魔素とそれによる魔力を手にしていながら、知識の無さによってその能力を十全に発揮することができなかった。
「ぐ……お……!」
剣を上段に構えたまま、グルオンは押されていく。ハルバードの放つ熱量が、グルオンの毛を焦がすのが自分でもわかったほどだ。
(もうダメ……!)
覚悟を決めたロザリーは、全身の魔力を注ぎ込んだ魔術を用意した。故郷の師匠に教えてもらった、自分すら巻き込む最強の魔術だ。
「か、風の精霊王よ!我が声に答え、地上のすべてを吹き飛ばせ!」
全身全霊の魔術が莫大な魔力によって暴風を撒き散らして周囲すべてを吹き飛ばすのと、遠くで爆音が響くのとは、ほとんど同時であった。
登場人物紹介とかってあった方がいいですか?