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転生者フリードリヒ

気がつけば、俺は石ばかりの海辺に立っていた。海辺だろうか。


湿った風を思い切り吸い込む。風が肺の中で爽やかな空気を感じさせる。川だ。自分が立っているのは川辺だ。あまりに目の前の川が巨大すぎるので、海のように見えたのだ。海特有の潮の香りがしないのと、常に緩やかに一定の速度を保ったまま目の前の水が流れてゆくことから、俺は自分が立っている場所を川辺だと断定した。


ではこの川辺は何という川辺で、なぜ俺はこの川辺に立っているのだろう。


「ここは三途の川と呼ばれる場所です。他にもレーテーに流れるアムレス川とも呼ばれています」


自問自答の答えは、同じく川辺にいたローブを着た人間が持っていた。人間としか表現できない声であった。男っぽくもなく、かといって女っぽくもない。若くもないし、年寄りじみてもない。だがそれでいて機械的でもなかった。有機的という言葉がどれほどしっくりくるだろう。そんな声の響きだった。


ローブに頭まですっぽりと身を包んだその人の顔は見ることができなかった。失礼にならないようにこっそり覗き込もうとしても、顔に当たる部分は真っ暗闇に包まれていた。


「残念ながら、あなたは死んでしまったのですよ」


そう言われて、俺は断片的にいろんなことを思い出した。中でも印象的かつ衝撃的だったのは、バイト帰りに車に轢かれたことだった。自転車は飴細工職人が出来に不満があって潰したようにぐにゃぐにゃになり、そして自身は……。


そこまで思い出して、俺は頭を振った。脳味噌をそこら中に撒き散らしながら宙を舞ったとき、自分の意識は時空間の引き伸ばしを認識したのだ。ありとあらゆるものがスローモーションに見え、まるで見せびらかすように舞い散る自分の脳が、車のヘッドライトに照らされて妖しく赤色を主張する。


「実に不幸でした。実に不幸な出来事でした……」


ローブはそう言う。哀れむような声だった。それと同時に自らのミスを謝るような声だった。


「あなたは死ぬ運命になかった。しかし何かの手違いで、あなたは死んでしまったのです。私の、管理不足による不幸でした……」


(ミス?ミスで自分は死んだのだろうか。というより、この何もかもを知っているかのように話すこいつは何者なんだ?)


俺は呆然となった。その心を読んで、ローブは言葉を続ける。


「大変申し訳ないと思っておりますが、元の世界の肉体が損壊してしまった以上、生き返らせるということはできません。ですが、また別の世界で新しい肉体を用意させていただきますので、そちらでどうかお許しくださいませんか」


ローブの男、いわゆる神はそう言った。いわゆる転生というやつである。より詳しく話を聞けば、記憶を持ったまま転生できるばかりか、さらに1つだけ特殊な能力を与えてくれるという。俺はその転生を了承した。





次に意識を取り戻したとき、俺は屋敷の中で女性の腕に抱かれていた。美人で優しげな表情の女性は、慈しむように自分を見つめてくる。彼女が転生先での母親であった。


俺の名は、フリードリヒ・カイザル・ド・フルールとなっていた。銀色の髪に銀色の瞳のフリードリヒは、フルール子爵家という貴族の長男であった。


フルール子爵家に生まれたフリードリヒは、さっそく世界について、屋敷を出入りする人の話や姿から情報収集をした。そして、ここがまさに剣と魔法の世界だということを知るのに、そう多い時間はいらなかった。


屋敷には数人の使用人と母がいた。父は帝都の屋敷にいて、ベーティエ公爵の右腕となって忙しくしているようだった。次第に母も寂しくなったようで、帝都に行ってしまって、屋敷には幼い俺と数人の使用人が残された。


そうなればさっそく魔術の修業である。魔道書を書庫から引っ張り出して、文字の練習がてらひたすら魔道書を読み漁った。魔術を理解するのに時間はいらなかった。


魔素は電子で、魔力は電力、術式を回路とすれば、魔術は電子機器だ。体内にある魔素を加速させることで、魔力を練り上げて、その流れを組み替えることが術式だ。そうすれば魔術が発動する。俺の前世の知識は魔術の習得にも役立った。


神が与えた俺の能力は、魔力制御だった。空気中に存在する魔力を制御して、自らの物として扱う能力で、実質的に魔力切れというものがなくなる能力だった。


その便利な能力は修業にうってつけだった。大量の魔力を消費しても、周囲から吸収することで半永久的に魔術を使い続けることができるのだ。そうして俺は、5歳にして上級魔術を初めて扱うほどになっていた。


「さあ、フリードリヒ様、魔術の練習のお時間ですよ」


5歳の俺にそう言うのは、小さなメイド服に身を包んだ同じ年くらいの幼女だった。名をエティルという娘で、フルール家に仕える使用人の一人娘だ。年が近いということで、遊び相手として向けられているのだろうが、魔術が楽しくて仕方がない俺にとって遊び相手は必要なかった。


エティルは6歳で俺に比べて1歳年上ということで何かとお姉さんぶりたいようであった。エティルはこうして俺に対して、次はこうしましょうああしましょうと言ってくるのだ。


「うん。言われなくてもわかってるよエティル」


エティルが6歳でフリードリヒが5歳でも、俺の精神年齢は30に届かんとする時であったから、何だかちぐはぐな気分だった。


庭で魔術の練習をしていると、エティルがいつも感心してくれて、そうして2人で魔術の練習をするようになるのに、そう長い時間はいらなかった。エティルはどんどん魔術を覚えていった。俺に比べるとその速度はかなり遅かったが、同年代の少年少女と比べれば天才と呼んで遜色ないものだったのは、かなり後になってからだった。


「今日は上級魔術に挑戦したいと思う」


「上級魔術?なんですかそれは?」


俺の言葉にエティルが首を傾げた。


「上級魔術は高度な魔力制御や術式構築が求められる魔術の総称で、……とりあえずすごい魔術なんだ」


話している途中でエティルが眉間に眉をぐぐっと寄せたので、俺は説明を途中で放棄した。


「今日は凍結フリーズの魔術に挑戦する」


「それはどのような魔術なのですか?」


「対象を凍り付かせる魔術だ」


「……冷却クーラーと何が違うのですか?」


冷却クーラーは徐々に冷やす魔術だが、凍結フリーズは一気に凍らせる魔術だ。食べ物を冷凍保存したり、池を凍らせたりするんだ」


「すごいですね!」


たぶんわかってないな。と思いながら、魔術の準備をする。今日はリンゴを対象にして、凍結フリーズの魔術を放つ予定だ。


そういえばリンゴはリンゴとして、麦は麦としてこの世界には存在していた。俺なりに考えてみて、おそらく進化が行き着く先ということで考えれば納得がいった。つまり時間が進んでいって種の多様性が自然淘汰によって収束したり、人間にとって都合の良い種を選別して農耕や飼育を行ったりすると、前世のような動植物ばかりになるのだろうという結論だ。


犬もいれば猫もいるし、馬も豚も牛も鶏もいるのだ。かと思えば前世ではとっくの昔に絶滅種であったマンモスがいたりサーベルタイガーがいたりする。


不思議な世界であるものの、そこに何かしらの意志……つまり神々の何らかの手が加わっていると考えれば納得いく。


リンゴから世界のことを何となく考えながら、リンゴを切り株の上においた。庭に一つだけある切り株は、ずっと魔術実験対象を載せる役割を与えられている。


「いくよー」


そう言って俺はリンゴに手のひらを向けて腕を伸ばし、魔術の術式を体内に展開させる。展開させた術式は、魔道書に書いてあったことを学習して構築している。魔道書を読めばすぐに誰でも魔術を行使できるわけではない。それに付随する科学的知識がどうしても必要になってくるのだ。


今回の凍結フリーズの魔術なら、魔力が干渉する座標を設定して、対象の分子運動を妨げなければならない。具体的には0度になるように分子運動量を魔術によって奪うのが凍結フリーズの魔術なのだ。


つまり熱、分子、運動、座標という意味を理解しなければこの魔術は発動しない。逆に言えば理解していれば術式構築には何の問題もないのだから、前世の記憶を持っている転生者は大きなアドバンテージを有していることになる。だが残念ながら、この世界には普通教育という考えがまったく存在しないので、魔術に関するハードルは高い。


だからこそ、魔術は教育を受けることのできる金持ちが独占している状態にある。


「虚空に渦巻く小さき粒よ、我が定むるところに従いその動きを止めよ!」


詠唱による術式に、練り上げた魔力を通して魔術を発動する。詠唱式魔素利用法、略して詠唱魔法と呼ばれる魔術発動方式である。術式を通った魔力がその性質を変化させて物質へと干渉し、魔術が起こる。


パキ、とリンゴから小さな音が鳴った。


「……よし。成功だ!」


触ってみると切り株の上のリンゴは冷凍されたようにカチコチに凍っていて、思わず腰で小さくガッツポーズをとる。


「……あまり見た目は派手ではないのですね」


エティルが残念そうに言うが、上級魔術は非常に難しい魔術で今回に至るまで何度も失敗しているのだった。


冷却クーラーの魔術は熱を奪うような術式を構成して、後は魔力を注ぐだけなので簡単だが、凍結フリーズは分子運動を阻害するのだから大きく異なる。だが魔道書では氷の系統魔術として書かれているので、混乱するばかりだった。


たしかに、冷却クーラー凍結フリーズってどう使い分けたらいいんだろう?


魔道は深い。





マリアンヌ・オールヌス・ド・トランと出会ったのは7歳のころだった。トラン子爵家の長女で、トラン領とフルール領は隣同士だった。隣同士であるから、もちろん親同士が顔見知りで、社交界なんかではいつも一緒だった。マリアはそのころから美人で、気が強く、そして泣き虫だった。


「フリードは魔法が上手なのね」


栗色の長い綺麗な髪を片手で払いながら、幼いマリアが言う。長い髪は貴族の特権だ。洗髪のために水が豊富に使えて、尚且つ作業の邪魔になっても構わないからだ。貴族は作業などしない。


自分の庭で魔術の修行をしていると、こうしてマリアが観察にくるのであった。フリードってのは俺の愛称だ。ちなみにマリアンヌの愛称がマリア。


「魔法じゃなくて魔術だよ。魔法は方法であって現象じゃないって教わっただろ?」


魔術の超入門書である魔道書「魔道入門」で書かれていることだ。「魔法とは法則を指し、魔術こそ(すべ)を指す」とは初代マーリン、サンマルティア公爵家の祖先の言葉である。


「どうして家庭教師みたいなことを言うの!」


「どうしてって……」


君の母上からよろしく頼まれているからだよ。とはさすがに言えない。


「いいから魔術を見せて!あの綺麗なやつ!」


「花火は夜やらないと綺麗に見えないよ」


マリアと仲良くなった切っ掛けは、オリジナル魔術の花火だった。初めての夜会に出てぐずっているマリアに、庭で花火の魔術を見せてあげたのだ。以来、マリアは度々花火の魔術をせがんでくる。


「どうして!?」


「どうしてって言われても……」


困る。こうしてマリアはどうしてどうしてを連呼してワガママをよく言うのだ。貴族の子供ってのは本当にワガママだ。社交界でも子爵の息子だからとからかってくる伯爵家の息子とかがいて鬱陶しい。


まあ、でもマリアは可愛いから許す。





10歳のときにフリードリヒが魔法大学に入学することになったとき、マリアンヌはわがままを言って泣いた。


「どうして!?どうして魔法大学なんて行くの!?学園のほうがいいじゃない!」


マリアがぐずる。最近おとなしくなっていたのだが、再発したようだった。


ちなみに学園ってのは魔法学園で、宮廷魔導師を束ねる魔導大臣のアヴァリオン公爵が理事長を務める方だ。魔法大学はサンマルティア公爵の方で、それぞれ毛色が違う。学園は貴族と一部の金持ちしか入れないが、魔法大学は才能さえあれば誰でも入れるのだ。特に才能ある学生には奨学金が出る。


「嫌よ!離れ離れになるなんて嫌!」


必ず戻ってくると何度言っても泣き止むことはなかったので、結局帰ってきたら結婚するという約束までしてしまった。


魔法大学では、同級生の貴族に喧嘩を売られて決闘をしたり、前世の知識を生かした新しい魔術を開発したり、迷宮攻略に勤しんだり、充実した日々を送った。


15歳のとき、来年度に卒業を控えた年に、マリアが……マリアンヌが宝具エクスリーガに選ばれた。その瞬間、マリアンヌはマリアンヌ自身のものでも、また俺のものでもなくなった。マリアンヌは帝国のものとなったのだ。


それから俺は、その年のうちに魔力制御の能力から判明した固有魔力特性についての論文を書いて、魔術界を驚かせた。宮廷魔導師として声がかかったがこれを拒否。たまになら協力してもいいが、その代わり自分をエクスリーガ騎士団の副団長として認めることを要求した。


それで、2人は幸せだった。


処女でなければエクスリーガが使えないという事もあって、夜の営みはできなかったし、公に恋人だと、婚約者だと言うこともできなかった。


だが、エクスリーガが新たに使い手を選ぶことになれば……。

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