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人間と女神と



混濁する意識の中、郁人はふわふわと仰向けに漂っていた。


(ここは……?)


夕暮れ時のような太陽の光が視界の端に、その反対の端には巨大な月が浮かんでいる。


(ここは生死の境です)


突然、郁人の脳内に女性の柔らかな声が響いた。


その声は遠くから聞こえるようで、また同時に近くから聞こえるようだった。


「精子!?」


郁人はどこまでも性欲に忠実だった。


魔法使いになるまであと3年に差し掛かっていた童貞に、女性の声で「せいし」という発音はあまりに刺激的すぎた。


ついでに言えば耳元で囁かれている感覚が催眠音声を思い出させ、郁人の下半身に血液を集めた。


郁人は漂っている状態から体を起こした。


どういう原理で体を起こして、さらに空中に浮いているのかはわからなかったが、事実として郁人は夕暮れ時の空中に浮かんでいた。


「……私は女神です。あなたの生前の行いは見せていただきました」


女神と名乗った美女が、不意に虚空から姿を現した。


ギリシャ風の白い衣装を身に纏っている。


郁人はギリシャ神話の神々を思い出し、その豊満な体に勃起した。


ついでに生前の行いを見られていたという点で、オナニーまで見られていたと勝手に解釈してさらに勃起した。


押し並べて童貞の性欲は旺盛であると勘違いされては困るので弁解しておくが、郁人が特別性欲旺盛なだけであることを記述しておく。


「……あなたは罪深い人間です」


「はい!私は罪深い人間です!」


「……なぜ喜んでいるのですか。私は怒っているのですよ」


「はい!叱ってください!」


郁人は性欲に忠実だった。


それとマゾの気があった。


「…………」


女神はだんだんと自分の運命に後悔してきたが、この男を引き当ててしまったのだから、これで我慢することにした。


女神は元々強大な力を持っていたが、次第に信仰が薄れるにつれてその力が弱まってきていた。


そこで信仰復興のために異世界から人間を転生させ、その人間に信仰の象徴として活躍してもらい、信仰をさらに高めていくという手法に手を付けたのである。


要するにマッチポンプである。


しかしすでに他の生命を召喚する余力もない。


女神は結構崖っぷちだった。


「はー…。天界もなかなか汚いことすんだな」


郁夫はだいたいの説明を聞いたとき、そのように吐き捨てた。


女神は喉まで出かかった「お前の顔のほうが汚い」という言葉を飲み込んだ。


「人々が救われる。これは紛れもない事実です。そして私はそのささやかな見返りとして、わずかばかりの信仰を要求するのです」


女神は辛抱強かった。


「ふーん……。で、俺には何くれんの?」


「…………は?」


「いや、だから、俺には何をくれんの?馬車馬の用に働いてそれでお終いはないでしょ?何くれんだよ。労働者がその対価を要求すんのは正当な権利だろーが」


女神は(アルバイトすらもしたことないくせに……!)と思ったが、機嫌を損ねられても困るので黙っておいた。


女神は結構辛抱強かった。


「人間は神の想像を超えてくる」という、神の一度は言いたいセリフベストテンをこんなところで消費するとは思ってもみなかった。


「2回目の人生を与えられると言ってもですか?」


「与えてくれっていつ誰が言いました?はい論破」


苛立ちを抑えながら、女神は郁人の今までの人生を一瞬で振り返った。


何度か吐き気に襲われたが、何とか耐えた。


何が悲しくて自分のケツの穴にペットボトルを突っ込もうとしているキモオタの姿を見なくてはならないのかと、女神は自分の人生を、いや、神生をそっと恨んだ。


「……エルフのいる世界で貴族のイケメンに生まれ変われると言ってもですか?」


「それを早く言えよ!こうしちゃいられねえ!おい!俺は何をすればいい!」


郁人はどこまでも性欲に忠実だった。


「あなたは異世界で名を挙げればいいだけです。その後ろ盾に私の名前を使いなさい。私の名はアンジェリカ。女神アンジェリカです。あなたの生命に良き運命があらんことを」


アンジェリカと名乗った女神は、嫌そうな顔をしながら言った。


この下衆の顔を一時たりとも長く見ていたくなかったからだ。


郁夫の視界が次第に暗くなっていき、そして意識が失われた。


女神は、郁人の足元に暗い穴が開いて、そこに飲み込まれていくのを見届けた。


しっかりと見届けた。


かなーり注意深く見届けた。


自分の想像で人間を推し量るのは危険だとさっき学んだからだった。


あいつならもぞもぞと登ってきそうな気がしたからだ。



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