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大食らいのオークとキュオーン

翌朝、イクトールはいつものように宿屋の一階で大量の朝食を食べていた。イクトール自身は少なめに抑えたつもりだったが、その量は人間族の食べる量とはかけ離れていた。


「オーク族ってのはこんなに食うのか?」


宿屋の主人が、見てるだけでも腹一杯だという表情をしながら、イクトールに聞いた。


イクトールのテーブルに並べられているのは、若鶏の香草焼き、ミートパイ、塩を振った焼き魚、茹でた芽キャベツの山、麦粥の椀、小麦のパン、そしてエールだった。


これだけですでにマルクス銀貨にして4、50枚の価値のある食事である。それを惜しむこともなく胃袋に押し込めていく様はフードファイターじみていたが、イクトールとしては普通の食事だった。


ブルナーガの集落での食事は、大量の麦粥と、狩ってきた動物の肉と山菜を大鍋で煮込んだものだけだった。山の中にあった集落では塩などの調味料や香辛料の安定供給は困難であったため、お世辞にも美味しいとは言えなかった。


ちなみに今テーブルに並んでいる中で最も高価なものが若鶏の香草焼きであり、1匹分のモモ肉が皿に乗ったこれがマルクス銀貨3枚もする。逆に一番安いのが麦粥で、普通の量だとマルクス銅貨1枚で済むが、イクトールはこれを3杯分も注文していた。


その大量の朝食を食べているときに、グルオンがやってきた。宿屋の扉を開けたときには半信半疑の表情で、本当にイクトールがここにいるだろうかというような表情だった。


だが、鼻をひくつかせてすぐにイクトールを見つけると、毛に覆われた尻尾を振って喜びを表現した。


「おお!本当にいた!」


そう言って笑顔でグルオンは片手を上げて挨拶し、イクトールも笑顔で返す。イクトールは向かいの椅子を示して座るように促した。


「何か飲むか?」


「いいのか?」


「遠慮するなよ」


「ありがたい。じゃあ俺も蜂蜜酒を」


イクトールは蜂蜜酒を給仕の人間族の少年に注文し、それから忍び笑いのようにくっくっくと笑った。


「衛兵が昼間っから飲んでていいのか?」


「実は、その……。クビになったんだ……」


グルオンは尻尾をしゅんとさせた。


「クビに!?なんでまた……」


「兵長には俺が仲間を見捨てて帰ってきた裏切り者に見えたんだろう」


また、事実として恐怖に襲われて仲間を見捨てて逃げた衛兵も何人もいた。そういうやつらにも平等に、兵長はクビを宣告していた。そういった平等感があったからこそ、グルオンは明確な不満を抱いていなかった。ダンジョン化した遺跡で九死に一生を得たという安心感が、彼の心を仮にでも満たしていたからかもしれない。


とにかく、グルオン自身、兵長の自分に対する処罰に対して文句があるわけではなかった。むしろ清々していた。


「1週間の猶予はくれたが、俺は直にここを出て行かなくちゃならない……」


グルオンは悲しそうでもあり、清々しくもある、複雑な笑顔を浮かべた。それは虚無的な笑顔でもあった。


今まで腐敗していく衛兵たちを見ていて、心のどこかで辞めたいという気持ちがなかったわけではないし、そういう理由でやめていったキュオーンの同僚がいなかったわけでもない。キュオーンは正義感と同じくらい義務感の強い種族であるため、容易にやめる同僚は少なかったが、それでも汚職の片棒を担ぐくらいならとやめていく者も後を絶たなかった。


「へへっ、1週間後に街で見かけたら殺してやる!って言われてよ」


グルオンは虚無感を漂わせながら笑った。


「あ、そうだ。朝飯は食ったか?」


イクトールはグルオンに気をつかって言った。職を失ったのなら、きっと節約のために朝食を抜いていると思ったからだった。


「いや、まだだ」


そしてその予想は当たっていた。現代でいう不名誉除隊にあたるわけだから、ちゃんとした保障をつけて解雇されたわけではないだろうと、イクトールは踏んでいた。


それに衛兵は薄給であるだろうという予想もついていた。むしろ彼らは公権力を盾に、賄賂によって生計を立てているとさえ思っていた。そしてそれは事実だったが、グルオンは生来の潔癖症から賄賂は受け取っていなかったため、貯蓄もほとんど無いに等しかった。


「よかったら奢らせてくれないか?」


そういうことを予想して、イクトールは提案した。


「なんだ、気を使ってんのか?」


気分を害したようで、グルオンはむっとした顔をした。キュオーンはプライドの高い種族でもある。そういう反応をされることは、イクトールも予想していた。


しかしイクトールの思惑は、ただ単なる哀れみや同情といったものではなかった。もっと単純な、下心からだった。


「いや、そうじゃない。もしよかったらちょっと案内を頼みたくてね」


イクトールは意味ありげに微笑んだ。オークの微笑みはかなり怖い顔だった。それを見て、グルオンは失敗したかな、と思い始めていた。


しかし毒を食らわば皿まで、と思い、グルオンは目一杯高そうな食べ物を注文した。


香草で包んだ子牛のステーキ。これがマルクス銀貨7枚。ベーティエの海で採れた新鮮な数種類の貝を使ったスープ。マルクス銀貨2枚。チーズをたっぷり使ったピザ。マルクス銀貨4枚。


そして極めつけに食後のデザートとして、凍結魔法によって凍らされた山羊のミルクアイスを注文した。これが一番高価で、マルクス銀貨16枚であった。他にも多数の飲み物が注文された。


イクトールは自分から奢ると言った手前、断ることもできなかったし、また逆にこれだけ食べればグルオンは断れないだろうと考えた。しかし勘定がマルクス金貨にして4枚に及ぶとは、さすがに予想していなかった。


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