表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/96

遺跡ダンジョン化


イクトールは真っ白な闇の中にいた。


紋章から放たれた何万lx(ルクス)という光を浴びせられたイクトールは失明していた。


光が網膜に焼け付いて離れず、その場にうずくまるだけだった。


いつだったか、小さく思慮の及ばないころに太陽を見続けたときの何万倍の痛みと光が目を焼いた。


『あ、目を閉じるように言うのを忘れていました。面倒ですが治してあげましょう』


ふわりと、花の香りがしたような気がした。


そのあとには痛みも眩しさも闇もなかった。


まるで夢から覚めたように、イクトールは無傷、健康、五体満足だった。


『今のでだいたいあなたの送った魂は消費してしまいましたが……、まあ、いいでしょう。私の過失でもありますし、褒美です。感謝しなさいイクトール』


「あ、ありがとうございます……」


女神アンジェリカは、イクトールの傷の治癒に3つの無駄な魂を使ったが満足だった。


紋章が起動したことで新たに天球に星が追加されて新しい星座を形作り、イクトールの魂に施した術式を補助するようにできたからだ。


これによってイクトールの術式によって変換される魂のロスが少なくなり、より効率的に魔力を吸収できるようになった。


ただ、恩着せがましく言われたイクトールは不満だった。


しかしこれもまた「神の御業」と呼ばれる奇跡の魔法であり、魔素利用法研究者なら何を差し出しても一度は見たい魔法だったのだが、そんなこと元ヒキニートで機械の世界の住人だったイクトールには理解できないことだった。


『では次に、紋章の保護を優先としましょう。奥に進みなさい』


イクトールは女神に導かれるまま、遺跡を下へ下へと降りていった。


今までの宮廷魔術師たちの調査では、さっきの女神アンジェリカの紋章が最奥だったはずなのだが、いつの間にか新しい道ができていた。


すでにダンジョンの第一段階の術式は起動され、ダンジョン内部は外とは隔離された空間魔法に満ちている。


空気中の魔素は適切に保たれ、常に魔物の生息しやすい環境へと変わった。


あとはその魔物を召喚するだけだった。


当然、これも魔素利用法、通称魔法のなせる技で、かなり大規模で複雑なものであった。


帝都の宮廷魔導師が全員束になっても実現できないような、大規模な空間魔法であったが、イクトール自身は何がすごいのやらまったく理解していなかった。


女神アンジェリカはダンジョン内の地図を持っているかのようにスムーズにイクトールを案内した。


『ここです。止まりなさい』


ダンジョンを下って行き、30分もしたころ、ようやく女神アンジェリカが止まれと命じた。


イクトールは体力的に何の問題もないはずなのに疲労感が蓄積していっていることに違和感を覚えた。


『ここは魔素が濃いですからね。普通の定命の者なら、モンスター化しているころですよ。神の使徒たるあなたでも、あと数日ダンジョン内にいれば異形の者と化します。気をつけてくださいね』


女神アンジェリカはさらりと怖いことを述べた。


「異形の者……?」


イクトールの目の前に、ランタンの光に照らされた壁が見えた。


壁には円と四角と三角とその他多角形が組み合わされた、何か判別の付かない模様が描かれていた。


幾何学的模様は壁に連なって刻まれていて、床にまで伸びていた。


『ええ。あなたなら、……そうですね。潜在能力も高いですし、悪魔型か、巨人型にはなれるでしょう』


女神アンジェリカとしては褒めたつもりらしいが、イクトールにとって気分が悪くなる以外の効果をもたらさなかった。


悪魔型は魔素の過剰吸引によって理性を失い、魔力暴走状態になっている2m前後サイズの人型の魔物。


巨人型はこちらも魔素の過剰吸引によって体組織が変化し、過剰成長した、最大10mほどにまでなるサイズの人型の魔物である。


どちらも1体で村1つを一夜にして滅ぼせる力を持っている魔物で、現れたときには軍隊が対応するレベルの魔物である。


そのため女神は好意的にイクトールの潜在能力の高さを褒めたつもりだったのだが、それを知らないイクトールにとって、恐怖を煽るしか効果を及ぼさなかった。


「で、どうすればいいんですか?」


イクトールはすでに心で念じることをやめていた。


身体が疲労感を訴えていて、集中力がもう保たなかった。


『では復唱しなさい。「久遠の闇に潜む者」』


「久遠の闇に潜む者」


『那由多を超えて響く我が声に』


「那由多を超えて響く我が声に」


『応えし者には血の盟約を』


「応えし者には血の盟約を」


『闇より這い出て光に実像を照らせ』


「闇より這い出て光に実像を照らせ」


『復唱終わり。血をここに押し付けなさい』


女神アンジェリカによる魔法なのか、壁の一点が光を帯びて、闇の中に青白く、ぼうっと浮かび上がった。


そこに指を切って押し付け、イクトールは強く目を閉じた。


またさっきのように目が焼かれると思ったからだ。


しかし強く閉じた瞼の向こうには、一向に光が溢れてこなかった。


「……あれ?眩しくない?」


『術式は正しく機能したようですね。3000年前の物で、ちゃんと動くのかは心配でしたが……。さすが私』


女神アンジェリカは誇らしげに言った。


瞬間、イクトールはおぞましい気配を感じた。


ぬるり、と闇から這い出てくるような薄気味悪い、殺意とも判別付かない気配を感じたのだ。


それは狩りをする狼のものでも、こちらを窺う鹿のようなものでもなかった。


単純にそこに存在するだけの気配。


岩に気配があるとすれば、こんな気配なのだろうとイクトールは思った。


カンテラをそちらに向けると、そこには紋章から滲みだすように現れた緑色のドロドロした粘着質の液体があるだけだった。


『あ、逃げてくださいね。今召喚したのは自己増殖術式を兼ね備えた単純な魔物です。私、ヴァナディースほど増殖術式が上手いわけではないので、スライムくらいしか作れないんですよ』


ヴァナディースはデックアルヴの女神だ。


「スライム……?」


『ああ、それではありませんよ』


イクトールは思わず、国民的ゲームの青いアレを思い浮かべたが、アンジェリカにすぐに否定された。


『最弱にして最強とも言われる魔物です。自己増殖術式を内包しており、他にはその酸性の不定形の肉體以外の武器を持たない魔物です。唯一の弱点はコアにありますが、コア以外は不滅の肉體。本体から冷気魔法で凍らせて引き剥がさない限り、その身が滅ぶことはありません……』


女神アンジェリカが、イクトールの心の中で物騒なことをぶつぶつと呟いた。


そのころにはイクトールは来た道を戻って一目散に逃げ出していた。


上りであったが、走ったので20分も立たずに出口まで辿り着いた。


「あ、あれ?夜になってる……?」


イクトールが遺跡に入ったのは昼前であった。


しかし遺跡を出たときにはすでに太陽は沈み、闇の世界に変化していた。


『ええ、ダンジョン化したときに歪めた空間の弊害です』


女神アンジェリカはそう言うだけにとどめた。


本当はダンジョン化してあまりに広大になった遺跡を歩くイクトールの意識を飛ばしていただけなのだが、面倒なのでそういうことにしておいた。


すでに城壁の外に衛兵が集結しており、謎の閃光を確認するために遺跡に向かおうとしていたところだった。


遺跡を出たイクトールは、城壁付近に展開される多数の炎を見た。


衛兵の持つ松明の炎である。


その光景は前世の夜景を思い起こさせた。


『衛兵がここを包囲しようとしています。逃げ道を指示するので急いでください』


イクトールは魔素に侵された身体をおして、這々の体で女神の指示に従い、ベーティエの宿屋に戻った。


そのあとは宿屋のベッドで泥のように眠った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ