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オークと港



ナーキスのマルダー商会での取引はスムーズなものだった。


荷降ろし場にそのまま荷馬車で乗り付けると、口髭を蓄えた恰幅のいい人間族の商人がすぐに駆けつけた。


それを見てナーキスもひらりと御者台から降りた。


イクトールはどうしていいかわからずにただオロオロした。


「やあ、ナーキスさん。いつものやつかい?」


「おう。10ある」


そう言ってナーキスは肩越しに親指で荷台を示した。


「はいよっ」


そう言うと荷降ろし場の商人は手元の短冊形の帳簿にさらさらと何かしらを書き付け、そのページを引きちぎってナーキスに手渡した。


「ありがとよ。ちょっと待ってな」


後半の言葉はイクトールに向かってのものだったようで、ナーキスはそう言うと、さっと商会の中に姿を消した。


それから荷降ろし場の商人は小僧に指示を飛ばし、ナーキスの荷馬車から荷物を降ろさせ始めた。


この流れるような素早い取引も、ナーキスの人徳があってこそなのだろうかと、イクトールは思った。


「俺はナグー。オークのあんた、ナーキスさんとはどういう関係?護衛?」


所在なさげにボーっとしていると、恰幅のいい商人がナグーと名乗った。


挨拶されては無視するわけにはいかないので、イクトールは御者台から降りて握手を交わす。


「イクトールだ」


ナグーは驚いたようで、商人が顔に貼り付ける笑みが揺らぎかけた。


イクトールの名乗りが、厳つい顔で飛び出した牙の間から漏れ出る唸り声のようなものだったからだ。


イクトールの容姿はどうしても人間族を怯えさせるようで、城壁内に入ってから何度も恐怖の目線が刺さるのを感じていた。


「ナーキスさんには観光案内してもらってる」


「そ、そうか!まあゆっくりベーティエの街を見ていくといい。ここはいい街だからな。港には行ってみたかい?」


「いや、まだだ」


「そうか!ならぜひとも一度は行くといい。こーんな巨大な船が何隻も停泊しているところが見られるぜ」


ナグーは両腕を大きく広げて船の大きさを伝えようとした。


「よう。何かふっかけて売るつもりか?」


ナーキスが商会の建物から出てきて、ナグーに言った。


「まさか!ナーキスさんのお連れさんに悪どいことはしませんよう」


「ふふっ、言ってみただけだ。何話してたんだ?」


「いえ、今ちょうど港に巨大魔導船が来てるんで、観光者なら一度は見に行ったほうがいいという話をですね……」


「ああ、マスターがそんなこと言ってたな。また治安が悪くなるんじゃないだろうな」


ナーキスはデックアルヴの黒い手で頭を掻いた。


「いや、正直そればっかりはわからん。ただネクロマンサーどもも集まりつつあるから、衛兵は気が立ってるようだ」


「ライトエルフどもは?」


「まあ、いつもどおりだ。それよりアイエルロたちが騒がしいな」


「あー、道理で街中で見ねえわけだ」


ナーキスとナグーは矢継ぎ早に言葉を交わしているが、イクトールには何の話をしているのかさっぱり理解できなかった。


「あとで説明してやるよ」


わけがわからないという顔をしていたイクトールを見て、ナーキスが言った。


それを見てナグーは笑った。


「ナーキスさん、とうとう弟子を取るんで?」


「取らねえよ。こいつには金もらってるしな。今はこいつが雇い主ってこった」


雇い主、という言葉を聞いた瞬間、ナグーの眼の色が変わったようにイクトールには見えた。


「じゃあ、港にでも行くか」


ナーキスがそう言ったので、行くことになった。


イクトールには遺跡を探索するという使命があるのだが、女神との連絡が取れない今は、のんびり観光を楽しんでもバチは当たらないだろうと考えた。


ナーキスの勧めで荷物はマルダー商会に置いていくことになった。


イクトールは渋ったが、最終的にはこんなに重い物を持って歩きまわることはできないので折れた。


イクトールは護身用の片手斧を革で覆って、腰に下げただけで行くことになった。


もちろん金貨や宝石のたぐいは全て持って行くことにした。


「魔導船ってのは、要するに魔法で動く船だ」


ナーキスが道すがらいろいろと説明を繰り広げた。


イクトールはそれを露天で売っていた食べ物を食いながら聞いている。


右手には丸焼きになった魚が串に刺されていて、十分に塩が振られていてイクトールの舌を楽しませた。


「魔導船ってのは中央に魔石があってだな。それが一定の魔法を出し続けるんだ。魔導船なら水流操作って感じだな」


「もぐもぐ……、何で魔法使いが直接魔法を使わないんだ?」


「前まではそうだったさ。でもお前考えても見ろ。1週間ぶっ続けで魔法を使い続けることができると思うか?」


「いや、思わない」


「そこで魔石に魔力を貯めこんでおくわけだ。それからあとは魔法防具の要領で魔法が自動発動して船が進むってわけよ」


「もぐもぐ……、なるほど」


イクトールは前世の世界の戦艦を思い浮かべていた。


悠然と大海原を駆け、巨大な砲によって敵を撃滅する海の違法建築物は扶桑と山城。


どうしてああなったと郁人は心の中で呟いた。


どうやらこの世界ではエンジン技術は開発されていないようだった。


ただ魔法による別の原理の動力が確立されているらしく、その事実にイクトールの期待は高まった。


「その魔導船を使って遠い国から物資を大量に輸送してくるんだが、荷物が多いおかげで検査もずさんにならざるを得なくて、今じゃベーティエですら麻薬が横行してやがる……。今は荷揚げで忙しいだろうが、いつもならその辺に麻薬で頭が月まで飛んでるアイエルロが転がってるはずだ」


どうも話を聞けば聞くほどアイエルロという種族は社会規範に反している種族らしかった。


自由気ままという範囲では済まない種族特性のような気がしてきた。


「で、あれが魔導船だ」


建物の陰から出ると、急に視界が開けて港の全容を見ることができた。


イクトールは思わず息を飲んだ。


港には巨大な船が3隻、並んで停泊していた。


その船は木製で、帆船の形をしていた。


全長は100mほどで、全体的に細長い形状をしており、ところどころが金属で補修されているように見えた。


その船体には荷揚げ用の橋が駆けられていて、次々に荷物を降ろしていた。


その木製の橋を行ったり来たり走り回っているのは全身に毛が生えた二足歩行の猫、アイエルロだった。


そこかしこからにゃあにゃあと鳴き声が聞こえ、港の賑わいを後押ししている。


アイエルロの殆どが腰に元は白だったであろう茶色い汚い布を巻いているだけだった。


中には何も身にまとっていない者もいる。


そのアイエルロたちを取り仕切っているのは人間で、腰に護身用らしき剣を下げているのが見えた。


さらにその様子を衛兵がイライラした様子で見守っている。


衛兵は人間かキュオーンで占められていて、他の種族は見えなかった。


そこで、イクトールはまだこの街に来てから一度もオークを見ていないことに気付いた。


「大きいだろ。これが技術ってやつだ」


ナーキスが誇らしげに腕を組んで言った。


正直、前世の世界で一番大きな船が全長500m近いものだったので、大きさに関して感動したわけではなかった。


アイエルロの働く姿にでもない。


魔導船という技術に関してでもない。


イクトールはただ海が見えたことに感動していた。


思い返してみればこの世界に転生してからまだ海を見たことがなかったのである。


「ふふ、感動して言葉も出ねえか」


ナーキスは田舎者であるイクトールを優しげな視線で見た。


そこでふとイクトールの目に留まる物があった。


それは船の中から引っ張られるようにして出てきた罪人たちのように見えた。


手と足に鎖が巻かれていて、ムカデ競争のように何人もが連なって進んでいる。


その列をとぼとぼと歩いているのは、不自然に肌の白い耳の尖った種族だった。


「エルフだ……」


「エルフだな。正確にはリョスアルヴだ」


「あの人たちは罪人か?」


「違う。奴隷だ」


「奴隷!?」


イクトールは再度目を凝らした。


15年に及ぶ野生での生活が、イクトールのオーク族としての視力を限界まで引き出していた。


イクトールの目には錆びて不衛生な黒い鎖に手足を縛られて、うつろな表情でとぼとぼと歩く奴隷の姿が写った。


そして、イクトールの中に切ない感情が浮かんだ。


「彼らが何をしたんだ……」


「戦争で負けたんだろ」


「戦争?どことどこが?」


「そりゃ帝国とエルフがだよ」


ナーキスはさも当然かのように言い放った。


「皇太子がエルフの矢で死んで、そりゃえらい騒ぎだったんだぜ?知らないのか?」


「聞いてないぞ……。だって物価も安定してるし、人々だって普通に日常を送ってるじゃないか……!」


「何言ってんだお前さん」


イクトールは、郁人は戦争といえば全面戦争しか知らなかった。


戦争というものにいくつか種類があり、いくつもの原因と解決方法が存在して、いくつもの影響とそれを抑えるすべがあることも知らなかった。


「適当に新聞でも見りゃ情報は載ってるだろ。まあ、その辺はお前さんの好きなようにしな」


「あ、ああ……」


「ん、どうした?疲れちまったか?」


「ああ。ちょっと目眩がする……」


「日に当たりすぎたか?お前さん、デカイのにヤワだなあ」


ナーキスはそう言って笑い飛ばしたが、イクトールには原因がわかっていた。


一度に大量の情報を脳が処理しようとしてオーバーヒートを起こしかけているのだ。


イクトールはナーキスに宿を案内してもらって、そこで泥のように眠った。


宿は朝食付きでマルクス銀貨15枚で、ナーキス曰く相場からすると普通よりちょっと高い宿らしかった。


その際に船が停泊してるから一時的に安宿からいっぱいになってしまうのだとナーキスは説明したが、イクトールの耳には入らなかった。


その日は港を見るだけに終わったが、イクトールは疲労困憊だった。



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