いつか、したいこと。そのいち
厚手のカバーのノートに書いたこと。
初めは
アップライトピアノを買う
とだけ書いてあったのに
気づいたらそのまわりに文字がいっぱい居た。
溢れでた気持ちだから
忘れっぽい私が忘れないように、記しておこうと思う。
そのいち。
アップライトピアノを買う。
高いから、中古でもいい。
中古がいい。
私が小さい頃、小学一年生の頃、私の家にやってきたピアノ
中古のピアノ
でも新品みたいにピカピカ光ってた、指紋ひとつないピアノ
私のもの!
私だけの宝物!
私のもとから居なくなるなんて、これっぽっちも思っていなかった
私の大好きなピアノ 今は昔のピアノ
私が頭をぶつけて、頭のてんかちをパックリ切ってしまうくらい、強いピアノ
とっても大好きだったのに、練習が嫌でたくさんは触ってもらえなかった寂しいピアノ
あの白い鍵盤の、シの音ひとつ、出なかったピアノ
鍵盤を叩くとそこだけ他より少し固くて、まるでしこりがあるみたいだった
最後まで押さえきれない鍵盤が気になって気になって
だけどあんまりにも私がピアノ教室の度に「嫌だ」って泣き喚いたから、治してもらえなかった
ある日突然、リビングからいなくなった
私はピアノ教室の度に泣き叫んだけど、本当は続けたかった
その証拠に「なら、やめなさい」って言われると「いやだ」って言ってまた泣いた
だけど中学生になるときに、やめてしまって
数年後にはいなくなった
私の小さな手の、小さな指に吸い付くように跳ねていたあの白い鍵盤も
覗き込むと私の笑った顔が映ったあの黒い鍵盤も
怒られとき、
悲しいことがあったとき、
嬉しいことがあったとき、
いろんなときに下に潜り込んで「ねえねえ、きいて?」ってたくさんお話したあの優しくて木の匂いがする大きな黒の世界も
みんなみんな、一緒にいなくなった
あの鍵盤の重さは今でも覚えている
家にある古いキーボードとは全然違う
もっと重くて、繋がっていた
触れた瞬間瞬間に、『嗚呼、一緒になった』って思えた
どんなに練習が嫌いで、どんなに下手くそで、どんなにピアニストを目指してる人と遠く離れていても
わかる人にはわかると思う、あの重さ
「何様のつもりだ」
「その程度でピアノを語るな」
そう言われても、忘れることはできない
どうしてもっと触れて、愛さなかったのか
ただ後悔と悲しみと
また逢いたい
っていう想いばかりが募って
また、あの名前も知らないピアノを探している
きっともう新しい誰かに選ばれて、大切にされて
いっつも触れられて幸せになったピアノ
だといいな
きっともうあのシの音のしこりは治っていて
元気に生き生き歌っているピアノ
だといいな
だけど、また、逢えるといいな
なんて
ずるいこと考えてる
「ずっと待ってた」
私のために売れ残っていて
私でも見つけられるような、近くにいて
そんなことって、ないだろうに




