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鳶渡の時  作者: 春日戸
第壱話【鳥の声】
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1-6

 煙の漂うトキの部屋。あれから一日が経過した。

 トキは何事もなかったかのように、寝転がりながら煙草を吸い、テレビを観賞していた。


「ふぁあ」

 欠伸が所々で出る。

 窓に目をやる。空は汚い色をしているが、雲も見当たらず良い天気だった。


「……昼飯、何食うかな」

 呟きつつ、リモコンをいじる。


「グルメ番組ねぇかな」

 チャンネルを何度も変える。そんな日常を流す中――


バァアンッ!!!


 玄関扉が壊さんばかりの勢いで開かれた。


「ん!?」


 不躾な轟音にトキは飛ぶように上半身を起こす。


ドッダッダッダッダ!


 間もなくして、誰かが侵入してきた。


「!」

 トキはその人物を捉え、何かを発しようとした。が、そんなことお構いなしに、掛け声が先行する。


「喰っらっえーーーッ!」


ゴウッ!と四角いモノが烈火の如く投げつけられ、風が轟く。


「いっ!?」


トキは反応することさえ出来ず、素直なまでに的になり、四角いモノの側面が額に直撃した。


ドガッ!


 トキは抵抗の余地なく、痛烈な衝撃によりそのまま後ろに倒れた。ヒュンヒュンと四角いモノは空中で回転し、垂直に落下する。落下地点はトキの腹の上。


ドッ――という鈍い音が木霊した。


「ぐっっっふっっ!」


 あまりの激痛にトキの意識が飛びかける。しかし意識は辛うじて保たれていた。いっそ飛んでくれたほうが楽だったと思える痛みが痛覚を介して刺激を与える。

 ゴロゴロと声にならない声を発し、悶え苦しむトキを見て、侵入者、いや、暴君は言う。


「来世は遠い話だから、現世で逢いに来てやったわよ」


 腰に手を当て、指先をトキに向け、毅然とした態度。

 悶え、涙を浮かべながらも、しっかりとその人物を視界に捉えたトキは、辛辛に言う。


「と………り…こ」


 精悍な赴きの侵入者は、鳥子――もとい、宮路 美登理であった。

 トキはゲホゲホと嗚咽を吐いて息を整える。そしてふーっと大きく息を肺に取り込んで、


「てっめぇ!! 殺す気か!!」


 と怒号をぶちまける。


「成功報酬の受け取りに失敗したあんたが悪いのよ」


 美登理はしてやったと言わんばかりの表情を見せた。

 トキはその言葉から、何が自分を痛めつけたのか見てみると、傍らに縦30cm・横50cm・厚み8cmほどのアタッシュケースが寄り添うように寝転がっていた。トキはそれを持ち上げる。中々の重量感だった。

 アタッシュケース。中の物品を保護するため、強度は非情に硬い。映画などでは拳銃の盾に使われることもしばしばあるほど。勿論、それほどの強度のアイテムは鈍器にも最適。打ち所が良ければ相手を一撃の下、撃破することが可能という優れものだ。


「……。まじで殺す気か!」


「何よ? 振込先を指定してないんだから、直接しかないじゃない」


「あー…、そういや伝えてなかったな。どうせ無いモンだと思ってたから……って! そういうことでなく! 生きてるってことはだ、俺は命の恩人だろうが! 顕著の一つくらい覚えて来い!」


 説教もとい不満をぶちまけるトキに対し美登理は、「はぁん? 県庁所在地デスカ、アハーン」と恍けた面構え。ワナワナとトキの拳が震える。


「てめぇ、性格ひん曲がりすぎだろ……ッ!」


 美登理はフフンっと鼻を鳴らす。


「ま、一応確認しといてよ、中身」


 怒りの矛先を簡単に払いのける美登理に、トキは厭きれ、言われるがままにアタッシュケースを開いた。中には100万単位の札束が20束。2000万円。と、ひと際目に付く包装されている蕎麦の袋。トキは2千万円という巨額に目も暮れず、蕎麦の袋を取り出した。


「なんで蕎麦が?」


「あれ、知らない? 日本には代々、引越の際にご近所さんに挨拶回りで、蕎麦を配る風習があるのよ。細く長いお付き合いを。という意味合いと、側に置かせて頂きますと掛けているやつ」


「……それは知っているが、それを俺に渡すというのは…………どういう事なんだ?」


 トキは自身の洗練された勘繰りを単純明快に否定したかった。察したくないと暗に、いや、全面に出した表情に対し、美登理は満面の笑みで答える。


「此処に引っ越してきたのよ、私」


「    」


 余白、空白。そんな時間が流れすぎていく。美登理はそんな状態お構いなしに話を続ける。

「あの後、お父さんと話し合ってね。学校には通うけど、一人暮らしさせて欲しいっていってね。お父さんは若い女の子の一人暮らしは危ないって認めなかったけど、『信用たる人物の近くなら』ってことで渋々了承してくれたわ」


 腕を組んで喜々に語る美登理の言葉に、抜け殻のようだったトキが反応を示す。


「信用たる人物って?」


「あんたのこと」


「…………」


 トキの口の端がヒクヒクと嫌に持ち上げる。


「ああ、あとココさ、私が大家になったから」


 あっけらかんとした態度で美登理はそう言明した。


「は?」


「家を出るときに、お父さんから5億貰ってね。1億でここの土地と物件を買うって大家さんにいったら、快く売ってくれてね。ほら、権利書」


 突飛な話に真剣に耳を傾ける気はトキに無かったが、突き出された美登理の手には、元大家の古谷ふるやは『この土地と物件を美登理に譲渡する』という実印入りの権利書があった。


「……まじ……かよ。にしても手が早すぎじゃねぇか?」


「謹慎処分が1週間しかないから、急がないと、だったのよ」


「謹慎処分?」


 トキの眉が曲がる。鍵をくすねたにしろ謹慎処分は過多な見方。疑問が溢れる中、美登理は片目を閉じて補足する。


「そ、あの後、私は飛び降りる意志を失くして屋上に戻ったんだけど、誰かに見られていたらしくて、学校に連絡されてね。駆けつけた教師たちに見つかって敢え無く御用。加えて、あんたが残していった産物が拍車をかけてねー」


 トキは脳内に検索を掛けて答えを見出す。


「俺が残していったって、あの詞か?」


「違う。あんたがパカスカ吸ってたもの」


 速攻で否定され、トキは己の行動を顧みて、「あー…」とうねり声を上げた。


「……それは…悪かったな」


「あれのせいで私が煙草吸ってたって散々言われたんだから。お父さんはすぐ分かってくれたけど、教員は何であんなに頭が硬いのかしらねぇ」


 手のひらを上にして、美登理は嘆息交じりに呆れ顔を作った。


「ああ、そういえば気になってたんだけどさ」


 美登理は思い出したように手の平に判を押した。


「ん?」


「何でお父さんはあんたのことを知っているの? 確かお父さんは私が飛び降りして、重傷で助からないからってことであんたに依頼したのよね。今の私は飛び降りをしていない【私】なんだから、お父さんがあんたに依頼するなんてしないわよね?」


 美登理の言い分は、過去の改変を行なう前、行なった後で生じる現行の世界の情報の変化のことを指す。トキは感心した表情を作ると、すぐに得意げに口を開いた。


「へぇ、いい所に目を付けるな。まぁ……理解できんだろうが、一応説明しよう」


 トキはそう言うと、隅に置いてあったメモ用紙を拾い、その中から2枚の紙を千切った。


「人というのは【3枚の紙】で出来ている。とされるとしよう」


「3枚の紙?」


 美登理は膝を折って床に置かれた紙を見つめる。トキは続ける。


「ああ、1枚は現在の紙、1枚は過去の紙、1枚は未来の紙、ってな具合にな。未来の紙はあまりに薄く、有るのか無いのかさえ分からないほど。過去の紙はぶ厚く、現在の紙はその中間をゆく」


 トキは1枚の紙の上に、新たに1枚を乗せる。


「現在の紙に書いたことは、過去の紙にそのまま反映され、過去に反映された事柄は現在の紙に透かしのように写るんだ。鳶渡というのはこの過去の紙に映されている事柄を無理やり書き換え、現在に透かさせる力のこと」


「ふーん……まあ、何となく分かるけど、私の疑問は――」


「そう――、鳥子の疑問は平たく言えば俺の情報が書き換えされていない、ということだろ」


「うん」


 トキは重ねていた2枚の下の紙を抜き取った。


「それは鳶人にはこの過去の紙が存在しないからだ。俺らの界隈では過去無しと云われている。まあ、鳶人を指す言葉だ。…過去無しの者は過去の紙が無いため、現在の紙の情報だけが全てとなる。そのため、現行世界で俺と干渉した者は、直接、現在の紙に俺の情報が記載される。そしてそれは過去に反映されない」


「ふーん……でもそれだと、過去の紙の方を書き換え最中のあんたの情報はどうなるの? あんたが屋上に来たこととか覚えてるけど」


「そういう情報も鳶渡の力が現行世界に反映された時に、現在の紙に書かれることになる」


 美登理は真剣な態度でそれらを耳に入れ、思考させ、最後に頭をコテンと横に倒した。トキは一瞬、理解したのかと思っていたため、その分かりきっていない表現にカクンと頭を下げた。


「ま、要するにだ。鳶人の情報ってのは書き換え不可能、干渉した世界がどちらであれ、言うなれば忘れられないってこった」


 難しいことを素っ飛ばした簡潔な説明に、美登理は手のひらに判を押した。


「なるほど。分かり易いわ。そっちの理屈を述べられても私みたいな一般人じゃピンとこないからねー」


「まぁ、そうだよな」


 トキは無駄に終わった説明を悔い改めるようにため息を漏らした。美登理は立ち上がろうと膝に手を置く最中に、「ま、時間はあるし追々理解していくわ」と呟いた。

 そして立ち上がり、ふいっと後ろを向いて玄関の方へ歩いていく。


「じゃ、私忙しいから。あ、一応言っておくわ」


「ん?」

 トキは礼でも言う気かと思った。が、放たれたのは、


「これからよろしくね」


 という挨拶回りの言葉だった。

 顔を見せずに言う隣人となった者に、トキは納得いかない表情で頭を一掻きした。美登理は玄関を閉める最中に、トキに聞こえぬよう、か細く「ありがとね」と呟いた。

 そんなことを知らぬトキは一言。


「やれやれ…鳥の中でも、あいつは燕だな」


 そして窓の外に広がる空を見て、「明日から…五月蝿くなるな」と軽い息の下で呟いた。


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