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鳶渡の時  作者: 春日戸
第壱話【鳥の声】
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1-4

――鳶螺――


 ここは所謂4次元の世界。暗い暗い筒状の至るところを、超高速で人の顔や多様なモノや建物や空や雨や太陽や月が駆け巡っている。これらは全て美登理の経験。過去のこと。鳶螺はそれが全て詰まっている摩訶不思議な空間。

 この世界に介入するには肉体を粒子化させなければならず、それは通常の人間に置いて負荷が甚大なモノである。

 人の中にあるこの時間軸の鳶螺は、粒子の介入に置いて抗体を作る。通常、介入の余地がない空間であるがために、侵入は一度きりしか許されない。


 鳶螺の中、粒子化したトキの身体は、元に戻っていた。そしてその肉体を七色の光が渦を巻くように覆っていた。


「二日前だと楽でいいなぁ」


 トキは記憶世界を、気楽にリラックスした状態で浮遊している。

 本来、現在と過去の時間差が大きければ大きいほど鳶人(とびびと:鳶渡を使う者)に掛かる負荷は増大していく。抗体を作り始めた鳶螺は、無作法に侵入者の肉体を千切るが如く捻じ曲げ始めるのだ。そのため長い時間を飛ぶことは鳶人からすれば死の恐れが増していく危険なものである。

 鳶螺は一つの抜け道。人の時間枠を通り、鳶人は現実世界とリンクする。そうすることで過去の改変を行なえる。

 程なくして、トキの眼前に光が差し込んだ。


「ん。もう着いたか」


 スッと目を閉じる。瞼の裏側が照らされる。


――――――――――


 眩しさが消えた頃合に、トキは目を開いた。一番に目に飛び込んできたのは、張り巡らされたフェンスだった。その奥には雨でも降りそうな灰色の空と、俯瞰景色が広がっていた。


「…屋上…か」


 仁王立ちのまま右見左見する。同じ背の高さのビルがチラホラと目に入る。4,5階建てだ。つまり今現在、地に足を着いている場所はそれほど高い建物ではないことが分かる。

 少し前に踏み込み、下を眺める。どうやら坂の上に建てられているようだ。そして、それらの景色の中に、ポツポツと黒子ほくろのような、コンパスを用いて刳り貫き、黒の絵の具を流し込んだような、黒い円の溝が点在していた。


黒穴くろあなの連中、暇そうにしてんなぁ」


 嫌そうな笑みを交えながら愚痴を吐き、トキはポケットから煙草を取り出し火を付けて、一服し出した。

 尻を地面に着き、胡坐を組み、後ろに持っていった片手を地面について、空を見つつ、すぐに消える雲を作り出す。


「太陽の位置からして、正午か…ちょっと過ぎかな。……ちと予定より遅れたか」


カシャン


 安寧な空気を漂わせていた中に、フェンスの音が入る。


「ん」

 後方からのようで、トキは上半身を支える腕を軸に身体を捻った。

 風かと思いきや、そこには女の子が立っていた。トキは煙草を一吸いし、吐き出す。


「……」


 よく見れば、その女の子は学校の制服であろう紺のブレザー、中にカッターシャツとネクタイ、そして紺色のスカートを着用していた。ああ、ここは学校の屋上か。とトキは勘繰る。

 フェンスを鷲掴むように握っている女の子は、不審人物を発見したような、軽蔑の目を向けている。


「あんた……誰?」


 質問に対して、トキは数秒停止してから、女の子の足元を見る。靴は履いている。そして全体を見る。後ろ髪が首元まで伸びている分を除けば、ショートヘアーの黒髪に、パッチリとした眼、すっきりとした鼻、程好く血の通っている唇。傍目から見ても中々に可憐な子だった。身体付きも、細くもなく太くもなくと、平均的なスタイルだ。

 ただ、不可解なのは、身体の前にフェンスがあることだ。女の子の立っている場所は、フェンスの外側であり、屋上の淵だった。


「……」


 確認したトキはゆっくりと捻っていた身体を元に戻し、ヒクッと片頬を持ち上げ、「シズクの野郎…」と託つ。そして煙草の先を地面に擦りつけて火を消し、立ち上がる。


「あー…俺は…まあ、無代っていう。そちらさんは……何をしようって腹だ?」


「そんなのあんたに関係ないでしょ。強いて説明するなら、私は鳥だから飛び立つってだけよ」


 キッと眉を尖らせ、挑戦的な態度で素っ頓狂なことを抜かす女の子に、トキは参った顔をし、「そうか、分かった…そんじゃ…」と、あっさり片手を上げ、屋上の出入り口へ向かう。

 と、その前に、トキは気づいたように小首を上げて女の子に訊く。

「あー…鳥子とりこさんよ。一ついいか? 宮路 美登理っていう子、知らないか?」

 鳥子と得手勝手にトキに名付けられた女の子は、口を尖らせ、不機嫌そうな顔をしてこう言った。


「私が…その宮路 美登理だけど…」


 トキは振り向き、「…へぇ…そうなのか」と疲れた顔で嘯いた。

 美登理の表情は疑念に埋め尽くされている。


「なんで…私の名前を知ってるわけ?」


 不信な目は混乱しているように見えて、冷静さを欠かさないようにも見える。美登理の一歩引いたような様子を一見したトキは、おもむろにポケットから煙草を取り出した。そして銜えた一本に火を点けつつ、「それは…、お前んとこの親父さんに依頼されたからだよ」と告げる。

 ジッジッという音が止み、煙が風に靡く。


「お父さんに…? なんて?」


「……娘を助けてくれと」


 小さな反応しか見せなかった美登理だったが、この時ばかりは驚きの表情をさせた。


「助けてって…どういう……」


 意味が分からない。そう言いたげだった。

 トキは煙草を吹かす。


「信じる信じないかは置いといて、聴くだけ聴いてみるか?」


 美登理は頬に一筋の汗を垂らし、コクリと小さく頷いた。それに応えるように、トキは二本の指の間に煙草を挟んで口から離し、煙と共に声を出した。


「…簡単に言う。俺は鳶渡っていう力を使って、今から二日後の未来から来たんだ。まあ、タイム・スリップと捉えて貰って構わない。…そんで、二日後の未来のお前さんは意識不明の重体で、助かる見込みがほぼないらしい」


 美登理の表情は、話が進むにつれて冷めたようなモノになった。トキはその変化は当然の反応。と存知していた。…が。


「ふーん…なるほどね。それで未来からやってきて、過去の私を助けることでタイムパラドックスを起こそうって?」


 美登理はフェンスを鷲掴んだまま、冷徹なまでに真っ直ぐトキを見つめ、そう放った。


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