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鳶渡の時  作者: 春日戸
第玖話【ヒの鳥】
38/44

9-2

「…話は概ね理解した」


 清聴し、少し黙りこくってから、トキはそう言った。


「出来る…よね」


 美登理が訊くと、トキは顔を逸らし、後頭部を掻いた。


「犯人の特定なんざ、その場に居合わせりゃ簡単なもんだが……。どうにも乗り気にならんな」


「なんでよ」


「イジメってのは善くないもんだが、一時的なもんだ。高校生活を棒に振っちまう痛みは底知れぬが、命よりかは軽いもんだろ」


 美登理の心の水面に落ちたその言葉。真意を特定し、目が伏せられた。


「……『もしも』の時、鳶渡に頼れなくなるから?」


「そういうこった。まあ、今の状況ではこの件は呑めない」


 トキが言い切ると、美登理の眉宇は鋭く尖った。


「じゃあ、どうすればいいのよ!」


 怒声。向ける相手を間違えていることなど百も承知であったが、居ても立ってもいられなかった。


「焦るな。今の状況ってのはだ、俺と鳥子っつー二人だけってのがいけねぇんだよ」


「……早苗自身の了承が必要ってこと?」


「ああ。そう言うことなら、やってやる」


 言うなれば、責任。

 それを美登理が負う事になる状況を、トキは好ましいと思わなかった。

 ここで、二人の間だけで事を進め、早苗のイジメを払拭させたとして――

 早苗に、命に関わることが起こってしまった場合、鳶渡を使うことが出来なくなってしまう。不可能にしてしまったという責任を、強く浴びてしまうのは、美登理。


 トキは美登理の事をこう見ている。

 直情径行、且つ、繊細な一面を持つ者。


 それは、とても扱いに困る。


 強気な性格ではあるが、同時に精神的に弱い部分も持っているのだ。


――失う事の恐ろしさ


 多くの者が同じように持つ恐怖ではある。が、美登理は既にその体験をしてしまっているのだ。抱え込んだ期間も長く、再発してしまえば、どんな凶行に至るか想像を逸する。第一波の時点で、自殺を選択する者。選択だけならまだしも、実行してしまう者。

 そんな者が、自分のせいで親友の命を助けることが出来なかったという状況に陥れば――…


「連れて来るんだ。その、早苗というやらを」


 トキは自身の考えを否定することをせず、真っ直ぐと向き合い、その提案を出した。


 美登理が負うことはない。

 責任は自己で背負うべき。

 辛いが、これが最善である。



*   *   *   *



「……」


 仕事が早い・手際が良いとはこの事を云うのかと、トキは感心の念を抱いた。

 連れて来いと言ってから、1時間後。既にトキの部屋には挙動不審に部屋をくまなく見渡す早苗が居た。美登理は自慢げな顔を面に出していた。


「これで文句ないでしょ」


「あ、お、お願いします」


 事前に説明を終えているのか、早苗の覚悟は決まっているようであった。


「……嘘だと疑わなかったのか?」


 トキが呆れた顔で問うと、早苗は苦い笑みを零した。


「半信半疑は代わりませんけど……美登理ちゃんが自信満々に勧めてきたので……」


 断れない。と暗に告げていた。強制としては意味がないんだがと、美登理に目線で合図を送る。美登理は照れたように頭を掻いた。トキに溜息が落ちる。


「しょうがない。過去に渡り、事の真相ってやらを見てきてやろう」


「お願いね」


 信頼している。と、美登理の声には込められていた。


「……そういや、もしも、同じ学校の生徒だとしたら、どうする」


「え?」


「お前らと同じ制服を着ていたという情報があるんだろ。だとしたら、同学校の生徒の可能性は高い。どうする気だ?」


 早苗の無実が証明されれば、矛先は犯人へと向けられることは必至。美登理はポツリと呟くように答える。


「……曝すよ」


「ん。早苗と同じ目に合わせてやりたいって思ってんのか?」


「ううん。そいつに、私が目撃したって言うの。そしたら、自首するしかなくなるじゃん」


 せめて、罪を軽くするように運びたい。例え、ウサギを殺めてしまう劣悪な者でも、説き伏せることは出来るはず。美登理はそういう思いを抱いていた。


「上手く事が運ぶのは極めて低い可能性だとは思うが、ま、そいつの自己責任であることに違いはない。悪いことをしたら償わんとな」


 そう言って、トキは早苗の前に立った。


「そんじゃま、お邪魔させてもらう」


「あ……」


 早苗は今から行われる鳶渡に、少しばかりか恐怖の念を露にした。無理もない。得体の知れぬ現象が、眼前で、自身を中心に発生するのだから。


「記憶を渡らんといかん。落ち着いて、事件のあった頃より、少し前の記憶を呼び起こしてくれ」


「は、はい」


「大丈夫だよ、早苗」


 美登理は、怯え戸惑う早苗に向けてガッツポーズをする。


「うん」


 早苗は力強く頷いた。そして、スッと目を閉じた。

 程なくして、口が開かれた。


「はい。お願いします」


 トキはその合図を確認すると、手を開き、早苗の頭部に触れた。


「行くぞ」


 ドクンと、見守る美登理の鼓動が高鳴った。

 トキの実体は形を失い、七色の光の粒子となり、早苗の中に吸い込まれるように入っていった。



――――――――



「……?」


 過去へと渡り終えたトキに、まず疑問が先行した。

 違和感。不信感。それらが凝縮された感覚は、足を付いている場所を通して現れた。


「夜の……」


 呟きざまに辺りを見渡す。

 目に映るのは、学校。それも、小さな学童たちの学び舎である――


「小学校……?」


 どういうことだ。と、トキは思考を廻らせた。先頭に立ったのは、早苗が指定した日にちを間違えたのかということ。しかし、一度しか使えない鳶渡を前に、そんな失態は在り得ない。

 だとすると、この場所はあまりにもおかしい。


(……早苗がこの近辺を歩いていた?)


 仮定の話を組み立てるに置いて、前情報を全て考慮しなければならない。一つは夜の小学校。一つは美登理らと同じ制服。一つはおさげ。一つは裁縫バサミ。この4点。


 トキの中で構築された仮定はこういうものだった。


 早苗はこの近くを何らかの理由(散歩等)で歩いていたとして、小学校の飼育小屋のうさぎを殺害している最中の犯人と出くわした。犯人は慌てて逃げ、凶器を置いたまま逃走した。正義感に突き動かされた早苗は、裁縫バサミを拾い上げ、犯人を問い質すために後を追った。

 それを偶然、見回りの者に見られたとすれば――……


(辻褄は合う……か?)


 しかし、ならば。


(何故……鳥子に……学校の者に、その事を話さないんだ?)


 見苦しい言い訳だと、否定されることを恐れてか。または、別の理由が存在するからか。トキが早苗を見て抱いた印象は、気弱、誠実、思考タイプな女の子。というもの。

 トキは学校の土に目をやり、更に考えを廻らせる。


(もしかすると、真犯人は早苗の――顔見知りだった……?)


 至ると、目が見開いた。

 憶測ではあるものの、トキはこの考えが一番、筋が通るものと確信した。

 要するに、早苗はウサギ殺害の犯人である、友人、知人、そういった間柄の者を庇っているのだ。矛先を自分に向けさせ、犯人を隠しているのだ。

 何故そんな無益な事をするのか。

 決まっている、早苗の優しさ、本質が見過ごすことを許さなかったからだ。

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