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鳶渡の時  作者: 春日戸
第切話【闇の波】
32/44

7-4

 トキが戻ると、最初に目に付いたのは、浮かない顔をしている美登理であった。それから、その奥を見て、一人、新たに加わっていることを確認した。

 仰々しい中、美登理と同じようなラフな服装に身を包む女性。セミロングの茶色掛かった髪を、後ろで束ねた者は、トキがよく知る人物であった。その者は、シズクの横で、親しそうに会話をしている。


「ノギクが居るってことは……」


 呟いたトキは、入り口の引き戸辺りを注視する。捉えたのは、ぴょっこりと飛び出た、短いサイドテールの黒髪の先端であった。


「……」


 トキはニンマリと顔を弛緩させた。そして歩み進む。

 中に入ると、直ぐにノギクが気付いた。


「トキ。久しぶりね」


 ノギクの声は、心地の良い温和なもの。まるで優しくなでるかのようで、こそばくなるほど。トキは、「よっ。着てたのか」と言い、自席へは戻らず、手前の美登理の横で胡坐を組んだ。


「さっき着いたばかり」


 ノギクはチラリとトキから一瞬だけ目を逸らす。澄ませば、トトトっと軽い足音が聞こえる。

 数合も立たぬうちに、トキに変化が起きた。


「だーーれだ!」


 突然、目の前が何かに覆われ、真っ暗になったのだ。


「うおっ!」


 驚きの声を上げたトキは、ひんやりとした目を隠すモノにそっと触れる。


「おー? このちっさな手は知ってるぞー」


「えへへー。だれでしょー」


 幼い声の後に、小躍りするような、バタバタとした足音が鳴る。


「んー? ツ・バ・キ。かなー!?」


 表情の綻びが極限にまで達しているトキの声は、通常の其れとは別物で、変質者染みた声となっていた。


「正かいー!」


 ツバキと呼ばれた少女は、トキの目から手を離し、肩に手を回して抱きついた。

 左肩に顎を乗せられたトキは、横目でツバキを視界に入れ、頭を撫でた。


「ツバキも着てたのかー」


「うん!」


 仲良さげにしている二人を見て、美登理は「仲良しですね」とノギクに言った。


「そうねー。ツバキはトキのこと、何故か大好きなのよねー」


「ツバキは今、何歳になったんだっけかな」


「えっとねー」


 トキが問うと、ツバキは両手を使って数を数え出した。


「ごーろくー……」


 そして思い出すように目を上に上げて、パァっと明るい笑顔をしてトキの腕に抱きついた。


「十六さいー!」


 朗らかな光景を見ていた美登理に、衝撃が走る。


(なっ…あの子…私とタメ…!?)


 鳶人という通常の秤が通じない者たちが集まっているために、美登理の思考は妙な方向へと進んでいっていた。

 トキはというと、目をパチクリと丸くしていた。


「十六って……」


 ツッコミを入れようかどうかで悩んでいるトキを見て、ノギクは乾いて笑っていた。しかし、事態は思わぬほうへと転がった。


「…結婚できる年じゃねーか!」


 カッと目を光らせたトキは、がっしりとツバキの両手を握り締めた。少女に溌剌と求婚を迫る姿は、傍目から見ずとも、かなりヤバ目に映る。

 興奮しているトキを見て、シズクは蔑んだ顔で、「……ロリコン」と呟いていた。


「えへへー」

 ツバキは変わらぬ笑顔を見せた。あまり意味深に捉える気概はなく、冗談か、または何かの真似事をしていると窺える。トキも往々にそれを理解しているため、次には「もう6歳か。でかくなったな」と叔父のように接し始めた。


 美登理はそんな二人のやり取りを見て、息を一つ吐き、ノギクに問い掛ける。


「あの、ツバキちゃんも、鳶人なんですか?」


 ノギクはチラリと美登理を見てから、ツバキの方を見据え、微笑みを絶やさずに、「違うわよ」と答えた。

 聞き入れた美登理は目を見開いてから、声をくぐもらせた。


「……あ、違うん……ですか」


 しまった…と胸の内に落ちる。美登理は、トキやシズクたちの時と同様に、人の心の穴へと、ズカズカと入り込んでしまったのだ。鳶人であるノギクと、鳶人で無い娘のツバキ。この関係性は、ノギクにとって、悍ましいほどの恐怖と畏怖を抱えた問題である。

 実の娘に、自分の存在。つまり、母親の存在を、忘れ去られてしまうのだ。

 己の死から連想する、途方も無い考えではある。しかし、考えを煮ていくだけで、総毛立つような、得もしがたい恐れが産まれる。美登理の問いは、刺激か彷彿か、どちらにせよ、ノギクの心中を酷く掻き立ててしまうのだ。


「おばちゃん(侍女)のところにいってくるー!」


 ツバキは元気良く手を振る。トキはヒラヒラと手をはためかせた。

 その光景を見てから、ノギクは俯いている美登理を見て、こう話を進めた。


「あなたは、初めて見る顔だから、知らないのかもしれないけど。此処に居る人たちの多くは、血の繋がっていない、赤の他人同士なのよ」


 美登理の顔が上がる。


「え…」


「鳶渡…という力は、血がどうとか、家系がどうとかなんてしがらみ等無く、まるでくじで選ばれたかのように、『持ってしまう』力なの」


「で、でも…こんなに…家族みたいに人が…」


「ええ。正に奇跡のような巡り会わせで、私たちは結集したの」


 そう言ったノギクだったが、容喙が挟まれる。それは目の前に居るトキからだった。


「奇跡と言えば聞こえは良いが、俺たちは不幸を辿っただけに過ぎんだろう」


 不幸を辿る。美登理はその言葉を反芻し、おもむろにシズクを視界に捉えた。そうして、言葉の意味を知る。此処にいる者たちには、共通して、暗い過去がある。


「本当ならば、誰も好き好んで此処に居たいとは、思ってないだろう」


 トキの本心に、ノギクは息を吐く。


「そうね。でも、此処で生まれた命もあるじゃない」


 そうして微笑んだ口元、目元は、作られたものではなかった。


「……そうだな。それは素晴らしいことだ」


 トキは大腿に手を突いて立ち上がった。


「だが、俺には耐えられん」


 そして、一本吸ってくるよ。と付け加え、美登理たちの場所から退散した。同様に、ノギクも立ち上がり、「私も、倫子さん(侍女)に挨拶しにいってくるわ」と言い、歩いていった。


 美登理は二人を見送った後、ふいに額縁を見た。何も見えないことは分かっている。やり場に困っている訳でも、再確認をしたかった訳でもない。ただ、それを見ることで、何かが変わる気がしたのだ。

 そうしていると、沁玖が美登理の前で腰折った。

 沁玖は頭を一つ下げる。美登理も追うように下げた。


「美登理…ちゃんだったわね。貴女は、この鳶渡のことわり、どう思う?」


 唐突な質問。何故こんなことを尋ねてきたのか、迷いが生じた。美登理は息を詰まらせ、肩をすくめ、俯いて「分かりません」と答えた。

 沁玖は薄っすらと笑みを浮かべた。


「じゃあ、この理は必要だと思う?」


「……必要…なのかもしれません」


「そう。この理は、恐らく必要なものなの。だから、みんな受け入れている。でもね。私は一度だけ受け入れたくなくなったことがあるの」


 美登理は顔を上げた。沁玖は快活な笑顔でそこに居た。


「それは、娘の水玖が産まれた時だったわ。私はね、水玖を受け取ると、真っ先に額に触れたわ。確認したの。この子が、過去無しかどうかを……」


 結果は、沁玖の居た堪れない表情が、物語った。

 子に忘れられてしまう親の心情。

 美登理には想像を逸するものである。しかし、悲しい、とても悲しいことだということは、概ね理解できる。

 出来れば、沁玖は娘に鳶渡の力を持っていて欲しかったのだろう。産まれた時から既に、超えられぬ壁。親と子の間にある、異端と普通の壁。初めから対等でない存在同士。出来れば、同じで在りたかったのだろう。

 この差は、美登理とトキも、その例に漏れない。


 美登理は思い出す。トキがそのことに耐えられないと言った事を。


「……あの」


「何?」


「トキは…どうして耐えられないっていったんでしょう」


「トキ君の過去は知らないけど、居るのかもしれないわね。自分を忘れて欲しくない人が」


 美登理は、トキが出て行った方を見つめた。


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