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鳶渡の時  作者: 春日戸
第壱話【鳥の声】
3/44

1-3

 トキは右手を握り締めながら宮路に言う。


「鳶渡というモノが、何なのかは承知の上でしょう」


「…過去に行き、未来を改竄する…ということは…」


 信じ難いが頑迷なままでは居られないという宮路の表情と答えに、トキはふっと笑みを浮かべた。


「まあ、そんなモンです。鳶渡は対象の記憶を辿り、過去に飛び、未来を捻じ曲げることが出来る力のことです。それと、この力は一人に対して一度きりということを覚えておいてください」


「一度きり? ということは、もしもまた、美登理がこの状態になったとしたら…」


「ええ、その時は…鳶渡は頼りにならず、自力で…ということに」

 宮路はベッドに居る娘を静観する。そして目を閉じ、静かにゆっくりと開き、トキと視線を交わす。


「……だが、それで[今]が救えるのなら、それに頼るしかない」


 真っ直ぐな言葉に、トキもまた目を閉じた。そして視線を切って、指を一本立てた。


「それともう一つ、先程申したように、記憶を辿らなければならない。鳶螺…と云われる道を先に通す必要があるんですが……」


「とびら?」


「ええ、まあ簡単に言えば、現在と過去の糸電話の糸を繋ぐことです。これが通らなければ鳶渡は使えない。本来なら過想かそうという…、本人に改変したい過去の記憶を脳で呼び起こして貰い、繋ぐんですが、今の美登理さんにはそれが出来ない」


 説明に、宮路の喉がゴクリという音を鳴らした。――それは、つまり現段階では不可能という意味なのか。という疑問の音だ。


「なので――、探理を入れても結構でしょうか」


「…さぐり?」


「ええ、簡単に言えば、勝手に記憶を覗き込む行為ですな。でもコレは、まあ…なんというか奥の手というか…」


「…?」


 はっきりとしない、どこか余所余所しさを感じる物言いに、宮路は訝しげな表情をする。

 トキは、んーっという濁声に似た音を喉で鳴らす。


「いえね、鳶渡使いの中でもモラルというものが有りまして…。勝手に記憶を覗くのは…その…、プライバシーの侵害とかなんとかに…」


 宮路の目尻が動く。


「今はそんな事を気にしている場合じゃないだろう!」


「ええ、はい。分かってます…一応…一応」


 当然のように立腹し、大音声を浴びせられ、トキは困った表情になった。苦笑いを織り交ぜつつ、突如、キッと眉が尖る。


「じゃ、行きましょうかね」


「…!」


 トキは右手を美登理の頭部に近づける。


「おい! 美登理は脳に損傷があるんだぞ!」


 宮路は慌ててトキの肩を乱暴に掴み、行動を抑止する。

 今の美登理の脳は、乱暴に扱うとその場で機能停止し、絶命してもおかしくない状態。宮路の歯止めは必然的なものだ。


「…その辺は考慮して、そっと触れます。この頭に触れるという行為を容認してくれなければ、鳶渡は買えませんよ」


「……ッ」


 顔面蒼白で宮路はトキを睨み据える。しかし、少し経つと視線を美登理に移し、トキから距離を取って暗に了解する。 


「なに、直ぐに済みますよ」


 そうして、トキは腫れ物に触れるが如く、微細な音も無く、美登理の頭部に手を当てた。なんとも、ブツブツとした手触りだ。とトキは思うが、直ぐに忘れる。

 目を瞑り、手の平ではなく、その奥。名状し難い圧のようなモノに、神経を注いでいく。


「…ん」


 そうすることで、美登理の記憶が脳の裏で超高速の巻き戻し映像として再生される。それはスライドショーが瞬く間に繰り広げられている感覚だ。その情報量は言うならば津波。トキはその中から、目的地を探し出す。


「ここら…か」


 トキが呟いた。と、同時に異変が起きた。


「なっ…」


 宮路は絶句した。


 トキの周りが突如としてユラリとブレた。途端に、身体や身に纏う衣類全てが蒸発したかのように、微粒子となった。

 到底信じ難い光景。血肉の詰まっている人間に起きてはならない現象。それが宮路の眼前で静かに起こっている。

 呆然としている間に、トキだった粒子は美登理の頭の中に吸い込まれていった。


「…これが…鳶渡…」


 宮路の脚は、恐怖に震えていた。


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