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鳶渡の時  作者: 春日戸
第伍話【時の雫】
23/44

5-3

 誤解を何とか振り落とし、冷静になったシズクは宮路と談笑を始めた。

 その様子を窺いながらも、膝を折ってゴミを拾う善行者たち。中でも美登理はジッとシズクのことを眺めていた。そして横に居るトキに問う。


「ねぇ。あのシズクさんって人、鳶人だよね?」


「ん……気付いたか」


「だって、お父さんがあの事で覚えてるって、あんたと同じじゃない」


「まあな。だが、シズクは……正確に言うなりゃ鳶人ではなく、過去無しだ」


 説明を受け、美登理の眉が顰まる。瞳は斜め上にいく。


「あれ? 過去無しって過去の紙がないってのでしょ? 鳶人はそれを指す言葉じゃなかったっけ」


 問い掛けに、トキはおもむろに落ちている木の枝を拾い、地面に四角を3つ描いた。そしてその中に、丸と三角とバツを一つずつ書き加える。


「それは正しいが、細分すりゃ、意味合いが違うくてな。鳶人ってのは鳶渡により生計を立てている奴を指すんだ。生計は立ててないにしろ、鳶渡を使う奴は鳶渡使いと称し、鳶渡の力はあるが使うことが出来ない奴を過去無しと分けている」


 トントンとバツの印を枝で突き、「んで、シズクはここなんだ」と言った。


「力はあるのに使えないって……?」


 説明の不足を補うために、トキは手に持っている枝を撓らせた。


「鳶渡ってのは命に関わる事案が多いからな。それを鳶渡が上手く使えない奴が担うと…」

 そこで一度区切り、枝をパキッと半分に折る。


「問題が発生しやすくなる。だから、上手く使えない奴は使用を禁じられている」


 美登理は口を少し尖らせ、小さく連続して頭を縦に揺すった。


「上手い下手とかあるんだ」


「ああ。過去をどれだけ遡れるのかとか、鳶渡を使用した際の時間のズレの大小とかな」


「へー、じゃあシズクさんは下手なの?」


「本人は気にしてないが、まぁ……そうだな」


 オブラートに包んでいた頑張りを踏みにじり、その禁句を口にした美登理に、トキは気まずそうな顔をした。美登理はふーんと人差し指を顎に軽く刺した後、思い当たったのか、目をパチリと大きく開いた。


「ねぇ。シズクさんとはどう知り合ったの?」


 好奇心が先行している、稚拙な訊き方にトキは落胆のため息を吐いた。


「軽々しく言えるような話じゃねーぞ?」


 棘のある声に、美登理は目を伏せた。


「あ……そうなんだ」


「……悲劇を通って出逢ったからな」


 手元に置いている紙くずを、トキは拾い上げ、クシャリと潰した。


「聞いてみたい……かな」


 それでも引かない美登理。トキはその背景とシズクとを混合させ想像し、諦めたように口を開いた。


「……11年前の話だ」


――――


 それは、雄大な山で起きた、悲劇であった。

 その時シズクは13の少女で、母、サトミと山を登っていた時のこと。

 遙か前に夫と離婚をしたサトミは、女手一つでシズクを育ててきた。仕事でのストレスや、のし掛かる先々の不安などを、サトミは山を登り、景色を俯瞰することで吹き飛ばしていた。シズクもよく同行し、仲むつまじい親子であった。しかし、現実とは非情。そんな二人の間を、切り裂いたのだ。

 山で起きる事故で最も多いもの。不注意で起こる、足の踏み外し。転倒や転落、滑落などである。影の多く降り注いでいた山道の草に残っていた水気により、サトミは足を滑らせ、高さ数十mはあろう崖下に滑落した。その光景を見ていたシズクは、すぐさま落ちた母を助けようと思いはするが、自身では何も出来ないことを受け入れ、助けを求めた。しかし、貧しい生活が更なる不幸を呼ぶのか、携帯を持たないシズクに架せられたのは、山を下って人を呼ぶという残酷なもの。

 母の容態も分からぬまま、満身創痍で山を降り、ある大きな民家の戸を叩いた。その民家に掛かっている古びた表札には、『無代』と彫ってあった。

 呼び掛けに応じたのは、無精髭を生やした40代ほどの太身の男であった。男は玄関を半分だけ開き尋ねる。


「どうした?」


 シズクは問い掛けられると、荒れた息の中で助けて下さいと求めた。男が眉を顰める中、さらに後ろから若い男の声が入る。


「ゲン、どうしたんだ」


 名を呼ばれた太身の男は肩越しに応える。


「ああ、トキ。なんかこの嬢ちゃんが助けてくれってよ」


 トキはトッタッタッという足音を鳴らし、玄関を全開にする。


「何があったんだ?」


「おか……ハァ……ハァ……お母さんが……山で落ちて……」


 全身に汗を滴らせ、膝に手を突き、肩で息を出入りさせるシズクは、今にも倒れてしまいそうだった。


「嬢ちゃんは運がいいな」


 とゲンが言った。「え?」とシズクは問う。

 ゲンは得意な顔をして、


「話は後だ。嬢ちゃん、事故が起きる前のことを思い浮かべろ」


 と急いて命令する。一切の説明もされないまま促されたシズクは当然、何のことだか解らない。


「あ……の」


 心配の波が不安を増長させる。


「いいから。思い出せ。早く!」


 怒鳴られ、シズクは怯えながら、トキを見た。

 トキはコクリと頷いた。大丈夫と告げたのだ。シズクは不思議がりながらも振り返る。


「いいか? 印象強い〝落ちた時〝ではなく、その前だぞ」


「!……。は……はい」


 答えた直後、ゲンはシズクの頭に触れた。


 そして――…


「…――ゲンは驚愕した。過去が見れないからな」


 重く圧し掛かるような話に固唾を飲んでいた美登理は気付く。


「あ……シズクさんは過去無しだから……」


「ああ。……結局、シズクの母親は助けられなかった」


 トキは敢えて言わずにいたが、シズクの母親は、鳶渡を使えたとしても、助けることは出来なかった。何故ならシズクが山を駆け下りている間に、絶命してしまっていたからだ。


「その後、身寄りの無いシズクは俺ら(無代家)の所で預かることになった。過去無しってのが有効性を見出していたからな」


「あれ、でもシズクさんって鉦代って苗字じゃなかったっけ」


「ん。後から鉦代んところが引き取るって言い出してな。男臭いとこよりはまあしだろうって事で預け渡した」


「鉦代家とあんたのところはどういう間柄なの?」


 率直な疑問を美登里はトキに尋ねた。

 それに対してトキは開口するが、「代々、鳶人が集う御三家なのよ。鉦代家、無代家、そして从代しょうよ家はね」と答えたのは、後ろからわざわざ美登里とトキの間に割って入ってきたシズクであった。

 美登里は図々しいながらも懇切丁寧な言い方に戸惑った。


「あ、そ、そうなんですか」


 不慣れな対応を気にせず、シズクはニッコリと笑みを見せるや否や、「そういえば」とトキの方を向いた。嫌な感じが美登里に微量に流れた。


「トキに話があったのよ」


「話ってなんだ?」


「野々垣の件について、謝罪したかったの」


 ピクリとトキの動きの一切が止まる。そして気にならないほどの時間の間に立て直し、動き出す。


「……俺は別にそんなモン要求しちゃいないぞ」


「でも、不快にさせてしまったのは事実でしょ」


「……」


「ごめんなさい。言葉だけで足りないのなら、出来ることはする覚悟よ」


 真剣身を帯びる姿に、美登里は少し頬を染めて「うがっ」と小さな奇声を上げた。

 トキは黙ってシズクを見つめ、気恥ずかしそうに「……なら、頼もうかな」と言った。妙な期待を胸に秘め、シズクは「何かしら?」と次を促す。


「ゴミ拾い、手伝ってくれ」


 即答された要求に、シズクは何秒間か固まった後、思い出すように口を開いた。


「………………分かったわ」


 ヒューという風音と共に、色づいた街路樹の葉が落ちた。

 シズクの淡い想いは可燃になるのか不燃になるのか。分別する者は、なかなかどうして無関心である。

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