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鳶渡の時  作者: 春日戸
第肆話【宵の涙】
16/44

4-2

ブロロロロロ


 店主が言っていた通り、舗装されていない土づくりの道を軽トラが頻繁に走っていた。運転手は珍しそうにトキを見ては、横を通り過ぎていく。

 土埃が舞っては、トキは口から煙草を離して咳を払った。


「俺の喉を潰す気かよ」


 あまりの不快さに愚痴が零れる。



 そうこうして辿り着いた場所は、野山と隣接している一軒の家の前。

 その家は、この田舎町の情景に合っているようで、浮いているようにさえ感じほど、由緒溢れる古の骨頂のお屋敷であった。

 高さが5mはあろう石壁に囲まれた屋敷周り。その丁度中央に、墨のように黒い、重厚な木製の大門が佇んでいた。その雄大な姿は、開けることが出来ぬ、開かずの扉のような重圧をトキに植え付ける。


「確かにこりゃ、有名になる」


 トキは門の鼻先まで足を進めた。

 黒に埋もれていたため、遠目からでは気付くのが困難であったが、大門の左手には小門があった。そこから屋敷の者は出入りしているようだ。呼び鈴が見当たらない為、トキはその小門に腕を振るった。

 すると、予め門の前にいたのではないかと疑うほどの早さで、「お待ちしておりました」という返しを、淡泊な声で門が発した。

 そのすぐ後に、門が開いた。


 くぐると、地味ながらも気風溢れる和服に身を包んだ女が一人、立っていた。

 着物は黒の下地に筆で引いたような、赤く太い線の模様が特徴的。一見しただけで極上の織ということが判るほどに美麗であった。

 女の姿は程よく白身の肌に細身の身体。顔の造形は特徴的なシュッと細い鼻に、薄く小さな唇。一重の眼。腰に届く長さの黒髪は、手入れが行き届いており、極上の艶美さを醸し出していた。

 歳も30そこそこで、幽艶に映える女性であった。が、奇妙な雰囲気があった。空気が冷めていて、熱が此処に在らず。いや、既に燃焼し、煤けてしまったよう。そんな灰の心を内包している印象。


 女は、トキが何かを言う前に深々と頭を下げた。


「唐櫃 宵と申します。この度は無理を通して貰え、深い感謝の念で満ちております」


 情緒漂う雰囲気に、トキはあまり慣れないのか、隠すように頭を掻いた。


「鳶人の無代 トキだ」


「存じております」


 トキはそりゃそうかと胸の中で呟いた。


「こりゃ、立派な屋敷で」


 屋敷を見上げて言うと、宵は「ええ」と最初に打ち、「先祖代々共通の趣向なのですよ」と付け足した。

 宵は人の背を優に越える玄関扉を開き、案内を始める。

 中は広大であった。玄関は低価のアパートの一室よりも広く、廊下は運動会のリレーでも出来るのではないかと思えるほど、太く長かった。

 正面からでは判断の出来なかったこの屋敷の規模に、トキは呆然と立ち尽くした。


「おあがりください」


 何処を見ても手が込んだ作りをしていて、職人の本気が伺えた。

 いくつも立ち並ぶ襖は金模様の繍。欄間は杉の木で作られた極上のもので、彫りも青龍から玄武まで様々と、屋敷内は見ていて飽きぬ、芸術を意識した造りを重視していた。

 廊下を歩く際に、襖の開いている部屋に目をやる。どこもかしこも一般の其れとは別格の広さをしていて、部屋には引き目鉤鼻の方式で描かれた人の姿を模した掛け軸。大小様々な壷。日本刀を鎮座しているところもある。トキは感心という胸中で一杯であった。

 たどり着いたのは秘奥と思わしき場所であった。玄関から一番遠く、人の行き交いが少ない場所だ。


「こちらです」


 宵は戸襖を開いた。

 ほのかな匂いがトキの鼻孔に流れる。


(この独特で酸味のある匂い……尾州びしゅう…使ってんのか)


 尾州とは檜の上の位の木材。檜よりも匂いが強く、美しい。というのも檜の節や目の綺麗な部分だけを切り落とした物だからである。


 案内された一室は旅館の大広間はあろう広さであった。規模の大きな部屋で、トキは汗を流した。

 その理由は、この畳の田園風景の上に配置されているモノが、部屋の中央に敷かれている、一枚の敷布団のみだったからだ。

 豪勢な造りをしているこの屋敷で、掛け軸も壷もない、空白に近い空間は、違和感が思考を突く。

 そして、異様なまでに締め切った障子の数々。障子紙は厚く耐性の強いもので、節々にシワの目のようなものが目立つ、雲竜が使われていた。

 さらにござが障子と並ぶように掛けられていて、光を殺していた。

 まだ昼過ぎだというのに、薄暗い部屋。

 印象は一つ。


(徹底した外界との遮断……)


 そうトキが考えた時、視界の下部の闇が蠢いた。瞬時に一歩引く。


「人……?」


 蠢いたのは人。


 その者は畳に身体の前面を付け、畳みの淵に指を掛け、這うように進んでいた。

 トキは一目見て、異常を認知する。

 這う者の両足が、左腕が、ないということに。身体はそのせいか非常に小柄に映る。髪は長く、身体を埋め尽くすほど。そのため、この暗さではある種の迷彩となっていた。


「由!」


 宵が力強く発すると、ゆいと呼ばれた這う者は、ビクリと身体を動かした。


「見っとも無い真似はしないでと言っているでしょう!」


「あーーぁー…」


 宵は由を抱き抱えた。女性でも軽々持ち上がる様は不思議な光景に感じる。由はグッタリと身体を垂らしていた。着用している黄八丈柄の長襦袢を寝巻きとしているようで、シワが幾つも乱雑に織り込まれていた。

 宵はさっさと敷布団まで由を運び、寝かし付けた。そしてトキをちらりほらりと窺う。不意を突かれた顔以外、何も変わった様子を見せなかった。

 立ち上がった宵は、伏せた目を由に向けながら、トキに言った。


「……ご覧の通り、娘の由は、生まれつきの奇形もさることながら、自閉の気もあるのです」


 トキは打ち明けに、宵と同じように由を見た。


「…実の娘のことを、奇形というのはどうかと思うぞ。由はちゃんとした人間だ」


「ちゃんと……ですか」


 卑屈的な区切りは、そうは思わないと告げていた。


 トキの目が据わる。

 気にせず、宵は奥の押入れの襖を引き、座布団を一枚取り出した。そして由の敷布団の側に置いて「どうぞ、お座り下さい」とトキに進めた。

 トキが座布団に臀部をつくと、宵は畳みの上で正座をし、改めて深々と頭を下げた後、面を上げた。


「鳶渡の事は予め調べさせて頂きました。その上で、お話を進めて参ります」


「そりゃ助かるね。不可思議な現象の説明ってのはいかんせん言葉足らずになって面倒だからな」


 トキは暗雲の空気を払拭させるために軽く笑った。宵も笑う。膜の張った瞳を変えず、口元だけを笑わせる。それを一見し、ズクンとトキの心臓が痛みを訴えた。宵はトキの考えの中の後者。その者から伝えられる事案。自然と覚悟を決める。


「無代様のお手を煩わせることをお許し下さい。して頂きたい事はただ一つ」


 トキは乾いた宵の表情を見つめ、少し遅れて反応する。


「……何かな」


 宵は由を見る。何とも無機質に。


「私が今から由を殺めますので、ほんの2・3分前に鳶渡により渡って頂き、私を止めて貰いたいのです」


 スラスラと述べられた要求を、トキの耳は疑った。そして徐々に現れる、心の中の黒い点。


「何だと…?」


 憤怒の念が後から増長していく感覚に見舞われ、物腰が硬くなっていく。宵は変わらず、淡白な声のまま、平然な態度で口を開く。


「これは私の要求ではなく、由の希望なのです」


「…なに?」


「由はこのような身体なので自害が出来ません。ですから私が手を貸すのですが、そうすると私は犯罪者になってしまいます」


 トキは目を見開いた。


「……お前、まさか」


 鳶人だからこその気付き。宵の頬に微かな笑窪が浮かぶ。


「ええ、申したとおり、鳶渡については調べさせていただきました。黒穴…についても、私は持ち合わせております」


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