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鳶渡の時  作者: 春日戸
第参話【罪の底】
11/44

3-1

第参話【罪の底】(ツミノソコ)では、一部残酷な表現を用いますので、苦手な方は閲覧の方お控え下さい。

 その日、トキは自室を煙草の煙で覆っていた。白い靄が漂う中、トキの三白眼は本来の使い方と言わんばかりに、睨みが効いていた。

 目の前に、畳みの上に直に座る男、名は野々ののがき 慶一けいいち


「ごほっ…」


 野々垣はあまりの煙たさに不快そうに咳を払っていた。しかし、肩はまるびを帯び、全身は身体の中心に集められたように萎縮していた。

 野々垣の全体の印象はひ弱というもの。腕や肩にあまり筋肉が張っていない、男らしさのない身体つきである。顔も地味なイメージが強く、特徴としては小さな目に、厚い唇だけである。髪型も遊びのない黒のスポーツ刈り。年齢20代半ばを刻むが、頼りなさだけでは10代にも及ばない。


 座に構えたトキに、野々垣は顔を上げられずにいた。トキは口から煙を吐き出し、目を細める。


「もう一度、話を聞かせてくれ」


 野々垣は声にビクリと肩を上下させる。


「……で…すから…ぇ…ぇと…」


 口ごもった話し方に、トキの不機嫌は募る一方。


「もっと、声を張ってくれ」


「で、ですから…。と、鳶渡で、僕のしたことを、なかったことにして欲しいんです!」


 意を決し、声を大にして響かせた野々垣に、トキは畳みを殴打する反応をみせた。


「ふざけるな…ッ!」


 苛立ちは最高潮。今にも立ち上がって、野々垣を殴ってしまいそうな程。

 トキが何故、これほどまでの剣幕で怒りを露にしているのか。それは野々垣が犯してしまった、罪が原因。


「な、なんでだよ。無かったことにしてくれたら、あの子だって…!」


 野々垣は慌てた挙動で視線を泳がせて言うが、トキは容喙を挟んだ。


「無理、なんだよ」


「え…?」


「死んだ人間を蘇らせることは、無理なんだよ」


 トキはその瞳に野々垣の顔を入れ、そう断言した。


 野々垣の犯してしまった罪。それは殺人。

 しばらくして後悔した野々垣は、その殺人を無かったことにして貰うために、トキの処まで赴いた。しかし、現実は往々である。


「無理って…なんで…」


 トキは己の頭を強く握り締めた。


「鳶渡というのは、過去を変え、現在に波及させる力だ。死んだ者は、鳶螺と呼ばれる、現在と過去を繋ぐ糸が、無いんだ。そのため、過去を変えても死んだ者にその情報は行き渡らない」


 三枚の紙に例えるなら、死んだ者は、現在の紙が消え去っている状態である。過去は現在の映しであり、鳶渡は過去を無理やり変える力。そのため、現在の紙がない者の過去を改変したとしても、透かしが出来ない、つまり改変が行われないのである。


「じゃ、じゃあ…もしあんたが過去に行って、僕を止めたとしたら、どうなるんだ?」


「……お前が人を殺すのを俺が止めたとすれば、現在は改変され、〝お前(野々垣 慶一)は誰も殺していない〝ようになる」


「……?」


 野々垣に疑問が満ちた。何故なら、トキの説明では、矛盾が存在するからだ。

 野々垣が人を殺していないとすれば、被害に遭った者は、被害に遭っていないことになるはずなのだ。つまり、殺人が起きていない状況では、誰も死んでいない状況でなければならない。

 しかし、トキはこう言っていた。


――死んだ者は蘇らない


 疑問を軽減させるために、トキは己から話を進めていった。


「……鳶人が過去へ渡ると、目につく異業ななりのモノが居る。それは黒穴と呼ばれている、黒い穴だ。コイツは、不合理の匂いを嗅ぎ分け、不合理を粛正するモノ」


 その説明では野々垣には伝わらず、一つも疑問は払拭されなかった。トキは続けて語る。


「例えば、AがBを殺害したとして、鳶渡を使い、その事実を変えたとしよう。Aは殺害犯から一般人に、Bは被害者から…死者へと変わる」


「死者…?」


「そう。黒穴は、不合理な改変が行われた場合、Bの魂を喰らうことで、死の概念を守り通す。人には未来の時間軸は存在しない。言い方を変えれば、運命など無いということ。だが、この事象にだけ関して、運命が作成される。この〝今〝という、現行世界で死んだ者は、過去でどう上手く生かそうが、現行世界での死亡時刻が訪れた時、黒穴に魂を喰われ、死ぬ」


 鳶人には、過去の時間軸が内包されていない。つまり、鳶人が存在する時間軸というのは、現在ということ。時間軸の中の最先端である。


――何故、鳶人が帰化により過去世界から現行世界へ正確に帰還できるのか。


 それは、帰化という力は、対象者の鳶螺を渡るものでなく(人の鳶螺への侵入は一度切りの片道切符)、過去から現在へと流動する時間軸の川を渡るものだからである。そのため、終着点が決定付けられているのだ。

 つまり、終着点に存在する人々には、一秒先の未来の時間軸さえ、存在しないということである。あるのは想像、想定、予測、予定という、必然性の無いものばかり。

 トキが美登理に鳶渡の説明の際に用いた3枚の紙の話の中、2枚しか紙を使わなかったのはこのためである。有るように思えて無いもの。薄い可能性、それが未来。

 そしてこの死のみに加算されることわり


 【死】だけは格別。死んだ者は、どう抗おうとも、死する。

 己の生命力の衰退で。人の手で。偶発的な病気や事故。如何な要因であろうと、死した者は蘇らない。

 鳶渡によって、死の要因を如何に排除し、生の道を切り拓こうとしても、死は曲がらない。

 理を曲げようものなら、黒穴が魂を喰らうのみ。


 野々垣の頬に、汗が滲む。


「く、喰われたら…どうなるんだ」


 トキは煙草の煙を吸い込み、顔を横に向けて答えた。


「……表向きには突然死という死因になる」


「……!」


 その時、確かに野々垣の瞳に、――希望が湧いた。


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