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Rebuild +  作者: カヨイキラ
3/4

十四号廃墟と人造の命

本編Ⅲ話からⅤ話の間のお話になります。













審判の日の夕刻、九州小倉駅。

 二人して乗り込む女子高生の姿がある。


 「新幹線久しぶりだっ」

 「ボクは夜行バスのが好きかな」


 大きな旅行鞄を、二人して持っている。衣服や日常品などが詰まっているだろうそれは、二人の背丈に見合っているとは言いがたいサイズだった。

 夕焼けのホーム。二人を乗せた車両が走り出す。

 

 二人は座席に着くや否や、手荷物用であろう小さな鞄から何かを取り出した。

 一人はキャスケット帽子。もう一人は片眼鏡を。二人はそれを手馴れた動作で装着すると、座席のリクライニングを調整し、ほぼ同時に呟いたのだった。



 「解き明かす(ログ)全てを統べる術(イン)

 「それはきっと(ログ)どこまでも蒼い空(イン)


 

 







 

 TOKYOCITY 赤崎邸。

 Hamamatsu町に位置するその豪邸は、赤崎美咲が常備化しているアイテムである。

 Old Origin Onlineは、一般的なオンラインゲームの形式を"伝統美"として継承している。ログインすると、ログアウトした場所から再びリスタートすることができるのだ。

 「二人」は、赤崎邸の居間にログインした。


 ふわりとした茶色の髪、ややその髪に隠れる眼帯と、反対の眼の好奇心の光。ゲーム内の高校の制服に身を包んだ少女、"深空の巫女"赤崎美咲。

 綺麗な黒髪のボーイッシュなカット。襟足を小さく結んでいるのが特徴的な少女。こちらもゲーム内の高校の制服を着ているが、やや着崩している。少年的ではあるが、瞳には深い知性が窺える、"七徳の宝玉"赤崎絵里。

 赤崎家の間ではしばしば"年少組"と呼ばれるこの二人だ。


 「条件キャップ系クエストじゃなければいいなー」

 絵里がぼやいた。

 二人が新幹線の座席でログインをしたのには、勿論理由があった。さすがにこの廃人二人でも、そこまでプレイ時間を作ることに情熱をかけているわけではないのだ。

 審判の日。M(マテリアル)H(ホログラフィ)A(エリア)で"女帝"真二(?)と大規模な戦闘を繰り広げた後、興味本位で絵里はアイギスのディスプレイから、自身の経験値とレベルを調べた。

 するとどうだろう。前日までの経験現在値を絵里は明確に覚えていた。何故なら、あと2%でCL(キャラクターレベル)が50に到達するからだった。Old Origin Onlineにおいて、CL50という数字には大きな意味がある。それは、キャラクターを「上級クラス」へとクラスアップさせることができる条件なのだ。

 現在、公式のコミュニティや攻略サイト、各掲示板などで最高CLとされている値が42である。このゲーム、Old Origin OnlineはCL40以降からの必要経験値が非常に高く設定されているということもある(最も、クラスによって必要経験値は差があるため、一概には言えない)。

 ところが、情報を提供していないだけで、赤崎家にはその42Lvを越えるキャラクターしかいない。赤崎家で現在最もCLが低いサクとサヤですら、46Lv。恐らく、これがTOKYOCITYの最高水準であろう。最も数多くのプレイヤーを見てきた四女、空なども「他所で40Lv台は見たことがないですね」と証言する。  

 つまり、ほぼ間違いなく絵里はOld Origin Online初の上級クラスデビューとなるのだ。それは同時に、(CLだけで言えば)TOKYOCITY最強ということでもある。やりこんだオンラインゲームユーザーに、果たしてこれ以上の栄誉があるだろうか。

 オンラインゲーマー特有の早急な成長欲と、「現在の状況」合わせて、今この時間に絵里がクラスアップをするのは当然と言えた。

 絵里が言った「条件キャップ」とは、『ゲーム内時間の土曜でなければ進行不可』や『ゲーム内時間偶数月にのみ進行可能』などの、時間的制限のことを指す。これがあるクエストは、どう頑張ってもキャップまで時間がかかってしまう。

 

 「クエスト、何がキーで発生するのー?」

 「O3プレイヤーでそれを回答できる人間はいないよ美咲」

 「そだよねぃ」

 

 クラスアップクエストの詳細を知る者はそれこそ、GMや開発陣しかいない。二人があれこれとディスカッションしていると、キッチンから男性が来た。

 優しい顔立ちのマイホームパパ、赤崎匠だ。彼は美咲がゲーム内で常備化している『家族』であり、NPCである。直接血が繋がっている設定の美咲以外の赤崎の養子達を育てている、大したパパである。

 「……絵里?」

 驚いたように、娘を見つめる。それよりも、絵里が驚いている。匠と話すと、ほぼ真っ先に食べ物の話題が出てくる。この会話パターンは初めてだった。

 「え、な、何?」

 「あ、あぁいや……僕はいいと思うよ。中々似合ってるじゃないか、その髪」

 美咲が絵里の髪に視線を移し、ぴたりと動きを止めた。絵里が不安げに、アイギスを起動してミラーディスプレイ、画面を鏡面化するコマンドを入力し、自身を見た。

  

 「なっ、何これ!?」


 絵里の髪は、ド金髪に染まっていた。元のアバターの髪は、やや色素が薄い程度の茶である。

 しかも、それだけでなく、「シュオンシュオン」という擬音と共に謎のエネルギーを、髪が放っている。スーパーサ○ヤ人ばりに。

 そそくさとキッチンに戻っていった匠と、絵里のすぐ隣で堪えきれずにくすくすと笑い始める美咲。

 絵里は決心した。

 今すぐに、クラスアップしなければと。











 東京駅まで残り、2時間12分。

 クラスアップクエストがアイギスによって登録されたのは、その時間になってからだった。

 クエスト受諾のフラグが分からずに、二人してTOKYOの町を練り歩いていた時。

 絵里が、ハッとしたように立ち止まる。

 「もしかしたら……」

 アイギスからマップデータを開く絵里。 

 「博士の研究所に何かあるのかもしれない……」

 「博士?」

 「うん。この赤崎絵里、個体名【ERI】の製作者。ボクは過激派だから、スタートクエストで研究所が政府の組織に破壊されて、博士も殺されちゃったけどね」

 その後、絵里が政府から派遣されたその連中を殺したのは言うまでもない。そうして世に復讐の心を持つPCこそが、過激派と呼ばれるプレイスタイルなのだ。

 




 ……………………


 ………………


 …………


 ……



 


 TOKYOCITYは、現実の関東と同等の広さを持つ、巨大都市である。TOKYO,Kanagawa,Chiba,Ibaraki,Tochigi,Saitamaの6の「Area」を持つ。市や区、町は全て「~~City」と表示される。

 TOKYO Area,SetagayaCity。現実での世田谷に位置するその場所。SetagayaCityの外れ。二人はそこまでタクシーで移動した。

 「ここ……」

 美咲が呆然と立ち尽くす。

 不気味な場所である。白く、似たような建物が整然と並んでいる。ほぼ全ての建物が同じ外観。それが、視界に入る限りで数十、数百に及ぶ。隣の路地に出てもきっと、同じ建物が並んでいるだろうことは想像に難くない。

 「ボク(人造人間)達の故郷だよ」

 人造人間。

 Old Origin Onlineでは、"節制"のクラスを持つ種族である。彼、彼女らは錬金術によって生み出された人造の命。どの生物よりも秀でた自然回復能力を得、超人的な出力を誇る生命。それは、科学の力では既に説明がつかない、一種の超常である。

 TOKYOCITYで常識外と認められる二つの力、異能と超常、その内の一つ。

 恐らくここは、"節制"をクラスに選択したキャラクター達がゲームをスタートする場所なのだろう。勿論、ここ以外にもこういった集落が存在するのかもしれない。

 「こっちだよ、美咲」

 「う、うんー」

 絵里は、アイギスのマップを頼りに歩いていた。それだけ、ここが迷いやすいということだろう。地図のデータなしでは、生まれ故郷にすらたどり着けない人造の迷路。さながらそれは、白亜の檻のよう。

 

 見てみると、全てが同じ形状の建物ではないことに美咲は気が付いた。

 倒壊した家屋。焼け落ちた家屋。

 十軒に一軒ほどの割合で、そういった家屋が見られた。恐らく、絵里と同じようなスタートクエストであったPCの生まれた家なのだろう。

 いくつ目だろう。美咲がそうして、倒壊した家屋を見ていると、やがて一つの家屋の前で絵里が立ち止まった。

 焼け落ちた家屋。白塗りであったはずの壁は焼け焦げ、朽ちている。長い間雨ざらしだったからだろうか、折れた木材柱は腐り、黒ずんでいた。

 絵里のアイギスが鳴動する。黄色い点滅光、それは新着クエストを意味する。

 「節制クラスアップクエスト。やっぱりここなのかー……」

 ゲームとはいえ、絵里にとっては忌避していた場所である。表情には少しばかりの翳りがある。

 「こんなところで何するんだろうねぃ……」

 美咲が絵里のアイギスを覗き込む。そこには、普通ならばクエスト内容が簡素な文字列で並んでいるはずであるが、今回はそうではなかった。

 絵里は、クエストのアプリを閉じ、メールを起動していた。絵里が見つめるディスプレイには、開かれたメール文書。差出人は、Dr.的場。


  

 『ERI、君がこのメールを見ている時、私は既にこの世にはいないだろう。

 同時に、このメールを見ているということは、君がとうとう私が望んだ進化段階まで完成したということでもある。非常に喜ばしい。


 私が情報を喰(データ)らう猟犬(ハウンド)に殺されるであろうことは確定的な未来だ。その日はきっとそう遠くはないし、それまでに君を完成させることは不可能であると結論付けたのだ。

 私はProject ERIの計画の早い段階で、君のスペックをあえて極めて低いレベルの製作で打ちとめ、代わりに一つの自動プログラムを導入することにした。

 長い時間をかけ、自身を徐々に強化していく、体内のナノAIだ。こうすれば、私がこの世を去っても、君を完成させることができる。君がこうしてこのメールを読んでいるということは、成功したようだ。


 しかし、一つだけ不安要素がある。

 君が完全に完成するためには、君の中にある体内のナノAIを取り除かなければならない。それはもう、君には不要なものであり、長い時間それを放置しておくと、君の体内活動が活性化しすぎてやがて暴走してしまうだろう。

 君が完全に完成するために必要な最後のキー、賢者の石をこの研究所の地下深くに隠した。侵入者などから守るためにセキュリティシステムを数多く設置したが、今の君なら問題なく突破できるはずだ。


 君は私の誇りであり、私の生涯である。

 今の君を見ることができないことだけが、心残りだ』


 

 白亜の檻に、風が吹く。

 美咲が行った情報収集判定で、耐久がなくなっていた床板が突風で吹き飛び、地下への隠し階段が現われた。

 スキルによって強化された美咲の情報収集判定だが、美咲のクラスは"運命の環"。一般の人間よりも低いステータスしか持たない。INT値も勿論低い美咲のPCデータでは、ここで一つの情報を引き出すことができなかった……。


 「なんで泣いてんだよ美咲」

 「泣いてないもんー」

 Old Origin OnlineではNPCが非常に人間味溢れているので、「泣ける!」と評判のゲームでもある。感動するストーリーやシナリオなどがいくつかあるようだが、この先、"節制"クラスアップが度々行われる平均PCLVになったら、このクエストも話題になりそうではあった。


 「行くよ!」


 






 

 僅か五分足らず。

 それが、二人が研究所地下の最深部に到着するまでに要した時間だった。


 しかし、二人の緊張の度合いは臨戦時のそれに近い。

 ここまで、定番のセキュリティロボットやガードシステムなどと戦うことになるであろうことを想定していた二人だが、その予想が覆された。

 確かにセキュリティロボットなどはいたのだが、それらは全て、破壊された残骸だった。それも、破壊されてから時間が経っていない。この先に、先客がいるということを示していた。

 

 洞窟のような内部の、地面がむき出しの螺旋階段を下る二人だが、先頭を歩く絵里が足を止める。

 壁に張り付き、先を覗く。

 絵里が覗いた先は大きい広間になっており、その中央にはドでかい装置。そしてその装置に安置されているペンダントと、今まさに、装置に歩み寄ろうとしている一人の男性、そして傍には大勢の、戦闘服を着込んだ人間。


 (マズいよ美咲、情報を喰らう猟犬だ……)

 (あのペンダントが賢者の石、だよねぃ。戦うしか、ないよね……)

 厳しい戦闘を想定。

 情報を喰らう猟犬、それは政府が一般人の常識を守るために訓練した、対非常識組織である。科学の力を駆使した兵器などを扱うことに長け、その誰もが一流のソルジャー。

 相手の人数は11名。こちらは一人の人外と、一人の人間。往来の御天道様の下でなら圧勝だっただろうが、今はそうはいかない。何故なら、この地下奥深くでは、美咲の超強力な攻撃スキルの大半が使用できないのだ。

 交通事故、落雷、航空事故は勿論、地震を起せばこの場は崩壊して賢者の石の回収が難しく、隕石や衛星を落としても同じだろう。また、突風を利用した攻撃回避なども使えない。

 (どうする、美咲?)

 (んー)

 美咲はポーチから一丁の銃を取り出し、弾倉に弾丸を込めていく。

 (私が壁やるねぃ)

 (タンク)。それは本来、絵里の役である。美咲は確かに、"運命の環"クラスの財力を多いに使って用意した超強力な防具に身を包んでおり、防御値だけで言えば防御クラスである"教皇"にも引けをとらない。しかし、汎用防御スキルはなく、HPも全クラス中最低値。決して、向いているとは言えなかった。

 (10秒、いや、20秒は耐えるよー)

 (その間にボクがあの、今ペンダントを手にしたヤツを倒して、クラスアップすればいいわけだね)

 静かに頷き合い、二人は戦闘のスイッチを入れた。

 まず、美咲が広間へと躍り出た。


 タンタンタン! とリズミカルな銃声が響き渡る。美咲は決して射撃技術に秀でているわけではないので、三発放った弾丸で、命中したのは一発。一番手前のソルジャーに命中したのみだった。(しかも、攻撃力もないため、さしたるダメージもない)

 しかし、これにより一斉に、美咲に視線が集まる。一見して、ただの銃を構えただけの女の子だ。戦闘訓練を積み、化物と戦闘を繰り広げてきた彼らは怯まない。

 美咲がそこからさらに駆け出し、僅か三秒、最初の弾丸が美咲に向けて放たれた。

 絵里はその様子をじっと見つめる。ペンダントを持った男性は、腰からサーベルを抜いた。他のソルジャー達は、三人がハンドガンで美咲を発砲。五人が設置型フルオートマシンガンを設置している。対異能・超常者用の最新式だ。人間系高レベルエネミーの装備であり、名称は確か「RagnarokLight3/1」。秒間3発の対異能・超常者用の特殊弾頭を打ち出す兵器。200発装填式。前者のハンドガンは「Twice12」。高い攻撃力を誇るシルバーマグナム弾を打ち出すことができる最新式のハンドガンだ。

 そして残る三人が、背中の巨大なバッグからランチャーを取り出し、構え始めていた。

 まだ、絵里は出ない。確定的なチャンスは、この後にあるからだ。


 障害者。それが、"運命の環"の肩書きである。

 障害を持った人間。その障害を補うために世界が大きな加護を与えた存在。

 一発目の発砲は、美咲が予想していたよりも遥かに早く放たれた。命中を覚悟。1,2発は耐えるだろう。「Lifeで受ける」ことも、RPGでは重要な戦術。

 しかし、その銃弾は美咲に命中する直前で、不自然な軌道を描いて的外れな方向へと飛んでいった。

 運命の環の初期取得スキル、《世界加護:運命磁場》。攻撃を受ける時、CLと同じだけの確立──但し最大50%──で自動回避する超強力なパッシヴスキル。美咲は現在49Lvなので、美咲に対して行う攻撃は49%の確立でこうして回避されるのだ。

 一発目を回避した美咲は、アクテイィヴスキルを発動させた。

 広間の中央で、ぴたりと足を止めた美咲に、二発の銃弾が迫る。

 しかしそれは、どういうわけだか空中で二つの弾丸が衝突し、美咲に命中せずに弾け飛んだ。

 「星の可能性の一つだねぃ」

 あらゆる「運がいい自分の未来」を呼び込む、《星の可能性の一つ》スキル。美咲のSL(スキルレベル)では、5秒間の間、自動回避を発動させるスキルである。

 「構うな! 撃てェエエエエエッ!」

 まるで列車が通り過ぎる時のような豪快な音が襲う。

 五人の固定自動銃からの嵐の如き超連射が美咲に迫る。その弾幕は煙と轟音となり、地下空間を覆った。

 残り2秒足らずの星の可能性の一つの効果では、全てを回避しきることはできない。各200発装填なので合計1000発の弾丸。秒間各3発の射出速度、つまり2秒で30発の絶対回避。残り970の弾丸の49%をカット。残りは、約490発。

 美咲は走った。

 一番近くで自動銃を操作しているソルジャーに向け、真っ直ぐに、こちらも銃を放ちつつ接近。

 確立通りに、美咲には秒間各自動銃ごとに3発の弾丸、合計15/秒の弾丸のうち8発ほどが命中している。走りながらの回避判定はそれなりに高い。相手の銃攻撃のHitrateは高くても60%ほどだろう。それを踏まえ、一発の弾丸で6ほどのダメージを受けているということは、

 (美咲の基本防御1+回避率40%)=1.4+美咲の防御値52+パッシヴスキルの防御値20を、相手の(基本攻撃力+命中率60%+攻撃力)から引いて6という結果……これが美咲の脳内では静かに、計算されていた。基本的に、こうした人間系エネミーは肉体や超常、異能的スペックである基本攻撃力はほぼ持たず、ひたすらに攻撃力の高い武器で補っているのだ。つまり、命中判定ではあまりダメージがブレない傾向にある。それを考えると、攻撃力は55前後であることが分かる。

 星の可能性の一つ効果終了から、2秒。美咲が受けたダメージは84点。現在のHP値は、121/204。自動回復も人間並みなので、期待できるほど回復していないのが分かる。逆に、ここまでで削れた自動銃の弾丸は星の可能性の一つの2.4秒と、今の2秒で67発ほどだろうか。

 

 「グアッ!」


 美咲が放った弾丸が、ソルジャーの男性の顎を捉えた。ただの人間だ。この一撃で立っているのは不可能だろう。4.4秒の15発ロスの残り185発をこれで削ったことになる。合計ロストは252発。残り、748発。

 美咲が受けるダメージは減少し、これで秒間被弾ダメージが36。戦闘不能まで、残り4秒。しかしそれも、美咲が一切の抵抗をしなければの話。

 「っにゃああああああああ!」

 占拠した自動銃で、まずはハンドガンを構えたソルジャー三人を撃ち倒す。対異能・超常用に改造されたこの手の自動銃は、確かに連射速度はそこそこにあるが、それでも実銃に比べると大したことはないのだろう。秒間3発。美咲は、この銃で12発の射撃しか行えない。それも、銃口移動で相当の数をロスするだろう。

 三人のハンドガンソルジャーを撃ち倒すのに、3秒。

 1秒。

 左手で自動銃の引き金を引きつつ、右手で美咲の武装である小型携行銃アシュケイロスによるクイックスナイプ。自動銃の弾丸はきっと、当たらない。

 コンマ一秒、アシュケイロスの引き金は引けない……?



 「!」



 美咲のHPを0にする最後の一発、実際それは高速すぎて美咲にはわかっていないはずだし、降り注ぐ弾の嵐の中ではその一発を明確に捉えることは不可能であっただろう。

 しかし、美咲は確かにその一発を知覚した。

 確立計算上、命中するはずだったその一発は軌道を反らして美咲から遠ざかっていった。確立は、あくまで確立。

 次の着弾までは0.07秒ほどの弾幕間隔。

 絞った引き金の音、発砲音と共に、美咲は倒れた。

 クリーンヒットした最後の弾丸がソルジャーを一人撃破した。

 慣性で打ち続けられる弾丸の雨。

 ガキン! と、残弾0の音が鳴ると、広間は静かになった。

 その様子を、絵里は静かに見守っている。

 (残るは残弾0の自動銃三人と、ミサイル三人、ボス格1……。なんとかいけるかな)

 本番の合図。それを、待っていた。

 絵里のアイギスにはパーティメンバーである美咲のHPが表示されている。

 その値は、「1」。

 最後の一撃で倒れた後に、運命の環のクラススキルである《大切な思い出》を使ったのだろう。戦闘不能を即座に回復する復活系スキル。

 広間の煙がやや晴れたその時。

 美咲は床から、飛び起きる。

 

 バッ、と背後に振り向いてミサイルソルジャーに向けて怒涛の連射。ダンッ、ダンッとリズミカルな射撃音に、敵全体は怯んだ。

 ミサイルソルジャーはしかし、美咲に向けて反撃とばかりにミサイルを発射する。

 (今だ!)

 今こそ、敵が最も弱った瞬間。

 敵が、何の戦闘準備もできていない状態に巻き戻された瞬間だった。装弾状況、オールレッド。

 美咲はミサイルを被弾し、部位損傷のバッドステータスで倒れる。が、どうせ《大切な思い出》で戦闘不能は解除してあるのだろう。大切な思い出スキルの使用回数は最大一日に3回。美咲は、残機制なのだ。 

 絵里は駆ける。

 すぐさまマシンガンソルジャーに感知されるが、遅い。大型設置銃の装弾速度は、あまりに遅すぎる。サ○ヤ人さながらの擬音を響かせながら、本家も驚く威力のストレート・パンチが突き刺さる。

 美咲のStr(筋力)値の27倍を誇る究極のパンチ。

 ボッ、という濡れたタオルを叩いたような音が響き、ソルジャーのどてっ腹を、絵里の拳が貫通した。クリティカルヒット。戦闘不能。

 「はああああああっ!」

 続けて、大きなステップで接近してからのハイキック。ソルジャーの首がぽーん、と冗談のように宙を舞った。

 残る一人のミサイルソルジャーはあんぐりと口を空けて呆然としている。絵里は爆音をたてた全力疾走で接近すると、おもむろに身を空中へと投げ出し、

 「っっせぇえええい!」

 ダイナミックなドロップキックをかました。今度は、ソルジャーの上半身が跡形もなく爆散。

 にやり、と獰猛に笑むと、当然装填の間に合わないミサイルソルジャー達に向けてダッシュ。半ば戦意を失い、ミサイルポッドを捨てて逃走を図るが、地面に転がっていた美咲が、彼ら三人の足を打ち抜いて転倒させた。

 「うりぁ!」

 ボゴン! と豪快に頭部を踏むと、彼らの頭が地面に、それこそ漫画のようにめり込む。頭蓋損傷ではすまない。完璧な死亡である。

 ボゴンボゴン! ともぐら叩きのように全員分踏みつける。

  

 「ペンダントを渡すんだな! それはボクのだ!」

 

 そーだそーだ、とミサイルで右手が吹っ飛んだ美咲も立ち上がり、加勢する。

 サーベルを抜いたボス格の男は、不敵に笑む。

 「貴様がDr.的場が残した人造人間か。確かに出来は良さそうだ。──しかし、それでも国には勝てんよ」

 チャッ、とサーベルを構える。

 「人工知能"Judo"起動」

 宣言した瞬間、男のサーベルが不気味な駆動音をあげた。

 「サーベル程度でボク達に勝てるとでも?」

 「そーだそーだ!」

 「君達こそ、たかだか二人でこれ(・・)を相手にできるとでも?」

 ふんっ、と鼻息たてて絵里が突進する。

 「美咲! 下がってて! 銃下手だからあんま撃つな、よっ!」

 重力。その一撃を一言で表すとそうなるだろう。絵里の空中からの右フックは、恐るべき重さを持っていた。

 しかし、

 「っ!?」

 絵里は弾き飛ばされ、2m先の地面に着地した。

 絵里の攻撃を、剣が弾いたのだ。まるで剣が生きているかのような不自然な動きで。

 「自立して動く、剣……?」

 絵里は警戒の度合いを高める。

 しかし、元より格闘戦しかできないクラスだ。再び、慎重になりながらも接近する。

 自動で動く剣。中々に反則。

 「ふっ!」

 フェイントが聞かないと分かっているからこその、真正面からの全力の拳を放つ。

 「無駄だよ!」

 剣が、絵里の拳を切り裂く。しかし、人造人間たる絵里に、末端部分の傷などは些事であるし、超人的な治癒能力を持っているため、戦闘中に気にすることではない。

 絵里は続けてローキックを繰り出す。無論、今度は足が切り裂かれる。それは絵里も分かっていた。だからこそ、次は速度を重視した耳削ぎチョップ。上下段攻撃に対応することができるかどうかの、テストだ。

 「ぅあ、っ!」

 絵里の指が二本ほど、切断される。ゲーム内だから、当然痛覚はないがしかし、VRにおいて身体の損傷は非常に不気味な感覚である。

 怯んだ絵里に膝蹴りが放たれ、再び距離を離される。

 (強い、確かに強い。……でも剣を握っているアイツは、戦闘慣れはしてないみたいだ……)

 剣を自らの意思で振るのを躊躇している。なぜなら、そうすることで剣のアシストの邪魔をしてしまうからだ。それはつまり、剣を扱う素人であるということだ。剣に精通しているならば今は膝蹴りでなく、大きく剣を絵里に突き立てることができただろう。

 勝った。絵里は確信した。

 絵里の動向を怯えたように観察している、男。目前の敵にしか、視界がいっていない。

 絵里は、突進をしかける。

 「まだまだぁあああっ!」

 男は安心したように、剣に身体を預ける。

 しかし、絵里は策なく特攻を仕掛けた訳ではなかった。

 

 ザシュ


 サーベルの刃が、絵里の右手に突き刺さる。

 絵里は、その刃を握り締める。破壊不可オブジェクトなのだろう。絵里の筋力値でも握り壊せない。

 しかし──

 「美咲!」

 絵里が叫ぶ。

 美咲は自らの手で装弾を終えたミサイルランチャーを構えていた。

 「な、何!?」

 男は、咄嗟に剣から手を離し、逃げる。絵里のあまりの筋力に、剣を持ったままに逃げることが不可能だったからだ。

 「バーカ!」

 逃げる男の背に、絵里が突くような強烈な蹴りをかます。男の背は障子が破れるように裂け、吹き飛んだ。

 それを確認すると、絵里は自らの手からサーベルを引き抜き、投げ捨てる。エネミー専用武器は残念なことに、PCには装備できないのだ。

 倒れた男のポケットからペンダント……賢者の石を回収した。

 

 「っよし!」


 片腕を損傷した美咲に肩を貸す。

 絵里はペンダントを手にした瞬間から、サ○ヤ人モードが解除されていた。

 アイギスを操作する絵里。 

 スキル取得やAP管理などはアイギスで行うので、てっきりそれかと思った美咲は、絵里のアイギスの画面を覗き込んで、小さく溜息をついた。

 絵里が見ていたのは、スキルウィンドウではなく、メール画面だった。

 


 『追伸

 地下には、念の為三人は誘って向かうのがいいだろう』

 


 「二人じゃ難しかったね、このクエスト」

 「……そだねぃ」

 その後、疲れた顔での上京となったのは、言うまでもないだろう。











 年少組、えーりんのクラスアップクエストの話になります。

 クラスアップクエストの雰囲気はこんな感じなんだというのを掴んでいただければ幸いかなと!


 次回更新は本編Ⅴ話になりますので、お楽しみに!

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