ある英雄のなりそこない達のお茶会
執筆:ロキ
Old Origin Online「Ⅳ 飽和の階」読了後に読まれることを強く推奨します。
赤崎家の北海道、九州、千葉の面々が隷従達の行進によって襲撃される二日前の出来事。
いつものようにメールで連絡を貰い、目的は違えどお互いに満足するためのお茶会に参加するため、少女はこの場所に足を踏み入れた。
泣いているかの様な風の音以外は静まり返っている。真っ暗な空に浮かんだ満月と、その光によってシルエットになっている巨大な城がさらに不気味な雰囲気を漂わせていた。恐らく初めてこの場所に来る人間であるならば、この空気を気味悪く思うだろう。しかし常連である彼女は怖気づくことも不気味に思う事も無く足を早め、城門を抜け、城の扉を開けた。
その瞬間に注がれる数々の視線。それは奇妙な物を見る目でもあり、どこか嫌悪感を感じるものでもあり、様々である。
城に入るとすぐにエントランスに出る。基本的に隷従達の行進の面々はここでたむろする事が多い。吸血鬼でもなく、隷従達の行進に加入していない少女がこの場に足を踏み入れる事自体が異常なのである。だからこのような視線を受けるのも無理はない。
扉を閉め、吸血鬼達の視線を受けながら、そのままエントランスを足早に突っ切る。黒いローブのようなコートにすっぽりと身をつつみ、フードを被った少女の容姿は、まるで迷い込んだ招かざる客のように見えた。
その少女を止める者は居なかった。何故なら彼女は彼らの主の「お気に入り」であると誰もが理解しているからだ。
少女が楕円階段を上り、彼らの主人である部屋に続く廊下の扉を閉めたところで、吸血鬼達はお互いに目を合わせため息をついた。
「なんで、英雄王の側近が隷従達の行進の総本山である"千年城"に出入りしてんのかねえ……」
小さなノックの音。
「ああ、入っていいよー」
部屋の主の入室許可の声を確認し、そっと部屋の扉を開ける。
「コートはそこらへんに掛けておいて。ちょっと今手が離せないんだ」
ほの甘い匂いが室内を満たしていた。少女は扉を閉め、コートを脱ぐ。
「今日はエリーさんはいらっしゃらないのですか?」
近くにあった洋服掛けに自身のコートを掛けながら背を向けたままの部屋の主に問う。
「ちょっと頼みごとしてるからね。ロキちゃんは俺の部屋の場所覚えてるだろうし、出迎えが無くても問題はなかっただろう?」
「いや、そうですが」
(自分の立場としては、案内無しにこの城を出歩くのは貴方の部下達の事を考えると勝手がすぎるような……)
「ほら、突っ立ってないで座りなよ」
ロキがぼんやりと心の中で物思いにふけっていると、室内のキッチンでお茶の準備をしている彼が着席を促す。
さほど大きくないテーブルに向かい合わせで並べられた豪華な二つの席。手近にあるそのひとつの席に座った。
ロキが席に座ったのを確認してから、彼は切り分けられたチーズケーキとティーセットが並べられた銀色のトレーをテーブルの上に置く。そして彼自身もまた、彼女の向かい側の席に座った。
「しかし、妙ですね」
手際よく紅茶を淹れる彼に向かって、ポソリとつぶやく。
「何が妙なんだい? あ、お砂糖はいくつ?」
「……ひとつで結構です。貴方がエリーさんに何かを任せる事が、とでもいうんでしょうか」
彼は紅茶とチーズケーキを差し出し、僅かに微笑みながら、
「自分の周りの事や調べ物は一通り出来るけど、俺だって誰かに何かを任せる事はあるよ。キミだってそうだろう?」
と、逆に問い返すように答える。あまりにも返答を濁されたように感じたので、ロキは少し不満げにティーカップに口をつけた。
そんな素振りをみせる彼女に苦笑する。彼の欠点は、彼女に対して甘い所があるところなのかもしれない。
「まぁ、結構近い内にキミの予想は当たるかもしれないし、当たらないかもしれないね」
そんな彼女の不満を解消するために、返答に付け加える。
その言葉に、ロキは思わず眉をひそめた。
「やはり何かしようとしているのですか」
しかしそれは逆効果であったようだ。それも彼の予測の範疇ではあったが。
「ロキちゃんは中立派だけど、キミの家族自体は穏健派の一大組織に含まれるだろう?
キミの相方とは良い敵対関係を築いているしね。
だから俺がしようとしている事を全て話す義理はないと思うかな?」
過激派の一大組織を築いている彼にとって、敵対関係である赤崎家に所属しているロキに自身の情報をありのまま渡す事は自分の首を絞めるに等しい。だから、ロキ自身もそれを理解してこれ以上は追及しようとはしなかった。そこまで彼女も自身の立場を分かっていない訳ではない。
「そういうロキちゃんも、意外と策士な所あるよねー……」
不意な指摘。
「僕の何処が策士というのですか」
その言葉の意味がまるで分からないとでも言う風に切り返す。実質、彼女が赤崎の方針を立てる事も、レイド戦で指揮を取ることもない。普段は資料整理や、護衛、戦闘補佐など策士とは程遠い裏方のような役割を担っている。だから彼が策士と比喩したのかが尚更理解できない。
「んー……身内に隠し事したりとか、自分を犠牲にするようなことしたりとか、自身の周りの人の精神面を調節する辺り……かな?」
柔らかくも全てを見透かされるような彼の視線に、思わず緊張する。
「……、貴方は僕の何を知っているというのですか?
貴方とはO3が初対面である事に違いはないですし、まだ知り合ってから日が浅いのに、僕の何を理解して──」
「ほら、そういう所とかだよ」
強い口調で言葉を遮られる。その言葉で鼓動が早くなるのを感じた。ロキは平然を装ってはいるが、恐らく彼にとって彼女が焦っている事は分かっているのだろう。
「ロキちゃんは隠す癖があるね。そういうのも俺は結構好きだけど」
くすりと微笑み、わずかな沈黙の後。
「だから俺はキミが欲しくて欲しくて堪らないよ。キミの本当の力も、キミが持っている知識も、ね」
彼の紺色の瞳がロキを捕らえた。自身を同じ色を宿す瞳と目が合ってはいけないような気がして、彼女は意図的に視線を下に向ける。
(彼は知らないはず。僕がエリンに居たことも、あの図書館で彼と出会っている事も、エリンのほぼ全ての書物を魔法的に記憶している事も)
彼の指摘は間違っては居なかった。確かに、赤崎の一部の面々の命をエリンで救った事もある。ただ、その出来事は彼らの記憶には残っていない。むしろ、エリンでロキという少女の存在を記憶している者はいないといった方が正しい。
「まぁ、いつかキミも秘密を打ち明けるべきだとは思うけど」
穏やかに微笑む彼を見て、確信する。経緯はどうあれ、彼は自身の隠し事の一部を把握しているのだと。
「僕は、貴方にも、彼らにも隠し事なんてしてないですよ」
なんでもないように、ロキは差し出されたチーズケーキを頬張った。此処は知らない振りをしているのが懸命だろうという判断だ。
「そう。それならいいんだけどね」
その意図を察したのか定かではないが、満足げに微笑む彼にとって、このことはあまり重要ではないようである。それを感じて僅かに内心安堵した。
「……僕と貴方の関係が今以上にも以下にもなったとしても、今後貴方がどう動くのであれ、貴方が彼らに害を成すのであれば容赦なく僕は刃を向けますよ?」
それは静かな忠告。彼が先ほど言った発言は、赤崎家の一員であるロキにとって聞き捨てならない。視線を合わせずとも、小柄な少女が紡いだ言葉には冗談や言葉遊びといったような、ごまかしの類は一切含まれていない事が十分に感じられた。
「それがロキちゃんの仕事なんだろう? ならしょうがないと思うよ」
「仕事では無いです。彼らを守る事が僕の意思であり本心です」
鋭い視線で、彼を一瞥する。
「ふふ、そうやって怒る所もロキちゃんらしいね。
でも果たして本当にそう言えるのか、これからが楽しみだよ」
まるで未来でも知っているかのようにくすくすと含み笑いを浮かべる。それがロキの中で違和感として強く残った。
「……、ご馳走様です」
フォークを空になった皿の上にそっと乗せ、立ち上がる。
「おや、もういいのかい? おかわりもあるのになぁ……」
意外そうな、けれど彼女の心中を察するかのような彼の声音に、ますますロキは気分が悪かった。
「興が冷めました。気が向いたらまた来ますよ。貴方のケーキだけは好きですし」
黒いコートを羽織り、フードを被る。彼はその素振りに少し残念そうな笑みを浮かべた。
「それなら次は良い茶葉を用意するとしようか。まぁ、またここに近い内くるだろうしね」
彼の言葉を無視して、ロキは部屋から出た。
吹き荒れる風の音が耳朶を叩く。視界が白からほの明るい街並みへと変化した。通勤帰りの社会人や、夜遊びにふける若者達の雑踏がやけに騒がしい。
(ここまで胸糞悪いのは初めてなような気がするですね……)
今回に限って、彼の発言はどこか違和感を覚えるものばかりだ。彼の意図が全く分からない。それがとても気持ち悪い。胸の奥から湧き上がる緊張と、原因が分からない違和感。長居すればするほど、彼の言葉に飲まれてしまいそうになる。
(今後は警戒が必要でしょうか。あの人達に今回のことを伝えるのもアリですが──……いや)
そう悩みながら、ロキは足早に一般人に紛れ込む。
(理由はどうあれ彼が僕を知っている以上、個人的にあまり動きたくないですね。変なことであの人達に思い出してもらっても困るのは僕ですし)
不意に空を見上げた。薄紫色に広がるあまりにも現実に似た世界に、本当の現実を忘れてしまいそうになる。
(隷従達の行進が今後何かしろのアクションを起こすのは間違いないにしても、彼らに忠告するのはあちらの人数的に考えて対応に無理がある。
だから、出来るだけ彼らの傍に居よう。あの時のように、彼らが、命を落とすことの無いように──)
薄暗さが立ち込める路地に入ったところで、少女の姿はなかった。
† † †
「相変わらず慎重だったなぁ……あの子らしいと言えばあの子らしいんだけど」
誰も居なくなった室内。空になったティーカップと皿を見つめて思い出すように呟く青年。
「あの子のことだから、多分警戒して俺が動く事は言わない……だろうね。
四年の時を経ても奥手のまま、か。英雄王の傍に置いておくのはもったいないよ……全く」
でも……、と一息つき。
「あの子は俺が手に入れてみせるけどね」
永劫に続く夜の世界、"千年城"の主であり、隷従達の行進のトップである"千年の王"は不気味に笑った。
赤崎令紗の中の人執筆なSSです。
謎の多かった(製作陣では膨大な設定が既に確立されている)カナキさんのことが少しでも分かっていただければ、と思います。
あとロキ子もRebuild後半の参戦ですからまだまだ謎多いキャラですね。今後もこうしてSS投稿あると思うので、そちらも楽しみにどうぞ。