第1話 六角VS上洛中の信長軍
戦国時代の近江――。
織田信長に敗れ、歴史の表舞台から姿を消していく六角氏。
そんな六角家に転生した主人公が目をつけたのは、琵琶湖に浮かぶ「沖島」だった。
「ここに城を築けば、そう簡単には落とせないんじゃないか?」
現代知識を使って島を要塞化し、甲賀・伊賀の忍びを集め、琵琶湖を支配する水軍を育てる。
天下統一を目指すわけではない。
ただ、生き残るために準備を重ねていただけだった。
しかし気がつけば――
そこには、織田信長ですら攻めあぐねる難攻不落の城と、戦国最強クラスの忍者軍団が出来上がっていた。
史実をベースにしつつ、かなり大胆な歴史改変を含む戦国転生物語です。
細かな史実よりも「もし戦国時代にこんな勢力があったら?」というIFを楽しんでいただければ幸いです。
第1話 あの城を落とす方法を申してみよ
――永禄十一年、西暦一五六八年。
琵琶湖西岸。
湖岸を埋め尽くすように、織田の軍勢が布陣していた。
その数、数万。
美濃を制した織田信長は、足利義昭を奉じて上洛を開始した。
南近江へ侵攻した織田軍の勢いは凄まじかった。
六角方の城は次々と落ちた。
箕作城が落ちた。
和田山城が落ちた。
そして六角氏の本拠、観音寺城も織田の手に落ちた。
あまりにも呆気なかった。
六角は終わった。
誰もがそう思った。
だが――。
湖岸まで進んだ織田軍は、そこで足を止めた。
誰もが琵琶湖の沖を見ている。
そこには――
城が浮かんでいた。
いや。
城が浮かんでいるのではない。
島そのものが、城になっている。
石垣が湖面からそそり立ち、その上に幾重もの曲輪が重なる。
山の斜面にも石垣。
尾根にも櫓。
頂上には巨大な天守。
湖岸から見上げるその姿は、山城などという言葉では足りなかった。
一つの島。
その全てが要塞だった。
沖島城。
六角四郎義治が十年以上の歳月をかけて築き上げた、六角家の新たな本拠である。
信長はしばらく黙って眺めていた。
やがて口を開いた。
「……あれか」
「はっ」
「六角四郎が籠もっておる城というのは」
「左様にございます」
信長の周囲には、織田家の諸将が並んでいた。
柴田勝家。
丹羽長秀。
木下秀吉。
滝川一益。
そして竹中半兵衛。
誰もが沖島を見ていた。
信長が言った。
「申してみよ」
誰も答えない。
「聞こえなんだか」
信長は沖島を指した。
「あの城を落とす方法を申してみよ」
沈黙。
最初に口を開いたのは柴田勝家だった。
「船を集め、兵を送り込みまする」
「何人じゃ」
「五千……いや、一万も送り込めば」
滝川一益が横から口を挟んだ。
「その一万を、どうやって島まで運ばれる?」
勝家が一益を見る。
「船じゃ」
「何艘必要になる?」
「……」
「しかも一度で運ばねば、先に着いた兵から各個に潰されるぞ」
勝家が黙った。
丹羽長秀が言う。
「夜陰に乗じるのはいかがでしょう」
「沖島には六角の忍びが三百いると聞く」
一益だった。
「夜にあの島へ忍び込むなど、昼間より難しかろう」
また沈黙が訪れた。
信長が鼻を鳴らした。
「半兵衛」
竹中半兵衛は沖島を眺めたままだった。
「はっ」
「そなたならどう落とす」
半兵衛は少し考えた。
そして言った。
「無理でございます」
信長が振り返った。
「何?」
「落とせませぬ」
あまりにもあっさりした答えだった。
「兵が足りぬか」
「いいえ」
「では十万ならどうじゃ」
「無理でございます」
「二十万」
「同じことでございます」
信長の眉が動いた。
「三十万ならどうじゃ」
半兵衛はようやく信長を見た。
「殿」
「なんじゃ」
「三十万の兵を、どうやってあの島へ渡されるおつもりですか」
信長は答えなかった。
「三十万集めようが、五十万集めようが同じこと。湖岸に並べておくだけなら、兵ではなく見物人にございます」
秀吉が思わず吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
信長が半兵衛を睨む。
「では、どうする」
「諦めましょう」
「……」
「上洛が目的なのでございましょう。六角四郎が道を塞がぬのであれば、沖島など放っておけばよろしい」
「敵を目の前にしてか」
「攻める必要のない城を攻める必要はございません」
信長は不機嫌そうに沖島を見た。
そのときだった。
「殿!」
湖岸の兵が声を上げた。
沖島の方角から一隻の船が現れた。
いや。
船と呼ぶには異様だった。
巨大な船体。
高い舷側。
そして船の外側が黒く光っている。
秀吉が目を細める。
「なんじゃ、ありゃ……」
一益が答えた。
「鉄甲船にございます」
「鉄甲船?」
「船体を鉄板で覆った六角の船です」
鉄甲船は織田軍の真正面をゆっくりと横切っていく。
逃げる様子もない。
速度を上げる様子もない。
湖岸に数万の織田兵がいるというのに。
悠々と。
まるで、
見せつけるように。
勝家の顔が赤くなった。
「馬鹿にしおって……!」
しかし信長は命じなかった。
ただ鉄甲船を見ていた。
やがて船は遠ざかっていった。
半兵衛が小さく息を吐く。
「挑発でございますな」
信長が笑った。
「面白い」
それからしばらくして。
先ほどの鉄甲船が戻ってきた。
今度はさらに岸近くを通る。
ざわめきが織田軍に広がった。
勝家が信長を見る。
「殿」
信長は鉄甲船を見つめている。
そして右手を上げた。
「鉄砲隊」
鉄砲を持った兵が前へ出る。
「弓隊」
その後ろに弓兵が並ぶ。
半兵衛が信長を見た。
「殿」
「止めるな、半兵衛」
「……承知いたしました」
信長の手が振り下ろされた。
「撃て!」
轟音。
数百丁の鉄砲が一斉に火を噴いた。
続いて無数の矢が空を覆う。
鉄甲船へ殺到する。
ガン!
ガン!
ガガガガガン!
船体に火花が散った。
だが――。
沈まない。
止まらない。
鉄板が弾丸をことごとく弾いていた。
矢など問題にもならない。
「火矢を放て!」
火のついた矢が空を飛んだ。
次々と鉄甲船へ命中する。
しかし燃えるものがない。
鉄板の上で火が消えていく。
織田兵がざわめいた。
「効いてねえ……」
「なんだ、あの船……」
「化け物か……」
それでも鉄甲船は進み続けた。
ゆっくりと。
何事もなかったかのように。
そして――
止まった。
織田軍の正面で。
船の側面に並んでいた板が、一斉に開いた。
その奥から現れたものを見て、一益の顔色が変わった。
「伏せろ!」
四百の銃口。
「伏せろぉぉぉ!」
遅かった。
轟音が琵琶湖に響いた。
四百丁の鉄砲が、一斉に火を噴いた。
織田軍の最前列が崩れた。
悲鳴。
怒号。
馬が暴れる。
兵が倒れる。
隊列が乱れる。
「下がれ!」
「押すな!」
「退け!」
「後ろへ下がれ!」
湖岸は一瞬で混乱に陥った。
しかし鉄甲船は追撃しなかった。
二度目の斉射もない。
ただ再び動き始めた。
ゆっくりと沖島へ向かっていく。
まるで、
「いつでも殺せる」
とでも言うように。
信長は黙っていた。
勝家も。
長秀も。
秀吉も。
誰も口を開かなかった。
その中で一人だけ、竹中半兵衛がいつもと変わらぬ顔をしていた。
信長が半兵衛を見る。
半兵衛も信長を見る。
そして静かに言った。
「だから申し上げましたでしょう?」
信長の頬が引きつった。
再び沖島を見る。
巨大な城。
その周囲を守る鉄甲船。
そして、その奥にいる男。
六角四郎義治。
信長は知らなかった。
なぜ六角四郎が、これほど異様な城を造ったのか。
なぜこの時代には存在するはずのない発想を、次々と形にできたのか。
その答えは――
二十三年前に遡る。
西暦一五四五年。
近江国。
六角家に、一人の男児が生まれた。
名は――四郎。
後の六角義治。
そしてその赤子には、
誰にも知られていない秘密があった。
前世の記憶を持っていたのである。




