第七章 出航
研究所の会議室は、外界から切り離されたように静かだった。
厚い壁が、遠くの警報音を鈍らせている。
イレーネ・ルーメは、卓の端に腰を下ろしていた。
背筋は伸びているが、どこか懐かしい場所に戻ってきた人のような、力の抜けた姿勢だった。
「……私の話の前に」
そう前置きしてから、
ゾアセノが口を開いた。
「俺の研究でも、
君たちが見たものと、
同じ現象が起きていた」
卓上に、映像が投影される。
夜空。
その中心で、光が弾ける。
赤、青、白。
色を伴った爆発。
「花火……」
ユリが、思わず呟いた。
ゾアセノは頷く。
「被験体が限界に達したとき、
血が臨界を越えて爆発する」
「……レイと、同じ」
エリカの声は、低かった。
「同じだ」
ゾアセノは、淡々と続ける。
「だが、調査はそこまでだ」
「政府からの通達があった」
彼は、はっきりと言った。
「――黙秘せよ、とな」
事故として処理しろ。
爆発は想定外。
遺体は回収不能。
それ以上を調べるな、と。
「……じゃあ」
レオナが、静かに問う。
「原因は?」
ゾアセノは、短く笑った。
「だから、調べた」
黙秘命令が出るほどの現象。
それ自体が、異常だった。
「血の性質。
爆発の条件。
その後、被験体が“消える”こと」
「追えば追うほど、
説明できない部分が増えた」
ゾアセノは、イレーネを見た。
「そして……
この人に、辿り着いた」
イレーネは、否定も肯定もせず、
静かに視線を受け止める。
「母の話を聞いたとき、
仮説が、仮説でなくなった」
「だから……」
ユリが、ゆっくりと繋ぐ。
「スポンサーに?」
イレーネは、小さく頷いた。
「ええ」
「彼は、
真実を探していましたから」
ゾアセノは肩をすくめる。
「資金が必要だったのも事実だがな」
その言葉に、
わずかな息抜けが生まれる。
だが、すぐに、
別の疑問が浮かび上がった。
「……血の海」
ユリが言葉を拾う。
「血の海、ですか?」
「血の海……?」
エリカも、聞き返す。
イレーネは、少しだけ困ったように微笑んだ。
「……詳しいことは、知りません」
その言葉には、迷いがなかった。
「ただ……」
「政府が、
必死に探している場所だということは、
知っています」
「必死に……?」
レオナが、低く繰り返す。
「ええ」
イレーネは、静かに頷いた。
「正式な記録に残らない形で。
何年も」
「見つかっていないのか、
それとも……」
イレーネは、そこまで言って、言葉を止めた。
「……戻ってこられないのか」
その先は、語られなかった。
代わりに、
彼女の表情が、
少しだけ柔らいだ。
「……母の話を、しましょう」
空気が、静まる。
「母は、言葉を話しませんでした」
「感情も、ほとんど見せなかった」
「呼吸は薄く、
目は……黒かった」
それは、恐怖を煽る語りではない。
ただ、思い出をなぞる声だった。
「妊娠して、産む」
「生まれた子は、
先に生きていた子どもに預ける」
「そして、去る」
イレーネは、遠くを見るような目で続けた。
「それを、
何度も、何度も」
ユリは、喉が鳴るのを感じた。
「……母は」
「血の海を、知っていたんですか」
イレーネは、首を横に振った。
「分かりません」
「知っていたのか、
知らなかったのか」
「それさえ、
私は知りません」
彼女は、穏やかに微笑んだ。
「私は、
覚えているだけです」
その瞬間、
研究所全体が、低く震えた。
警告灯が、赤に変わる。
ゾアセノが、息を吐く。
「……来たな」
政府部隊の接近。
追う者たち。
ゾアセノは、三人を見た。
「話は、ここまでだ」
「出航する」
その言葉で、
この章は終わりを告げた。




