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第六章 覚えている者

研究所は、静かだった。


地下通路を抜け、

空飛ぶ車が格納区画に降りた瞬間、

外の世界が嘘のように遠のく。


扉が閉まる。

隔壁が降りる。

重たい音が、何重にも重なって、

追跡という概念そのものを遮断した。


白い灯り。

整然と並ぶ機器。

人の気配はあるが、騒がしくはない。


「……ここが」


ユリが、思わず呟く。


ゾアセノは、頷いた。


「国立大学研究所だ」


誇るような言い方ではなかった。

ただ、事実を置くように。


「君たちは、しばらくここにいる」


レオナが、すぐに言う。


「隠れるつもりはない」


「分かっている」


ゾアセノは振り返らずに答えた。


「だが、今は“追われる側”でいるより、

 “調べる側”に回ったほうが、生き残れる」


ユリは、胸の奥でその言葉を反芻した。


――調べる側。


それは、

逃げることでも、戦うことでもない。


知ること。


「……手伝わせてください」


ユリは、迷わず言った。


ゾアセノが、足を止める。


「研究を、ですか」


「はい」


理由は、説明しなかった。

説明できないからではない。

必要ないと、分かっていたからだ。


エリカも、静かに続ける。


「……私たちの体のこと」


「血のこと」


「爆発のこと」


レオナは、少し遅れて口を開いた。


「そして……」


一拍。


「レイのこと」


ゾアセノは、三人を見た。


評価するようでも、試すようでもない。

ただ、人を見る目だった。


「……いいだろう」


短く答える。


「隠蔽される前に、

 分かるだけのことは、すべて調べる」


その言葉が終わる前に、

別の足音が、通路に重なった。


規則正しく、

だが、急がない歩き方。


白衣でも、軍服でもない。


現れたのは、

背筋の伸びた高齢の女性だった。


灰色の髪を、きちんとまとめ、

表情は穏やかで、どこか遠い。


ゾアセノが、軽く頭を下げる。


「……イレーネ」


彼女は、小さく頷いた。


「イレーネ・ルーメです」


声は柔らかい。

だが、曖昧ではない。


「この研究所のスポンサーをしています」


ユリたちは、無意識に姿勢を正した。


スポンサー。

それは、

この場所が存在できる理由。


イレーネは、三人を一人ずつ見た。


長くは見ない。

だが、目を逸らさない。


「……若いですね」


それだけ言って、微笑む。


「でも、驚いてはいません」


レオナが、眉をひそめる。


「……なぜですか」


イレーネは、少し考える素振りをしてから答えた。


「似ているから」


「誰に?」


ユリが問う。


イレーネは、すぐには答えなかった。


その代わり、

遠くを見るような目で、言う。


「……昔、知っていた子どもたちに」


空気が、わずかに変わる。


ゾアセノが、口を挟んだ。


「イレーネは、

 この研究の最初期から関わっている」


「血の研究にも?」


エリカが問う。


「ええ」


イレーネは、頷いた。


「そして……」


一瞬だけ、

彼女の声が低くなる。


「“母”のことも」


その言葉に、

ユリの心臓が、はっきりと鳴った。


説明は、まだ続かない。


だが、

この人が“覚えている側”であることだけは、

誰の目にも明らかだった。


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