第四章 血だけが残った
――ゾアセノ・ハリス
爆心地に、遺体はなかった。
ゾアセノ・ハリスは、立ち入り制限の張られた区画の外で、その事実を何度も確認していた。
数値も、映像も、報告書も、すべて同じ結論を示している。
――人がいた痕跡はある。
――だが、人体は存在しない。
「……おかしい」
彼は、声に出してそう言った。
周囲では、軍と警察が忙しなく動いている。
現場を覆う白いシート。
消毒剤の匂い。
無線のやり取り。
すべてが、片づけるための動きだった。
爆発が起きた。
被験体が一人消えた。
危険は排除された。
そういう結論に、無理やり収束させようとしている。
だが、ゾアセノの視線は、足元に集まっていた。
血だ。
舗装の隙間に染み込んだもの。
金属の表面に薄く残ったもの。
乾ききらず、まだ温度を持っているもの。
量が、合わない。
人一人分の出血量ではない。
かといって、複数人がいた形跡もない。
「……残りすぎている」
隣にいた警察官が、不快そうに眉をひそめる。
「爆発ですから」
ゾアセノは頷いた。
理屈としては、正しい。
だが――
理屈は、観測結果に従うものだ。
「遺体は?」
「確認されていません」
即答だった。
迷いがない。
事前に用意された返答。
ゾアセノは、何も言わず、手袋をはめた。
しゃがみ込み、
血の一部に、器具を近づける。
採取。
「何をしている」
背後から、鋭い声。
振り返ると、軍の制服があった。
階級章が、やけに整っている。
「学術的な確認です」
「必要ない」
「必要です」
言葉を重ねると、空気が硬くなる。
ゾアセノは、相手の目を見た。
怯えも、挑発もない。
ただ、事実を扱う人間の目。
「これは、通常の爆死ではありません」
沈黙。
その隙に、ゾアセノは容器を閉じた。
血液は、
不思議なほど静かだった。
暴れていない。
凝固もしない。
まるで――
行き先を失って、ここに留まっているだけのように。
「……回収は、こちらで行う」
軍人が言う。
「いいえ」
ゾアセノは、首を横に振った。
「これは、私の研究所で扱います」
一拍の間。
互いに、引かない。
やがて、軍人は視線を逸らした。
「……勝手にしろ。ただし、結果は共有しろ」
ゾアセノは頷いた。
容器を胸に抱え、
現場を後にする。
背後で、
白いシートが引かれる音がした。
すべてを覆い隠す音。
ゾアセノは、歩きながら思う。
――死体がない。
――血だけが残っている。
それは、
消えたのではない。
「……行った、のか」
どこへ、とは分からない。
だが、
“ここではない”どこかへ。
ゾアセノ・ハリスは、
初めてこの事件を、事故ではないと断定した。




