第一章 最初に動く者
消灯。白い檻が夜に沈むと、監視灯の赤だけが空気を噛む。
僕らは声を殺し、息を揃え、機械の隙間を待った。
換気の音が一拍、遅れる。
エリカが指先で合図を送る。三。二。一。
レイが最初に動いた。
非常パネルに拳を叩き込む。正規の手順ではなく、破壊の手順。
鈍い音と火花。警告灯が目覚めるより早く、彼はもう次へ移っていた。
「行け」
短い一言。命令ではない。合図だ。
僕はエリカの手首を掴む。細い骨。冷たい皮膚。だが震えていない。
通路へ飛び出すと、空気が変わった。白が敵に変わる。ここでは、色が変わる瞬間が命の境目だ。
角を曲がると、兵士が現れた。
目が合った、その瞬間にレイは踏み込む。
殴る。蹴る。奪う。
迷いがない。怒りがある。恐怖が、怒りの形で燃えている。
僕とエリカは走る。息が切れる。心臓がうるさい。
背後で金属が倒れ、靴底が床を叩く音が増えていく。
「ユリ!」
レイの叫びが飛ぶ。
「止まるな!」
止まるな、はここで死ぬな、という意味だ。
僕は頷く。エリカも頷く。言葉はいらない。
次の隔壁。閉まる。
その瞬間、エリカが淡く呟く。
「……間に合う」
彼女の声は温度がないのに、僕の背中を押す。
隔壁の向こうに転がり込んだ時、背後で爆ぜるような音がした。
レイが壊した装置が火花を吐き、追手の動きを一拍遅らせた。
その一拍で、僕らは生き延びる。
そしてその一拍を作るために、レイは前に残る。
僕は振り返りかけて、やめた。
振り返ることは、レイを“置いていく”行為になる。今ここで、そんなことはできない。
僕らが走り去る背後で、白い檻が警報に染まっていく。




