7話 王子と小鹿の物語(後編)
日本で出会って、ロンドンで数ヶ月間同じ学舎に居た幼なじみが言っていたことをましろは思い出す。
「時には物語よりも、コレを回収しようとする同業者のほうが厄介だと思いますわ」
「ただし、貴方のような腑抜けは別ですけど」と付け加えられた。
こうして学舎を設けて同業者を育成しているのに、矛盾している。
お互い粒子を奪い合うよりも、自分が見習い中のように、部署が違えど手を取って協力し合うべきではないか。
そう言ったましろの意見は大多数の意見の中に紛れて消えていった。何故なら、本部は物語を狩る者達を競い合わせることで強い者が育成出来るという方針の為だ。
まるでスポーツのように競わせるべきだと言う。勝ち負けを決めること自体が苦手なましろにとって、ロンドンでの学舎教育は全く為にならなかった、とまではいかないが、少なくとも穏和な意志だけは変わらなかった。
◆◆◆
「ーーーーボクと同じタイプの人かと思ったのになぁ!」
ましろは青年の繰り出す剣技を大樹で作られた杖の全体に薄らと炎を纏わせて凌いでいる。
「タイプ?魔術を使う君と剣を使う僕とじゃ全然違うだろ!」
同行している間、口調は偉そうだが根は温厚そうな人物だと評価していたましろはその評価を自ら覆した。青年は敵と見做すとやる気を出すタイプで、ましろとは全然違う。
『このままじゃ埒があかないよ』
「言われなくてもわかってるって」
ましろは半ば逃げの姿勢で青年と距離を取る。衣装のポケットに入れていたお菓子がひとつ食べられれば、この場は凌ぎきれる。
「ボス戦までお菓子は食べないつもりだったけどーー」
こういう展開なら仕方ない。包装紙を捲り取り出したベルギーチョコを口に入れる。大樹の杖の先端を青年よりも少しズレた角度に向けてスペルを唱えた。
「炎」
先程青年に見せた炎よりも火力が高い炎が大樹の杖から放たれ、青年の背後の森が燃え上がった。
ましろは以前関わった物語の影響を受け、甘いものを食べるとスペルの威力が基本的に向上する体質に変化している。
領域展開された物語から出ることは退治しない限り難しい為、外から持ってきたお菓子は数量限定だ。
因みに領域内に置かれているお菓子などの甘いものは、本部が研究した量子技術とは異なる物質で作られている為、食べても変化がない。
「!待って!!」
炎が森に燃え広がってしまった。予期せぬ自体の最中、青年は左右の角の色が違う小鹿を見逃さなかった。小鹿は炎で焼け落ちた枝で右脚を火傷している。
青年はましろとの闘いを放棄して小鹿の元に走った。炎の中から小鹿を掬い上げ、炎の被害が少ない泉のほうに移動し、衣類の端を破って小鹿の怪我の手当てをする。
「……えーと、もしかして、ボクって、悪役みたいなことしてる?」
『中ボスの悪役魔法使いみたいなことをしてるんじゃないかい?』
「わざとじゃないよ?舞台装置に取り憑かれてもないから、聞き返さないで」
青年が小鹿の手当てをしている最中、ましろとラプスはこそこそと話し合っていた。
「ーーーごめんね。僕たちが君を怖がらせちゃったみたいだ」
ひそひそと会話するましろとラプスを他所に、落ち着きを取り戻した青年は小鹿に話しかけて謝っている。タイミングは今しかない。
「ーーーすみません、貴方を驚かせてしまって。こんなことするつもりじゃなかったんです」
「……わかった。取り敢えず話しをする場所を変えよう。ここはもう危険だ。水夫たちに火消しの協力を要請しよう」
ましろが謝ると青年からの敵意が和らいだ。青年は小鹿を腕に抱えるとましろについてくるように視線で仰ぐ。
ーーー展開上、仕方なかったこととはいえ、森を燃やしてしまったからには、物語の中心的舞台装置の警戒心を強くしてしまう事態に発展している。
なるべく穏便に済ませたいましろとしても、早くこの炎を消す方法を提供してもらえるのは好都合だった。
炎の能力は使い勝手は良いように見えるが、一度放つと自分では消すことが出来なくなってしまうという欠点がある。仲間に水の能力を使える人材がいれば別だが。
今は物語の展開領域内で済んでいるが、誤って領域展開外で使用などすることがないようにしなくては。
中世ヨーロッパ風の町の宿に移動した2人と2匹。青年は宿の店主に用意してもらった毛布が敷かれた籠に小鹿を入れる。ましろと青年はそれぞれのベッドにぎこちなく腰掛けた。小動物はましろの足元に腰を落ち着かせる。
「ええと……。どこから話せばいいのやら……」
言い淀んで明後日の方向を向いているましろに、助け船を出すかのように青年から口を開いた。
「さっきはごめん。君のことを粒子回収のことしか頭にない奴かと思ってしまって」
「ボクってそんなに悪い人に見えてたの?」
衣装のせいか、普段のましろの当たり障りのない態度のせいか。本当に青年からは怪しげな魔法使いに見えていたようだ。
「本当にごめん。君がこうして落ち着いた場所で話しを聞いてくれる人で助かった。ーー僕はチームに恵まれなくってね。必要以上に君を警戒してしまっていた……と思う。少し冷静になった今考えるとね」
青年はましろに謝ると籠の中の小鹿の背をゆっくり撫でる。
「僕は本部に配属されたチームから離脱したフリーの物語退治屋さ。殆ど喧嘩別れで……ラプスはチームが持っていったから僕は持っていないんだ」
「ラプス無しでどうやって粒子回収をされてるんですか?」
「僕の目的は本部や他の物語狩り達のようや粒子回収じゃない。物語に取り込まれた人たちを展開領域から助け出すのが目的なんだ」
粒子回収ーーーつまり、名誉や報酬が目的ではない。青年は小鹿の黒い瞳を憐れみの表情で覗き込んだ。
「この小鹿、この物語に引き摺り込まれた女の子なんだ。僕が時々公園にゴミ拾いに来ていた時、スマホの充電器を持ってないか聞かれたのがきっかけで知り合っただけなんだけど」
「そうだったんですね。こちらにはラプスが居るのに、発見が遅れてすみません」
「いや、気にしないで。……彼女は黒と白のツインテールで目立ってたし、僕が出会った人の中では印象深かったから。偶々彼女が物語の領域展開に入っていくのを目撃したから発見が早かっただけのことさ」
青年の話によれば、彼女は物語の中の『雷が鳴る雨の日に願いの泉付近で、小鹿になってしまった癒しの魔法使い』の役に取り込まれ、舞台装置にされてしまったようだ。
「僕は一度物語が完全にストーリーを終わらせるのを見たんだ。どうやらその魔法使いは、自分の使う癒しの魔法を目当てに争いが起きることに悩んで、動物になることを願ったそうだ」
(ーーーと、言うことは)
少し戦闘をしただけでは青年の実力は測れなかったが、直接話した雰囲気では、物語狩りにはある程度慣れている人物だとましろは評価し、目を輝かせる。
「もしかして!この物語のラスボス、もう倒しちゃったりしてませんか!?」
「ん?ーーーああ。それは勿論さ!一度完結を見届けたんだ。ラスボスは王子の父親の王様だったよ!僕は王子役として潜り込んで彼女を探して救うタイミングを伺ってたんだ」
ましろが聞くと青年は胸を張り、自身の活躍を語り出した。しかし、ましろが目を輝かせているのはラスボスを自分が倒す手間が省けた上に、青年がラプスを持っていない為、粒子回収はましろが持っているラプスがすることになりそうだという棚から牡丹餅によるものだった。
「じゃあ、彼女の怪我が完治すればーーー」
ましろが呟くと同時に、小鹿は籠から身を乗り出した。飛び出て床に爪音を鳴らす。脚の火傷は綺麗に完治していた。
「あ、癒しの能力ですね!早く治ったよかった」
ましろが手を伸ばして撫でようとすると、小鹿は青年の後ろに隠れて警戒し始める。
「怪我させちゃって、ほんとにごめんね。わざとじゃないんだ」
手を合わせて平謝りするましろに、小鹿は警戒心を緩めてましろの髪を咥えて引っ張る。
「いたっ」
髪を放すと小鹿の彼女はそっぽを向いた。どうやらこれで許してくれるらしい。
小鹿の彼女は青年に向き直るとしっぽを振って殆ど体当たり気味に抱き付いた。
「っ!?」
硬い角が当たるが青年は痛みを我慢して小鹿の彼女を抱きしめた。彼女が蹄を鳴らした途端、空間の歪みが波紋により広がる。
「どうやら、今回の任務はこれで解決のようだ。粒子の回収量が普段より期待出来そうで何より」
「え!?ちょっと待って、これで終わりっ!?色々これまで心の準備をしてきたのにっ!?」
「心の準備って、一体なんのーーー」
波紋が広がった空間は突如、ガラスの破片のように砕け散った。ラプスが光の粒子の膜で3人を覆うと同時にガラスの破片に分解された物語の粒子を吸い込んでいく。
ラプスが全ての破片ーーー領域展開されていた粒子を呑み込むと、元の風景ーーー公園の側に広がる森の中に戻っていた。
「こんなにお腹いっぱいになるまで粒子を食べれたのは久々だ」
「やめてよその言い方。物語が成長する前に退治してるだけなのに、まるでボクが小動物を虐待してる風に聞こえが悪いよ」
ましろと小動物が口喧嘩を繰り広げている間、青年は元の制服姿に戻った少女に寄り添っていた。
「……ど、どうしよう、これから……」
物語の領域展開を壊すーーーつまりは終わらせるのに相応しい結末に必要な行動を色々と、時折心臓をバクバクさせながら早期から覚悟していたのだが、その必要はなくなった。
代わりに必要になったのは、元の姿に戻った彼女への現状の説明だった。
◇◇◇
「あの時も宿でこうして2人でベッドに寄りかかったりして話してましたもんねー」
鵜久森が今寄りかかっているのはソファだが。
ましろがクッションを抱えてベッドの上でゆらゆらと揺れているところで部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「お邪魔するよー」
噂をすればなんとやら。ましろの部屋に入ってきたのは、黒と白のツインテールの彼女ーーー小鹿綺羅々《こじかきらら》だった。
「うぐ、やっぱりましろの部屋に居た」
綺羅々《きらら》は口を尖らせ、どうして部屋を変えたのかを鵜久森に尋ねてきた。
「うぐ、なんで部屋変えたの?」
「え、えーと、これには深いわけがあるような、ないような……」
「またましろのせい?うぐの部屋が遠くなったせいで、うぐとゲームする時間に2分くらい影響するんだけど」
助けた彼女はゲームが大好きな少女だった。背が低いのでましろたちはてっきり1年生かと思っていたが、実は3年生。鵜久森と同い年だ。
「ましろ、うぐ借りてくからね」
「いたっ」
ましろの手の甲を抓り、綺羅々は鵜久森に歩み寄り腕を引っ張る。
「ましろくん!さっきのお願い事、ちゃんと頼んだからね」
少し焦りながらも鵜久森は綺羅々《きらら》について行く。鵜久森はあまりゲームが得意ではない筈だが、毎回彼女に連行されて満更ではない表情をする。
「それは紬さんにも頼んだほうがいいんじゃないかなぁ」
彼を「王子くん」呼びする人物で真っ先に浮かぶのは買い物中の九条紬だ。次にアーバンや小動物。アーバンにはましろより先に頼み込んでいるだろう。ましろは滅多に王子とは呼ばない。
綺羅々《きらら》は最初の頃こそ王子呼びだったが、毎回鵜久森が微妙な表情で対応していたせいか、空気を読んで次第に「うぐ」と呼ぶようになった。
(呼び方か……。そういえば)
ましろはぼんやりと思う。自分はいつから幼なじみに名前で呼ばれるようになったっけ。




