6話 王子と小鹿の物語(中編)
一人前(?)になってからは殆どの物語を成長前に退治していたましろだったが、御伽公園に現れた物語ーーーー後々研究所により『王子と小鹿』と付けられたものは、小動物が気配を中々探知しなかった。小動物ーーラプス曰く『人間の気配が多く物語の気配が薄いこともあり、発見が遅れた』とのこと。
おかげで『王子と小鹿』の物語は成長した状態で対面することになった。
『準備はいいかいましろ』
「いいよ。よくないけど」
『どっちなんだい?』
『王子と小鹿』に対面した日はなるべく人気のない平日の日中を選んだ。夜になると気配が全くなくなることも『王子と小鹿』の特徴だった。日中しか領域展開及び顕現はしないらしい。
ましろは御伽話によく出そうな、つばの広い帽子を被った魔法使いの服装をしている。
この服装は本部から派遣された衣装作りを得意とした女性が作り、渡されたもので、回収した物語の粒子を利用して編まれている。
この粒子で編まれた衣装を着ている間は人間の気配が物語と混ざって曖昧になり、物語から敵意を向けられることを避けることが可能だ。
物語粒子要素がない普通の人間には、ましろは御伽高校の制服姿のままに見える。
『王子と小鹿』は発見後にアーバンとその女性が少しずつ調査を続け、繰り返される物語のパターンとその物語に配置されている舞台装置を把握済みだった。
公園の更に人気のない森のほうへ進み、ましろは虚空へ手を伸ばす。革の手袋の指先から波紋が広がり、物語が展開する領域に足を踏み入れる。
「久々だなぁ。こういう衣装を着るのって」
『ましろが成長前に狩るから、毎度彼女が衣装を作る機会がないってぼやいてたよ』
因みに小動物はそのまま。元から物語に出てもおかしくない風貌の為、普通の公園を歩いているかのように魔法使い衣装のましろに着いて来ている。手足が短いのでましろの歩幅の速さに合わせるのに忙しない。
「今回は魔法使いの衣装だから、小道具の杖も用意してくれたね」
『少し言霊が使いやすいんじゃないかい?』
「使いやすいというか、このほうが様になるというか」
ましろが途中で粒子構成を追加してデータを読み込んだ大樹でできた杖を一振りすると、スペルカードが顕れ、小さく炎を舞わす。
「できれば森の中ではあまり使いたくないね。火事になって今回の物語のボスに目をつけられたくないし」
『今回のボスは森に迷い込んだ王子を倒して癒しの魔法を使う小鹿を手に入れる、という展開を一度行ったらしい』
物語は成長過程で領域を展開したーーーーつまり、公園に居る人々を少しずつ取り込んでいくようになる。物語の舞台装置として。
最終的には同じ展開のストーリーを何度も最後まで繰り返すようになる。それまでには何人もの人間を舞台装置として取り込んでいく必要がある為、そうなる前に食い止めるよう各部署に指示を出し、成長した物語を退治して粒子回収を目論んでいる存在が本部だ。
「じゃあ、ボクがその倒されかけた王子を助ければストーリールートが変わってこの物語の大部分を展開、顕現しようとしているボスと対峙出来るのかな?」
『……やっぱり、紬にも同行してもらうべきだったんじゃないか?』
「紬さんはイベントに間に合わないからって徹夜で使い物にならなかったでしょ。寝不足のまま来られたら、まぁ気分的には楽になるけど流石に危ないよ」
ましろはこの衣装を渡した後に爆睡し、ラプスが無理矢理起こそうとしていた女性ーーーー九条紬に毛布をかけて部屋を去っていた。
『面倒事が嫌いなくせに、人に優しいじゃないか』
「それは……確かに、紬さんが居れば僕の負担も減るから楽なんだけど、今回は仕方ないよ。別の日にスイーツを奢ってもらおう」
『ちゃっかりしてるなぁ。今回、回収出来そうな粒子の量次第では特別なスイーツの材料が届くかもしれないのに』
「それとこれとは別だよ」
「ーーー君、ちょっといいかな」
「!?」
ましろが紬に奢ってもらうスイーツのことを考えていると、林の茂みの中から人影が現れた。
(ラプスが反応しなかった……?)
基本、物語の舞台装置が接近してきた時にラプスはましろに警戒を促すのだが。
(うん。彼は舞台装置ではない)
「何をヒソヒソと話してる?」
「え!?あー、いえ何も」
舞台装置ではないなら、彼は物語に取り込まれた人間の可能性が高い。
ましろより背が高く、少し長い髪を後ろで一つに束ねて結んでおり、清楚な身なりの服装。村人とは違う上等な織物の衣装だ。それでいて訪ねかたも命令口調。偉い身分かもしれないとましろは一目で分かった。
「少し訪ねたい」
「は、はい。何を……」
「この森で小鹿を見なかったか?群れではなく、1匹でよく泉の付近にいるそうなんだ」
「いえ。僕はーーーー僕とこの小動物はつい先程、この森を訪れたばかりなので」
ラプスがましろの衣装のマントに飛び掛かり、よじ登って肩まで来る。仲の良さそうな魔法使いと使い魔の演出をして、彼の反応を見ることにした。
「君は魔法使いだな」
「ええ。見るからにそうですよ」
「使えている主人は?」
「え!?ーーーーええと、割とフリーな魔法使いです」
ましろがそう答えると、清楚な身なりの青年は怪訝な表情でましろを見るようになった。
「名前を聞いても?」
「は、はい。ベルギーです」
ベルギーチョコワッフルが食べたいと思ってたところで咄嗟に口にした名前だった。ましろの名前を聞くと青年は少し思い悩み、口を開く。
「実は、私はひとりお忍びで小鹿を探している。その小鹿は少々特殊な能力を持っている為、傷付けずに保護することが難しい。誰にも仕えていないのであれば、私と共に同行して小鹿の保護を手伝ってはくれないか?」
「は、はい。よろこんで」
「助かる。報酬もきちんと払うことを約束しよう」
ましろとしては、近くの町で現在進行している展開の情報を探り、行動を決める予定だった為、予想外の展開だ。
しかし、舞台装置に取り込まれた人間と、思わぬ情報が手に入った。彼と同行したほうが好都合だとましろは判断する。
◇◇◇
「それでーーーー、その小鹿の特徴は?森には小鹿はお目当てのもの以外にも住んでいるでしょうし……」
「特徴は白と黒、左右色違いの角を持っている。そして、癒しの力を使えるのだそうだ」
「癒しの力?」
ましろが尋ねると青年は再び怪訝そうな表情でましろを見た。
「知らないのか?君たち魔法使いの中では癒しの力を持つ者がいないのでは?」
「あ。すみません、単なるど忘れです。ご心配なく」
なるほど。そういう設定の物語か。
自分の能力が癒しではなくて良かった、とましろは思った。であれば同行中は一切能力を使うことが出来ない。それに加えて敵対心を持った物語に出会した際に、攻撃して追い払う手段も持たないことになる。
「しっ。ーーーーいた。あれだよ」
2人と1匹で森の中を突き進んでいると、陽の光が射す小さな泉が前方に見えてきた。左右の角の色が違う小鹿は喉が渇いたようで、泉の水を飲みに来ている。
「君はどんな魔法が使えるんだ」
「ええと、炎系統の魔法が少々」
「森で炎系統の魔法を放つのはマズいな……」
「あ。火力を微量にすることは可能です。こんな風に」
火力がコントロールしやすいように、ましろは回収した物語の極僅かな魔法に関する粒子を凝縮したスペルカードを出現させ、大樹で作られた杖でスペルカードに触れた。陽に照らされた水面をなぞるように小さな炎の道が現れる。
「あっ」
小鹿は水面に上がる炎を見るなり、茂みの向こうに駆け出した。
「今のカード……、はっ!さては君、この物語の舞台装置に取り込まれた人じゃないの??粒子クリアを狙っている敵ってこと!?」
『迂闊だったねましろ。彼はどうやら舞台装置に取り込まれた人間じゃなくて、同業者のようだ』
「ええ!?向こうのラプスはどこにいるのさ!」
ラプスは本部から渡される物語粒子を回収する為の端末のような存在だ。同業者であれば、彼もラプスを連れている筈。物語が展開している領域内で、能力を持つ生物と接触しようとしているなら尚更のこと。
『僕らは型番が違えど、似たような外見のタイプが本部から支給されてる筈なんだけど……。ま、世界は広いし稀に支給されずに活動しているーーーー所謂フリーの物語狩りなんて居てもなんらおかしくはない』
ましろの正体に検討がつくなり、彼は飛び退いてましろと距離を取る。スペルカードを顕にし、携えた双剣をクロスさせた。
(双剣使い?マズいなぁ……相手は物理系かぁ。どうしよう)




