3話 黒い仔山羊
「たはー、おじさんちと疲れちった……」
:もう動けないのかよ。まだ序盤だぞ
:階段あったから数えてたけど、まだ3層よな
:今んとこ特に変わったこともないのが幸いか
テントに寝袋など、ソロキャンプをするのに必要な物一式。途中、樹海化していた勤務先のコンビニで手に入れたパンやおにぎりを詰め込んでいるリュックサックを地面に置き、近衛は一息つく。
:ねぇ、何アレ
:ん?
:画面左下、なんかいるぞ
「……マジか」
近衛は慌てて身を起こす。
小柄な樹木状で、山羊のような2本の角と蹄を持つ生物がこちらを見つめているーー否、胴体に目らしきものは無く、鋭い牙が生えている口だけ存在していた。
:黒い仔山羊だ!
:山羊に見えねーよ!
:有識者いた。kwsk
:クトゥルフ神話における奉仕種族さ!
:なるほど、クトゥルフねー。……マジで?
:実際に画面に映ってるから信用するしかできねぇ
「ちっこいな……。ちょっと餌付けできねぇか試してみよか」
:おじさん、あぶないって!
:餌付けってw
ツナマヨおにぎりが包んであるビニール袋を破り、中身を小柄な黒い仔山羊に差し出してみる。すると、黒い仔山羊は樹木状の触手でおにぎりを持ち上げ、口の中に放り込んだ。
:怖……
:見ろよあの牙。噛まれたらただじゃ済まないぞ
小柄な黒い仔山羊は牙をしまい、近衛と向き合う。暫くして、トコトコと近衛の側に近付いた。
「……よしよし、いい子だ」
近衛は小柄な黒い仔山羊を抱えて頭を撫でる。黒い仔山羊は理解不能な言葉を発しているが、喜んでいるようだ。
:おじさん、職業:テイマーになる
:ポチといいコレといい、おじさんマジでブリーダーの才能があるのでは?
「んー……。名前は何にすっかなぁ。あ、よし。タマでいいか!」
:ポチにタマw
:ネーミングセンスどこ
:逆にセンスあるんじゃね?
近衛の腕の中からひょいっと飛んだタマは、トコトコと歩いて立ち止まり、近衛を振り返った。
「お?ダンジョン、案内してくれんのか?」
:マジで?
:ご飯くれたお礼?
近衛はリュックサックを背負い直して立ち上がる。深層まであとどのくらいなのか。謎のまま、謎の生物に導かれ、近衛の姿はダンジョンの奥へと消えた。
◇◇◇
林檎が急所に弾を撃ち込み、榴姫が樹木でできた体躯を呼び出した複数の黒い槍で貫く。辺りに断末魔が響き渡った。
「敵を寄せ付けない戦い方……。ヒーラー要らずで楽に進めるってカンジー」
「綺羅々ちゃん、危ない!」
綺羅々に伸びた触手を鵜久森が双剣の片方で切り裂く。
「ありがとう、うぐ!」
「綺羅々ちゃんは僕が守るから、林檎ちゃんと榴姫ちゃんは心置きなく戦って!」
「うっわ!ちゃん付けするなキッモ」
「ええ……、そんなテンション下がるようなこと言わないでよ榴姫ちゃん」
「だからキモいソレ!何度もいわせんな!「赤羽根さん」だろフツー」
「まぁまぁ、仲良くしましょう2人共」
敵を一通り片付けたパーティ2……鵜久森、綺羅々、林檎、榴姫が一息つく。
「それにしても、この枯れ木みたいなモンスター、不気味だよ……」
「ちゃんとした体躯を持っているものもいますが、どちらも山羊の蹄のような足をもっています」
「コイツらがダンジョンに湧き出ている怪異ってワケ?」
「大元が最深部にいる筈だよ。気を引き締めて行こう!」
◇◇◇
「は、離しなさい、この無礼者!」
「来夢!……炎!」
触手に片足を持ち上げられ、スカートを押さえていて手出しができない来夢の代わりに、ましろがマドラーを構え本体を焼き払う。来夢は空中に投げ出されるが、箒を呼び出し上手く飛び乗った。
「ダンジョン全体に湿気があるせいか、炎の鎮火が早いな。まぁ燃え広がらないだけ貴様が攻撃しやすいか」
触手を切り刻みながら、夜闇鴉が呟く。
「そういえば、なんですのそのマドラーは?」
「コレ?前から思ってたけど、ステッキみたいなのがあるとスペルが使いやすいなぁって。お気に入りなんだ」
ましろは先が星形になっているマドラーをくるくると指先で回転させる。
「マドラーごときで倒される敵の身にもなれ」
「いいじゃないか。ただの変哲も無いマドラーで」
ましろはパシッとマドラーを掴むと魔力補充の為、スクールバッグを漁り、サクッと軽い食感のエリーゼを食べ始めた。
「ルマンド、ロアンヌ、バームロールもあるよ。おすすめはラングレイス、ルーベラ、チョコリエールだよ」
「いらん。貴様用にとっておけ!」
ましろから差し出されたルマンドを叩き返す鴉。
「全く。貴様といると菓子のことでまるで遠足をしているような気分になる」
「バナナはおやつに入ると思う?」
「くだらないことをぬーかーすーなー!」
ザシュっと再び触手を薙ぎ払い、鴉は気を紛らわす。
「足元を掬われ易いので、私は暫く箒で移動しますわ」
「それがいいね」
「……しかし、このダンジョンは一体何層あるんだ?貴様の菓子やポーションクッキーが尽きる前に決着をつけたいんだがな」
見渡す限りびっしりと覆い茂る樹木。光が届かない薄暗い空間。鴉はロングソードを地面に突き刺し一息つく。
『親玉の気配的には、10層くらいかな』
「以外に少ないんですわね。ま、こんな陰気なダンジョン、いつまでもウロウロしていられませんし。肩慣らしには丁度良いくらいなのでは?」
「さっき足元を掬われてた癖に、よく言うよ」
「何か言ったかしらましろさん」
「う……、な、何も」
来夢にキッと睨まれ、ましろは視線を逸らす。
『今は5層の辺りだね。丁度半分くらい』
「よし、このまま突っ切るぞ!」
「あ、待ってよ!……わわっ!?」
駆け出す鴉に箒に乗ってついていく来夢。ましろがワンテンポ遅れて追いかけると、何かに足を取られて尻餅をついた。
「いてて……。か、懐中電灯?」
「おーい。誰かそこにいるのかー?」
懐中電灯の側に、大きな空洞がある。ゲームで言えば、宝箱が置いてありそうな場所。
「こ、近衛さん!?」
「ん?──少年!?まさかこんなところで会うとはな!」
空洞の暗がりから出てきたのは、ましろが見知った顔──近衛昴だった。近衛は転がってきた懐中電灯を屈んで拾う。
「あ、あの方、手にモンスターを抱えていらっしゃいますわよ!?」
「ちっ!今すぐそいつを離せ!噛み付かれるぞ!」
「あー、違う違う。タマは怖くないから」
「ポチに引き続きタマって……」
警戒する来夢と鴉を他所に、近衛のネーミングセンスの無さに呆れるましろ。
「少年、どうしてここに?立ち入り禁止区域のはずだよな?まさかココまで探偵業をこなしに?」
「それを言うなら近衛さんこそ……」
「お、俺はその、別にダンジョン入って撮れ高目指そうなんて考えちゃいねぇんだけどな!」
「撮れ高……?」
「!?降りろ、望月!」
「へ!?な、なんなんですの!?」
いきなり鴉に呼ばれたことに驚きつつも、来夢は箒から降りた。が、すでに時遅し。ライブ配信は箒で飛んでいた少女に盛り上がりをみせている。
:低かったけど今!!飛んでたよな!!
:魔法少女か何か!?
:まー、モンスターが出てくるようになったんだから、魔法使いが出てきてもおかしくねーわな
:いいなぁ!箒で空飛べるって!!
:ライブ配信に魔法少女乱入
:放送事故っぽい
「ま、ましろさん!何なんですのこれは!?」
「おやおや……。これはボクの時よりも収拾がつかない感じかなぁ……」
「くっ、今から切るのは既に手遅れか」
配信に疎い来夢はましろの肩をがくがくと揺さぶる。鴉はどうしたものかと額を掌で覆った。
:剣の人はコスプレ?
:違う違う。ダンジョン探索者ってやつだろ
:危険犯してダンジョン行って配信しないの勿体な
:もう1人は探偵?
:魔法少女に剣士に探偵ってどんなパーティやねん
「うーん……。これからどうすればいいんだろう……」




