25話 シンデレラ(後編)
来夢と鵜久森から物語などについて聞き終えた琥珀が1番最初にした質問は、鵜久森がアーバン・レジェンドで働いているのは間違いないかだった。
「アーバン・レジェンド……。確か友人から聞いたことがあります。まさか、王子様がそこで働かれているなんて……!」
「来夢ちゃん、アーバン・レジェンドの説明って必要だったかな!?」
「……ほほほ。うっかり喋りすぎてしまいましたわね」
「おかげでこの子、物語についての説明が頭に入ってない気がするよぉ」
来夢が鵜久森を屈ませて耳打ちする。
「まぁまぁ鵜久森さん、そんなに焦らずとも。ラプスさんが記憶を粒子丸ごと回収するから良いのではありませんこと?」
「ああ、そっか!この子の物語内での記憶は消せるから問題ないか」
「ちょっと、シンデレラ!王子様と顔が近すぎるわよ!」
「もう!私にはシンデレラじゃなくって、来夢と言う名前があるとお話ししたばかりですのに!」
「ははは。役にハマりすぎちゃってるかもねぇ、この子……」
鵜久森はお手上げといった感じで肩を竦めた。
「ところで、時間になってもちーっとも私にドレスやかぼちゃの馬車をくださる魔法使いが来ないのはなんでですの!?」
「さぁ……?とりあえずその辺の話も踏まえて、僕は城に戻ってましろくんと合流するよ」
「ああ。王子様、また迎えに来てくださることを心待ちにしていますわ」
「あはは……」
鵜久森は苦笑いし、停めていた馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
「ーーなるほど。シンデレラの物語ですか。来夢がシンデレラ役に……」
ましろは童話についてあまり詳しくないが、シンデレラについては大まかに物語の内容を把握していた。シンデレラは魔法使いと出会い、ドレスを授かって、魔法が解ける12時までに舞踏会から帰還する。
「いいのかい?」
「いいって、何がですか?」
「このままだと、僕が来夢ちゃんと舞踏会で踊ることになるよ?」
「鵜久森さん、何か勘違いしてませんか?ボクと来夢はただの幼馴染ですよ?それに、ただダンスするだけじゃないですか」
心配そうに声を出す鵜久森に対し、ましろはやけに冷静な声で対応した。
「でも、だったらましろくんのほうが来夢ちゃんと踊るのに相応しい気がするな」
「う、鵜久森さん……。そんなに来夢と踊るのが嫌なんですか?」
「別に嫌じゃないけど、なんか、もやっとするだけで」
「はあ……」
ここに綺羅々がいれば、更に修羅場になっているに違いない。ましろはやれやれとため息を溢し、話題を逸らす為に天乃寧々子を見た。
「魔法使いが現れなかったのは、引き篭もりだったからで、お城に連れて来たことでひとまず問題が解決したのかな?」
「寧々子はその来夢って言う子に魔法をかけに行けばいいんだな?」
「うん。よろしく頼みます」
「あいよ。承った!」
いつの間にか寧々子は猫耳の付いた魔女帽子を被っていた。制服の上には魔女のマント。一見コスプレのようだが、本当に魔法が使えているのが驚きである。
「ーーねぇ、ラプス」
『なんだい?』
ましろはしゃがんでこそりと部屋の隅に居たラプスに声を掛けた。
「寧々子さんの記憶を粒子ごと回収する気なんだよね?」
「ああ、そうさ。寧々子はここに来る前に、今回以外の物語狩りに協力することを断った。魔法の力を野放しにしてはおけない」
道中、ラプスの『僕たちと物語を狩らないかい?』という誘いを寧々子は断っていた。
「やだやだ!なんで現実で物語狩りなんてしなきゃなんないのさ?寧々子が手に入れた力なんだから、寧々子が自由に使っていいだろ!」
寧々子は現実では魔法の力を自分の為だけに使いたいと。こっそりと暮らしたい。それが彼女の選択だった。
「近衛さんはどうするの?」
『近衛も物語や僕らのことを言いふらす気はないにせよ、記憶を回収した方が良さげだと僕は思うよ』
「そっか……。少し残念だな。仲間が増えたと思ったのになぁ」
ましろは立ち上がり、遠目で王子と話している近衛と天乃を見る。今まで会話したことも全部忘れてしまうなんて。もし現実で会ったら、どんな顔をすれば良いのだろうか。
◇◇◇
「ちぃーす!遅れてごっめーんシンデレラ!」
「遅いですわよ魔法使い!」
来夢が丁度部屋の掃除をしていた時、魔女っ子姿の寧々子が窓から侵入してきた。
「じゃあ、今から魔法をかけるよー!ていや!」
ボワンという効果音と共に、来夢は白い煙に包まれる。煙が引いた後、現れたのは美しい緑色のドレスに身を包んだ来夢の姿。
「かぼちゃの馬車は外に出してっと……。さぁ乗りなシンデレラ!時間はあと2時間しかない!」
「そういう展開だとはわかってましたが、些か短すぎじゃあありませんこと!?」
「しゃーないじゃん!こっちも好きで時間制限設けてるわけじゃないんだよ!」
来夢がかぼちゃの馬車に乗ると、馬が自動で走り出した。屋敷がどんどん遠ざかってゆく。
「12時になるまでに帰って来るんだあよー。……さて、残されたわずかな時間、家帰ってこたつの中でゲームしよっと」
◇◇◇
来夢は城に到着すると、ドレスの裾を上げ、急いで城の階段を駆け上がった。
「ーーそっちじゃないよ、来夢!こっちこっち」
部屋を間違えたのか、ましろが奥の通路で手招きしている。
「もうダンスパーティは始まってるんだ」
「鵜久森さん……、王子は?」
「それが……」
「うふふ、王子様と踊れるなんてまるで夢のようですわぁ」
「とほほ……、なんでこんなことに」
舞踏会が催されている部屋の中で、鵜久森と琥珀が踊っていた。どうやら来夢より速く家を出た琥珀が先回りして王子のお相手を名乗り出たらしい。
「じゃぁ、シンデレラはどうすればいいのかしらーー」
「はあ……」
あまり乗り気ではないましろが、王子の見様見真似で来夢の手を取った。
「仕方ないね。中に行くのもアレだし、中庭に移動しようか。……一曲だけだよ」
「へっ!?」
◇◇◇
青白い月が見下ろす中、ましろと来夢の2人は手を取り合いながら踊っていた。
ぎこちないステップ。ましろはダンス初心者。来夢はダンスは授業で習ったことがある程度。
「ーーいたっ、踏みましたわよ今!」
「ごめん、ダンスなんて踊ったことがないから!だから嫌だったんだよー!」
色気も男気もない中、2人のギクシャクしたダンスは、最後までぎこちないないままで終わった。
「ーー12時前ですわ!早く帰らなくては!!」
「待ってよ、来夢!靴、ガラスの靴を落として!」
「言われなくてもわかってますわよ!!」
時計塔の針が12時を指す前に、来夢は階段を駆け下り、その際にガラスの靴をましろの前に落としていく。
「これで、あとは王子が屋敷を訪れるのを待つだけーー」
◇◇◇
「僕に忠実な従者のお相手が靴を落とし、去って行った。このガラスの靴に合う女性を探している」
翌朝、鵜久森とましろは同じ馬車に乗り、街中の女性を訪ねるフリをして、来夢が住んでいる屋敷へ直で迎えに行った。
「ああ、王子様……わたしを迎えに来ましたのね」
「いや、用があるのは君じゃなくて来夢ちゃんのほう……」
「琥珀さん、来夢はどちらに」
「私ならここに」
先日のドレス姿とは対照的に、ぼろぼろの服を身に纏った来夢が階段を降りてくる。
「来夢ちゃ……、こほん。シンデレラ、この靴を履いてくれまいか」
「……」
「……来夢?」
王子に促されるまま、靴を履こうとした来夢の動きが止まる。同時に、ましろの足元に居たラプスが叫んだ。
『ーー気を付けて!そのガラスの靴から強力な力を感じる!!』
「ええっ!?」
「っ!?」
仰反る鵜久森、身構えるましろ。来夢は慌ててガラスの靴から距離を取る。
次の瞬間ーードン、という大きな爆音が鳴り響き、屋敷を突き破る、透き通ったガラスの身体をもつ異形のものたちがガラスの靴を中心として召喚された。
「いてて……、大丈夫かい、コハク嬢?」
「……はい!王子様……!」
咄嗟の判断で鵜久森は琥珀を抱き上げ、異形のものたちから距離を取っていた。来夢はましろが炎のバリアで守っていた為、無事だ。
ガラスの靴がわけのわからない叫び声を上げ、靴の縁に無数の牙を生やす。カタカタと勝手に動き回りはじめた。
『物語が本性を現したみたいだね』
「グリム童話版並に凶悪な展開ではなくって!?」
「グリム童話版?」
「シンデレラの継母や姉がガラスの靴を無理矢理履こうとする為に、足の先や踵を削ぎ落とす展開があるのですわ」
「童話ってファンシーなイメージがあるけど、案外怖いものだよね」
お姫様とか王子様が出てくる煌びやかな物語の表に隠れた裏の性質。ましろはぞくりと肩を震わせる。
「ましろくん!この屋敷は危ない!表に出よう」
鵜久森に促され、ましろは来夢の手を取り屋敷の外へ出る。ガラスの異形のものたちは、街中を闊歩し、人々を襲いはじめた。
「おいどうした!なんなんだこの化け物たちは!?」
馬車の中で待機していた近衛が顔を出す。近衛が馬車の扉を開けて出た瞬間、馬が異形に襲われ悲鳴を上げた。
「うわっとあぶねぇ!?」
「近衛さん!」
馬が逃げ出して馬車から放り出された近衛は受け身を取る。「へへ、案外やるだろう?」と近衛はましろを見上げた。ましろは近衛に手を差し伸べて告げる。
「今、物語が本性を現して……、あのガラスの靴が物語を構成している大元みたいなんです」
「ほー。あの小さいのが化け物たちの親玉ってわけ?だったらアレを割るなりしちまえばいいってことじゃね?」
「近衛さん!近づくと危ないですよ!」
「へへ……、まさかとは思うが、ここで俺の異能が開花ーーするわけがなかったなぁ!?」
近衛の接近に気付いたガラスの靴は、号令のような奇声を上げてガラスの異形たちに襲わせる。
ましろは慌ててスペルカードを構えた。
「炎!」
ガラスの異形たちが溶け、異形たちに囲まれていた近衛が尻餅をつく。
「ましろくんも異能使えんだなぁ……!異能が使える近衛兵か。おじさん羨ましい……」
「近衛さんは街の人をまとめてこっちに隠れててください。後はボクたちでなんとかしますから」
街角に近衛を誘導させながら、ましろは宙に浮いたガラスの靴を見上げる。
「炎」
ましろが放った炎の球を、ガラスの靴は軽々と避けた。
「うーん。動きを数秒止めないと、仕留めるのは難しいかも」
怪我はしていないが、スペルの増強の為、ましろは綺羅々が作ってくれたポーションクッキーの袋を開けて口にする。
「でぇや!!」
「ほいっと!」
双剣を手にし、異形と戦う鵜久森。戦う王子のあまりのカッコ良さに街角で卒倒する琥珀。無数の小さな星の球体を降らせ、戦っている来夢。
キィンとガラスと剣が摩擦を起こす音が響き渡り、ましろは両耳を塞ぐ。
「うわー。嫌な音だぁ」
「しょうがないだろ!僕はましろくんみたいに術が使えないんだから!」
「術ですか。ーーそうだ!術と剣技を組み合わせればいいんだ!」
「?」
眉を顰める鵜久森に向けて、ましろはスペルカードを顕にした。
「いきますよー!炎!」
「うわっ!?」
鵜久森の構えていた双剣にましろの炎が上乗せされる。双剣と接触していたガラスの異形が瞬く間に溶けていった。
「鵜久森さん!ボクの代わりに頑張って!」
「君のそう言うところが黒幕っぽいんだってば!」
ましろはガラスの靴を守っている異形たちを炎の柱で囲んで溶かす。無駄口を叩きながらもすかさず鵜久森がガラスの靴へと切り込んでいった。
「はっ!!」
ガラスの靴は鵜久森の刃をギザギザの刃で間一髪防いだが、ましろの乗せた炎が内側からガラスの身体を溶かしはじめ、断末魔を上げる。
「やったね!」
「やるじゃあありませんの。ましろさん」
「そこは僕を褒めるところじゃないかな来夢ちゃん??」
「まぁまぁ。それよりも、物語を回収するよ。ラプス!」
『待ってました!』
溶け落ちるガラスの靴を中心に、空間が歪み変形し始めた。その綻びに向けてラプスは大きく息を吸い込む。
ガラスの破片のようにバラバラになった空間がラプスに吸い込まれていく。




