23話 シンデレラ(前編)
御伽街にはまるでイギリスにあるビッグベンのような時計塔があった。老朽化が進んでいる古い時計塔。肝試しスポットのひとつ。
『ーー御伽《御伽》時計塔付近で、また行方不明者がーー』
「ねぇ、アーバンさん……。これってもしかして」
「ああ。物語が原因の可能性が高いから現在調査中だよ」
TVから流れるニュースを見たましろに、食器を洗いながら答えるアーバン。
「なんでも、行方不明者の中に財閥のお嬢様もいるらしい」
「財閥?」
「西園寺財閥……西園寺琥珀という子が、時計塔の見学中に居なくなったようだ。表には隠しているようだが、もう3日になるって話さ」
「へぇ……」
「調査の途中だが……行くのかい、ましろくん?まだなんの物語かもわからないから、衣装の作りようがないとまた紬くんが嘆くのだが」
ふわふわのシフォンケーキを完食したましろが席を立つのを見て、アーバンが問い掛ける。
「はい。来夢や鵜久森さんにも声をかけて行きます。林檎はテスト期間中だって聞いたし、綺羅々さんは特別な試験勉強が忙しいみたいだから、そっとしておこうかな」
『おや。珍しく行動が速いねましろ。いつもこのくらいだったらいいのに』
ラプスの嫌味を受け流し、ましろは寮の方へ歩み出す。ラプスは無言でましろの跡をついていく。
「榴姫さんから連絡があったんだ」
『なんて?』
「夜闇鴉が風邪で寝込んでるって」
『なら好都合だね。クォンタム社より速く物語が狩れるチャンスだ!』
◆◆◆
「ーーぶぇくしっ!!」
「大丈夫?林檎食べる?」
丁度見舞いに部屋に来た榴姫が、真っ赤な林檎と折りたたみナイフを取り出した。風邪がうつらないよう、マスクは装着済みである。
「ああ。剥いてあれば食べる」
「りょーかーい」
◆◆◆
「はぁ……。人数が少ないまま成長した物語を狩りに行くのは気がかりだけど、仕方ないか」
「綺羅々ちゃんに回復ポーションクッキーたくさん貰ったから、もしモンスターなんかが出てくる物語相手でも、暫くは大丈夫だと思う」
「だと良いですけど……」
ましろは来夢と鵜久森に声をかけ、電車に乗って御伽時計塔の麓まで来た。時刻は夜8時半を過ぎたところ。時計塔には立ち入り禁止の黄色いテープが張られている。
「目的は行方不明になっている人たちを物語から解放すること。及び粒子の回収だよ」
「珍しく仕切りますわね。それでこそ、リーダーらしいですわ」
「ボクだって、たまには率先してやらないとね」
『丁度テープが張られている場所辺りから、領域展開してるね』
「じゃあ、行こうかーー」
◇◇◇
「ーーよっ。新入りか?初めましてだよな?」
「へっ?」
物語の領域展開区域内に入ったら、いつも通り視界が暗転し……、ましろは豪華な装飾の部屋で意識を取り戻した。
服装は御伽話に出てくる兵隊の正装。同じ服を着ている、扉を挟んで向かいに立つ兵士が、ましろに手を振っている。
「俺は近衛昴。しがないコンビニ店員。よろしくな」
「コンビニって……あれ?」
どこかで見たことあると思えば、本人が言う通り、ましろがたまにスイーツを買いに立ち寄っている店舗の中年店員だった。
「んーー?見たことある顔だな。確か御伽高校の制服着てた学生だよな?」
「はい。いつもあそこの店舗のスイーツの品揃えにはお世話になってます」
「そうそう。スイーツしか買ってかないスイーツ男子だ」
貴族が通うような煌びやかな屋敷の中でするような話ではないものが繰り広げられる。
「そっかー。お前も死んじゃったか」
「はい?」
「どうやら異世界転生ってやつみたいなんだよな」
「異世界……確かに物語の中は異世界みたいなものだけどーー」
どうやら中年男性ーー近衛昴は、自分が小説やアニメでよくある異世界転生者だと思い込んでいるらしい。
「俺は帰り道、古い時計塔の前を通りかかってからなーんも覚えてねぇ。お前さんは?」
「え……っと、ボクもです」
「あの時計塔、心霊スポットならぬ異世界スポットか何かかねぇ。全員揃ってあの時計塔の前で亡くなるなんてな」
「他にも居るんですか?その……、ボク達みたいにここに来た人が」
物語に取り込まれた一般人に、いきなり物語について話すのは気が引ける。ましろは近衛昴に話を合わせることにした。
「ああ。いるいる6人くらい。俺と同じく近衛兵やってたり、ここの厨房で働いてるよ」
「へえ……」
「どうせなら勇者とか貴族とか王子に転生してみたかったんだけど、そう簡単に上手くはいかないみたいだな。……ま、この仕事、給料コンビニ店員より良いし、メシもコンビニ飯より美味いし、悪くはないから気に入ってるんだけどよ」
(そういえば、来夢と鵜久森さんはーー)
ましろが辺り見渡すと、正面の豪華な席に座って自身の服を見渡している鵜久森の姿が目に入る。
「おっ。あっちも新入りだなーーっていうか、王子が出て来たのは初めてだな」
「え?今まで王子が居なかったんですか?」
「うん、そう。王子が居ない状態で、俺たち3日間舞踏会にずーっと参加させられてるってワケ」
手にした槍を突いて、近衛昴は大きな欠伸をした。
「連れはラッキーだな!王子に転生とは。はーっ、俺もやっぱり王子に転生してみたいぜ!」
「王子と小鹿の物語もだったけど、鵜久森さん、王子って名前だから王子役に捕まりやすいのかなあ。この人も近衛って名前だし……」
『まぁ、一理はあるだろうね。名は役を形成しやすいっていう』
ましろの独り言に、足元に居たラプスが反応した。近衛は槍を突いてははぁと顎を撫でる。
「お前さん、連れとペットまで失っちまったのか。俺より不幸だな……。それにしても喋るペットかーーーいや、異世界だからそういうのもありか。テイマー転生ってやつ?」
いいなー。俺も何か特殊な能力とか欲しかったなぁ、と近衛は愚痴を溢した。
「確かにお前さんのペットが言う通り、名は形を成すのかもしんねぇな。近衛だから職業:近衛兵になる運命だった……。ーーそういやお前さんの名前はなんだい?」
近衛はがっくりと肩を落とすが、気を取り直して改めてましろに名前を聞いた。
「月影ましろです」
「じゃ、ましろクンって呼ばせてもらうわ。月影ってなんだか言い難いし」
「は、はぁ……。じゃあボクも、近衛さん」
「フツーだがそれでいいよ。俺の方が年上だし。近衛兵としては先輩だし?」
「そうですね」
「ところでお前さんの連れの王子様、妙な女に絡まれてるけど」
「え?」
ふと指差された方向に顔を向けると、黒いドレスを着た女性に鵜久森が言い寄られている姿が目に入った。
◆◆◆
暗転から目が覚めたら、王子だったーーいや、元から王子だけど。
「あれ?また僕、王子役?」
席を立ち、赤い豪華なマントを翻し、自身の姿を確認する。確認したついでに、扉の前に居る近衛兵姿のましろのことも把握した。
「ましろくーーえっ、誰?」
ましろに駆け寄ろうとした時、グイッっと強引に手を引かれ、鵜久森は振り向いた。
「王子様ーー」
肩まで露出している黒い豪華なドレスに身を包んだ女の子に手をしっかりと掴まれている。「王子様」と呼ばれて寒気がした。
「私、コハクといいます。以後お見知り置きを」
◆◆◆
「黒いドレスってすげー目立つよなぁ。もしかしてあれ、悪役令嬢ってヤツか?」
「確かに、見た目の印象はあまり良くないですけど」
ましろは黒いドレスの少女を、一目見て苦手なタイプだと認識した。悪役令嬢のことは詳しくは知らないが、たぶんそうなんだろう。
「俺、3日間舞踏会で近衛兵やってたけどさ、あの女、男数人に声かけて貰えてるのに全然なびかねぇの。王子様一点狙いだったってこと?」
「ははは……大丈夫かなぁ鵜久森さん……」
「あっ。断った!けどやっぱ引き下がんねーわなぁ」
遠目で鵜久森と黒いドレスの少女のやり取りを観察するましろと近衛。
「ーーおっ、もう交代の時間か。ついて来いよ新入り!」
「え!?待って、どこへ……!?」
見張り役が2人、近衛とましろの代わりに扉の側に立つ。
『王子はお取り込み中みたいだし、彼についていったらどうだい?』
「そんな悠長にしてても良いのかなぁ」
『とりあえず、行方不明者が誰なのかも確認しておかないと』
「うわ。小動物のくせに、一理ある」
『もっと褒めてくれてもいいんだよ?』




