22話 双子の兄妹
ましろたちはノイシュの使い魔の背に乗り、クォンタム社の壊れたガラス張りのビルの最上階へと降り立つ。
「……ルタル?」
「おかしい。反応がないな」
てっきり怪異に塗れた世界が出迎えてくるものだと警戒していた2人と1匹が、警戒心を緩めた。
「場所を移動したのか?」
「でもどこに?」
「……」
ましろは部屋の隅に落ちていたメモ用紙を手に取る。逆さまに書かれている文字。大きなガラス片に照らし合わせ、文章を読む。
「……アーバン・レジェンドだ」
◇◇◇
「♪♪♪」
アーバン・レジェンドへと移動したルタルはご機嫌だった。やはり兄様の趣味はあまり好きではない。こちらの方が住みやすそうな物件だとルタルは思った。
「大丈夫?」
ルタルはノイシュの使い魔に噛まれた傷を負った猫たちと、ましろの放った炎に焼かれた猫たちの手当をしていた。包帯をぐるぐると胴体や顔に巻いていく。
「padp@qapdppd@jxtm」
「jmhqjmjpjqjmpjm」
「jmjqeapaqadadp」
猫たちはルタルやノイシュでなければ聞き取れない、理解不能な言葉を発する。
「私が諦めない限り、兄様もましろさんもわかってくれる……。ごめんね。もう少しだけ頑張って」
包帯に血を滲ませた猫たちは、弱った身体で人の姿のルタルに擦り寄った。淡い灰色の猫たちはルタルと同じく人間が好きな派閥の猫である。本来ならば争いを好まない、優しい気質の猫たち。
「兄様とは、いっつも殺し合いになって。私、本当は殺し合いなんてしたくないのに……兄様の分からずや」
「ーー分からずやで悪かったな」
猫の姿でノイシュはルタルの目の前に現れた。ルタルは涙を袖で拭いて、ノイシュと向き合う。
「ノイシュ兄様」
「ルタル。諦めろ。この人間は我らの国、ウルタールへ渡るのを良しとしていない」
「……じゃあ、ましろさんじゃない他の人を」
震える声でルタルが言う。
「それも駄目だ。あの最初に我らの国を訪れた男が特殊だったのだ。普通の人間は、我らの国を訪れれば発狂してしまうに違いない」
「そ、そんなの、呼んでみなきゃ分からないじゃないですか!」
「いいや。わかり切っている。だからこそ我はお前が人間を連れて夢渡りをしようとするのを、未然に防いでいるのだからな」
「……」
ルタルはキッとノイシュを睨んだ。人間を猫の国へ連れて帰る最大の難関。自分の双子の兄。ルタルは今までに何度も挑戦してはいるが、兄に勝てたのはあの女性を連れて帰れた1度だけである。
「ましろさん、魔法みたいな技が使えるのは想定外だったな……」
少なくとも、あの時の女性と違い、ましろには抵抗手段がある。説得する以外に連れて帰るのはやや難しいと、ルタルは密かに感じていた。
「そうだ。奴に発狂されたら、あの女が発狂した時以上の被害が出る。お前が従える人間好きの猫たちからも、人間嫌いが現れるかもしれん」
「……兄様って、本当は人間、好きですよね」
「!?」
「人間のこと、沢山観察出来てて、心情を把握出来てて……。私には出来ないや。羨ましいなぁ」
ルタルはソファに座りながら、膝元にいる手当した猫の首をくすぐった。
「ごめんね。無理に戦わせちゃって。でも、兄様やましろさんのことは、嫌いにならないでほしいな」
「ーー凄まじい程の人間推し、拗らせるとここまでなるとは」
「はいはい。今良いシーンだから、外野は黙っておこうね」
部屋の外で聞き耳を立てていた、ましろと鴉は黙って続きを促す。
「気は済んだか、ルタル?」
「ーーええ。兄様、私……暫くの間、ここに住んでみようと思います!あ、夢の中ではなく現実で!」
「「ーーはぁ?!」」
「だって、連れて帰れないのでしょう?だったら私が人間の世界で暮らせば良いじゃないですか!」
「ま、待てルタル!人間……現実の世界は危険で溢れている!現にお前は車に轢かれて死にかけていたのだぞ!」
「アーバン・レジェンド付近に住んでいれば治してもらえます」
「そういう問題ではなく!」
狼狽えるノイシュ。ため息を吐くましろと鴉。
「兄様。私、決めましたから。じゃ、そういうことで!」
「待てルタル!話はまだ終わってないぞ!?」
ルタルがパチンと指を鳴らす。空間が白い渦と混ざり合い、ましろは徐々に目覚めの気配を感じるようになった。
「……仕方がない!」
ノイシュも一歩踏み出すと空間と黒い渦とを混ぜ合わせ、鴉の夢への干渉の解除を試みた。鴉もましろ同様目覚めの気配を感じる。
「いやー、今回はいつにも増して物騒な話だったけどね。ただ、ラプスが居ないから物語粒子が回収出来ないっていう」
「くっ!かなり粒子回収出来そうな案件なのだがな!」
目覚める直前、2人はどうにかしてこの物語を回収出来ないものかと思い悩んでいた。
◇◇◇
「ーーという、夢を見てたんだけど……」
『コズミックホラー……宇宙的恐怖か。なるほど。今までにはない物語のタイプだ』
「ラプスが居たら粒子回収可能だったのかなぁ?」
『そもそも僕をましろの夢の世界にどうやって連れていくのさ?他人の夢の世界に入る手段が無いとどうしようもないよ』
「そっかー。あれだけ恐怖を味わったのに、残るのは恐怖体験だけだなんて……」
アーバン・レジェンドの住人全員揃っての朝食。食べながらする話の内容ではないが、ましろはマイルドに夢の中での出来事をみんなに言い聞かせていた。
「クトゥルフならあたしもちょっとわかるよ。ゲームで少し出てくる時あるし」
サンドイッチを食べながら綺羅々が言う。
「そうなんだ。僕はそういうのは初耳だなぁ」
鵜久森はコーヒーを啜り終えて首を傾げた。
「私も専門外のジャンルでしたわ。今から読んでも遅くなくって?」
『いや。あまりおすすめはしないよ。夢の中で夜闇鴉が言っていた通り、怪異の侵食度が上がる可能性が高い』
「ーー今回の件は一応本部にも報告させてもらうよ。今後ももしこの系統の物語に遭遇した時の対処法などを決めなくてはね」
食器を片付けながら、アーバンが口にする。
「ふふ。それにしても、あの夜闇鴉さんと仲良くなれたのは良かったのでは?」
「林檎、夢の中での話だよ」
「はい。夢の中でも、自分と同年代の同性と仲良くなれて素敵だなと思いました」
林檎がカップに手を付ける前にふふふと笑う。
(やっぱり、夜闇鴉のことは省いて話すべきだったかなぁ……)
話したましろ本人としては、あまり重要なことではないと認識しながら話していた為、そこを拾われるとは思わず、後から後悔する。
「コズミックホラーだなんて、私はまだ体験したことがない未知の領域です。一体どういう衣装を作れば良いのかしら……」
「紬さん、まず夢の中にどうやって入ろうって話からだからね。衣装がどうのってレベルじゃないから」
紬は連日のイベント続きで、いつものことだが衣装を作ることしか頭に入ってきてないようだ。ましろのツッコミも届いているかどうか。
『ノイシュとルタルか……』
「今頃どうしてるんだろう?何処からかボク達を見てるのかもしれないね」
ましろがチラリと窓の外を見ると、灰色の猫の姿が見えた。ーー目が合うと灰色の猫がウインクをする。隣には黒い猫。どうやら灰色の猫を側から見張っているようだ。
「ああ……、また厄介な人物(?)がボクの側に増えたみたい」
ぐったりとプラチナブロンドをテーブルに寝そべらせたましろの元に、食後のプリンが運ばれる。
甘いものがない国に、連れ去られなかっただけでも幸いか。
気を取り直してましろは背筋を伸ばした。
「……食後のスイーツを豪華にする為にも、なんとかクトゥルフの物語を回収する方法を考えないとね」




