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20話 猫の国(中編)

「今更だけど、夜の図書館ってなんか怖いよねー」

「ふん。オレはホラーゲームで慣れているからなんとも思わないがな」


青白い月明かりに照らされる図書館。2人の足音が廊下に響く。プラス、1匹が居るはずだが、その足音はしない。


「猫の足音ってあまりしないよね。不思議だなぁ」


ルタルは猫の姿で先陣を切って進んでいる。しっぽはピンと立てた状態だ。


「ーーーこの部屋です。私たちの故郷が書かれている本は」


部屋の入り口には鍵が掛かっていなかった。2人と1匹は扉を開け、ぎっしりと詰まった本の匂いが充満した部屋に足を踏み入れる。

ルタルが指差したのは1番奥の本棚だった。ましろはその棚の中段から、厚みのある文庫本を手に取る。


「なになに……、クトゥルフ神話、作者……ラヴクラフト……」


ましろが手にした本の表紙には、蛸のような触手と宇宙人が混ざっているかのような生物が描かれていた。とてもじゃないが童話のようなファンシーな絵柄ではない。まるでオカルト本のような、異様な雰囲気のする本だった。


「クトゥルフか。なるほど……ゲームで少しは聞いたことがある。詳しくは知らんが、コズミックホラー……宇宙的恐怖と呼ばれるジャンルらしい。ーーーあまり詳しく読むなよ。情報は欲しいがこれ以上怪異が増えるのは困るって……、おい」

「未知なるカダスに夢を求めて……」


ルタルに指し示され、ましろが一冊のタイトルを手に取る。本のページを捲る音が、薄闇に微かに響いた。


「ドリームランド……、猫の国、ウルタール……」


ましろが猫の国の名前を口にすると、ルタルがキラキラと瞳を輝かせる。


「はい!ましろさんを連れて行きたいのはそこです!」

「そこです!じゃあないだろ!!そこに連れて行ってこいつに一体何をさせるつもりだ!?」

「たくさんの猫たちに囲まれながら、穏やかにゆったりとした異世界ライフを楽しんでいただければなと!」

「本当にそれだけなのか!?」


ルタルに疑いの眼差しを向けるあろうを他所に、必要な情報部分を読み終えたましろは、本のページをパラパラと捲り、パタンと閉じた。摂取した情報を呑み込み、顎に手を添える。


「ーーーうん。読んだ感じ、猫に酷いことをしなければ、本当にそう過ごせる場所みたいだ」

「ええ!」

「ーーーだけど、行かないよボクは」

「……どうして、ですか……?」


ルタルがどこか寂しげに首を傾げた。ましろはルタルに問い掛ける。


「だって、帰れなくなるんだよね?」

「……はい。片道です」

「アーバン・レジェンドのみんなと会えなくなるのは嫌だから」


そう言ってましろは本を棚に戻した。


「……そう、ですか」


ましろにはっきりと断られ、ルタルはしゅんと耳を垂らす。


「ルタルには悪いけど、恩返しはいらないよ。……ボクらが無事に目を覚ませる方法はないかな」


壁に背を預けていたあろうが口を開いた。


「貴様ーーー先程、兄がどうとかと言っていたな」

「ーーー兄様……、ノイシュは私の双子の兄で、私と正反対で人間が嫌いなんです」

「人間嫌い?なら何故オレの後をついてきたんだ?」

「兄様の考えは私にはわかりません。ただ、この混ざった夢が私たちの故郷ーーー猫の街ウルタールに近付いていることはわかります」

「どういうこと?まだ本に書いてあった階段を下りたわけでもないのに……」


ふとましろが足を組み替えると同時にふにゃあと声がした。足元の猫の気配に気付けなかった為、猫の胴体を少し蹴ってしまったようだ。


「あ、ごめんね。ケガしてないか……なーーー」


足元に居た猫を持ち上げ、ましろは硬直する。猫の頭には毒があるようなカラフルな色の花が咲いていた。おまけにカチカチとギザギザの歯を鳴らし、涎を垂らしている。


「う、うわぁ!?」


慌てて猫から手を離すましろ。頭に花が咲いている猫はましろの足首に噛みつこうとしたが、なんとか回避する。


「ちっ、本を読んで認識したことで怪異の侵食度が上がったのか!?」


今度は敵意を向けてきたあろうに飛びかかってくるも、あろうは再びロングソードを召喚して頭に花が咲いている猫の牙をかわした。ロングソードで猫の身体を押し除ける。猫はこちらに敵意を丸出しにしていた。


「どう見ても変異状態の猫だけど、キミが言う猫の国にもこんな猫はいるのかな!?」

「はい。人間が牙を剥いた時に姿を変える猫たちがいます」

「ちょっとつま先で小突いちゃっただけなんだけどなぁ!」

「ちっ、とにかく逃げるぞ!オレに動物を斬る趣味はない!」


部屋の扉を乱暴に開け、2人と1匹はバタバタと廊下を駆けてゆく。



◆◆◆



「ーーーっ、はあ……、さっきの猫は撒いたみたい?」

「油断するなよ。ーーー見ろ」


運動神経が無く、軽く走っただけで息を荒く上げるましろにあろうが声を掛ける。そこには木の茂みから、建物の中からーーー見渡す限り、あの頭に花が咲いている猫達が、瞳は無いーーーが、こちらを一斉に向いていた。


「ははっ……、花っていろんな種類があるんだねー……」

「感心している場合かっ!これじゃあ何処へ逃げても埒があかない。影を縫い止める技は使えるが、猫相手ではせいぜい5、6匹の足止めしか出来ん」

「だよねー。別に、キミには頼ってないつもりだけど、今回はボクの能力は役立たずみたいだし……」

「おい!役立たずの足手纏いだからってサボることは許さんぞ」

「うん……。ここは冷静になってーーーねぇ、ルタル。ノイシュの居場所の手掛かりはないのかな?」


中腰で息を整えるましろに、ルタルは小首をフルフルと振る。


「ノイシュ兄様は暗く、高いところが好きとしか……。この夢の世界で何処に居るかは検討もつきません」

「……ねぇ、あろうくん」


突然ましろにくん付けで呼ばれたあろうはたじろいだ。瞳を細め、苦い食べ物でも食べた表情でましろに言う。


「ーーーよせ。2度とオレをくん付けで呼ぶな。気分が悪い」

「じゃあ夜闇鴉よやみあろう


ましろが言い直すと、あろうは普通に返事を返す。


「なんだ?」

「ノイシュは現実リアル世界で、キミに付いて来たんだよね。この夢もルタルがボクに見せている夢と、ノイシュがキミに見せている夢が混ざっている……。だったら、ノイシュはキミに関する場所に居るんじゃないかな」

「ーーークォンタム社か!」


うん、とましろは相槌を打つ。


「なるほど。行ってみる価値はある」

「クォンタム社はエレベーターが使えるよね?よかったぁ。もう走らなくて済む……」

「この軟弱野郎が」

「なにか言った?」

「甘いものばかり食わずに、少しは運動してオレのように身体を鍛えたらどうだ?男として嘆かわしいぞ」

「む……。ボクは甘いものを食べて頭の回転を速くさせる頭脳派だからいいんだよ」

「言い訳するな!このドが付くほどの甘党が」

「……ましろさんは、甘いものがお好きなのですか?」


ルタルが不思議そうにましろを見上げる。


「残念ながら、猫は酸味、苦味、塩味、うま味を感じることは出来ますが、甘味を感じることは出来ないのです。食感や匂いで甘いものと認識することは出来ますが……。でも、健康的に猫に甘いものはNGです」

「と言うことは、この夢の世界に甘いものは……」

「ありません。猫の国ウルタールにも」


まさか甘いものが無い国に連れて行こうとされていたなんて。ましろにとって、味のしない食べ物だらけの国に行くなど、背筋が凍るような事実だ。一刻も早くこの夢の国からも抜け出さねば、と固く誓うましろであった。


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