19話 猫の国(前編)
月夜と電灯に照らされるは、2人の学生と1匹の猫。久々に顔を合わせた敵同士の両者は互いに警戒し、一歩も動かなかったのだが。
「あれ?ルタル?」
ルタルはいつの間にか猫の姿に戻り、ましろの背後に隠れている。
「まさか、こんなわけのわからない空間で貴様に会うとはな」
夜闇鴉は灰色の猫を気にかける事なく、ましろに話掛けた。
「こっちも驚いたよ。まさかキミの夢と混ざっているなんて……」
「夢と混ざって……?貴様、何を知っている?怪しい猫も連れているな。まさか貴様がこの変な世界を作った黒幕なのか?」
「そんなわけないでしょ!ボクがこんな大掛かりな能力を持ってたら、物語狩りに毎回苦労してる筈がないよ。それよりも、どうしてキミはここに?」
ましろの問い掛けに、鴉は鼻を鳴らす。
「ふん……、オレか。ーーー今日、怪しげな黒猫に会った場所まで来てみただけだ。他にこの変な世界に巻き込まれる原因が見当たらないからな」
「黒猫……!もしかして兄様……!?」
猫の姿のルタルが耳をピンと立てた。
「ほぅ……。その猫、喋るのか。やはり猫がこの異変の元凶なことは間違いなさそうだな」
鴉はスペルカードを呼び出し、ロングソードを具現化させ、その切先をルタルに向ける。灯に照らされ、ロングソードの切先がキラリと光った。
「その猫をこちらに寄越せ」
「ダメだよ!乱暴なことをするなら渡すわけにはいかないよ!」
「この変な世界から脱出する為だ!貴様もこのままだと困るだろう!少しは協力しろ!それとも何か、本当に黒幕じゃあないんだろうな?」
ルタルを庇うように背にして、ましろは鴉と向き合う。ましろもスペルカードを顕にし、攻撃体制を整える。
「ルタル、ここはボクに任せて早く逃げーーーえ……?」
ましろが背後をちらりと見ると、そこにはもう1匹の猫が居たーーー1匹だけじゃない、暗闇から猫、猫、猫ーーー。
「な、なんだ……?!わらわらと猫が沸いて出てきて……!?うわぁ!?」
猫達が一斉に、ルタルにロングソードを突き付けていた鴉に飛びかかった。
「ましろさん、こっちです!」
ましろのズボンの裾を口に咥えて引っ張るルタル。ルタルが向かおうとしている方角には駅がある。
「そっか!電車に乗れば彼を撒けるね」
「おい待て!月影ましろ……!俺様の話を聞け!はーなーせー猫ども!」
猫達に鴉を足止めしてもらった隙に、ましろはルタルに導かれ、電車のある方角へと走り出した。
◇◇◇
「ーーーない。電車がない……!」
駅へ向かえど、そこに電車はなかった。駅から更に遠くへ走りながら、気付いたことがある。どこの駐車場に何もないーーーこの夢の世界には自転車や車といった移動手段に関する物がない。
「空港までは流石に遠いから確認出来ないけど、もしかして飛行機もないんじゃ……!」
代わりにとは言い難いが、ありとあらゆるところに必ず猫が1匹以上居るようになっていた。
「る、ルタル、少し休もう!はあ、ボク、もうへとへとだよ……」
ましろは普段自転車を愛用している為、走るのは得意ではない。箒に乗れる来夢が居れば本当に楽なのだが。ないものねだりをしても仕方ない。
体力切れを起こしたましろは、図書館近くのベンチへと倒れ込んだ。
「ましろさん、立ってください~!あともう少しなんです……!」
「も、もう少しって、何が……!?」
少女の姿に戻ったルタルが、ましろの腕を引っ張る。
「私たちの故郷に関することが書かれた本の在処が、です!」
「本の在処……」
ましろはラプスがルタルから物語に似た雰囲気を感じると言っていたことを思い出す。この夢の世界に関しても、物語領域展開に似て非なるものであることには違いない。
「ーーーその前に、ちょっと一息いいかな……」
ふらふらと公園内にある自販機に近づくましろはポケットから財布を取り出すと、アイスカフェラテのボタンを押し、電子マネーの入ったカードをかざす。
「夢の中なのに、走って疲れたり、冷たい飲み物を触った感触とか、やけにリアルだなぁ……」
「普通の夢じゃないんです。夢渡りの特性で、現実と変わりないようになってます」
「へぇ……。ーーーまさかとは思うけど、もしこの世界で死んだら、本当に死ぬとか?」
「はい」
「そういうこと、さらりと言わないでよー!!」
ショッキングな事実を知らされ、ましろは項垂れて額に手を当てる。先程飲み込んだカフェラテを吐きそうな気分になった。
「ーーーやっと見つけたぞ!月影ましろ!」
「ええ!?もう追いつかれたの!?」
「貴様の足があまり速くなくて幸いだ」
ざ……っと砂埃を上げ、ましろの前に立つ夜闇鴉。手にはロングソードは持っていない。スペルを解除している。
「あの猫さんたちはどうしたんだい?」
「猫どもなら、オレがロングソードを引っ込めるや否や退散したぜ。オレに無闇に動物を傷付ける意図はないからな。ーーーそれよりも、さっきの話は本当か?ここで死んだら現実でも死ぬって話しだ」
鴉は人間の姿になったルタルを鋭く睨み付ける。と、同時に茂みや広場から猫たちが現れ、一斉に鴉を睨み付けた。
「ーーーちっ。どうやらそいつを敵対視すると猫どもがどこからともなく沸いてくるようだな」
「そうみたいだね。ルタルを守っているみたいだ」
「ということは、やっぱりそいつがこの世界を作っている元凶か!」
鴉はルタルを指差すと、ルタルは数歩たじろいだ。
「それが……ルタルが言うには、キミの夢とボクの夢がどうしてなのか混ざってるって話しだよ」
「……なるほど。道理で今までお前以外の人間を見かけなかったわけだ」
「それだけじゃない、乗り物がなくなってるんだ。自転車とか、車とか、電車とか……」
鴉がまともに話しを聞いてくれるようになり、ましろとルタルの警戒心が少し和らいだ。
「人間が使う危険な乗り物がなくなっている……。どこからともなくやってくる猫どもが住み易い街……さながら、ここは猫の国ってか?」
「いいえ。まだ猫の国には渡れてない筈……。ですが、ここはあなたが言う通り、現実世界より猫が住み易い街に違いありません」
「まぁ、手がかりに詰まっていることだし、ひとまずそこの図書館に行って、ルタルの故郷の国が書かれてるって本を探してみようか」
ましろはカフェラテを一口飲んで一息付く。ショッキングな事実は知れど、慌ててもどうしようもない。幸い、猫たちが姿を現す以外はこちらを攻撃してくる様子もない。どうやら、ルタルを敵対視さえしなければ見逃してくれるようである。
「……おい、なんでオレは財布を持ってないんだ」
自販機で飲み物を買おうとしたのか、ブレザーの上着やズボンのポケットを漁っていた鴉がルタルに問う。
「それは……。たぶん兄様のせいではないかと……。おそらくあなたの夢は、兄様が見せている夢だと思うので。兄様にはきっと人間がお金を使うという概念がないんです。兄様は……人間が嫌いなので」
見兼ねたましろが、やれやれとベンチから腰を上げて自販機の前に立つ。
「奢ってあげるよ。どれがいい?」
「コーヒー。ブラックだな」
「……はい、どうぞ」
ましろから差し出された缶コーヒーを受け取る鴉。物語粒子の奪い合いもなく、こうして見れば案外仲の良い学生同士に見えなくもない。
「オレが飲み終わったら図書館に行くぞ」
「はいはい」
ベンチに雑に腰掛けた鴉の横に、ましろがゆっくりと腰を再び降ろす。ルタルは気分か、再び猫の姿に戻って、ましろの足元に纏わりついてにゃあんと一鳴きした。




