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18話 灰色と黒

その日は雨が降っていた。しとしとと空から降る雨が、ましろの差す透明な傘を濡らし続ける。

いつも乗っているお気に入りの自転車も、こう雨に降られては出番がない。ましろにしては珍しく、歩いて買い出しに出掛けていた。その帰り道の途中。


「ーーー!」


道端に、灰色の身体が横たわっていた。

ましろは小走りに駆け寄り、買い物袋を落としてしゃがみ込む。

身体から血を流している灰色の猫。

ましろは灰色の猫を抱き抱え、指先を口に当てた。


「ーーーまだ息はある。間に合うかもしれない……!」



◇◇◇



「綺羅々さん!」


珍しく血相を変えてカフェに帰ってきたましろに呼ばれ、カウンターに座ってゲームをしていた綺羅々が白と黒のツインテールを揺らし、振り返る。


「お帰りましろ~。……どったの、そんなに顔色変えてーーー」


ましろの抱えている灰色の猫の容態を見るなり、ゲーム機をカウンターに置いて駆け寄る綺羅々。


「この猫、どうしたの……!?」

「道端に倒れてたんだ。たぶん、車に引かれたんだと思う」


受け答えしながらもましろは手拭き用に持ち歩いていた白いタオルを手に取り、灰色の猫を包み込んだ。


「ここは人が来たらマズいから、あたしの部屋で!」

「わかりました」


綺羅々の部屋に移動する際、ましろは店のタオルを多めに掴んで持って行く。

綺羅々の部屋に到着したましろは床にタオルを敷いて灰色の猫を横たわらせた。


「……まだ大丈夫だ、息がある」

「普通なら助からない傷だけど」


綺羅々がスペルカードを呼び出すと、スペルカードから光の粒子が降り注いで灰色の猫を包んだ。徐々に白い猫の傷口が塞がってゆく。白い猫の荒い息も、徐々に落ち着きを取り戻した。


「はぁ……、良かった。すぐ治療が出来て。助かったよ綺羅々さん」

「本当だよ。あたしが居なかったら助けられなくて、ましろが落ち込むところだったじゃん」

「うん。もし助けられてなかったら、もどかしい気持ちになっていただろうね」


灰色の猫は半開きだった目を今ではぱちくりさせ、綺羅々のゲーム部屋をぐるりと見渡した後、綺羅々を見、ましろを視界に入れる。そして、にゃおんとまるでお礼を言っているかのような鳴き声を上げた。


◇◇◇


「ーーーそれで?この猫、ましろくんが飼うのかい?」


急ぎで買ってきたキャットフードを灰色の猫に与えながら、鵜久森に問い掛けられ、ましろは考え込む。


「うーん、やっぱりそこが問題ですよねー。……飼い主でも募集してみようかなぁ」


すると、灰色の猫はまるで人間の言葉がわかるかのように嫌々と首を振った。


「イヤだってさ。拾ってくれたましろのこと、気に入ったのかな。ケガを治したのはあたしなんですけど~」


ぷくりと頬を膨らませ、綺羅々は不機嫌になる。


「まぁ、ましろさんがいなければ、そもそも回復能力がある綺羅々さんのもとにまで辿り着けなかったでしょうし」


椅子に座って本のページを巡りながら、来夢らいむがチラリと灰色の猫を見た。灰色の猫は来夢らいむと視線を合わせ、ましろの足元に擦り寄る。

林檎が猫じゃらしを持って灰色の猫に近づこうとしたが、ましろの後ろに隠れてしまい、なかなか懐いてもらえない。


「でも、勝手に物語ソネットの中にまでついてこられたりしたら困るんだよねー。幾ら怪我をしても綺羅々さんが治せるからって、それとこれとは別の問題だよ」

「ふむ。動物は気まぐれのものも多い。猫はその代表と言っても良いくらいだ。その可能性は大いにあるだろうね」


ましろの意見に対し、アーバンが顎を撫でながら言う。


『確かに、物語ソネットの中にまで入ってきて厄介事に巻き込まれるのはね……』

「……どうしたんだい、ラプス?」


灰色の猫を見つめて動かないラプスを見て、ましろは首を傾げた。


『上手くは言えないけれど、この猫から何か不思議な力を感じる……気がする』

「ええっ?」

物語ソネットに似ているような、でも明確に違うなにか……』

「猫にまつわる物語と言えば、長靴を履いた猫とか、吾輩は猫であるとかありますけど……?」


来夢らいむが席から立ち、灰色の猫に近寄ると、灰色の猫はすぐさまましろの後ろに隠れ、来夢らいむを威嚇するかのように見上げた。見兼ねたましろは灰色の猫を持ち上げて、目線を合わせる。


「……仕方ないなぁ。今日一日はボクがこの子の面倒を見るよ。なにかあったら、みんなに報告する」

「うん。それが良いかもしれない……。もし物語ソネットに関係があるのなら、誰かに引き取らせるわけにもいかないしね」


鵜久森がキャットフードの余りを持って立ち上がる。


「さぁ、今日はもう遅い。みんな部屋に帰って寝る時間だよ」


アーバンが夜食のデザートに使っていた食器を片付ける。手伝います、と鵜久森が申し出た。来夢らいむが本をパタンと閉じて、自分の手元に寄せる。林檎は猫じゃらしを寂しげに撫でていた。綺羅々は珍しくゲーム機を持ち歩いておらず、手ぶらのまま立ち上がる。ましろは灰色の猫を抱え直すと、自分の部屋へと向かった。


「寝る前にお風呂入らなきゃね。お湯が苦手じゃなければいいけど」


意外なことに、灰色の猫はお湯が苦手ではなく、ましろはすんなりと灰色の猫を綺麗に洗えた。風呂から上がり、パジャマに着替えてからタオルに包んだ灰色の猫を膝に置いてドライヤーで毛を乾かす。


「ラプスほどじゃないけど、フサフサだねー」


灰色の毛を優しく撫でるましろに反応を返す為か、灰色の猫はにゃあんと鳴く。どうやらドライヤーが気持ちいいようだ。

ドライヤーをかけ終えると、ましろはベッドの上に灰色の猫を降ろす。


「今日はもう寝る時間だよ。おやすみ……ええと……なんて呼べばいいのかなぁ」


下手に名前を自分で付けると、愛着が沸くかもしれない。この灰色の猫を飼う気が無い以上、それは避けたかった。

ましろは無言で灰色の猫にも毛布を掛けた。



◆◆◆



その日は、しとしとと雨が降っていた。

新作ゲームを買いに出掛けていた夜闇鴉よやみあろうは、黒い傘を差して歩いていた。


「今日は徹夜でクリアするか……、否か。物語ソネットに遭遇する気配も無さげだし、少しくらい徹夜でもーーー」


独り言を言うあろうは、誰かが見つめている気配を感じた。傘ごと視線を上げると、塀の上に1匹の黒猫が背筋を伸ばして鎮座している。黄色の瞳に射抜かれるも、あろうは「風邪を引くぞ」、と一言声を掛けてすたすたと歩いてゆく。

雨に打たれていた黒い猫は、塀から飛び降りるとあろうの後ろをついて歩き出した。その気配に気付いているが、あろうは黒い猫を無視して歩く。


「……ふん。勝手にしろ。エサはやらんぞ」



◆◆◆


黒い猫はクォンタム社のビル前までついて来た。ビル前で身体に付着した雨粒を振るい落とし、エレベーターの中まで勝手に入ってくる。


「ーーーふーん。それでこの黒い猫を連れて来たってこと?」


あろうの部屋のクッションの上で丸まって寛ぐ黒い猫を見て、赤羽根榴姫あかばねるきは人差し指で黒い猫の顎を弄ろうと迫ったが、シャーッと威嚇され、人差し指を引っ込めた。


「おお、こわこわ。アタシとは馴れ合うつもりはないってさ」

「オレも馴れ合うつもりは無い。というか両方勝手に部屋に入ってくるな!オレは今から新作ゲームを楽しむのに忙しいんだ!」

「ハイハイ。邪魔者は退散するってーの!」


榴姫るきが部屋から出たのを確認すると、あろうはハサミを取り出し、ゲームの梱包を丁寧にあけていく。

黒い猫はその姿を静かに見つめていた。



◇◇◇



目が覚めると、夜だった。

部屋の外。通路に棒立ち。真夜中だからか、誰の気配もない。


「ーーー……アーバン・レジェンドは?みんなは?」


ましろは制服姿で外に放り出されていた。おかしい。さっきまで自分は寝ていた筈だ。制服を着てローファーまで履いて、外に出掛けた記憶が無い。


「夢遊病ーーー?」


夜空を仰ぐ。月が綺麗だ。恐ろしくなる程の静けさ。


「ここ……、あの時の」


灰色の猫が倒れていたあの場所。


「はい!そうです!」

「うわぁ!?」


突然フッと沸いて出て来た明るい声に、らしくもなくましろはびくりと驚き目を見開く。


「き、キミは……?」


ましろが振り向くと、綺羅々とはまた違うツインテールの少女がそこに居た。

灰色がかった髪色に、灰色と白のグラデーションで統一されたニットにフワフワのスカートにブーツ。どこか現実味のない姿をしている。

少女は問い掛けに答えるかのように、くるりと一回転した。


「私?私はルタルって言います。あはっ、やっとましろさんに伝えられました!」

「る、ルタル?どうしてボクの名前を……?」

「やだなぁましろさん。私はあの時の灰色の猫ですよ」

「え……、」


あの時助けた灰色の猫が人間の姿になっている。突如として起きた出来事に、ましろは困惑する。


「ここはどこ?どうやら誰も姿が見当たらないけど、もしかして物語ソネットの中ーーー?」

物語ソネット?まぁ、そう言われると確かに似てはいますけど……。ここはましろさんの夢の中ですよ」

「ボクの夢の中?」

「はい。正確に言えば、私が夢の中に誘い込んで導こうとしたんですが」

「導くって、どこへ?」

「猫の国へ!です」


曇りのない笑顔でルタルは答える。


「私、死にかけていたところを助けてくれたましろさんに恩返しがしたくて……。故郷の猫の国に連れて行こうとしました。でも、夢の中を渡って帰ろうとした最中に、なんだか別の夢の世界が混じっちゃって。それでこんななにもない場所に」

「お、恩返しにしてはホラー展開すぎない?」


いつもの街並み。しかし誰もいない真夜中。これがルタルにも原因がわからない。ルタルは首を傾げて「???」状態になる。

今まで経験したことがない状況に直面している。ましろはらしくもなく焦っていた。


「と、とにかく、ボクは猫の国に行く気はないーーー」

「ふええ……、そんなこと言わないでください……」

「恩返しなんてなくていいよ。そういうつもりでキミを助けたわけじゃないから」

「私、人間って優しいと思うから好きなんです」

「だからってこんな、攫うような真似はちょっと強引だと思うなぁ」

「ふええ……、そ、そんなあ……」


ましろが忠告すると、ルタルは灰色の瞳をうるうるさせ、涙を溢す。


「あ、いや、その、……泣かないで、ルタル」


制服のズボンのポケットに入っていた、白いハンカチを取り出し、ましろはルタルの涙を拭いた。


「ほら、やっぱり優しい……」

「そうかなぁ。ボクは冷たい人間寄りだと自分で思ってるけど……」

「いいえ!ましろさんは優しい人間です!私が保証します!」

「うん。とにかく、とりあえずここから出して……。夢の中なら目を覚ましたいんだけど」

「それが……、私にも出る方法がわからなくってぇ……」


再び泣き始めるルタルを見て、ましろは彼女は嘘をついてないと判断する。彼女は善意でましろを猫の国へ導こうとした。


「猫の国かぁ……。みんなで行けたら、ちょっと楽しいかもしれないね」

「皆さんを連れて行くには無理なんですぅ……。夢渡りは1人を対象にしか出来なくってぇ……」

「そうなんだ」


ましろは途方に暮れるルタルの頭を撫でながら落ち着かせる。


「ーーーねぇ、さっき、誰かの夢と混ざっているって言ったよね。それが誰だかはわからないけど、この誰もいないボクの夢の中に、最低でももう1人は居るってことだよね」

「ーーーはい。多分、そうです」

「徒歩で地道に探すしかないか……」


空間に閉じ込められることには物語ソネットで慣れているが、ラプスもいないとなると流石のましろも心細かった。あんな小動物でも、いるといないでだいぶ差がある。


来夢らいむが一緒だったら、箒に乗って上空からその誰かを探すことも出来たのに……」

「あの……、その『誰か』ですけど、あっちの方角から匂いがします。というか、向かってきます」

「え?」


ましろが振り返ると、やや遠くからこちらに向かって走ってくる学生服の人の姿が見えた。

駆け寄って来た人物が、目を見開いて声を荒げる。


「ーーーお前は……!月影つきかげましろ……!」


ましろも珍しく目を見開き、その人物の名を口にした。


「ーーー夜闇鴉よやみあろう……!」

明日の更新も3話ほど予定しています。

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