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第93話 ギルド支部長の常識は打ち砕かれた

ゴブリンジェネラルが炎をまとった剣により切り裂かれ、断末魔を上げる。


「お疲れ様です。この一匹で最後のようですね。ヴァン支部長」


クリストフ副隊長が声をかけてくる。


「ああ、これで最後のようだ」


俺たちは、森の最奥にある渓谷を抜け、湖沿いを北上する道へ入ろうとしていた。


敵は我々の退路を断つために百匹ほどのゴブリンジェネラルをここに配置していたのだ。


今回のゴブリン殲滅戦は完全な失敗だった。


俺たちは、剣士隊と、わずかに脱出した冒険者、そして特殊剣士隊で、輜重隊、整備士、治癒師、通信士たちを護衛しつつマナエルへ向けて撤退しようとしている。


「エビルス隊長は無事なのか?」


俺たちが森から脱出してきた時、敵の奇襲隊を引きつけていたのは、剣士隊の隊長であるエビルス隊長とその部下たちだった。


再編の際にクリストフ副隊長から聞かされたが、彼らはマナエル公爵領の臨時司令官からの命令で行動していたらしい。


俺たちの脱出と撤退軍の再編が上手くいったのも、その臨時司令官が剣士隊を指揮し、敵を引き付け、我々が回復する時間をかせいでくれたからだ。


「はい、エビルス隊長と部下たちは最後尾の聖治癒師たちのところへ向かいました。全員無事です」


「そうか。さすが重装剣士だな。守勢に強い」


今回の作戦で俺は自分自身の未熟さを思い知った。


俺は敵に対し、あまりにも無関心すぎた。


それに対し領主様は、このような事態に備えて、優秀な人材を準備されていた。


「剣士隊を指揮された臨時司令官、シド・ラディクス子爵は高潔で優秀な方のようだな」


「はい、あの方がいなければこんなに迅速に撤退は開始できなかったでしょう」


「それに、子爵は特殊剣士隊を捨て駒に使わなかった」


「はい、あの方はお一人で残られました。あの方は確実に剣聖クラスです。ヴァン支部長、あなたは前剣聖エルンスト・ハイドル卿の直弟子、そして私の兄、現剣聖バナエル・コーエンの兄弟弟子です。子爵を見れば一目で分かります」


「ああ、俺も子爵の剣技を見極めさせていただこう」


俺はそのような指揮官としても剣士としても優秀な人材を領主様が用意しておられたことに、組織の長としての格の違いを思い知らされてしまった。


だが、思い知っただけでは駄目なのだ。


「クリストフ副隊長、お願いがある」


「戻られますか?」


「ええ、まだ森では多くの冒険者たちが戦っている。ギルド支部長として最後まで責任を取りたく思う」


「分かりました。ここから先の道は先日、法術師大隊が地下空間を探知して水没させています。先ほどのような奇襲の可能性は少ないでしょう。私が責任を持って撤退軍をマナエルへ連れて戻ります」


「ありがとう」


俺は撤退軍をクリストフ副隊長に託し、渓谷に戻ろうとした。


その時、渓谷の方角から大きな爆発音が聞こえ始めた。


「これは何の音だ!?」


「分かりません。敵の魔法攻撃でしょうか!?」


「子爵が危ないかもしれない! 後は頼みます!」


「はい! シド様をよろしくお願いいたします!」


俺は全速力でベースキャンプがあった場所へと向かった。


(子爵、どうか無事でいてください!)


俺は心の中でそう願い、一心に走った。


しかし、その願いは全く見当違いな願いであることを俺は知った。


ベースキャンプ跡地近くの崖にその人物は立っていた。


見た目は成人したての若者のように見える。


しかし、そのまとう雰囲気は戦いに臨む強者のそれだった。


彼は亜空間バッグを用いて次々と何か拳大の光る塊を渓谷に投げ入れている。


そしてその塊が投げ入れられた後しばらくすると、大きな爆発音が轟いた。


俺は渓谷を覗き込んだ。


そこにはゴブリンジェネラル以上の進化個体が崖にしがみついているのが見えた。


敵の中にはゴブリンキング、そして一際大きなゴブリンエンペラーの姿も見えた。


だが、彼らは次々と投下される塊とその爆発に完全に翻弄されていた。


その爆発は俺の知っている発破法術具よりも強力なように見えた。


なぜなら、投下される塊が爆発する際に無数の金属球が中から飛び出し、周辺の個体に大ダメージを与えているように見えたからだ。


「あれは法術具なのか!?」


俺は思わず呟いたが、答えなど出るはずもない。


発破法術具は安全ピンを抜き、ダイヤルを回さなければ爆発しない。


しかし、あの人物が投下する塊は安全ピンもなければ、ダイヤルもない。


だが、投下された塊は敵に迫った瞬間、最も効果的な距離で爆発している。


——そんな法術具、聞いたこともない。


あまりにも凄まじい光景に呆気にとられていると、その人物は次に筒と尖った矢尻のようなものを取り出した。


俺には心あたりがあった。


「あれは連日ギルドで実践販売されている吹き矢か?」


俺がそう思って見ていると、彼が吹き矢に矢尻を入れ、それを吹くのが見えた。


矢尻はあまりにも高速で見えなかったが、その矢尻が刺さった先は分かった。


一匹のゴブリンキングがツタに絡まって身動きが取れない状態だったが、次の瞬間そのゴブリンキングの上半身は引き裂かれ、谷底に落ちていった。


「なっ!?」


俺は驚愕に目を見開いた。


明らかに吹き矢の威力ではない。


だが、確信があった。


「あの矢尻はあの塊と同じだ」


ゴブリンキングは吹き矢の矢じりに加工された爆発する塊で倒されたのだ。


ゴブリンキングの表皮はアダマンタイトの剣でやっと傷つけることができるが、それだけでは討伐できない。


剣士は技量の限りを尽くして、やっとの思いでゴブリンキングを討伐するのだ。


だが、そんな常識を目の前の光景はあっさり打ち砕いてしまった。


「彼の技術は、あまりに異質すぎる……」


そう呟いたが、俺は次の瞬間さらに衝撃的な光景を目の当たりにした。


三匹のゴブリンキングが躍り出るように崖を登り切り、彼を取り囲んだ。


ゴブリンキングたちは戦斧を振りかぶった。


「危な――」


俺がそう言いかけた瞬間、ゴブリンキングたちの胴は断ち切られ、真っ二つになって谷底へと落ちていったのだ。


俺は彼の動きを捉えきれなかった。


ただ、最後の納剣だけが見えた。


「間違いない……」


そう、俺は間違いなく彼がシド・ラディックス子爵だと確信した。


クリストフ副隊長が剣聖クラスだと言った人物。


俺がエルンスト・ハイドル師匠の道場を離れる際に、師が見せてくれた本気の剣技。


俺が師に本気で挑み、手も足も出なかった圧倒的な剣技が目の前にあった。


剣聖クラスの剣士は、その所作において常に自然体。


剣を抜く一瞬のみ、恐ろしいほどの剣気を発し、次の瞬間にはまるで幻を見ていたかのようにそれが掻き消える。


剣の達人を見抜くのは簡単だ。


だが、剣聖を見抜くのは至難の業だ。


「なんて、自然体なんだ……」


俺は先ほどから見ていた異質な攻撃の裏に隠された、彼の究極の所作に注目した。


彼は続けて先ほどの吹き矢を取り出し、次々と矢じりを打ち出していく。


その度にゴブリンキングたちが弾け飛んでいく。


彼の動きには一切の無駄がない。


また、吹き矢をしまい、先ほどの塊を投下し始めた。


渓谷はかなり深く、俺には逃げるゴブリンジェネラルたちを正確に捉えることは困難だったが、彼は適切な距離で爆発を起こし、一切の逃亡を許さない。


「文字通りの殲滅だな……」


俺が呟いた次の瞬間、巨大な存在が現れた。


そう、これまで沈黙してきたゴブリンエンペラーが彼の前に躍り出たのである。


ゴブリンエンペラーはゴブリン種の頂点。


正に絶対的支配者だ。


だが、俺が見たゴブリンエンペラーの姿はあまりにも萎縮し、怯えさえしている雰囲気があった。


俺は、この勝負は始まる前からすでに決していると感じていた。


だからこそ、加勢には入らなかった。


ただ、彼がこれから繰り出すであろう究極の剣技を、一瞬たりとも見逃すまいと息を呑んで見つめていた。


しかし――彼は動かなかった。


ゴブリンエンペラーの顔、あるいは頬にある傷を一心に見つめ、硬直している様子だった。


当然、ゴブリンエンペラーは、その致命的な隙を見逃すはずがなかった。


奴は大剣を振り被り、無防備な彼を力任せに斬りつけた。


その一撃で彼は倒れ込み、ゴブリンエンペラーはまるで狂ったように、斬るというよりは叩き潰すような連撃を浴びせかけ始めた。


俺はその時我に返った。


「俺は何をしてたんだ!」


その場はもはやゴブリンエンペラーの剣圧が巻き上げる土埃で視界が奪われてしまっていた。


しかし、俺は彼に駆け寄った。


ゴブリンエンペラーは動きを止めた。


そして、谷からの風が土煙を運び去った時、俺は見た。


血が流れ出る手でボロボロの剣を持ち、引きつった笑みを浮かべるゴブリンエンペラーを。


そして、何事かを呟きながら、ゆっくり立ち上がる子爵の姿を。


俺は一瞬、ゴブリンエンペラーと目が合ったが、奴はすぐさま子爵の方へ目を向けた。


ゴブリンエンペラーの表情は笑みから次第に困惑した表情に変わり、そして最後には自分の定めを悟った表情となった。


俺は子爵の反撃とゴブリンエンペラーの最期を、この目に最後まで焼き付けるつもりでいた。


しかし、それは叶わなかった。


「なっ……!?」


突如として森の奥から放たれた鮮烈な波動に、俺は思わずそちらへ視線を奪われてしまったのだ。


信じられない光景だった。


森に渦巻いていた濃密な魔素が一瞬にして霧散し、次の瞬間、草木が狂い咲くように美しい花を咲かせたのである。


俺は一瞬、その幻想的な光景に心を奪われた。


だが、間近で爆発した凄まじい殺気と闘気に当てられ、ハッと我に返る。


慌てて子爵の方へ視線を戻した時――そこにはもはや、ゴブリンエンペラーの姿はなかった。


そこには、なぜか悲しむような背中を見せた子爵一人が立っていた。



俺の人生で、これほど理解できない光景を目にした日はなかった。



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