第92話 結界師は無双する
「じゃあ相棒、俺の周りに聖域を出してくれるか?」
俺は聖樹の分体に俺を包むよう小さな聖域を出してもらった。
「ああ、やっぱり見えるな」
俺はテントで引き籠もっている間に、聖樹に極小の聖域を発動してもらう実験をしていた。
これは聖域のコントロールを覚えるためだったが、その結果、思わぬ副産物を得た。
「これがエルノートさんが言ってた千里眼だな」
エルノートさんが、いずれ聖樹との関わりで能力が目覚めるかもしれないと言っていたことが現実となったのだ。
テント内ではボンボン隊長の問題で十分な確認ができなかったが、改めて発動すると便利な能力だ。
俺は千里眼を発動した状態で、渓谷の際に立った。
すると、
「おお、コイツラがゴブリン軍か」
眼下には報告を受けたゴブリン軍、約五千が登ってくるのが見えた。
いずれも上位種のようで体躯が大きく、屈強な戦士のように見える。
(コイツラの主力はゴブリンジェネラルってやつだろうな……。ちらほらいる、さらにデカいのがゴブリンキング、そしてあの一番でかいのはゴブリンエンペラーというやつか……)
俺は千里眼でゴブリン軍の編成を確認し、また距離を測った。
千里眼は単に遠くのものが近くに見えるだけでなく、その対象までの間合いも正確に掴める能力だ。
だから、ゴブリン軍の各個体がどの程度の距離にいるかが今の俺には手に取るように分かる。
「これは使えるな。あれを投げれば一気に殲滅できる」
俺はそのまま視線を下げ、遥か下の谷底を見た。
谷底までは約二百メルト。
落ちればゴブリンの上位種でも死亡確定だ。
そこを流れる川の水位を見て、俺は小さく頷いた。
「ああ、やっぱりな」
なぜ五千もの大軍が、この険しい渓谷を進軍ルートに選べたのかが理解できた。
この川には、東の湖からの大瀑布で流れ下った水が流れている。
俺が見たのはその水位だ。
今は乾季、川の水位は年間でも低い季節だ。
そのため、川沿いには進軍できるくらいの足場がある川岸が存在するのだ。
おそらく、このゴブリン軍は一旦谷底に降りて身を潜め、森の中の罠が発動したタイミングで登ってきたのだろう。
俺がそのように考察している間に、ゴブリン軍は俺をハッキリ認識できる距離まで登ってきた。
奴らは俺を認識するとその動きを止め、にわかに騒がしく喚き始めた。
何を喋っているかは分からないが、どうやら俺を見て驚いているだけでなく、恐怖しているようだ。
おそらく、見えない聖域を感じ取っているのだろう。
「いい距離だ。そろそろ始めるか」
俺はそう言うと、亜空間バッグから拳大の塊を掴んで取り出した。
その塊を見ると、聖属性剣と同じ輝きを放っていた。
これは俺が今回用意した兵器の一つで、対軍隊用兵器だ。
「一つ一つ取り出すのは面倒だな」
俺は亜空間バッグにもう一度塊を入れなおし、亜空間バッグに手を入れた状態で、十個の塊を空中に取り出すようイメージした。
十個の塊は俺が望んだ位置に現れ、そしてゴブリン軍へと落下していった。
俺は千里眼でその塊がゴブリン軍に最接近したのを確認して、
「解除」
と唱えた。
その途端、十個の塊は同時に爆発し、その内容物を周囲のゴブリンたちに浴びせかけた。
その爆発で、百匹ほどのゴブリンジェネラルたちがふっ飛ばされ、断末魔と共にバラバラになって谷底に落ちていった。
「うまく発動したな」
この塊は、ミオとの共同作業で生み出した聖属性の小さな鉄球を、高圧縮した無属性法力でつつみ、それを結界で覆ったものだ。
通常、高圧縮した無属性法力は、意識のコントロールを失った時点で爆発するのだが、それを結界で覆えば爆発しない。
その原理を利用し、結界で覆った無属性法力を敵に投げつけ、結界を解除し爆発させれば、対軍隊用の兵器になるのではないかと考えたのだ。
そして、さらに殺傷力を上げるため、聖属性の小さな鉄球を無数に封入した。
開発時は鉄球がマテリアルブレイクしない限界圧力を確定するのに苦労した。
「さて、実験は終了。殲滅を開始しよう」
俺は投下する塊の数を一回に三十個に変更し、連続投下した。
ちなみに、俺が現在生成できる結界数は千を超えている。
毎日十万匹以上のスライムを狩り続けた結果、俺はその数の結界を生成できるに至った。
(まあ、強度的にはまだまだ弱いんだが……)
次々投下される塊の爆発によって即死する個体もあれば、爆風に飛ばされ生きたまま谷底に落とされる個体もいる。
また、谷に反響する爆発音に神経が耐えられなくなり、気絶し落ちていく個体もいるようだ。
五千いた個体は散り散りになり、既に七割ほどが谷底に落ちていった。
「もう軍隊としては機能できないだろうけど、強い個体が撤退軍に襲いかかってはいけないからな」
俺はそう言って、聖樹に働きかけ、崖の至る所に垂れ下がっているツタでゴブリンキングと思われる個体の動きを止め、一匹ずつ仕留めることにした。
俺は亜空間バッグに手を入れ、吹き矢と矢じりを取り出した。
この吹き矢と矢じりは特別製で、聖樹工房で販売している吹き矢セットよりも口径が大きいものだ。
吹き矢はエルノートさんの特製で、俺の法力操作で自由に速度と回転数を調整して打ち出すことができる。
矢じりは先ほどの塊と同じ構造で、刺さった矢じりが体内で爆発するよう設計されている。
「じゃあ、試しにあのゴブリンキングをツタで巻き取ろう」
俺は聖樹を通してツタを操作した。
ツタはゴブリンキングを絡め取り、動きを封じた。
そして、胴体部分に矢じりが刺さりやすいよう、上体を反らした。
俺は吹き矢でゴブリンキングを射た。
矢じりは狙い通りゴブリンキングの厚い胸板を差し通し、体内に入り込んだ。
矢じりは結界を解除する前に体内で爆発し、ゴブリンキングの上半身は吹っ飛び谷底へと落ちていった。
結界を解除する前に爆発したのは、ゴブリンキングの硬い表皮を貫く際に結界が破壊されてしまった結果だろう。
(ひょっとすると、結界は摩耗に弱いのかもしれないな……)
と思ったが、これはこれで結界を解除する手間がかからなくて良いと思い、同じ要領でゴブリンキングを狩ることにした。
しかし、俺がそのように考察している間に三匹のゴブリンキングが跳ねるように崖を登り切り、俺を取り囲んだ。
三匹は戦斧を振りかぶって俺を斬りつけようとしたが、
「遅い」
俺は一息に振り抜いた聖属性剣で三匹の胴を薙ぎ、納剣した。
三匹は両断されて谷底に落ちていった。
(考察は後だ。さっさと片付ける!)
俺は次々にゴブリンキングの動きをツタで封じ、吹き矢で仕留めていった。
それを見て恐れをなしたか、慌てて谷底へ降りて行くゴブリンジェネラルたちが見えた。
「すまないが、逃がすつもりはないんだ」
俺は再び、塊を連続投入し、爆発で逃げる個体を仕留めていった。
(深度が変わってもジャストタイミングで結界を解除できる。さすが千里眼だな)
俺は逃げるゴブリンジェネラルを仕留めつつ、自分の能力を考察しようとする悪い癖がまた出てしまった。
その時、俺には二つの隙があった。
一つは現実主義者として常に考察しようとする癖。
もう一つは、剣を持って戦う者として、せめて一番の強者は俺自身の手で戦って勝たねばならないと思ってしまった驕り。
そんな二つの隙を突くように、奴は俺の前に躍り出た。
その瞬間、俺は後悔した。
何も考えず、ただ黙々と強者を葬っておくべきだったと。
俺の目は奴の頬の十字傷に囚われてしまった。
もはや、指先一つ動かせなかった。
その傷が俺の意識を過去の失われた記憶へと引きずり込んでしまった。




