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第91話 結界師は撤退戦を指揮する

「ジャスティン・エビルス剣士隊隊長、あなたを拘束します」


「何を言っているんだ、クリストフ副隊長。気でも狂ったのか?」


ボンボン隊長の取り巻き三流剣士たちが剣に手をかける。


「気など狂ってはいません。私は命令に従って行動しています」


「いったい、誰からの命令だ? 今この場にいる中では私が一番階級が上だ」


ボンボン隊長はニヤニヤ笑いながら言う。


「マナエル公爵領、臨時司令官シド・ラディクス子爵です」


「シド・ラディクス子爵? 聞いたこともない。誰だ一体?」


俺はクリストフ副隊長の後ろから前に進み、


「俺ですよ」


と、ボンボン隊長に語りかけた。


「はぁぁ!? おいおい、平民風情が貴族を騙るなど重罪だぞ! お前が司令官ごっこをしていたことは赦されても、貴族を騙ることは明確な王国法違反だ! 覚悟はできてるんだろうな!?」


ボンボン隊長は睨みを利かせながら俺に近づいてきて、まくし立てる。


「クリストフ副隊長、読み上げてくれ」


「は! 聖樹工房 工房長 シド、この者に家名『ラディクス』と子爵位を与え、キャサリン・ヴァル・マナエルの婚約者とする。加えて、マナエル公爵領、臨時司令官の地位を与え、マナエル領軍および法術師大隊全軍への指揮権を与える。シルバニア王国国王エドマリス・ヴァル・シルバニア、マナエル公爵領領主ジョセフ・ヴァル・マナエル」


クリストフ副隊長が読み上げた後、国王の御璽と公爵の花押が押された任命書をボンボン隊長に見せた。


「嘘だ! 嘘だ、嘘だ、嘘だ!!」


ボンボン隊長は狂ったように叫んだ。


「国王の御璽と公爵の花押入りの任命書を嘘と言うか!? それだけでも重罪となる。拘束しろ」


クリストフ副隊長の号令により、ボンボン隊長は周囲の隊員たちによって即座に拘束された。


取り巻きの三流剣士たちは顔が引きつったまま棒立ちになっている。


俺は拘束されたボンボン隊長の懐から先ほど彼が使った法力記憶紙を取り上げ、命令を下した。


「ジャスティン・エビルス剣士隊隊長、マナエル公爵領臨時司令官として命じる。貴様は伝統貴族派の剣士隊隊員と共に直ちにマナエルへ帰投せよ。なお、道中の敵襲撃は自力で排除せよ」


俺がそのように命じると、記憶紙に命じた内容が記載された。


「……拘束を解け」


俺が短く告げると、隊員たちは戸惑いつつも彼から手を離した。


「シド司令官、よろしいのですか!?」


クリストフ副隊長が俺の命令に驚き、質問する。


だが、


「かまわない。時間がない、直ちに行動せよ」


ボンボン隊長は怒りに満ちた顔から、急にヘラヘラした顔に変わり、


「ハハハ、ご命令承った。おい、お前たち行くぞ!」


そう言うと、直ちに踵を返し走り去った。


取り巻きの三流剣士たちも、隊列も整えずにボンボン隊長に続いた。


「どうして、奴を逃がしたのですか!?」


クリストフ副隊長が俺に尋ねる。


「すぐに分かります」


俺がそう答えるのと時を同じくして、ボンボン隊長たちが走り去った先で甲高い悲鳴が聞こえた。


「何が起きたのですか!?」


クリストフ副隊長の問いに、


「やはり、いましたか」


と、答えた。


ますます大きくなる悲鳴を聞きながら、俺は


「敵の伏兵です」


と言った。


俺は隊員たちに向かって、


「これより輜重隊、整備士、治癒師、通信士たちを護衛し、敵中を突破しマナエルに帰還します。大丈夫、敵の伏兵はエビルス隊長たちが引きつけてくれています。諸君らは速やかに出発の準備を整えてください!」


と、命令を下した。


隊員たちは答礼の後に速やかに撤退の準備に取りかかった。


「ザインさんはジンさんと共に敵の動向を探ってください。森側だけでなく崖側も注意してください」


「了解しました」


二人は即座に行動を開始した。


俺はその後、ロキ神父たちの所へ向かった。


「ロキ神父、敵の罠が発動したようです。森の中の魔素濃度が急激に高まっています。私たち後方部隊は撤退しますが、敵中を突破する必要があります」


「はい、先ほどから魔素濃度の高まりを捉え、撤退準備を進めておりました。今すぐにでも出発可能です」


「了解しました。申し訳ございませんが、ロキ神父と聖治癒師の皆さんは撤退軍の殿しんがりをお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はい、分かりました。シド様ご自身が全軍の殿をお務めになられるおつもりですよね」


「そうです。私が最後の最後まで殿を務めます。ですから、ロキ神父たちは領軍の殿として随伴をお願いします」


「本来なら最後までお供したいのですが、我々を撤退軍の殿のみならず、回復要員としてお考えのご様子、与えられた任務を遂行します」


「ありがとうございます。マナエルにワイバーンの群れが襲いかかったそうです」


「ワイバーンですか!?」


「はい、ですが聖樹の反応から被害は最小限で抑えられたようです。しかし、敵の攻撃がそれだけで終わったとは思えません。聖治癒師の皆さんには早くマナエルへ帰還し、防衛に協力していただきたいのです」


「承知いたしました。どうかシド様もご無事で。神の祝福がありますように」


「神の祝福がありますように」


俺たちが互いに祝福を祈っていた時、森の中から集団が飛び出してきた。


「ロキ神父、脱出してきた冒険者たちのようです!」


「はい、行ってまいります!」


ロキ神父たちは脱出してきた冒険者たちに駆け寄り、治癒を開始し始めた。


俺は脱出してきた冒険者たちの中を見回したが、ミオたちの姿は見つけられなかった。


(無事だろうか……)


俺は思わず三人の名を呼びそうになり――ぐっと飲み込んだ。


撤退戦を指揮する中で、俺は何か過去の記憶が蘇りつつあるように感じた。


「俺は最後まで責任から逃げない」


俺の口から自然とそのような言葉がついて出た。


俺の思考が過去の忘れた記憶に繋がろうとしたその時、


「シド司令官、撤退準備整いました」


クリストフ副隊長の声で我に返った。


俺はクリストフ副隊長に向き直り、


「了解しました。冒険者たちが脱出してきたようです。彼らを撤退軍に組み入れて直ちに出発してください。前衛は剣士隊、中衛は冒険者たち、殿は聖治癒師たちで固め、輜重隊、整備士、一般治癒師、通信士を護衛してください」


「了解しました。シド司令官は残られるのですね」


「分かりますか?」


「はい、そういう顔をしておられます」


「反対しますか?」


「いえ、貴方の実力なら私たちを逃がし切った後に速やかに撤退することもできるでしょう。私は剣聖たちを見てきました。シド司令官もそれだけの御仁であると認識しております」


「買いかぶりすぎですよ。でも、撤退軍の指揮、よろしくお願いいたします」


「かしこまりました」


クリストフ副隊長は隊列に向かって駆けて行った。


彼と入れ違いにザインさんとジンさんが戻ってきた。


「シド様、森側の冒険者たちは森の中での戦闘を選んだ様子です」


それを聞いた時、俺は強く拳を握りしめた。


「そうですか。分かりました」


続けてジンさんが報告する。


「シド様の懸念通り、渓谷側からの敵の進軍を確認したでやんす。敵の規模は約五千、一刻も経たない内に登ってくるでやんす」


「分かりました。お二人は直ちにロキ神父たちと合流、撤退軍の殿を務めてください」


俺がそう命じたら二人の顔がこわばった。


「………シド様は?」


「俺は残ります」


それを聞いて、二人は俺の目を見た。


「………分かりました。ご武運を」


ザインさんはそう言い残すと、ジンさんと共にロキ神父たちの所へ駆けて行った。


俺は肩からかけていた聖樹の分体の入った瓶を取り、語りかけた。


「すまないな。お前は最後まで俺に付き合ってもらう」


すると、聖樹の語りかけが心に届いた。


「任せろって?」


再び語りかけてきた。


「ああ、信頼しているよ相棒」


俺は聖樹の分体にそう答え、渓谷に向かった。



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