第89話 聖剣士は震える手を握りしめる
「キ……キャサリン、こいつが……最後!」
「分かりましたわ!」
キャサリンがゴブリンジェネラルの一撃を剣で受け止めたのを見て、私はゴブリンジェネラルの首を落とした。
(なぜ……息が続かない……)
しかし、
「ミオ、後ろ!」
キャサリンの叫び声に私が振り返ると、一本の矢が私に向かって飛来する。
(もう、間に合わない!)
無理な体勢で振り返ったせいで矢を剣で弾けない。
それでも急所を避けようと腰を低くする。
「っつ!」
矢は肩のショルダーガードに当たったが、貫通はしなかった。
しかし矢を受けた反動で私は尻もちをついてしまう。
ゴブリンジェネラルが矢をつがえるのが見える。
(このままでは次の矢は躱せない!)
そう思った瞬間、
「私がやります!」
メイさんが吹き矢を出し、高速の矢じりを放つ。
矢じりはゴブリンジェネラルの眉間に当たり、絶命させた。
「大丈夫ですか?」
手を差し出してくれたメイさんに、
「んっ……あ……ありがとうございます」
(息が上がってまともにしゃべれない……)
ぎこちなくお礼を言い、メイさんの手を取る。
「どういたしまして」
メイさんは私を引き起こしてくれた。
私は矢が当たったショルダーガードを触る。
シドが買ってくれたアースドラゴンの鎧に救われた。
古い革鎧だったら、確実に肩を撃ち抜かれていた。
(シド、ありがとう……)
私は心の中でシドに感謝した。
時間がないという焦りから、私たちは第二班の集落では進撃を止めず、勢いに任せて第三班の集落の入り口まで一気に駆け抜けた。
すれ違いざまに手当たり次第に浄化をかけたせいで、かなり無駄打ちしてしまった感覚がある。
「ど……どうにか……第三班までたどり着いた」
なぜか、まだ息が整わない。
(シドとの鍛錬の時にはこんなことなかったのに……)
「ミオ! 無茶しすぎですわ! 明らかにオーバーペースで力みすぎですわ! 見ただけで疲労で反応が鈍くなっているのが分かりますわ!」
「ご……ごめん」
「浄化の法力操作も荒く、明らかに無駄な法力を使ってしまっていますわ。このままだと、いくらミオでも法力切れしてしまいますわ!」
(分かってる。分かってるんだけど、何故か平常心が保てない!)
私は戦いを重ねるごとに自分の中の焦りや不安が強くなるのを感じていた。
これまでの安全なダンジョン攻略とは違ってこの戦いには人の命がかかっている。
私の誤った行動一つで、人が死ぬ。
そう思う度に、頭が真っ白になってしまい、平常心が失われてしまう。
その時、後ろから人の気配がした。
「君たちはどこの班から来たんだ?」
振り向くと、屈強な剣士が声をかけてきた。
(この人見覚えがあるような……)
「ジュノー先輩!」
「メイ君か!? 君は――」
「第一班です!」
メイさんは手短にこれまでの経緯を彼に説明した。
彼は冒険者ギルドのジュノー教官。
第三班の班長だ。
「君たちはかなりここまで飛ばしてきたようだが、後続が付いてこれていない! メイ君、君が付いていながらペース配分を誤るとはどういうことだ!」
「申し訳ございません!」
(ペースを乱したのは私でメイさんは悪くない!)
私が言葉を発しようとしたら、キャサリンに腕をつかまれた。
キャサリンを見ると首を横に振る。
「私は今から後続を迎えに出る。君たちはあの土塁の中で待機して、体力の回復を行いなさい」
ジュノー教官はそう言ってゴブリンの偽装集落の中心にある土塁を指差した後、私たちが来た方向に走って行った。
ようやく息が整ってきた。
「ごめんなさい、メイさん」
「謝る必要はありません。ペース配分について指導できなかったのは教官である私のミスです。私が怒られるのは当然です」
「キャサリンもごめん」
「理解できたならそれでいいですわ。それよりも今は土塁の中の冒険者たちと合流を急ぎますわよ」
キャサリンはそう言うと土塁の方へと歩いて行った。
私たちもそれに続いた。
土塁の中には予想より多い冒険者たちが集まっていた。
「貴女はキャサリン様ではございませんか!?」
私たちが土塁の中へと入った直後、一人の剣士がキャサリンに近づき声をかけた。
「あなたはハザエルですわね。無事で何よりですわ」
「はい、キャサリン様のご進言で聖属性剣を預からせていただいた結果、私たち五名無事に危機を乗り越えました」
どうやら、彼と彼のパーティーにはキャサリンから聖属性剣が預けられていたようだ。
「キャサリン様も、ご無事で何よりでした――」
「ハザエル、時間がありませんわ。ここの現状を簡単に説明してほしいですわ」
ハザエルと名乗った剣士は自分たちがいた第五班はヴァン支部長が率い渓谷側へ離脱したこと、離脱を支援した自分たちは第四班へ合流。
第三班には冒険者ギルド軍の副司令のジュノー教官がいるため、第四班を護衛しつつ、第三班に合流したということだった。
「分かりましたわ。よくやってくれましたわ」
「もったいないお言葉です。法力通信は使えませんが、角笛による連絡で第六班以降、第十班まで孤立しているものの、生き残っていることが確認されました」
「それは何よりですわ」
「しかし現状、各班とも手持ちの聖石による浄化で持ちこたえておりますが、大胆な行動には出られず、分断状態が続いております」
「現状を理解しましたわ。では、私たちの方も説明いたしますわ」
キャサリンも私たちがどういった経緯でここにいるのかを簡潔に答えた。
「さすがキャサリン様です」
「優秀なパーティーメンバーがいてこそですわ。間もなく、ここに四百名が合流し、八百名が集結しますわ。もう二百名ほど加えてから渓谷側へ進軍することを考えておりましたが、この八百名で打って出ることをジュノー教官へ進言いたしますわ」
「はい、基本的にはそのお考えでよろしいかと思いますが、加えて私どもからも提案がございます」
「聞かせてもらいたいですわ」
「はい、この拠点から少し東へ進んだあたりに、巨大な地下空洞が存在していると思われます。現在も各所へ魔素が供給され続けておりますが、その大空洞こそが魔素の発生源である可能性が高いのです」
「そう言えばあなたは元、イビルモール狩りの専門家でしたわね。すなわち、穴の中に突入し、魔素の発生源を断つということですわね」
「はい、そうすれば各所で冒険者たちが戦線に復帰し、活路も開かれるかと思います。ジュノー教官に提案したのですが、戦力不足を理由に却下されました」
「よろしいですわ。私たちが加われば、高濃度の魔素の中でも戦えますわ。ミオ、聞いての通りですわ。私たち、魔素の影響を受けない者たちが穴に突入して、魔素の発生源を絶ち、地上の冒険者たちを解放しますわよ」
「ええ、大丈夫」
(大丈夫と言ったけど、手の震えが止まらない……)
「キャサリン様、聖属性剣をお預かりしております我ら五人もお供いたします」
「ええ、水先案内をお願いいたしますわ」
「お任せください」
「ここは法力の使い所ですわ。私は聖法術師として動きます。私の持っている聖属性剣を誰かに―――」
そう、キャサリンが言いかけると、
「キャサリン様、その剣、私にお預けいただけないでしょうか?」
一人の男性剣士が女性を伴って近づいてきた。
「カレン! 到着したんだね」
メイさんがその女性に駆け寄る。
「ええ、ライノ君と一緒にね。やっと追いついたよ、メイ」
彼らは第二班にいたカレン教官と、私が新人試験で倒したライノ教官だった。
この二人が到着したということは、第二班がこの陣地に合流したということだ。
「キャサリン様、私も共に穴に潜り、魔素の発生源を撃つことをお許しください」
ライノ教官はキャサリンに懇願した。
「キャサリン様、私からもお願いします」
そう述べたのは、先ほど会ったジュノー教官だった。
「状況と作戦はハザエルから聞いています。ライノは風剣士です。ある程度、風で魔素を排除できますし、場合によっては、穴の中の空気の流れも調整できます」
「分かりました。私の聖属性剣はライノ教官に預けますわ」
「ありがとうございます!」
ライノ教官が勢いよく頭を下げる。
新人試験の時にはライノ教官に余裕で勝てた。
だけど今は、強い戦意を見せる彼に勝てる気がしない。
「私とゴーリキーは地上で何としても冒険者たちを守り切ります。魔素の発生源の排除、お任せします」
ジュノー教官もキャサリンに頭を下げた。
私は冒険者ギルドの教官たち相手に堂々と振る舞うキャサリンを見て、正直、羨ましいと思った。
(私は、勇気をどこで落としてきたんだろう……)
「シド……」
私は小さな声でシドの名前を呟いた。
私の揺らぐ心を置き去りにするように、
「では、参りますわよ!」
キャサリンの力強い一言が地下突入班を動かす。
私は震える手を強く握りしめながら歩き始めた。




