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第87話 公爵と老将軍は苦渋の選択をする

領軍の司令本部テントでは、三軍の参謀や副官たちが激しい議論を交わしていた。


「おい、あの黒いモヤは何だ!?」


「分からん。ただ、魔素濃度が高くなってきている。あの森から信じられんくらいの魔素が湧き出ている」


「冒険者たちが森の中にいるんだぞ! この魔素量では危険だ!」


「即座に作戦を中止し、冒険者たちを救出すべきだ!」


「どうやってだ? この魔素量では兵たちも危険だ! 助けに行ったが最後、無事に戻ってこれなくなるぞ!」


「では見捨てるというのか!?」


「見捨てるとは言ってない。ただ、方法が無いと言っているだけだ!」


「それでは、見捨てるのと変わらないではないか!」


「何だと!?」


「まあ、まあ、落ち着きましょう。無駄な“いがみ合い”は時間を浪費するだけです」


「「無駄とは何だ!?」」


彼らが堂々巡りを繰り返そうとした瞬間、


「いい加減にせよ!」


最奥に座る老将が拳でテーブルを叩き、一喝を入れた。


その一喝に全ての士官は口を閉ざし皆、老将レイモンド・ヴァンディミオンに注目した。


「ナイル、客観的な観測結果を述べよ。カイル、予想できる敵戦力の推移について述べよ」


「はい。まず、観測できる森の魔素量はA級ダンジョンの下層なみであると思われます。突入した冒険者の大半はC級ですので、活動が著しく制限されてしまう可能性があります。特殊剣士隊も同様です」


ナイル将軍が冷静に報告する。


「敵戦力の推移ですが、この魔素量が継続的に維持されていたとすれば、ゴブリンの種族進化が成されていた可能性があります。A級ダンジョンの下層を想定すると、ゴブリンジェネラル、ゴブリンキングが生まれていてもおかしくないかと思われます」


続いて、カイル将軍が述べた。


「その予測が正しければ、突入した冒険者、特殊剣士隊に甚大な被害が出ている可能性があるな」


「はい、敵の数にもよりますが、相当不利な戦いを強いられ、最悪、生存率は二割を切る可能性があります」


レイモンド将軍の問いに対するカイル将軍の返答を聞いて、テント内は静まり返った。


「現状、打てる手はあるか?」


重苦しい雰囲気を押して、あえてレイモンド将軍が尋ねる。


しかし、


「我々領軍は高濃度の魔素環境を想定した訓練はしておりません。兵を投入すれば、中級冒険者以上の被害が出ます。我々のできることはありません」


ナイル将軍が深刻な表情を浮かべつつも、冷静かつ断定的に結論を述べる。


その言葉にレイモンド将軍は目をつむり、苦悩の表情を浮かべる。


誰も一言も発せない、そんな状況が続くと思われたその時、


「伝令! 伝令!」


一人の兵士が慌ててテント内に飛び込んできた。


「何事か?」


ナイル将軍の問いに、


「ただ今、カフス騎士爵家のC級冒険者、パナメラ殿が馬で到着。緊急事態にてレイモンド将軍に至急お目通りを願いたいとのことです」


伝令がそう告げると、老将は立ち上がり、


「会おう」


と言い、伝令に付いて行った。


テントの外には跪いた女性法術師がおり、


「お目通りをお許しいただき―――」


「挨拶はよい、緊急事態なのだろう、用件を話してほしい」


「は! トータスダンジョンがスタンピードいたしました」


その言葉に、その場にいた全員が息を呑み凍りついた。


「ほ、本当か!? 本当にトータスダンジョンのスタンピードなのか!?」


凍りつく雰囲気を打ち破るように、ナイル将軍が問いただす。


「事実です。トータスダンジョンのダンジョンボスが確認されました」


「それで、スタンピードはどこまで迫っている?!」


カイル将軍が尋ねると、


「オーガ、コボルト奇襲部隊の討伐に向かったゲイル殿の指揮下にある五十八名が、足の速いスタンピード軍前衛の足止めを行っております。地図をお見せください」


「こっちだ、入れ!」


カイル将軍がパナメラをテント内に案内し、地図を見せる。


パナメラは迷うことなく、地図の一点を指さす。


その地図にはモグラ狩り冒険者たちが提供した横穴の情報が記されていた。


「ゲイル殿はこの『交差点』付近で敵を待ち伏せするご様子でした。私と領主館に向かったもう一人の伝令は、作戦説明前に『交差点』付近を出ましたので、作戦内容までは分かりません」


それを聞いて一人の士官が、


「ゲイルとはモグラ狩り冒険者のことか? そんなヤツが五十八人なんて寡兵でスタンピード軍を足止めなんてできるものか!」


その一言にパナメラは、


「お言葉ですが、ゲイル殿は今回、優れた指揮でオーガ、コボルト奇襲部隊を全滅させました。彼の指揮能力は間違いなく一級のものです。カフス騎士爵家の娘である私が保証いたします!」


それを聞いてなおもその士官は、


「十年前の厄災戦で、マナエルの全軍が戦って勝てなかった相手だぞ! どうして足止めなんかできる!?」


と、反論する。


三軍の参謀、副官もそれに同調しようとした時、


「私はゲイル殿を信じる」


老将は力強い声で宣言した。


「しかし――」


その士官がなおも反論しようとすると、


「レイモンド将軍のお言葉であるぞ!」


と、ナイル将軍が一喝した。


その士官は、歯ぎしりをしつつ怒りの表情で出て行ってしまった。


「奴は?」


レイモンド将軍が尋ねると、


「軍務大臣が派遣した、伝統貴族派の士官、ユリゲンです」


と、カイル将軍が答えた。


「時間の無駄だ。本作戦終了まで奴を謹慎させろ」


レイモンド将軍が指示すると、


「了解いたしました」


と、カイル将軍が一礼した。


「話が逸れた。パナメラ殿、ゲイル殿が足止めに成功している前提で続きを話してくれ」


レイモンド将軍は続きを促した。


「はい、かしこまりました。陸亀トータスの軍団は足が遅く、スタンピード軍の前衛の足止めに成功していたとすると、陸亀たちの中でも足の速い小型種の襲来は昼過ぎくらいになると予想されます」


「我が軍がマナエルの東側に再布陣するには十分な時間です」


ナイル将軍が述べる。


「しかし……」


ゴブリン集落の森の状況を思い、レイモンド将軍が重苦しく呟く。


その時、法力通信の法術具の受信を知らせるベルが鳴り響いた。


間を置かず、通信士が法術具を操作する。


<レイモンド将軍はいるか!? 緊急事態だ!>


法術具から前置きもなくレイモンド将軍を名指しする声が聞こえた。


「はい、おります公爵様」


レイモンド将軍は声の主に気づき即答した。


<将軍の所にも伝令が到着しているかと思うが、トータスダンジョンがスタンピードした>


「はい今さっき、伝令が到着しました」


<では、状況は把握しているか?>


「はい、敵前衛の足止めと、本隊の到着予想時刻を聞きました」


<話が早い。領軍は直ちに東の平原に移動、スタンピード本隊を迎撃するために布陣せよ>


「ご下命承りました。しかし、こちらの作戦に障害が発生いたしました」


<何があった?>


「ゴブリン集落の森に大規模な魔素が発生。突入した冒険者たちが高濃度の魔素に晒されています」


<何だって!?>


「観測結果からA級ダンジョンの下層なみの魔素濃度で、この魔素濃度が一時的なものでない場合は、ゴブリンジェネラル、ゴブリンキングへの種族進化も考えられます」


<何ということだ……>


「キャサリン様も森の中におられるかと思われます………心中お察しいたします」


公爵の沈黙にその場の空気がさらに重くなった。


だが、法術具から絞り出すような返答が返ってきた。


<それでもだ……それでも領軍は即座に東の平原へと向かえ>


顔が見えなくても、公爵の苦悩の様子は声から伝わってきた。


「了解いたしました」


レイモンド将軍は、込み上げる感情を無理やり飲み込むように短く返答した


<森の冒険者たちには聖樹工房の工房長が付いている>


公爵はまるで自分に言い聞かせるように、その一言を発した。


「聖樹工房ですか?」


<そうだ。実は先ほど敵の先行部隊であるワイバーンの一群に、北の城壁側から強襲を受けた>


「何ですと!?」


<心配ない。敵の排除には成功した。被害も最小限に抑えられた>


「それは良かった……」


<その敵の排除と被害の軽減に最も貢献したのが聖樹工房だ>


「そんなことが……申し訳ございません。領軍の留守居兵がお役に立てず……」


<ワイバーンの強襲など予想すら不可能だ。気にするな。何にせよ、聖樹工房の工房長が冒険者たちに随伴し、娘には工房職員が同行している。私は彼らを信じる>


「了解いたしました。では、領軍は直ちに東の平原へと向かい布陣いたします」


<よろしく頼む>


その一言で通信が切れた。


レイモンド将軍は直ちに命令を発した。


「全軍直ちに行動を開始せよ。司令部の者たちは騎乗して、いち早く東の平原へと急行せよ。布陣前に現地の地形から作戦を立案する!」


命令に対し、司令部の全員が即座に答礼した。


「パナメラ殿、同行をお願いする」


レイモンド将軍の呼びかけに、彼女は


「了解いたしました」


と返答した。


三将軍が司令部の幕僚たちを率いて東の平原へと到着した時、そこには既に彼らを待つ一団の姿があった。


その一団は相当疲弊している様子で、馬車に乗る者たちを除いて、皆、草原に横たわっていた。


そして、レイモンド将軍は見知った顔をその中に見つけた。


「ゲイル殿!」


レイモンド将軍は下馬し、駆け寄った。


「レ、レイモンド将軍……も、申し訳ありません……っ! 全速力で走って撤退してきたもので……」


ゲイルは肩で激しく息をしながら、途切れ途切れに報告した。


「いや、気にするな。よく無事に帰って来てくれた。まずは水を飲んでくれ」


レイモンド将軍はそう述べると、乗騎にぶら下げていた水筒を取り、ゲイルに差し出した。


ゲイルはそれを受け取り、喉を鳴らして飲んだ。


「ありがとうございます、将軍」


「それで、スタンピード軍は今どこに?」


ゲイルは簡潔に位置と距離を答えた。


そして、ゲイルたちの足止めが成功したこと、予想する敵本隊の到着時刻を述べた。


それはさきほどパナメラ殿から聞いた時刻通りだった。


「本当にありがとう。領軍全てに代わって礼を言う。君たちの功績には必ず報いると約束する」


「ハハハ、今日生き残れたら、頑張ってくれたみんなに褒美を与えてください」


「ああ、必ず生き残って君たちに褒美を与えよう」


それを聞いたモグラ狩りの冒険者たち、法術師たちは歓喜の声を上げた。


笑顔を見せるメンバーたちとは対照的に、ゲイルは真剣な表情でレイモンド将軍に発言する。


「レイモンド将軍、スタンピード軍本隊を迎え撃つ案を聞いていただけますか?」


その一言にレイモンド将軍の顔も引き締まる。


「ぜひ、聞かせてほしい」



その後、ゲイルは三将軍と司令部メンバーに作戦を説明した。


「ゲイル殿の作戦を採用する」


レイモンド将軍の決断の言葉をもって、作戦の実施が決定された。



公爵と老将軍の苦渋の選択は功を奏するのか、それを知る者はまだいなかった。



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