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第77話 モグラ狩りたちは戦いを開始する

いつも慣れているはずの穴の中、今日はいつもと違う緊張感が漂う。


「ゲイル、みな配置についたぞ」


ハンクが各班が配置についたことを教えてくれる。


「分かった。後は待つだけだな」


俺は今、HZ82の横穴に設営した拠点に待機している。


聖餐式の後、俺たちは南門前に集まった冒険者たちの一団から、モグラ狩りの五十人の剣士たちと、炎法術師十人が別働隊となって、HZ82の拠点まで来た。


HZ82の拠点には俺とハンクとチャックを含む十人の剣士たちと炎法術師十人が配置につき、ベンとヨハンを含む四十人の剣士たちはこの拠点から、丘の上へと登り、敵の隠し通路の入り口周辺に設営した塹壕に入った。


今回の作戦では、HZ82に並行して存在する敵の隠し通路内で敵を迎え撃つ。


そのため敵が塞いでいたHZ82と隠し通路の接点にあった壁を取り払った。


戦略分析の専門家がはじき出した、予想される敵奇襲部隊の戦力規模は、二百から三百未満。


構成はオーガとコボルトで、おそらく穴の中で鼻の利くコボルトが先鋒を担う。


コボルトはE級の上位の魔物なので容易に狩れるが、オーガは違う。


本来、オーガは単体でCランク上位の魔物で、俺たちCランク冒険者はソロではなくパーティーで狩ることが推奨される。


しかし、今回のターゲットはオーガの《《集団》》だ。


通常、十体程度のオーガの群れの場合、その討伐ランクはBランク中位まで引き上げられ、Cランク冒険者パーティーでは討伐非推奨の魔物となる。


それが百体以上の《《集団》》となれば言うまでもない。


今回、俺たちの戦力は剣士五十人と法術師十人、戦力比から言えば無謀な作戦のように思える。


しかし、俺たちはこれまでモグラ相手に『待ち伏せ』で戦ってきたのだ。


まともに正面から対峙することは考えていない。


必ず被害を出すことなく、全員で生きて帰る。


俺は心の中で固く決意する。


「ハンク、重要なのは連携だ。もう一度、各パーティーに作戦の確認をするよう伝えてくれ」


「分かった。まあ、俺たちを含め、今回来た連中は穴の中での連携では間違いなくトップクラスの連中だ。言うまでもないことだろうがな」


「そうだが、今回の相手はモグラじゃない。いつもの調子でいると足をすくわれる可能性がある」


「分かってる。オーガ相手に油断なんてしないさ」


そう言うと、ハンクはもう一度、拠点内に待機する剣士たちへ伝令に走った。


隠し通路に始めに侵入してくるのはコボルトだろう。


おそらく、穴の中に入れば奴らは俺たちの匂いに気づく。


その時点で敵に頭の良い奴がいて、地下への侵入を止めて、地上進軍に切り替えられたら完全にお手上げだ。


だが、俺の予想では『それ』はない。


理由は、両魔物の力の格差と差別意識だ。


おそらく、オーガは弱いコボルトの進言には耳を貸さない可能性が高い。


なぜなら、オーガはその強さから、下級の魔物を見下す傾向が知られていて、先鋒のコボルトがいくら進言しようが、戦って瓦解しようが、オーガはそのまま気にせず進軍してくる可能性が高いと俺は見ている。


「おいゲイル、奴らが到着したみたいだぞ」


チャックが俺に状況を報告する。


チャックはこの穴蔵の中から、枯れ草で覆い隠した望遠監視の法術具で丘の上の様子をのぞき見ている。


「敵の編成は?」


「まだ全体が見えないから何とも言えないが、今はコボルトが百くらい。オーガはまだ少数しか見えない」


編成はやはりコボルトとオーガ、予想通りコボルトが先行しているみたいだ。


「コボルトがオーガと何か揉めてるみたいだが、オーガがコボルトを殴りつけて言うことを聞かせているようだ」


「やっぱりか」


俺は自分の予想通りの敵の動きに安堵した。


(頼むから、このまま入ってきてくれ……)


俺がそう思っていると、高音の「ピィー」という音が鳴り響いた。


これは丘の上の塹壕に潜んでいるベンとヨハンからの角笛の合図だ。


「第一段階、コボルト侵入開始の合図だ。今の角笛は怪しまれていないか?」


「コボルトどもが少し周辺警戒をして空を見回しているが、笛の音はバレてないようだ」


チャックが答える。


おそらく、角笛の音をイビルホークの鳴き声と誤認したのだろう。


つくづくよくできた笛だ。


「ゲイル、始まったようだな」


ハンクが急いで帰って来た。


「ああ、始まった。俺とチャックは通路の北側に回る、ハンクは南側に回って指揮を頼む」


「了解した」


「チャック、ついて来い」


「分かった。ああ、シルビア様お守りください……」


チャックはいつも通りで緊張は無いようだ。


「フィーネさん、俺たちは隠し通路に入ります。この望遠監視の法術具で様子を見つつ、何かあれば音声通信の法術具で知らせてください。第二段階が完了したら角笛で知らせますので、炎法術師たちに指示を出してください」


「了解しました」


音声通信の法術具は、領軍からの貸出品だが、俺が持つ端末は耳にはめる小型のもので、機能は受信だけ、フィーネさんが持つ設置式の端末は送信だけとなる。


一方通行の上、通信距離もさほど長くはないが、横穴の中で通信を聞く分には十分な性能だ。


「ゲイルさん。気をつけて行ってきてください。必ず私の所に戻ってきてくださいね」


「は、はい……」


(本当にこんな若くて綺麗な娘が、モグラ狩りの中年の俺なんかに気があるんだろうか?)


俺が思案していると、フィーネさんが急に近づいてきて、俺の頬にキスをした。


「な!?」


「お守りです。行ってらっしゃい」


俺はあまりの衝撃にその場に立ち尽くしてしまった。


「お、お、俺は……」


俺は何かを言わなければと思ったが―――


「ゲイル! いい加減にしろ! 時間だ行くぞ!」


チャックが俺を怒鳴りつける。


「す、すまん!」


俺は急いで隠し通路の北側に向かった。


通路の途中には、先日俺たちが通った『イビルモールの新穴』を塞いだ箇所がある。


穴を塞ぐ際に下水に使う土管を五本ほど挿し、向こうの隠し通路側とこちらのHZ82間で空気が通るようにした。


HZ82には炎法術師たちが等間隔で配置されていて、待機している位置には壁に空けた小さな穴から突き出た杖の頭が見える。


この杖は城壁の穴に挿して、城壁内から城壁外の敵を攻撃するための長い杖で、領軍から借りてきた代物だ。


「頑張ってください」


炎法術師とすれ違うたびに、彼らから励ましの言葉がかけられる。


だが、彼らは俺たちと違い穴蔵での戦いには不慣れなので、表情は一様に固い。


「任せてください」


少しでも安心してもらうために、笑顔で応える。


隠し通路の北側に着いた時、通路の奥からコボルトの鳴き声のような声が聞こえた。


(順調に下って来ているようだな……)


俺たちは通路の奥へ進んで行った。


隠し通路の奥には既に三人の剣士たちが、隠し通路につながる階段を向いて、抜剣して待機していた。


もちろん、剣は冒険者ギルドでリースされた鉄製の無属性剣だ。


階段を挟んで向こう側にはハンクたち五人の剣士たちが見える。


階段からはコボルトの鳴き声が先ほどよりはっきり聞こえてくる。


俺はいつものモグラ狩りの要領で、敵の到着時間を割り出した。


「およそ四十秒で敵が降りてくる。いいか、引きつけてから全力でスラッシュを打って後ろに回り、次に交代しろ」


「「「「おおー!」」」」


俺の指示に四人が答える。


ますます鳴き声が近づく。


「来るぞ、三十………二十………十………来た! 第二段階開始!」


俺がそう言うと、コボルトの先頭集団が階段下に姿を現す。


奴らは左右を見てどちらに進むか悩むように、その場に立ち止まったが、後から後続が次々出てくるので、選択の余地なく進める方向へ足を踏み出した。


奴らと先頭の剣士の間合いは三メルトほど。


通路はオーガが通れるよう幅広く作られており、コボルトが三匹並んで攻撃できるほどの幅がある。


先頭のコボルトが意を決したように、先頭の剣士に攻撃を開始する。


奴らの武器は事前情報通り鉄製のナイフのようだ。


一人目の剣士が三匹のコボルトを引きつけ、


斬撃スラッシュ


放ったスラッシュが三匹のコボルトの胸を深々と切り裂き、断末魔と共に絶命させる。


鉄製のナイフで攻撃を受けようとした個体もナイフごと切り裂いてしまった。


「スイッチ!」


攻撃を加えた剣士は、急いで後ろに回り、掛け声と共に次の剣士が先頭に立つ。


剣士の特性上、スラッシュは連続では放てない。


必ず待機時間を挟む必要がある。


その待機時間を五人の剣士で次々スイッチしていくことで連続で放っていくのが、第二段階だ。


「やっぱりこの属性剣はすごいぞ! 法力が滑るように流れて、スラッシュの威力が考えられないほど強化された!」


冒険者ギルドでリースされた剣はやはり予想以上の性能を見せた。


斬撃スラッシュ


「スイッチ!」


二番目の剣士が後ろに回った途端、感想を述べる。


「すごいぞ! コボルトの鉄製のナイフなんて紙切れのようだ!」


その後、三人目もスラッシュを放ち、後方で同じような感想を述べている。


さて、チャックの次は俺の番だ。


風斬撃ウインドスラッシュ


チャックがウインドスラッシュを放つと通路に風が流れる。


「スイッチ!」


俺が掛け声をかけると、チャックは後方に回り俺が先頭に立つ。


その時、高音の「ピィー」という音が再度聞こえた。


すると、耳元で


<ゲイルさん、オーガが階段に入り始めました!>


と、フィーネさんからの通信が入った。


(いよいよだな……)


俺はそう思いつつ、目前に迫ったコボルトに、


斬撃スラッシュ


俺は攻撃を放った。


先ほどから交代するたびに聞いていた感想通り、いや、それ以上にこの剣の性能は素晴らしいものだった。


ミスリルの剣で、損傷を心配しながら恐る恐る戦っていた頃が馬鹿みたいだ。


「スイッチ!」


俺は合図と共に後方へ下がった。


「おいゲイル、この剣の性能はヤバいな! ああ、こんな素晴らしい剣に巡り会えたことをシルビア様に感謝します!」


チャックはシルビア嬢を褒め称える。


(まあ、酒場で祝杯を上げていた時にシルビア嬢に声をかけられ付いていかなきゃ、この剣には会えなかったのは事実だが……)


そのような関係ない思考ができるくらいに、事態は順調に進行している。


俺たちはスラッシュを放ちつつ徐々に後退し、コボルトの死体を通路に満遍なくばらまいている。


この隠し通路は全長百メルトくらいで、その半分の位置に階段がある。


俺たちは今、半分の五十メルトをコボルトの死体で埋め尽くそうとしているのだ。


通路には十メルトごとに樽が置かれており、この樽には油が入っている。


今は二番目と三番目の樽の間に俺はいる。


「スラッシュを放つ時、樽にも当てて油を床に撒け」


俺は指示を出す。


「「「「了解!」」」」


その後、俺たちは次々とスラッシュを放ちながら後退して行った。


俺が状況を見て、全て順調だと思った瞬間、「ピィー、ピィー、ピィー」と連続で三回笛の音が鳴った。


その直後、


<大変です、ゲイルさん!>


フィーネさんの焦る声が聞こえた。


笛の音は緊急事態を知らせる笛の音だった。


(一体何が起こったんだ!?)


俺は周りのメンバーに声を出して動揺を与えないよう、歯をしっかり噛みしめた。


しかし、続くフィーネさんの言葉に俺の口は開かれた。


<イ、イビルホークが現れ、オーガに襲いかかりました!>


俺の思考は予想外の事態に混乱をきたした。



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