第76話 結界師はまつりあげられる
ミオとキャサリンを見送った後、領軍の方から全身甲冑の一団がこちらに近づいてきた。
先頭を歩く男は、いかにも『自分が偉いのだ』という雰囲気を醸し出す男だった。
その男が率いる一団は全体の四分の一ほどで、集団の先頭を占めていた。
俺の目から見てその一団は剣術の基礎がなっていない三流剣士の歩き方に見えた。
しかし、その男の一団から少し離れて後方を歩く、残りの一団はしっかりした剣士の歩き方に見えた。
(おそらくあれが、輜重隊の護衛に付く剣士隊だろうな……。半数は迂回進軍の護衛に付くと聞いたけど、あの先頭の三流剣士たちに当たらなきゃいいんだけどなぁ……)
そう思っていると、先頭の男が、
「おい、お前らが輜重隊に付いていく整備士どもか?」
と、いきなり高圧的な態度で話しかけてきた。
整備士たちは武器、防具、法術具などを製作、メンテナンスする専門家集団ではあるが、基本的に生産職なので、武力集団に威圧されることに慣れている者などいない。
そのため、みなこの男の高圧的態度に萎縮して、誰も口を開けなかった。
「おい! 聞こえなかったのか?! お前たちが整備士どもかと聞いている!」
整備士かどうかなど見た目を見ればすぐ分かるはずなのだが、その男は高圧的な質問を続ける。
(ひょっとしてこの男、このように威圧して、この場で一番偉いのが自分だと示したいのか?)
俺がそう思っていると、俺の後方に立つ十四人の猛者たちが全員闘志をみなぎらせ始めた。
そして、
「シド様、ちょっと我々が行ってお話をしてきましょうか? 我々ならものの数分であんな連中は大人しくさせられますよ」
と、ロキ神父が語りかけてきた。
「え!? い、いや、ここであの剣士隊と絡んでしまうと、後々厄介事に巻き込まれてしまいますから、やめておきましょう……」
(確かに、あんな百名ちょっとの三流剣士どもなら、この十四人で簡単に片付いてしまいそうだが、これから進軍というタイミングでそれはいくら何でもまずい)
俺が十四人の猛者たちをどうなだめるか思案していると、
「エビルス隊長、整備士たちを威圧しないでいただきたい!」
と、俺のよく知っている声が聞こえた。
「お前はフォートラン商会のサイモン! なぜ、お前がここにいる?!」
声の主はやはりサイモンさんだった。
「なぜも何も、我が商会から派遣される整備士たちを見送りに来たに決まっております」
今回、フォートラン商会からは二十名ほどの整備士を派遣すると聞いていたが、俺は面識が無かったので、百名ほどいる整備士のうち誰がフォートラン商会からの整備士か分からなかった。
「サイモン、お前の商会の整備士たちは礼儀がなってないようだな。俺様が、このエビルス侯爵家五男、ジャスティン・エビルス剣士隊隊長様が声をかけているというのに、誰一人として跪かないどころか、挨拶もしようとしない」
(侯爵家であることは分かるが、五男とか、どのくらいの権力があるんだろうか? ………ってあれ? エビルスって最近、どっかで聞いた覚えがあるんだけど、どこで聞いたんだっけか?)
「エビルス隊長、高圧的な物言いは我が商会に借金を返してからにしていただきたい」
(え!? あの隊長、フォートラン商会に借金してるの?)
「そ、それは次の給料が出た時……、いや、今回の殲滅戦で恩賞をもらったらだなぁ……」
(何か急にトーンダウンしたな……)
「今回、剣士隊は護衛任務で、ゴブリン討伐には参加しないと聞き及んでおりますが?」
「そ、それは公爵が俺様の実力を妬んで、現場から外したのが原因だ! だが、俺様はこの殲滅戦で活躍し、キャサリン嬢と結婚するのだ!」
(何か、いろいろ飛躍しすぎて、もはや、子供が「大きくなったら◯◯ちゃんと結婚するんだ!」みたいな言いようだな。そして、借金返済の話はどこへ行った? ところで、キャサリン嬢って、俺の知ってるキャサリンだろうか?)
「御託は結構です。利子分だけでも今払ってください」
「今だと!? そんな……お、俺様がエビルス侯爵家五男だと分かって言ってるのか!」
(何言ってんだろうかこの男。分かって言ってるに決まってるだろうに……。そして、サイモンさん容赦ない!)
「いいでしょう、では借金の取り立てはエビルス侯爵家にいたします」
「そ、それは困る! 絶対に家には知らせるな! 知らせると怒るぞ!」
(もはや子供だ……。子供?……ボンボン……ああ、そういえば『昇陽亭』のシャルル支配人が言ってた侯爵家五男のボンボンって、エビルスって名前だったな! あのテラス席で騒いでた連中か!?)
「いいでしょう、今日は見逃しましょう。ですが、我が商会の整備士たちに危害を加えた時には容赦しません。いいですか?!」
「き、危害など加えん! おいお前たち、さっきの聖餐式の残り酒があるはずだ! 出発までそれを飲みに行くぞ!」
(おいおい、任務前に酒を飲むのか?! 大丈夫か? この連中……)
そう思っていると、ボンボン隊長は三流剣士たちを引き連れ、酒を求めて行ってしまった。
三流の一団が去ったあと、後方に控えていた一団が前進してきて、一人の男がサイモンさんに話しかけてきた。
「サイモンさん、いつもうちの隊長が申し訳ございません」
「クリストフ・コーエン副隊長、いつものことなので慣れてますよ」
(この人もどっかで会ったな……。この立ち振舞は……)
「そう言っていただけますと幸いです。私の家も侯爵家なのですが、私も四男で家の権力を使える立場ではないもので、強くは言えず……」
「権力ではそうでも、クリストフ副隊長はあの剣聖様の弟君、剣の腕ではお負けにはならないかと思いますし、権力が使えないのは、五男のあの男も同じでは?」
(ああ思い出した。あの劇場にいた剣聖の弟さんだ! でもやっぱり、四男とか五男ってそんなに権力がないのかな……)
「いえ、エビルス隊長の場合、軍務大臣であるエビルス侯爵の圧力で領軍の隊長になりましたので……。剣の腕だけでは勝てない戦いがありますので……」
「ああ、それは面倒くさいですね。領主様からは何か言われてないんですか?」
(あのボンボン隊長は面倒くさい人らしい……)
「公爵様からは、エビルス隊長の行状が悪ければ、自分の権力を使って抑止してほしいと言われているのですが、あれほどいつも行状が悪すぎると、公爵様の権力の使い所が問題になりまして……」
「なるほど、慣れてしまうと……」
(ああ、これはあれだ。害獣駆除をする際に同じ衝撃を与え続けると慣れてしまうので、使い所が難しいという……)
ここまで話したところで、二人は会話を止めて周りを見た。
そして自分たちの会話を結構な人数の人が聞いていたことに気づき、
「ハハハ、すみませんクリストフ副隊長。部下の皆さんに聞かせる話ではありませんでしたね」
と、サイモンさんが謝ったが、
「いえ、エビルス隊長の取り巻きの伝統貴族派の隊員は、隊長と共に向こうに行きましたので大丈夫ですよ」
と、答えた。
(それでいいのか!? ああ、あの三流剣士たちが迂回進軍に同行しませんように……)
サイモンさんが誰か探すように周りを見て、俺と目が合った。
やっと気付いたようだ。
「シド君、遅れてすまない。さっきまで今回の作戦用の物資の出荷で忙殺されてたんで、遅くなった」
そう言って近づいてきた。
「いえ、お忙しい所見送りに来てくださって、ありがとうございます」
「まだ、君とうちの整備士たちとの顔合わせも済んでないから当然だ」
サイモンさんと話していると、クリストフ副隊長さんも近づいてきた。
「ひょっとして、先日劇場でお会いしたシド殿でしょうか?」
「はい、そうです。先日は侯爵家の方とは知らず、失礼いたしました」
「いえ、私など大したものではありませんので、お気になさらないでください。それにしても、先日とは違い、あまりに自然体で剣士としての気配を全く感じませんでした。先日も思いましたが、シド殿はエルンスト・ハイドル卿にとても似ておられますね」
「シド、クリストフ副隊長と知り合いなのか? それにエルンスト・ハイドル卿って……」
サイモンさんは俺に質問したのだが、
「シド殿とは先日、劇場でお会いしたんですよ。立ち振舞があまりに前剣聖のエルンスト・ハイドル卿に似ておられたので、つい話しかけてしまったのですよ」
と、クリストフ副隊長が返答した。
(いや俺、剣聖とか全く関係ないですから! 俺、剣術は学校で習っただけって言いましたよね? 俺の師匠は学校で剣術教えてる、ただの爺さんですから!)
「そうだったんですか。しかし、剣士としての気配を感じなかったと……」
「そこが剣聖と一般の剣士の違いです。一般の剣士は修行に熱心であればあるほど、いつも剣士としての立ち振舞を止められません。しかし、極みに至った方は常に自然体で、剣士としての気配を感じません。それを感じるのは剣士として相対した時だけです」
「そうなんですか」
(いや、そりゃ普段は自然体でいるのは当たり前でしょ! いつも剣士の気配なんて漂わせてたら日常生活しにくいでしょ!?)
「ここにおられるということは、シド殿も今回のゴブリン殲滅戦にご参加なんですね。心強い限りです」
「いや、俺は……」
「シド君は今回、聖樹工房の工房長として整備士を引き受けてくれたんですよ」
今度は俺の代わりにサイモンさんが返答した。
(何だか俺抜きで話が進んでるなぁ)
「聖樹工房と言えば、あの吹き矢と角笛の工房ですか!? 私も買いましたよ。野営の際に用足しの時に持っていく武器として良いですよねあれ。隊員たちにも人気ですよ」
「聖樹工房は当商会の出資で設立された工房で、今、マナエルにおける最新技術の牽引役となっている工房です。その工房長が整備士を率いて皆さんのサポートに入ります。剣士隊の皆様、護衛よろしくお願いいたします」
「ちょ! サイモンさん!?」
(知らぬ間に俺が整備士たちを率いることになってしまっているぞ!)
「シド様は今回、私たちも率いてくださることとなっております」
俺が口を挟もうと思っていたら、後方から存在の濃いロキ神父たち十四人がズイッと出てきた。
「あなた方は庶民派の聖治癒師の方々ですね! これまで誰もあなた方を無手で倒して従軍させることができなかったのに、シド殿が無手で倒されたのですか!?」
「その通りです。実に見事な体捌きと身体強化で、瞬時に投げ倒されました!」
「す、すごいですね! やはり、剣術を極めた方は無手でもお強いのですね!」
クリストフ副隊長の後方の剣士隊員たちも「おお〜」とか言い始めた。
(あのぉ、そろそろ話題を変えませんかぁ?)
「シド様の強さは私も目の当たりにしました。正に本物です」
聖治癒師たちと一緒に並んでいたザインさんも口を開いた。
「ひょっとして、あなたは王都で有名な風剣士のザイン様ですか? 」
「そうですが、今は身分を隠しておりますので、名乗りはご容赦ください」
「あなたほどの剣士が本物と言われるなら間違いありません。シド殿、いやシド先生はまさしく武人の中の武人ですね」
ザインさんの発言に、後方の剣士隊員たちも興奮している。
(ザインさんって有名人だったのか! いや、問題はそこじゃない。『先生』って、あなた剣術道場の師範でしたよね? あなたの方が『先生』じゃないですか!?)
「いやぁ、今回の迂回進軍にエビルス隊長が随伴するので心配しておりましたが、シド先生がいれば輜重隊と整備士の護衛は安心ですね」
(おい、今なんてった!? あのボンボン隊長が迂回進軍に《《随伴》》?!)
「エビルス隊長とその取り巻きが問題を起こすようなら、シド様と我々が対処しましょう」
(ロキ神父! そんなこと、俺言ってません! 聖治癒師の皆さん決めポーズで応えないでください! ザインさん、ジンさんも殺る気出さないでください! 特にジンさん、あなた暗殺者だからシャレになりません! )
「おお! 貴族のしがらみがある我々領軍では強く出られませんが、教会関係者の皆様なら大丈夫ですね!」
(そんなわけありません! いい加減なことを言って焚き付けないでください!)
サイモンさんが俺の前に商会の整備士さんたちを並べて、
「シド君、うちの整備士たちを預ける。よろしく頼む!」
と頭を下げる。
エビルス隊長を退けたサイモンさんが頭を下げたので、俺を見る周りの人の目がさらに変わる。
整備士さんたちも一斉に「よろしくお願いします!」と頭を下げる。
「ちょ、サイモンさん!? 俺は単に一整備士として……」
俺が焦っていると、輜重隊の方々もぞろぞろ集まってきて―――
「輜重隊の隊員たち、喜べ! 今回の迂回進軍には、剣聖クラスの御仁が率いる最強の武闘派聖治癒師たちと、王都で名を馳せた風剣士殿が参加される! エビルス隊長の指揮に不安を抱いていた者も、これで安心だ!」
と、クリストフ副隊長が輜重隊の隊員たちに宣言してしまった。
(いや俺、剣聖クラスとかじゃないですから! 学校で爺さんに剣術を習っただけの、ただの不遇職のH級冒険者ですから!)
輜重隊の隊員たちが一斉に歓喜の声を上げる。
「では、シド様を囲んでみな鬨の声を上げるぞ!」
ロキ神父が大声で叫ぶと、その場に集った全員が一斉に鬨の声を上げた。
(ちょ、ちょっとぉぉぉぉ!! 迂回進軍しない領軍付きの輜重隊と整備士たち、その他の後方支援部隊も加わってるんですが!?)
総勢で千名程度の一団となってしまった集団の鬨の声はしばらく続き、俺はまるで後方支援部隊の総司令官のようになってしまった。
(いや、これ後で絶対に怒られるだろ!?)
そして、
タイミング悪く、ボンボン隊長と三流剣士たちが帰って来た。
(いや、なんで今帰って来るの!?)
その結果、ボンボン隊長からはすっかり反エビルス派の頭目として目をつけられてしまい、親の仇のような目で睨まれた。
どうやら、俺が今置かれているポジションをボンボン隊長は狙ってたようだ。
(いや、こんなポジション望んでないから!)
結局、迂回進軍中、ずっとボンボン隊長はわめき散らしていた。
携帯式の遮音の法術具があって本当に良かった。
(思ってることが口に出せないって本当に大変だ……)
俺はなぜだかメイさんの気持ちが少し分かったような気がした。
(……なぜなんだろう?)
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「へ、へ、へクション!!」
「お風邪ですのメイさん?」
「いや、そんなはずはないんですが………」
「誰かメイさんのこと噂してるんじゃないですか?」
「え!? サイロスさんかなぁ♡」
「ごちそうさまですわ」
「シドは上手くやってるかな?」
「シドのことですから、きっと私たちの想像を超えることをしていますわ」
「そうだねきっと」




