第75話 結界師は決意した
聖餐式が終わった後、領軍はすぐに行軍を開始したが、冒険者たちと特殊剣士隊、そして領軍の剣士隊と輜重隊、整備士、治癒師たちはその場にとどまった。
ヴァン支部長が指揮官として、迂回進軍する際の進軍方法について説明し、隊列の形成を行うみたいだ。
俺たち、整備士たちは輜重隊と随伴するのだが、領軍に随伴する隊、迂回進軍する隊、両隊ともに輜重隊の出発は一番最後になるため、しばらく待機することとなる。
行軍し始めた領軍を眺めていたら、前の方からミオとキャサリンが俺たちの方へ走って来た。
「シド、そろそろこの子預かって」
ミオがそう言って差し出してきたのは、聖樹の苗木が入った瓶だった。
この聖樹の苗木は昨日、俺とキャサリンが帰って来た時にミオが「子供ができちゃった」と言った「子供」で、エルノートさん曰くミオが聖法力を与えて生み出した聖樹の分体とのことだった。
聖樹が分体を生み出すなんて、エルフ聖樹国でもないことで、エルノートさんも非常に驚いていたが、自身が第二世代の聖樹の挿し木の主人であったため、理解不能とまではならなかったようだ。
まあ、俺たちは子供ができるようなことはしてないので、何か違う意味の「子供」だとは思ったが、もう少し言い方を考えてほしいものである。
聖樹の呼びかけによると、どうやら俺たちに同行したかったので分体を生み出したようだ。
エルノートさんが聖樹の挿し木をずっと持ち歩いていた際に使っていた瓶があったので、それを借りて運んできたのだが、分体は昨日からずっと、ミオから聖法力の供給をねだったために今の今まで、ミオが運びつつ聖法力を与えてきたのである。
「預かるのはいいが、俺もこの荷物だからな。キャサリン、申し訳ないけど後方のキャンプまでこの荷物を運んでもらえないかな?」
俺の荷物は荷車一つ分で、実際にここまでは荷車で運んできた。
まあ最悪、俺が荷車を引いて行けば良いのだが、そうすると明らかに進軍に遅れそうなので、ここはキャサリンに頼むしかない。
「シド、ずいぶんと大荷物ですわね。何が入ってますの?」
「新人試験の時に気付いた持ち物と、後はまあ、使わないに越したことはないんだけど、武器というよりは兵器かな? そうそう、以前見せた法力タンクも持ってきたぞ」
「法力タンクって、法力ポーションの代わりになる、結界で作った《《あれ》》ですわね?」
「そう、《《あれ》》。あの日から毎日法力を蓄えてきたから余裕があるぞ。そうだミオ、さっきまでこの子に法力あげてたんだろ? 減ってる分、注入しといてやるよ」
「え!? ま、待って! こんな所で――あんっ!」
ミオが色っぽい声を漏らした途端、周りの人間が全員サッと目を逸らした。
法力を注入されている間、ミオは真っ赤な顔でピクッ、ピクッと反応しながらも、必死で声をこらえているようだった。
注入後、少々気まずい雰囲気になってしまった。
そして、ミオが涙目で睨んできて、
「もう、シドのバカ!」
「ゴフゥ」
腹にキックを食らってしまった。
「今のはシドが悪いですわ! もっと、女の子の気持ちを考えて行動しないと嫌われますわ!」
キャサリンに説教された。
また、黙って見ていたロキ神父たちからの視線も痛い。
「ごめん。反省する……」
俺は少し女の子への接し方を学んだ。
気まずい雰囲気からどうにか抜けられないかと思っていたら、キャサリンが声をかけてきた。
「シド、時間がさほどありませんから、これを渡しておきますわ」
そう言って、キャサリンはカバンを一つ手渡してきた。
「これは?」
「亜空間バッグですわ。以前、聖属性剣を使わせてもらうお礼をするって言いましたでしょ」
「ああ、あの時のお礼って、亜空間バッグをくれるのか!?」
「はい、まあ、本当のお礼はこの中身の方なのですが……今はいいですわ」
「中身?」
「よく聞いてほしいですわ。シド、これから何か問題、特に領軍絡みで問題が起きた時には、この中身の手紙を開いて読んでほしいのですわ」
「手紙が入ってるのか?」
「はい、今は読まなくていいですわ。シドの力だけではどうしようもなくなった時、開いて読んでほしいのですわ」
「まあ、よく分からないが、キャサリンがそう言うならそうしよう。だけど、亜空間バッグなんて高価なものをもらって良いのか?」
「正当な対価ですわ。シドの剣のほうがよっぽど高価なので、亜空間バッグだけではむしろ釣り合いが取れませんわ」
「そうか。じゃあ、もらっておくよ。ありがとう」
「こちらこそですわ。登録をしますから、血を一滴、この法術紋に垂らしてほしいですわ」
「分かった。今は誰が登録されてるんだ?」
「今は私だけですわ。以前の持ち主の登録は消えていますから、ご安心くださいませ」
「分かった。じゃあ、帰ったらミオも登録しておこう。将来、パーティーで活用できるように」
「シドがそれで良いのなら構いませんわ」
俺は針状にした無属性法力で指を少し刺して、亜空間バッグの法術紋に血を垂らした。
すると、法術紋が少し光った。
どうやら、登録が済んだようで、亜空間バッグの中に手が入れられるようになった。
登録が済んだ後、俺は荷物を次々と亜空間バッグに入れていった。
亜空間バッグは初めて使ったが、バッグに手を入れると中身や容量の情報が頭に入ってくる。
思ってたよりも大きな容量があり、また、思ったものがすぐに取り出せるのが興味深かった。
バッグの口より小さいものは、ほとんど入れ終わったのだが、バッグの口より大きな荷物の入れ方が分からなくて戸惑ってしまったので、
「キャサリン、バッグの口より大きな荷物はどうやって入れるんだ?」
と尋ねた。
「亜空間バッグに手を入れた状態で、中に入れたい物の上にもう片方の手を置いて、『入れ』と念じれば入りますわ」
と答えてくれたので、言われたようにしたら、荷車ごと大きな荷物が入ってしまった。
「出す時は反対に手を入れながら、出すものをイメージして『出ろ』と念じれば出ますわ」
「ありがとう」
言われた通りにしてみると、荷車はきちんとイメージした場所に出現した。
もう一度荷車を収納し、今度はバッグに入れた手の中に吹き矢の矢じりを掴むイメージを浮かべる。
手のひらに硬い感触が現れたので引っ張り出してみると、イメージ通りに矢じりが取り出せた。
(これはかなり便利だな。これなら吹き矢の矢じりの装填も早くできそうだし、あの兵器も連続投入できる)
「キャサリン、改めて本当にありがとう。この亜空間バッグのおかげで俺の戦術が生かしやすくなったよ!」
「それは良かったですわ。でも、本当のお礼はこの中身の方だと忘れないでほしいですわ」
先ほどもそう言っていたが、入っている手紙はこの亜空間バッグ以上のものということだろう。
(そんな価値の高いものを受け取っていいんだろうか?)
そう思っていると、
「シド、昨日私が言ったこと、覚えておいてほしいですわ。私の気持ちは決して変わりませんわ。シドからの返事は今は期待しませんが、シドに何か必要なことが起こった時は躊躇わないで、私を利用してほしいですわ」
と、いよいよ分からなくなることを聞いた。
昨日のこととは、キャサリンの告白のことだろう。
「キャサリン、言ってることがよく分からない。どういうことだ?」
「今は、わからなくていいですわ。その手紙を開く時に分かりますわ」
納得はいかないが、出陣前であまり問答している時間もないので、ここは俺が飲み込んでおくことにした。
「よく分からないが、覚えておくよ。キャサリンのことも真剣に考える」
そう答えると、
「シド、その言葉だけでも嬉しいですわ」
キャサリンはそう言って笑みを浮かべた。
「では、行ってきますわ。作戦中は完全別行動になりますが、シドも頑張ってくださいですわ」
俺は昨日からの聖樹の呼びかけから、この戦いがそんなに簡単な戦いではないのではないかと感じていたので、
「ああ、行ってらっしゃい。俺は頑張ってとは言わない。キャサリンはまだ駆け出し冒険者なんだから、学ぶつもりで慎重に行動して、無事に帰ってきてほしい」
と返事した。
キャサリンはそれを聞いて、少し気を引き締めたようで、
「はい、無理はいたしませんわ。そして、必ずシドの所に帰ってきますわ」
と言った。
その後、キャサリンはミオの方へ目を向け、
「あとはミオに譲りますわ」
と言い残すと、ロキ神父に話しかけに行った。
おそらく、昨日のことと、挨拶のためだろう。
俺はミオの方へ向いて、
「さっきはごめん……無神経だった」
と、謝った。
「もういいよ。ちょっと恥ずかしかっただけ。でも、シド以外の男の人にはあんな姿見せたくないから、今度からはやめてね」
「ああ、気をつける」
(そうだよな……俺はミオの婚約者なんだから、ミオに恥をかかせちゃだめだよな……)
俺は改めて反省した。
ミオは少し不安そうな顔で俺に、
「シド……私頑張るね」
と俺に言った。
「キャサリンにも言ったが、無理して頑張らなくていい。慎重に立ち回って、無事に帰ってくることだけを考えてほしい」
「分かった。気を抜かずに慎重に行動するね」
俺の肩から下げた瓶の中で、聖樹の分体も心配そうに『気をつけて』とミオに呼びかけている。
「聖樹ちゃん、ママ気をつけて行ってくるね」
ミオは優しく分体に語りかけた。
ミオは再度、俺に向いて、
「シド、私の気持ちは変わらないから。いつもシドのこと思ってる」
そう告白してきた。
「俺もミオのこと思ってるよ。まだ、感情的には分からないけど、大切に思ってる」
「それだけで、今は十分だよ」
俺たちがこのようなやり取りをしている内に、冒険者たちへの説明が本格的に始まったようだ。
「早く行ったほうがいい」
「そうする。じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
キャサリンとロキ神父たちも近づいてきた。
「ロキ先生、シドをよろしくお願いします」
「ははは、よろしくされるのは私たちの方だけど、分かったよ。ミオちゃんの婚約者は私たちが守ってみせる」
ロキ神父がそう言うと他の十三人もめいめい「任せとけ」といったポーズを取った。
「ミオ、メイさんにも、ありがとうございますと伝えてくれ」
おそらく、このタイミングでミオとキャサリンが抜けて来られたのは、メイさんがいたからだろうと思いそう言った。
「分かった。サイロスさんも待ってるから、メイさんにも無理しないよう言っておく」
ミオを見たら何か躊躇ってる様子を一瞬見せたが、意を決したように俺に近づき、耳元で、
「シド、愛してる」
と言って頬にキスをしてから、真っ赤な顔になって走って行った。
キャサリンもそれを見て俺に駆け寄り、同じく耳元で、
「私も愛してますわ。でも、キスは返事を聞いてからにしますわ」
と言って、ミオの後を追って走って行った。
この耳元での言葉が作戦前に聞いた二人からの最後の言葉になった。
俺は二人の背中を無言で見送ったが、
(いざとなれば、軍規を破ってでも、俺が三人を救いに行く。そのために用意した武器と兵器なんだから……)
俺は心の中でそう決意したが―――
俺はまだ知らなかった。
俺自身も戦いの渦へと巻き込まれようとしていたことに。




