第74話 結界師は祈った
早朝の南門前。
甲冑がこすれ合う音が各所から響き、これからの戦いに向けた緊張感を否応なく高めていた。
門に向かって右側に整然と並ぶ一万五千人の領軍、その後方には法術師大隊一千人が整列している。
一方、左側には冒険者たち約二千人がパーティーごとに固まって立ち、その後方には特殊剣士隊百五十人が並ぶ。
特殊剣士隊は本来ならマナエル領に属しているため領軍と共に並ぶのが所属的に合っているのだが、彼らはこの後、冒険者たちと共に森の深部へ迂回進軍するために、冒険者に近い位置に並んでいる。
最後に、俺が属する百名ほどの武器・防具の整備士たちが後方にこぢんまりと陣取っている。
だが、そのさらに後方には、数は少ないながらも異様な存在感を放つ一群が並んでいた。
それは、今回俺が率いることとなった聖治癒師十二人とザインさん、ジンさんの計十四人だ。
彼らは全員、俺と共に迂回進軍し森の深部へと向かうことになっている。
一方、本日はアマンダさんは従軍せず、マナエルに留まり、領軍本隊に聖治癒師が必要なけが人が出た場合は街に後送することとなったらしい。
領軍の展開位置はマナエルからそう遠くないので、それでも良しと判断されたのだろう。
「シド様、それにしても本日は結構なお荷物ですね」
ロキ神父が声をかけてくる。
「ハハハ、そうですね……」
実は昨日、帰宅してから聖樹からの呼びかけで、俺も戦いに備えていろいろ準備しろとせっつかれて、思いつくまま準備したら、結構な荷物になってしまったのだ。
「よければ、私たちがお運びしましょうか?」
そう言って、ロキ神父と聖治癒師たちが力こぶを見せつけてくるが、
「いえ、後でキャサリンに頼んで亜空間バッグに入れてもらいますから大丈夫です」
と返答した。
「そうですか。必要があったら遠慮なしに言ってください」
「ありがとうございます」
俺たちがそのように雑談していると、領軍の給仕係と思われる人たちが、平パンの欠片と小さい素焼きの盃に入れたぶどう酒を俺たちに配り始めた。
「今日は聖日ですから、聖餐式をここで行うのでしょう」
と、ロキ神父が教えてくれた。
このマナエル、特に俺たちが住む貧民街では、聖餐式はご近所が集まって家庭で行う習慣になっている。
南の貧民街にある礼拝堂はとっても小さく、周辺住民が一斉に集まると溢れてしまうので、礼拝堂に集まる人は周辺の人たちだけで、その他大勢は家庭で聖餐式を行うのだ。
だから、礼拝堂や大聖堂でなくても聖餐式をすること、また、聖職者が聖餐式を取り仕切らなくても違和感はない。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
給仕係から俺もパンの欠片と盃を受け取り、前を向いた。
程なく、城門の上に誰かが立つのが見えた。
だが、ここからは遠く、顔までははっきりと見えなかった。
「おそらく領主様でしょう」
ロキ神父がそう言うやいなや、城門の上に立つ人物は拡声の法術具で喋り始めた。
「おはよう、諸君」
その挨拶の声は最近会話した誰かと似ていると思ったが、考えるのをやめて次の言葉を待った。
「本日は聖日だ。諸君らの出陣にあたり、私は長い演説をするつもりはない。既に諸君らは自分がなすべきことを把握している。だから、私は一つの祈りと共に諸君らを送り出したいと思う」
そう述べると、領主様は手を挙げ祈り始めた。
「天と地の主なる神よ、あなたの御名を賛美します。私たちはあなたの御名の中に集い、本日、私たちが明日の日を生きるための戦いを開始しようとしています」
そのような祈り始めにみな引き込まれていく。
「しかし、私はあえて、ここで勝利を願いません。なぜなら、あなたは既に邪悪な者たちに勝利しておられるからです。私たちは、信仰をもってあなたの勝利を継承し、本日の戦いにおいてあなたの勝利を現します」
さらに皆、力強い祈りの深みへと入っていく。
「私たちはまた、奇跡を願いません。あなたは既に私たちのなすべきことを定め、結果を用意されているからです。私たちはただあなたが用意された結果を受け取り、私たちの手で実現します」
祈りの中で、全ての音が消えたように感じた。
「ですが、私たちが願うことが一つあります。それはここにいる全ての者が、成すべきことを終えた後、誰一人欠けることなく家族の元へ、愛する者の所へ戻されることです。おお、神よ全ての者が今日と変わらぬ日常へと戻ってくることができますように」
静かな中に熱量が上がってきている感覚がある。
「あなたの愛する者たちが、あなたを愛し、隣人を愛する日常に帰るために、今、私たちはあなたと共に出陣し、あなたと共に凱旋することを願います。私たちは共に割かれたパンを食べ、分かたれた盃から飲み、今、あなたと一つとなります」
静かに全軍の熱気が最高潮となる。
「今、我ら共に唱和せん! 神は我らの心と共にあり!!」
領主様はそう宣言すると、パンの欠片を食み、盃を飲み干して足元に叩きつけた。
それに呼応し、全軍が轟くような声で唱和する。
「神は我らの心と共にあり!!」
一斉にパンが食まれ、飲み干された無数の素焼きの盃が地面に叩きつけられて砕け散る音が響き渡った。
俺たちも共に同じように行った。
そして、領主様が、
「全軍出撃せよ!!」
と、号令をかけると、全軍は一斉に鬨の声を上げた。
俺たちは熱気の渦の中、一体となって共に叫んだ。
俺は轟く叫び声の中で、心の中に熱く滾るものを感じ、必ずここにいる全ての人たちと共に凱旋できるようにと心の中の『何か』に祈った。




