第72話 魔王軍幹部たちは勝利を確信する
(無能、無能、無能、何故こんなに無能ばかりなの!)
「リ、リリス様、ご報告が⋯⋯」
「何?!」
「ほ、本日もスライムがおよそ十万匹討伐され、西地区の富裕層街がほぼ盗聴の空白地帯となりました」
「で?!」
「で⋯⋯、と申されましても⋯⋯」
「あなた、本当に無能ね! そんな報告は毎日聞いてるのよ! それに対してどういう手を打っているのかと聞いてるの!」
「手を打つと言いましても、既にスライムの生き残りは三割を切っておりますし……」
「何よ?! 私の完璧なスライム諜報網に欠陥でもあると言いたいの?!」
「決してそのようなことは⋯⋯」
「では、オペレーターとしてのあなたの責任でしょう! あなた、それでも登用試験を合格した魔王国官吏なの?! 事実を報告するだけならスライムでもするわ! これ以上、無能を晒すならクビにするわよ!」
「ご、ご容赦ください!」
(無能、無能、無能! 何で私の部下はこんなにも無能ばかりなの!)
「リリス様、ご、ご報告します⋯⋯」
「早く言いなさい!」
「は、はい! 正統神聖教会の司教が逃亡し、マナエルの闇奴隷が全て解放されてしまい、他領への諜報網の拡大ができなくなりました⋯⋯」
「で?!」
「あ、あのぅ」
「あなた、さっきの無能が私に注意されていたのを聞いてなかったの?!」
「い、いいえ、ですがドブさらいをする貧民とは違い、他領への移動のある行商人などの身体にスライムの種を仕込むのは物理的に難しく⋯⋯、それに商業区にはもうスライムがいません⋯⋯」
「貧民街にも商業区から荷車が来たりするでしょう! 荷に潜り込ませるのは試したの?!」
「いえ、まだですが⋯⋯スライムは乾燥している地面では移動速度が遅く、見つかりやすいため⋯⋯」
「雨の日に乗じて近づけばいいでしょ!」
「今は乾季です⋯⋯」
「あなた一体何様なの?! この私が言っていることなのよ! それを実行することもなく言い訳をして、働かないつもりなの?!」
「け、決してそんなことは!」
「だったら、今すぐ動きなさい!」
「は、はい!」
(無能! 無能! 無能! 本当に無能! どうして優秀な私の意見を素直に聞けないの! 指示を実行もせず、口ばかり達者なこの給料泥棒どもめ!)
「リ、リリス様⋯⋯」
「何なの!!!」
「あ、あの⋯⋯」
「あなた、私の大切な時間を無駄にするつもりなの!!?」
「し、失礼しました! また特異点が拡大し⋯⋯」
「早く言いなさい!」
「こ、今度は政庁に潜り込ませたスライムが全滅しました」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あなた、何やってたの!!? あの政庁のスライムは私が苦労の末、潜り込ませた最高の情報源なのよ!! それを、むざむざ失うなんて無能にも程があるわ!!」
「ヒッ!」
「無能は罪なのよ! 特異点の監視はどうなってたの?!」
「か、監視と申されましても、シャドウオウルはまた帰還せず⋯⋯」
「あの無能鳥め! 失敗したらまた再度飛ばしなさい!」
「しかし、魔鳥族はもう当局には協力しないと⋯⋯」
「あの裏切り者どもめ! 月に一度の偵察もこなせないくせに、予算交渉のためにサボタージュしようと言うの?!」
「いえ、サボタージュではなく、希少種であるシャドウオウルをこれ以上失うわけにはいかないと……」
「何が希少種よ! 無能鳥のおかげで私が苦労して仕掛けた最高の駒を失ったのよ!」
「ですが、飛行経路や飛行高度を変えるなどの提案を却下し続けられては、情報を持ち帰るのは難しいかと⋯⋯」
「うるさいのよ! あなたも先日解雇した無能のように解雇されたいの?!」
「い、いえ⋯⋯しかし、これ以上の被害は魔鳥族も魔王様に直訴すると⋯⋯」
「私の頭越しに魔王様に直訴なんて、どこまで馬鹿にすれば気が済むの!!」
「魔王様からも特異点について早く報告せよと再三のご指示が⋯⋯」
「こんな状態で報告に上がれるはずがないでしょう!! 私はしっかりと調査のために指示を出しているのに、働かないのはあなた方と魔鳥族でしょ!! 魔王様への報告が遅くなっているのが自分たちのせいだと自覚はないの?!!」
「し、しかし、もうこれ以上、お待たせするわけには⋯⋯」
「代案を出しなさい!」
「代案ですか?」
「特異点調査の代案を出しなさい!! 反論するなら代案を出すのがあなたの責任よ!!」
「⋯⋯⋯⋯出せません。打つ手がありません⋯⋯⋯」
「この無能が!! 代案を出すまで帰宅することを禁じます!! 分かったら行きなさい!!」
(もうこんな無能な部下たちに私の貴重な時間を割くのはもったいないわ! なぜ優秀な私に習って努力しようとしないの! こんな無能たちのためになぜ私が魔王様から不興を買わなくてはならないの!)
「リリス様、作戦の進捗をご報告します」
「何?!」
「ゴブリン集落の族長より、作戦『絶望の宴』の準備が整い、新しい武器の習熟訓練も完了しましたとの報告です」
「これよ! これが私が待ち望んでいた報告よ! あの武器なら人間どものやわな武器などひとたまりもないわ!」
「ありがとうございます。また、オーガ族から精鋭二百名の出撃準備が整い、秘密経路から領軍の後背を撃つ準備が整ったとのことです」
「あなた、良いわ! 実に有能ね!」
「お褒めのお言葉、恐縮です。秘密経路の入り口にはカメレオンバードを見張りにつけ、何かありましたら報告が上がるよう手配いたしました」
「ああ、なんて優秀なの。あなた名前は確か⋯⋯」
「はい、先日ダンジョン管理局より転属いたしましたネロと申します」
「そうネロ! 苦労して、あのいけ好かない上級悪魔どもからあなたを引き抜いて正解だったわ!」
「リリス様のお役に立てまして、幸いです」
「みな、聞きなさい! 私が望んでいるのはこのネロのような報告なのよ! あなた方、よく見習いなさい! 有能な私に従っているなら、あなた方もこのネロのように優秀になれるのよ! だから、もっと私を喜ばせる報告を持ってきなさい!」
(そうよ! 何年間にもわたりゴブリン集落には膨大な予算と技術と武器と宝物を投資してきたのよ! これが成功すれば、特異点の問題なんて消し飛ぶわ! そうすれば、堂々と魔王様にご報告に上がれる! 勝利は目前だわ! もうすぐ私の時代が来るのよ!)
リリスが野望に燃え、勝利を確信している時、もう一人の魔王軍幹部も策謀を巡らしていた。
「この度は情報局員を解任された私を拾っていただき、ありがとうございます。ダンジョン管理局局長、キマリス・ヴォルネウス侯爵様」
「なに、ニクス殿はあのダークネス伯爵の血を継いでおられる方、伝統を重んじる我らとしては貴女のような高貴な血を持った方を、あの下級淫魔の仕打ちからお救いするのは当然のことです」
「いえ、私は妾の子ですから、伯爵家の名前は名乗れませんので⋯⋯」
「それでも、貴女が伯爵の血を継いでおられる事実は変わりません。また、官吏としても優秀なお方だ。貴女のおかげで怪しまれずネロを情報局に送り込むこともできました」
「いえ、それほどでもありません⋯⋯」
「あの低級淫魔は部下の名前さえ覚えない傲慢な女と聞いております。あんな女の下に貴女のような才女が付くなど、それだけで罪というもの。もうすぐ、あの女は失脚します。その後の局長には貴女のような有能な方が就くべきです」
「⋯⋯⋯情報局はそれほどに今、危ういのでしょうか?」
「魔王様は沈黙を守っておられますが、魔鳥族に対するあまりにも残酷な命令を聞き、宰相をはじめ閣僚の方々はみなあの女の行状を憂いております」
「そうですか⋯⋯」
「貴女が責任を感じる必要はありません。貴女はあの女の命令を守って、最後のシャドウオウルを魔鳥族に飛ばさせたのです。貴女は命令に忠実だっただけです」
「それでも、私はリリス様をお諌めすることができませんでした⋯⋯。どうか、他の情報局員たちだけでも⋯⋯」
「はい、ご心配には及びません。情報局の局員の方々には危害が及ばないよう、私が手を打ちます。貴女はただ、次期局長として情報局をどう立て直すかだけをお考えください」
「⋯⋯どうか、よろしくお願いいたします」
「承りました。今日はお帰りになってお休みください」
「ありがとうございます」
ニクスが退出すると同時に、音もなくキマリスの後ろに人影が現れ跪いた。
「マルバスか?」
「オーガ族からのご報告です。ご指示通り、コボルト族から罪人奴隷百名、オーガ族からも罪人奴隷百名からなる隊を編成し終わり、予定通り領軍を背後から撃つとのことです」
マルバスは抑揚のない声で報告した。
「コボルト族の被害報告についてはどうか?」
「はい、被害報告は、あの下級淫魔には届かぬよう遮断済みです。後ほどコボルト族からの訴状が魔王様に届く段取りとなっております」
「よし、そのまま進めろ。ついでにオーガの罪人奴隷も全滅すれば、よりあの下級淫魔を追い詰められる」
「かしこまりました。ネロを監視に行かせ、偽情報を流させればよろしいかと」
マルバスは表情一つ変えず献策した。
「良い考えだ。連絡を取れ」
「かしこまりました」
「魔王様にも困ったものだ。下級悪魔にも知恵のある者がいるなどと仰られて、あのような下品な下級淫魔を局長などに据えられるとは」
「魔王様は跡目を継がれてから目立った実績がないお方、先代様の功績を超えたいと願ってのことでしょう」
マルバスはキマリスの願っている答えが分かっているかのように返答した。
「嘆かわしいことだ。官吏試験などと言うどこの馬の骨とも分からぬ者たちを集める制度もどうにかせねばならん」
「ニクス殿も官吏試験の合格者ですが」
「あの女は傾いた情報局を立て直させてから排除し、しかるべき者を局長に据える」
「……よろしいのですか?」
マルバスは少し間を置いて無表情で尋ねた。
「所詮は妾の子。ダークネス伯爵からは文句は出ん。伝統的な政治の力学を解さぬ者を局長に据えておくなど、愚の骨頂だ」
「では、計画通りに進めてよろしいでしょうか?」
キマリスは邪悪な笑みを浮かべ、
「もちろんだ。あの下級淫魔とゴブリンどもには派手に暴れてもらおう。その隙に我らはあの忌まわしきマナエルを制圧する」
と答えた。
「ネロの情報では特異点が広がっているとのことでしたが」
マルバスは冷静に懸念点を指摘したが、
「情報収集は城壁を突破した後で良い。人間どもを追い出し、正しい情報を得てから対処する」
キマリスは意に介さず、切り捨てた。
「了解いたしました。トータスダンジョンからは『偽装は完璧に機能し、人間どもには間違った内容を信じさせた』とのことです」
それを聞いてキマリスはさらに笑みを濃くした。
「よろしい。あの街を奪い返されてから八年。ようやく汚名を返上できる機会が訪れた!」
キマリスは腕を上げ、握り拳を作った。
「ご指示通り、人間どもの主力となる上位冒険者たちは、用意した宝物ダンジョン内に入りびたらせ、街からの戦力引き剥がしに成功しました。残る領軍と冒険者の主力も間もなく出払います」
マルバスは淡々と述べた。
「魔王軍とこの東の大地に再び正しき秩序を取り戻す。勝利は我ら上級悪魔のものだ!」
キマリスは自信に満ち溢れながら宣言した。
こうして、魔王軍幹部たちはそれぞれに勝利を確信した。
想像し得ぬ脅威を知らないままに。




