第69話 結界師は失われたものを取り戻し始めた
「ここもちょっと入りにくいね⋯⋯」
ミオが『昇陽亭』を見て呟く。
「確かに⋯⋯」
俺もそれに同意した。
先ほどの歌劇場もそうだが、この『昇陽亭』も貴族、裕福層が出入りする場所だ。
『昇陽亭』は高級店とは聞いてたものの、ここまで利用者の層が想像と違う店だとは思ってなかった。
「他の店に――」
俺がそう言いかけた時、
「ひょっとして、君は子供のホーンラビットを納品したシド君かい?」
後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには冒険者ギルドの素材納品部長のジャンさんがいた。
「はい、シドです。こんばんはジャン部長」
「はじめまして。シドの従妹のミオです」
「こんばんは。そうか、ミオ君がシド君の言ってた従妹の聖属性持ちの⋯⋯」
「はい、聖剣士をしてます」
「はじめまして。ジャンという。冒険者ギルドの素材納品部長だ。ってもしかして、先日からメイ教官を通して大量のゴブリンやアンデッドの魔石を納品してるのってミオ君のパーティーかな?」
「はい、パーティーメンバーのキャサリンと教官のメイさんと一緒にゴブリン迷宮やアンデッド迷宮に潜ってます」
それを聞いて少しジャン部長が青ざめた。
「何かありましたか?」
俺が尋ねると、
「いや⋯⋯魔石の納品数があまりに多くて納入先に悩まされてて⋯⋯」
と、小声で呟く。
(ああ、そういうことか。まあ、数が数だから大変だよな⋯⋯)
「すみません。ミオのパーティーのせいで⋯⋯」
ミオに代わって俺が謝る。
「いや、冒険者に俺たちの事情を心配してもらうべきじゃなかった。これは俺の失言だ申し訳ない」
ジャン部長が頭を下げる。
「やめてください。謝っていただくようなことではありませんから」
「そうか、ありがとう。でも、こんな所で会うなんて全く奇遇だなって⋯⋯あ! ひょっとしてデートの邪魔をしてしまったかな!?」
今度は慌てるジャン部長に対し、
「確かにデート中でしたけど、ちょうど、どうすれば良いか分からなくて立ち尽くしていた所なんで、邪魔ではありませんでしたよ」
と返答した。
「そうか良かった。ところで、立ち尽くしてたなんて、どういう事情だい?」
俺は事情をジャン部長に話した。
「ハハハハ! そんなことを気にして立ち尽くしてたのか」
「笑わないでくださいよ。俺たちにとっては深刻な問題です」
「悪かった。じゃあ、ここは俺が一肌脱ごう」
そういうと、ジャン部長は『昇陽亭』の裏手の方へ回り込んだ。
俺たちもそれについて行った。
ジャン部長は『昇陽亭』の従業員用の出入り口を開けて中に入り、中にいた従業員に何やら話をした。
どうやら、取り次ぎをしてもらったようで、従業員は中へ入って行った。
ジャン部長は振り返り俺たちに手招きをしたので、俺たちも中に入った。
しばらくすると、中から立派な身なりの初老の男性が出てきた。
「これはジャン様、いつもお世話になっております」
「シャルル支配人、こんばんは。いつも部下がお世話になっております」
どうやら、いつもは素材納品部の部下の人が『昇陽亭』を担当しているようだ。
「ジャン様、本日は何か重要なご用事でしょうか?」
「はい、先日バルター商会長が亡くなられたのはご存知でしょうか?」
「はい、頻繁にご利用いただいておりましたので、存じております」
「実は彼はギルドから納品された商品を同業者に高額で転売していたことが発覚しまして、支部長の指示で、同様のことを行っている業者がないか調査しております」
「そ、それは、存じ上げませんでした。とんでもないことをバルター様はなさっておられたのですね⋯⋯」
ジャン部長の発言に少し目をそらすシャルル支配人。
(何か怪しいなこの人⋯⋯)
「と、ところで、お連れの方はジャン部長のお知り合いの方でしょうか?」
と、露骨な話題そらしをする。
「紹介します。彼の名前はシドさん、彼女はミオさん。先日納品させていただいた子供のホーンラビットを納品した冒険者の方たちです」
「それはそれは、お目にかかれて光栄です。私は『昇陽亭』の支配人シャルルと申します」
「はじめまして。こちらこそ光栄です」
(そうだ、サイロスさんからのメモを⋯⋯)
「本日はサイロスさんの紹介でお食事をさせていただきたく参りました。サイロスさんからは、納品されたホーンラビットはいかがでしょうか。先日、月光亭さんにうかがった際にウサギ肉を大変喜ばれてまし――」
そこまで言うと、シャルルさんの血の気がひいて、
「シ、シド様! 本日はお越しいただき誠にありがとうございます! 特別室をご用意いたします。また、シド様、ミオ様が納品された子供のホーンラビットもお出しいたしますので、どうぞご賞味ください!」
と、まくし立てた。
俺もジャン部長も怪しい目でシャルルさんを見たが、それに耐えきれなくなったのか、奥にいた部下に駆け寄り、
「君! 至急、特別室を用意しなさい! 料理長には子供のホーンラビット肉を特別室のお二人に出すよう伝えたまえ!」
「え!? 特別室は本日、領軍剣士隊のエビルス隊長ご一行のご予約が入っております。また、子供のホーンラビットも同じくお料理のご予約が⋯⋯エビルス侯爵家の不興を買いませんか?」
「エビルス隊長は侯爵家でも五男のボンボンだ! 見栄っ張りで味音痴だから、外の景色が美しいとか言って、テラス席に案内して、食前酒をたくさん飲ませろ! そうすれば、酔って肉の味なんか分からなくなる!」
「は、はい!」
(シャルルさん、そこまで言って良いのか? エビルスって貴族、ひどい言われようだ。どんな人物なんだ?)
「あ、あの⋯⋯俺たちはそこまでしていただかなくても――」
「いいえ、ぜひ特別室へ!」
その後、俺たちは半ば強引に特別室へ案内され、食事をした。
案内されたのは不本意だったが、個室だったので、俺もミオもマナーを気にせず食事をすることができた。
「シド、おいしかったね子供のホーンラビット」
「ああ、狩った時は、こんなに美味しい肉だなんて思ってもみなかった」
「じゃあ、今度また狩りに行こうよ。ギルドのクエスト関係なしに。お父さんに焼いてもらったらもっと美味しいよ!」
「そうだな。経験豊富なメイさんが一緒に行ってくれるなら、それも良いかもな」
「じゃあ、ゴブリン殲滅戦が終わったら、みんなでお休みを取って、一緒に行こうよ」
「分かった」
(そうだな。たまにはこうやって、休日を楽しむのも悪くない。狩りは危険な面もあるが、自分たちの余暇の楽しみのために行動する日があっても良いだろう)
俺はこれまでの自分の人生が、あまりに効率優先な人生であったように感じた。
俺は自分が歩んできた人生を後悔はしていないが、理由もなくこのような生活をしてきたことに少し疑問を覚えた。
「どうしたの?」
「⋯⋯いや、何でもない」
俺は考えるのを止めて、今はミオといる時間を大切にしようと思った。
「ミオ、今日は楽しかったか?」
「うん! とっても楽しかった! シドは楽しかった?」
「ああ、楽しかった」
俺はその時、真剣にミオの目を見つめて言った。
「大切なミオと、大切な時間を過ごせた。ありがとう、ミオ」
「た、た、大切って⋯⋯ふにゃ」
「ふにゃ?」
「ふにゃふにゃきゅうぅぅ」
「ミオ?!」
ミオがまた茹で上がったため、今日はこれで帰ることにした。
会計を済まそうと人を呼んだのだが、『本日の代金は結構です』と言われてしまった。
俺たちが特別室に案内される際、ジャン部長が怖い笑顔で『話し合いが必要だな』と言ってたので、これが『話し合い』の結果なのかもしれない。
明らかに俺が読み上げた、サイロスさんのメモ書きが効いている。
(サイロスさんって、これまでもこんな感じで色んな人に融通を利かせてもらってきた人なのかな?)
そんなことを思ったが、
「まあ、いいか。俺たちが悪いことをしているわけではないからな」
俺は深く考えることを止めた。
店を出るとテラス席の方で『女を連れてこい』だとか、『料理がまずい』などと言って皿が割れる音まで聞こえた。
(あれが侯爵家の五男のボンボンか⋯⋯関わり合いになりたくないなぁ)
と、思ったが、よく考えると特別室というのは、ああいった客を隔離する部屋なのではないだろうかと思った。
(シャルル支配人にとっては俺たちはあのボンボンたちより隔離したい相手だったわけか⋯⋯)
そう思うと、複雑な気持ちになった。
俺は帰り道、ミオをおぶって帰ることにした。
俺はしばらく無言で歩いたが、ミオが落ち着いてきたようなので声をかけた。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう……」
ミオはその一言の後、少し押し黙った。
そして、
「シド」
意を決したように、俺を呼んだ。
「なんだ?」
「シドって、シルビアさんのこと好き?」
俺は一瞬立ち止まって、そして、また歩き始めた。
「俺はシルビアさんのことが好きだ」
ミオの腕に力が入る。
「だけど、この好きは恋愛の好きじゃないと思う」
「そうなの?」
「多分だけど、俺はシルビアさんに、母さんを見てるのかもしれない」
「セシル伯母さんの?」
「まだ、思い出したわけではないけど、そんな気がする」
「確かに雰囲気は似てる気もするけど、似てるとすれば⋯⋯『声』かな?」
「声?」
「そう、声が似てるかも。私、ギルド説明会の時に眠たくならなかったんだけど、シルビアさんの声が誰かに似てるって気になってたの」
「それで寝なかったのか。てっきり興味のあることだったから、寝なかったのかと思ってた」
「まあ、それもあったけど。って、いつも眠たくなるのシドの鍛錬に付き合ってるせいだからね!」
「ハハハ、ごめん。――そうか、『声』か」
まだ両親のことは思い出せない。
でも、シルビアさんの声を思い起こしてみると、なにか温かい気持ちになった。
「私、シドがシルビアさんのこと好きで、彼女にシドを取られちゃうって思ってた」
「どうしてそこまで⋯⋯」
「シドはいつも女の子と接する時は感情が薄くって、動揺しないけど、シルビアさんにだけはそうじゃなかった。彼女はシドにとって特別な存在なんじゃないかって感じてたの」
確かに、俺は説明会でシルビアさんに声をかけられた時から、彼女に対してだけは凍ってた感情が溶けていくのを感じてた。
俺はひょっとすると、彼女を一人の女性として愛しているんじゃないか、とも考えていた。
だが、違った。
「今日、シドがシルビアさんと話しているのを聞いて、シドが変わったと思ったの」
今日俺は、シルビアさんと普通にしゃべれた。
俺は知らない間に、シルビアさんに対する思いが、彼女に対する思いではないことに気づいていたのだ。
「多分、シドは気づいてないかもしれないけど、シドは伯父さん伯母さんのことを思い出しかけてるんじゃないかな?」
(そうかもしれない⋯⋯)
俺は心の中で何かが整理されつつあると感じていた。
それは亡くした感情と共に、両親を思い出す準備が整いつつあるということだったのかもしれない。
「ミオ、ありがとう。まだ父さん母さんのことは思い出せないけど、ミオのおかげで大切なものを取り戻せそうな気がする」
「そう、良かった」
会話しながら歩いていたら、いつの間にか、俺たちはいつもの空き地の聖樹の前に戻ってきていた。
俺はミオを背中から降ろした。
聖樹は淡く輝いて俺たちを優しく照らしてくれている。
俺はそれに励まされるように口を開いた。
「ミオ、聞いてほしいことがある。その間、動揺しないようちょっと耐えてほしい」
「うん、いいよ。頑張るから話して」
俺はミオの目を見たが、俺が思っていることをそのまま口にしていいのか自信がなくて、一瞬目を逸らしてしまった。
「シド、私はシドが言ってくれることなら何でも嬉しいから、大丈夫だよ」
俺はそれを聞いて再びミオの目を見た。
「俺はまだ好きだとか、愛してるだとかは分からない」
「うん、分かってる」
「でも、俺はミオのこと大切に思ってるし、そばにいてほしいと思ってる」
「私もシドのことが大切だよ。いつもそばにいたい」
「この街は危険だけど俺はミオを一生守りたい。ミオの笑顔をずっと見ていたい」
「私もシドと一緒に戦うよ。シドが心から笑える時がくるように」
俺は深呼吸し、ミオの目をもう一度見つめ直した。
「だから、俺と結婚してほしい」
それを聞いたミオは涙を浮かべ、それを拭って、
「はい、よろこんで」
笑顔で答えた。
その瞬間、聖樹の光が増して、何か語りかけてきた。
それは言語ではなく、何か聖樹の気持ちが流れ込んでくるようだった。
「聖樹が使ってって言ってる」
ミオも感じたようだ。
俺は聖樹に近づき、小さな枝に触れた。
すると枝は自然に取れて、俺の手の中に収まった。
俺は聖樹の思念の通り、それを法力で加工した。
俺の手のひらには小さな花をかたどった指輪が二つあった。
「ミオ」
「うん」
俺はその指輪を見せると、ミオは左手を差し出してきた。
俺はミオの薬指に指輪をはめた。
ミオは俺からもう一つの指輪を受け取ると、俺の左手を取って、薬指にそれをはめた。
それを見て聖樹は嬉しそうに揺れた。
俺たちは互いの目を見つめ合い、寄り添った。
そして、ミオは目を閉じた。
俺が顔を近づけようとした時、
「押してはダメですわ!」
「だって見えないです」
「静かに! バレてしまいます」
「キャアァァ、倒れますわぁ!」
そんな声と共に聖樹工房の裏手の壁から三人の姿が現れた。
それは、キャサリンとナナちゃんとメイさんだった。
「三人とも何をしてるの?」
俺がそう聞くと、
「ホホホ、よい夜ですわね」
「お月さまがきれいだね」
「あ、あの、お、おじゃましました!」
と言って、メイさんが二人を抱えて中に入って行った。
俺もミオもそれを見て、互いに見つめ合って笑った。
そして、
「じゃあ、さっきの続き」
と俺は言って、ミオを抱き寄せた。
「え!? つ、続き!? も、もう一回覚悟するから待っ⋯⋯」
そう言うとミオはギュッと目を閉じた。
俺はミオに口づけした。
最初は強張っていたが、次第にミオの力は抜けていき、俺が唇を離すと、
「ほぇ」
「ほぇ?」
「ほぇほぇきゅうぅぅ」
「ミオ?!」
また茹で上がってしまった。
どうやら、覚悟が途切れて不意打ちになってしまったようだ。
俺はその後、お姫様抱っこでミオを部屋に運んだ。
結果、
「かんぱ~い! ハハハ!」
「俺の店もこれで安泰だぁぁ」
「めでたい、めでたい、ハハハハ!」
「よかったわぁ~、二人がうまくいってぇ」
伯父さん、伯母さんそして店のお客たちは夜通しの宴会に突入した。
しばらく、お酒に付き合ったが、キリがないので外に出た。
空き地には、聖樹が淡く光りながら、サワサワと揺れていた。
「お前もありがとうな。これからもよろしく」
俺は聖樹から流れ込む嬉しい気持ちを感じつつ、指輪を見つめた。
そして、なぜか指輪からは嬉しさで満ちたミオの気持ちが流れ込んできた。
俺は驚いたが、自然とそれを受け入れた。
俺はミオの感情を通じて、失われた自分の感情が戻ってきたように感じた。
そして、
「父さん、母さん、もう少しで二人の顔、思い出すよ」
俺は空を見上げてそう呟いた。




