第7話 結界師は試験教官の戦意を打ち砕いたようです
新人試験の治療本部に一人の女性が運ばれてきた。
「あ~あ~、だらしない顔で締め落とされちまって……。名前は……カレン……この子教官じゃないのかい?」
「はい、付与術師の教官です。なにやら受験生にあっという間に絞め落とされたとか……」
「なんともまあ、とんでもない受験生が混ざってたもんだねぇ。素手の体術で戦うのは拳闘士だけど、彼らのスキルには絞め技のスキルが無いんだよ。絞め技を使うのは暗殺者だけど、奴らは殺すために絞め技を使うからねぇ。絞め技を使って相手を殺さず気絶させるなんて、私の知ってる限りじゃ、王族が習う暗殺術ぐらいかねぇ」
「え、な、なんで、王族が暗殺術なんて習うんですか?」
「王族は暗殺で殺されないよう、暗殺術を自分で習得して、相手の術を予想するのさ。それに、襲われた時に暗殺者を尋問するために無力化して捕らえる技を身に着けるそうだよ」
「王族自らですか? 護衛がいるのにですか?」
「何事においても事前知識と備えがあるか無いかは、とっさの時に冷静な判断と行動ができるかどうかを左右するものさ」
「はあ、そういうものでしょうか……」
「そういえば、今の王と王妃は王族の中でも頭一つ飛びぬけて強いそうだよ」
「なんと……そんな」
「アマンダ様! 急患です!」
「まったく、まだ模擬戦闘試験の序盤だろうに、なんだってこんなに立て続けに急患が送られてくるんだい? この子、カレンって言ったかい? この子の処置は首の締め跡に回復軟膏を塗って、気道が塞がらないよう横向きに寝かせておいてやりな。街の治療院なら気付け薬を処方してやってもいいが、フィールドでは薬を温存した方がいいからね。この様子なら、じきに目を覚ますだろうさ」
「はい、わかりました」
「で、次の急患はどこだい?」
「こちらです……」
「ええっと、この子の名前は……ライノ? え、この子も教官かい!」
「はい、なにやら受験生のスラッシュを食らって気絶したとか……。外傷はほとんどなかったので、会場でしばらく寝かせていたのですが、目が覚めないので、治療本部に……」
「は? スラッシュを食らって? どんな威力のスラッシュを食らったらこんなことになるんだい?」
「それが……その受験生は聖剣士で、尋常じゃない威力のスラッシュを地面に向かって放った直後、大きく地面が穿たれ大量の土砂が巻き上げられたそうで……土煙が晴れた時にはライノ教官は気絶して倒れてたそうです……」
「聖剣士……」
「どうされましたか? アマンダ様」
「まさかねぇ……。王直属の近衛第一騎士団の団長バナエル・コーエンは知ってるね?」
「はい、『剣聖』の称号を持つ、シルバニア王国最強の方ですから……」
「そう、その剣聖バナエルの職業は聖剣士でね、彼の使う技に、聖属性のスラッシュなんかのスキル斬撃に大量の無属性の法力を注いで打ち込むことで、対峙する人間を非殺傷で無力化する技があるんだよ。技の名前は気奪剣」
「そんな技が……」
「もともと、聖剣士のスキルは『魔』に属する種族に特効がある代わりに、人に対してはスキルが効かないで、スキル斬撃は単なる剣による物理ダメージしか与えられないのは知ってるね?」
「はい、有名な話ですね」
「しかしあの剣聖は対人用の技として、大量の無属性の法力を剣にまとわせて打ち込み、相手に法力酔いを起こさせることで、非殺傷で無力化させる技を使うのさ……」
「でも、相手に法力酔いを起こさせるくらいの法力を注ぐと、すぐに法力が切れませんか?」
「ああ、普通はそんなことをすると一発、二発で法力切れになって、使用者がぶっ倒れちまう……だが、あの剣聖は尋常じゃない法力鍛錬でそのスラッシュを一日に百発は放てるようにしちまったのさ……」
「百発も……」
「それができるので、『剣聖』なのさ。でも、おかしいねぇ……何かの間違いでその新人が気奪剣を使用したとしても、その技じゃあ大きく地面が穿たれるほどの物理ダメージが出せるとは思えないんだがねぇ……」
「でも、そう報告を受けてますが……」
「あの気奪剣でそれほどの物理ダメージが出せるとすれば、よっぽど剣士としての技量が高くて剣圧が高いか、注いだ法力に剣が耐えられなくなってマテリアルブレイクしたかのどちらかだと思うが……どちらにせよ、そんなことができる新人冒険者がいるとは思えないがねぇ………。ところで、その子の方は大丈夫だったのかい?」
「何事もなく礼をして立ち去ったそうですよ……」
「そりゃ、大したもんだねぇ。普通、加減を誤って大量の法力をスキルに注いじまったら法力切れでぶっ倒れるし、そうならなくても、慣れない法力を大量に使用した反動で法力酔いくらいしそうなもんだが……逸材かもしれないねぇその子……」
「そうですね。ひょっとすると、未来の『剣聖』がマナエルの街から生まれるかもしれませんね……」
「まあ、詮索はここまでにしようかね。優秀な新人なら詮索せずともすぐにでも頭角を現すだろうさね。そこで寝てる教官……ライノだったかい? 予想が正しければ、おそらく衝撃波を至近で食らった所に大量の法力を浴びて法力酔いで気絶したんだろう……。外傷は無いようだし、呼吸もさほど乱れていないから、横向きに寝かせておけばそのうち目が覚めるだろうさ……」
「了解しました」
「アマンダ様また急患です!」
「今度は何だい?」
「それが……」
「なんだい! はっきり言いな!」
「それが、メイという付与術師の教官なのですが……」
「また、教官かい? いったいどうなってんだい!」
「彼女が模擬戦闘中に発狂し出したそうで……」
「え、今、なんて……」
「彼女が受験者との模擬戦闘中に急に発狂し出して現場で収拾がつかなくなってこちらに運ばれてきました……」
「……よく分からないねぇ。とりあえず連れておいで」
「剣が当たらない……立っていられない……怖い怖い怖い、どうしてどうしてどうして……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「こりゃひどいねぇ。でもわたしゃ精神面の治療は不得意でねぇ。こりゃ、眠り薬で寝かせて、街に帰った後でダイゴ爺の所にでも連れて行くんだね。あの爺ならスキルで治してくれるだろうさ……」
「分かりました……さあ、こちらに……」
「でも、どんな戦い方をすればあんなになっちまうんだい?」
「えっと、この報告書を読むと………模擬戦闘開始直後に数合、彼女から受験生に打ち込みをいれたそうですが、その打ち込みの全てがあらぬ方向に向けて振り抜かれたそうで……その後、急に何かに足をすくわれた様に転倒してしまい、何度も起き上がろうとしたそうですが立ち上がれなかったそうで……その後、発狂した所で審判が止めに入ったそうです……」
「付与術師の班てことは、後衛職の班だったね? 相手の受験生の職業は?」
「えっと……け、結界師の少年です」
「は、結界師?! そりゃまた剣術とは縁遠い職業だねぇ。付与術師ならこっそり自分に身体強化をかければそれなりに戦えるだろうが……」
「その少年はスキルを使用した様子は全く無かったそうです……」
「可能性は……いや………まさかねぇ……」
「また何か心当たりがあるのですか?」
「先代の『剣聖』は知ってるかい?」
「はい、もちろん有名な方ですから。エルンスト・ハイドル様ですよね?」
「ああ、今はもう九十歳近い飯の回数も忘れちまうような老いぼれ爺だけどね。エルンストの職業は属性なしの単なる『剣士』でね。若い時は物理ダメージしかスキルで与えられなくて随分と苦労したのさ。しかし、あの爺さんは苦労の末、無属性の法力を剣や自分にまとわせて戦う方法を編み出したのさ」
「無属性の法力って、先ほどの剣聖バナエル様の技と同じでは……」
「そう、バナエルはエルンスト爺の弟子さ。バナエルは元々王族を護衛する家系の貴族だったんだが、バナエルが得た職業は対人戦に向かない聖剣士だったもんで、本人も家族も悩んでねえ。そこでバナエルはエルンスト爺に弟子入りしたのさ」
「でも、先ほどの『剣聖』技は相手を法力酔いさせる技だったはずでは……」
「ああ、あの爺の剣術はさらにその一段上の技があるのさ」
「ええ!? まださらに上の技があるんですか!」
「あの爺さんは練った無属性の法力を斬撃に乗せて放って、法力で身体強化している相手の関節や筋肉に余分な法力を注ぎ込むことで、相手の身体を誤動作させちまうのさ……」
「そ、そんなことができるんですか?」
「それができるのさ。あの爺さんはその技を使って相手の腕や肩を誤動作させて剣筋をあらぬ方向に逸らしたり、足の筋肉や関節を誤動作させて相手を立てなくするのさ。技の名前は怠惰剣。相手の身体を役立たずにするところからそう名付けられたのさ」
「え、じゃあこの報告書にある記載、まさかその怠惰剣じゃあ……」
「状況は似てるねぇ。だが、その子は結界師でスキルを使った様子も無かったんだろ? それに、怠惰剣は相手を発狂させちまうほどの技じゃあないんだがね」
「はい、後衛職の試験では職業固有のスキルの使用を禁止してますから。そんな技を使ったとは思えません。でも、剣聖の技ってすごいんですね。発狂しなくても、そんな技を食らったら即戦意喪失してしまうと思いますが」
「ちなみに、その技を突破できた相手を迎え撃つ技もあるのさ。名前は百裂剣。瞬時の百連撃で相手を仕留めるそうだよ」
「怠惰剣を突破できた人なんているんですか?」
「私の知ってる限りで二人かね?」
「どんな人ですか?」
「一人はさっき言った『剣聖』バナエル・コーエン、そしてもう一人はあんたらのボス、マナエル支部の支部長、ヴァンさ」
「ヴァン支部長が?」
「バナエルの方は百連撃の五十撃まで防いだが、その後の五十撃が受けきれなくて、気絶したそうだよ」
「ヴァン支部長の方は?」
「あんまり上司の失敗を詮索するもんじゃないよ……。でも今、バナエルは『剣聖』の称号を受けて王直属の近衛第一騎士団の団長をやってて、ヴァンは称号なしでギルドの支部長をやってる。そう言うことさ……」
「でも、聞く限り剣聖技の一つを突破できるだけでもすごいことだと思います。それにしても、先代の『剣聖』様がそんなお強い方とは知りませんでした……」
「まあ、今は名前を変えてどこぞの平民学校の剣術教師をしているよ……」
「え、それって……」
「そうだとしても、老い先短い爺のことだ。あんまり詮索して邪魔するもんじゃないよ」
「は、はい……」
「ひょっとするとあの耄碌爺さん、自分の剣術の後継者を見つけたのかもしれないねぇ……でも、職業が『結界師』じゃあ、冒険者ギルドの上層部の頭が固けりゃ判断を誤るかもしれないか……」
「え、今なんて……」
「独り言だよ。あまり婆が若い者にあれこれ言うと老害とか言われかねないから、求められないことは黙っておくことにするよ……」
「アマンダさんは絶対に老害なんかじゃありませんよ!」
「そうかい、そう思われてるなら嬉しいがね」
「それにしても、アマンダさんは物知りですね。さすがです」
「まあ、ダイゴ爺にせよエルンスト爺にせよ、昔の職場の腐れ縁といったところさ……」
「え、じゃあ、アマンダさんも……」
「この街の領主は物好きな領主でねぇ。中央のしがらみが苦手な元平民の爺さんやら婆さんを引き取るのが趣味なのさ……」
「そんなすごい方がこの街に……」
「さあ、話はここまで! ホーンラビット狩りについて出る巡回治癒師を決めるよ!」
「はい!」
「なかなか、楽しみな連中が育ってるみたいだねぇ、この街は……まあ、婆は静かに見守らせてもらおうかね……」




