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第68話 結界師は歌劇を楽しむ

「えっと⋯⋯」


俺たちは歌劇場の前まで来たのだが、建物を遠巻きにして、少し怖気づいていた。


「シド、私たちってちょっと場違いなんじゃ⋯⋯」


そう、ミオが言う通り、歌劇場の中へと入って行く人々はどう見ても貴族や裕福層の人ばかりで、貧民街から来た俺たちが入るにはとても敷居が高く感じたのだ。


フォートラン商会で買った服はそれなりの服で、また、ミオがキャサリンから借りた服もよい服だ。


だが、服の中身である肝心の俺たちが場違いであるような気がしてならないのだ。


(これはプランを変更したほうが⋯⋯)


「シド、あの人たちって剣士じゃないかな?」


俺が次善策を講じようかと思った時、ミオが劇場に入って行く一団を指差して俺に尋ねてきた。


確かに、歩き方が剣士、それも俺たちが師匠から習った剣術の歩法に似た所作を持つ一団だった。


「ミオ、俺たちもああいう風に歩けばそれなりの人物に見えるんじゃないかな?」


「そうだね。じゃあ、私もそうする」


俺たちは周りに溶け込みたくて剣術の歩法を意識して歩いて行ったのだが、


「ちょっと、シド。何か目立ってないかな?」


「そ、そうだな。目立ってるな⋯⋯」


逆に先ほどの一団からの注目を集めてしまった。


俺たちは早くエントランスを抜け、入場受付に進みたいと思ったのだが、その一団の内の一人が近づいてきて、


「失礼します。突然お声がけいたしまして申し訳ございません。私は王都剣聖流道場マナエル支部にて師範を務めますクリストフ・コーエンと申します。失礼ですがお二人はいずこか道場にて師範をお務めのお方でしょうか?」


「ど、道場? 師範?⋯⋯」


俺たちは予想外の問いかけにどう答えればよいか、思考が停止してしまった。


「失礼しました。あまりにも所作が素晴らしく、ついお声をかけてしまいました」


俺たちが固まっているのを察して、クリストフ・コーエンさんは謝ってきた。


「いえ、私たちの方こそ名乗りもせず申し訳ございません。私はシド、連れはミオと申します。剣術は学校で習っただけで、道場には通っていません。剣術の鍛錬は私たち二人で毎日しておりますが、剣術を教えた経験は学校の後輩をたまに指導するくらいです」


「が、学校だけですか? それにしては、あまりにも⋯⋯」


今度は逆にクリストフ・コーエンさんが固まってしまった。


「あのぉ⋯⋯」


俺が問いかけると、


「おっと、すみません。私は現剣聖バナエル・コーエンの弟でして、あなた方の所作が兄の所作、いや、兄の師のエルンスト・ハイドル卿にとても似ておりましたので⋯⋯」


「そ、そうでしたか」


クリストフ・コーエンさん――いや、コーエン様は剣聖の弟、すなわち貴族だった。


とんでもない人と出会ってしまった。


彼は俺たちが腕を組んでいるのを見て、


「大変失礼いたしました。これ以上はお邪魔ですね。またどこかでお会いしましたら、一手ご指南ください」


と述べ、剣術の作法で礼をして、一団に戻って行かれた。


「なんだったんだろう?」


「さあぁ⋯⋯」


俺もミオも呆気にとられてしまった。


だが、この一連のやり取りは前触れに過ぎなかった。


俺たちが入場受付に並ぼうとすると、なぜか前に並んでいた人たちが道を空けて俺たちに順番を譲ってくれたのだ。


「ミオ、これ進んで良いのかな?」


「え? 私に聞かないで欲しいかな⋯⋯」


俺たちが固まってると、カウンターの奥からどう見ても責任者と思える男性が寄って来て、


「この度は、マナエル中央歌劇場へようこそお越しくださいました。当劇場の支配人のスペンサーと申します。クリストフ・コーエン様のご友人の方とお見受けいたしますが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


と、挨拶してきた。


「え、あ⋯⋯」


(どうしよう⋯⋯俺たちはクリストフ・コーエン様の友人でも何でもないんだけど⋯⋯。だが、ここでそう言うと問題がややこしくなる⋯⋯)


ミオの腕をつかむ力も強くなってる。


(そうだ! サイロスさんからのメモ書きがある!)


俺はそれを思い出して、メモ書きを取り出して読んだ。そして、


「ご挨拶が遅くなりました。私の名前はシド、連れはミオと申します。サイロス氏からの紹介で本日は参りました。サイロス氏からも支配人様へ、先日、スペンサー様の奥様とお目にかかり、楽しく談笑をさせていただきました。スペンサー様と主演女優のジェニファー様も仲がおよろしい―――」


そこまで言うと、瞬間、支配人の顔色が明らかに変わり、


「シ、シド様! と、当劇場の特別ボックス席にご案内いたします! 君、シド様とミオ様を今すぐ中央ボックス席に!」


と、支配人さんは血相を変えて、いきなり部下に指示を出し始めた。


しかし部下は、


「し、しかし、あの席は公爵家の年間指定となっていますが⋯⋯」


と、戸惑っている。


「本日は公爵様はお見えでない! それにクリストフ・コーエン様のご友人だぞ! 早く急げ!」


「は、はい!」


怒声に近い指示で部下が動き出す。


「ど、どうぞ、ご案内いたします」


あまりにも早い展開で俺たちは呆気にとられる。


「あ、あの観覧料は」


「後ほどお席の方へ係の者が参ります。どうぞこちらへ――」


俺たちは周囲の目があまりにも集まりすぎて居ても立ってもいられなくなったので、逃げるようにその男性について行った。



中央ボックス席は舞台が真正面に見られる、豪華絢爛な席だった。


席に着くと間もなく、お茶とお菓子が運ばれてきた。


「何か御用の際にはお手元のボタンを押してください。すぐに参ります」


そう言うと、女性の係員の方は丁寧にお辞儀をして出て行った。


俺たちはやっと二人きりになって、一息ついた。


「すごかったね。シド」


「ああ、まさかこんな展開になるとは思わなかった」


俺たちは顔を見合わせ、そして笑い合った。


(まあ、これもデートのいい思い出だよな⋯⋯)


そう思っていると、


「シド、最近前より笑うようになったね」


と、ミオがささやいた。


「そうか?」


「そうだよ。工房のみんなと過ごしている時なんか、よく笑ってる」


俺はそんなこと意識してなかったので、気づかなかった。


ミオにそう言われて、俺の中で何か変わってきているのを自覚した。


「ミオ、ありがとうな。俺のことをいつも見ててくれて」


「な、何よ。当たり前でしょ! お礼なんて言わなくていいんだからね!」


と言って、照れた表情を隠して向こうを向く。


俺はミオを含め、周りの人たちのおかげで何か変わってきているんだと改めて思った。


(みんなありがとう)


俺は一人一人の顔を思い浮かべて感謝した。



程なく劇場全体が暗くなり、舞台の幕が上がった。


演目は、不幸な事故をきっかけに心を閉ざした少年が、幼なじみの女の子と過ごす間に心を開いていくと言う話だった。


俺は歌劇は初めてだったが、演目の内容に自分を重ねて見たせいか、長いはずの時間がとても短く感じた。


劇が終わり、幕が閉じた時にミオを見たら、静かに寝息を立てて寝ていた。


(まあ、ミオらしいよな)


俺はそっとミオの顔に垂れ下がった前髪をかき上げた。


再び幕が上がり役者たちが一列に並んで挨拶すると、会場から一斉に拍手喝采が起こった。


ミオは慌てて目を覚まし、


「なに!? どおしたの?」


と周りをキョロキョロした。


「劇が終わったよ」


そう言うと、


「しまったぁぁ~寝ちゃったぁ!」


と頭を抱えて悔しがっていた。


俺はそれを見て笑った。




間もなく、歌劇が始まる前にお茶とお菓子を持ってきてくれた女性係員の人が、一礼して入ってきた。


彼女は俺に請求書をそっと手渡してきた。


俺はそれを見てギョッとした。


(歌劇の観覧料、二人合わせて小金貨二枚⋯⋯)


それでも、俺は何かその金額以上の大切な時間を受け取ったと感じた。


俺は支払いを済ませミオを見た。


ミオも俺を見て笑った。


「じゃあ、夕飯を食べに行こうか」


「うん!」


俺たちは再び腕を組んで歌劇場を後にした。



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